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観客5284人の意味を考える〜東京武蔵野シティFCの挑戦〜

観客5284人の意味を考える〜東京武蔵野シティFCの挑戦〜

Jリーグの登竜門となっているJFL岡田武史氏率いる今治が突破

 現在の日本のサッカーは、JリーグのJ1をトップに、続くJ2、J3の3つのランクのプロリーグがあることは多くの方がご存知かと思いますが、その下にJFL(日本フットボールリーグ)というプロアマ混在の全国リーグがあるのをご存知でしょうか? 言わばJリーグ参入への登竜門となっていて、Jリーグを目指すクラブはこのリーグで一定の成績などの結果を出してJ3の参入が許されます。長年このリーグで力を発揮してきた企業チームや地域に根ざしたクラブ、そしてJリーグ昇格を目指して9地域のリーグから昇格してきたクラブが競い合っています。

 昨日11月10日の試合に勝利して、来シーズンのJ3参入を事実上決めた元日本代表監督の岡田武史氏率いるFC今治も、2016年から今シーズンまで4シーズンの間このリーグで戦ってきました。

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 監督として1998年には日本代表を初めてワールドカップを導き、その後も横浜FマリノスでのJリーグ連覇など監督として数々の功績を残してきた岡田氏が、2014年に地方サッカークラブのオーナーに転身して、その経営者としての手腕に多くの注目を集めています。その注目度と同様に資金も集まっているようで、この記事を見るとJ1チームも羨むような人数のスタッフで運営されていることが分かります。

5284人を集めた東京武蔵野シティFCとは

 FC今治が「ありがとうサービス、夢スタジアム」でのホームゲームで3381人が見守る中、J3昇格を決めた11月10日、同じJFLでJ3昇格を目指して5284人を集めたクラブがあります。東京都武蔵野市をホームタウンとする東京武蔵野シティFCです。

 現在のJFLは1999年にスタートし、東京武蔵野シティFCの前身である横河電機サッカー部もこの最初のシーズンから参加していました。横河電機の同好会として1939年に誕生したこのチームはこの年に初めて全国リーグに昇格。その後2003年からは横河電機から任意団体として独立し、2007年には地域に根ざしたクラブチームとなることを目標にしてNPO法人化しました。この間、現在に至るまで横河電機本社がある武蔵野市をホームタウンにして、横河電機が所有する市内のグランドを練習場に、また武蔵野市立の武蔵陸上競技場をホームスタジアムに活動してきました。

 元々社内同好会だったので、選手は横河電機の社員を中心でしたが、1990年台から2000年台前半にはプロ選手とも契約していた時期もあったようです。その後、ほとんどが横河電機の社員選手の時期もありましたが、現在は横河電機社員の比率は減り、アルバイトなど別の仕事をしながらの選手に、一部プロ契約の選手の加えて活動しています。また、監督、コーチも現在全員が横河電機の社員などのアマチュア、つまりボランティアです。

 東京武蔵野シティFCのチームとしての一つピークは、NPO化して間もない2009年のリーグ戦2位。2012年の天皇杯では、1回戦で現在J3のグルージャ盛岡、2回戦でFC東京、3回戦で当時J2長野バルセイロを破り、4回戦でこの大会に優勝した柏レイソルに0−1に惜敗しました。

 東京武蔵野シティFCが具体的にJリーグ昇格のためのアクションを起こしたのは、2014年にJ3が創設されて以降のようです。J3創設に際しては、当時のJFL加盟クラブのほとんどが無条件に昇格が可能で、東京武蔵野シティFCも昇格が可能でしたが、このクラブは時期尚早と判断して加盟を見送りました。Jリーグ昇格だけを目標に作られた最近のクラブとは違ったこれまでの長い歴史と今後の安定した継続性、そして支援してくれている企業や地元との繋がりから、難しい判断が必要だったそうです。

分岐点となったJ3の創設

 しかしJ3が始まったことでJFLを取り巻く環境は劇的に変化しました。優れた選手が集まらなくなりました。またメディアでの取り扱いもほとんどなくなりました。それまで結果だけは載せていた読売、朝日といった一般紙もJFLの結果が掲載されていた欄に代わってJ3の結果が載せられるようになりました。明らかに注目度が下がったと感じられたそうです。

 1999年、現在のJFLが誕生した年にJ2も創設されました。この年のJリーグのクラブ数はJ1が16クラブ、J2が10クラブ。つまりJFLトップは日本で上から27番目のチームでした。しかし、J3が誕生した年のクラブ数はJ1が18、J2が22、J3がU-23の3チームを除いた13でトータルで53クラブ、この時点でJFLのトップは日本で54番目のクラブとなり、来シーズンの昇格を決めたFC今治を含めてその後もJリーグのクラブは増え続けています。Jリーグの創設以降、日本のサッカーの国際的なレベルは急速に上がってはいますが、だからと言って、倍以上なったチーム数に見合った数の選手が供給されるわけではありません。上位のクラブの数が増えれば下位のリーグ、クラブのレベルが低下するのは当然です。

 東京武蔵野シティFCは、今以上にレベルが低下すれば、これまでのように地元の皆さんにスタジアムに足を運んで頂き応援して頂けるサッカークラブを維持することは難しいと考え、クラブの存続のためにJリーグ昇格を目指すことにしたそうです。それまでもクラブ内部では昇格を意識して様々な議論が交わされ、メインスポンサーである横河電機や地元自治体の武蔵野市など周囲への働きかけを行ってきたようですが、正式にアクションを開始したのは2015年末。チーム名を2008年からそれまでの使ってきた企業名のある「横河武蔵野FC」から現在のチーム名に変更したところからです。Jリーグへの参入手続きにはチーム名から企業名を外す必要があります。

Jリーグ昇格に必要なスタジアム改修と新たな制度

 Jリーグ昇格には、Jリーグから課せられたクリアしなければならない課題がいくつもあります。JFLでリーグ戦4位以内、1試合観客動員2000人以上、Jリーグが定める設備のあるスタジアムをホームスタジアムとして使用するほか、様々な基準があり、毎年おおよそ3段階で審査されます。その中でも、最も大きな障害となるのがスタジアムです。

 ・参考:Jリーグ入会(J3リーグ参加)の手引き

 東京武蔵野シティFCがホームグランドとする武蔵野陸上競技場は、1989年にできた約7000人を収容する陸上競技場で、2017年には武蔵野市によって、ロッカールームや本部が入るスペース、スタンドの記者席などの改修がJリーグの基準に沿って行われました。しかし、この武蔵野陸上競技場のゴール裏からバックにかけてのスタンドは急勾配の芝生席です。Jリーグの昇格にはこの部分の改修が必要とされているようですが、武蔵野市はこれまでここの改修は行なっていません。このスタンドが第二次世界大戦当時、隼などの軍用機を生産した中島飛行機の武蔵野工場の一部、つまり大戦の遺構であることや、堤だったこの場所に戦争直後に桜が植えられ、現在大木になった桜の並木が武蔵野市民のお花見のスポットになっていること等が関係しているようです。

 それでも、東京武蔵野シティFCは2016年、2017年に加盟申請(J3クラブライセンスの申請)を行いましたが、このスタンドの状況が理由のひとつとなって、承認を得られませんでした。昨年は申請を見送りましたが、今年は申請を行うことができました。それを行うことができたのが、今シーズンから新たにJリーグが導入したスタジアムの例外適用申請です。

 多くのサッカーチームが上位のリーグに昇格を臨むにあたって、Jリーグの厳しいスタジアムの基準が妨げになってきました。この例外適用申請は、5年以内にJリーグが求めるサッカー専用スタジアムを建設することを条件に、現状のスタジアムでJリーグの基準にそぐわない部分を許可の基準から除外し、申請の承認を行うものです。

 ・参考:Jリーグ・フットボールスタジアム整備を推進するためのスタジアム基準の改定について

 この新しい制度を利用したのは、今年J2に所属する町田、鹿児島、琉球の3チームで、いずれもこの制度によりJ1の加入資格を得ました。そしてJFLでは東京武蔵野シティFCだけがこの制度を利用して申請を行って、9月28日にJ3への加入資格を得ることができたのです。申請が承認されたのは東京武蔵野シティFCにとって初めてのことです。

 しかし、それだけではJ3に昇格できるわけではありません。12月1日に終了する今シーズンの最終成績でJFL4位以内、ホームゲームの1試合あたりの平均観客動員数が2000人以上(15試合×トータル30000人)である必要があります。

 リーグ成績は4位以内をキープしていますが、それより大きなハードルは観客動員数です。9月末の時点でホームゲーム15試合の内12試合の消化して、東京武蔵野シティFCの観客動員数は15185人。1試合あたり1265人でした。残り3試合で14815人を集めなければならなかったのです。

J昇格へ期待が集結した観客数5284人

 東京武蔵野シティFCにとって不運だったのは、9月末に承認が降りた以降、10月中に1試合もホームゲームがない上に、残りホームゲームが3試合しかなかったことです。

 にも関わらず、申請承認後初めて迎えた11月2日のホームゲームでは、3829人とそれまでの平均の3倍以上の観客が武蔵野陸上競技場に詰め掛けました。それでも、平均2000人、トータル30000人を達成するためには、残り2試合で10986人を集める必要がありました。そして、次に11月10日に行われた試合の観客数がこのコラムのタイトルにもなった5284人だったのです。

 東京武蔵野シティFCが残り3試合に向けて、それまでにやってこなかった多額の費用が使って広告をしたり、大きな組織に大量の動員を依頼したりといった特別な集客を行った事実はないようです。しようと思ってもそんな予算もないし、動員力もない。もしあるなら、もっと早くからやっていたそうです。

 これまでとは違うことは、何よりJ3に向けてクラブライセンスの承認が降りたことです。大きな一歩を踏み出したことに、普段からこのチームを応援している皆さんや、地元の皆さんが反応したのでしょう。クラブはともかく集客のみに目標に掲げ、「J3昇格には●●人」と具体的な数字をあげて、これまでも協力をしてきた無料の新聞折り込みやSNSでの発信を行ったそうです。特に武蔵野サッカー協会が加盟チームに働きかけたり、協賛してきた企業が積極的に従業員に来場を呼びかけたりする協力があったと聞いています。

 今年のJFLで最も多くの観客を集めているチームは、先にあげた今治FCで1試合平均3038人。それまで最も観客が集まった試合は同じくJ3を昇格を狙う奈良クラブのホームゲームで5081人でしたから、11月10日の東京武蔵野シティFCの5284人は今季リーグ最多になりました。

 東京武蔵野シティFCは常勤の事務局スタッフは現在僅か3人で、それに4人の育成のコーチも加わり、パートタイムやボランティアも参加して、日常業務や試合の運営、さらの広報や営業を行っている極めて小さなチームです。名前だけで観客を集めらるような選手もいません。

 そのようなクラブチームがJFLというリーグで5000人を集めることは簡単なことではないはずです。周辺には多くの人が住んでいますが、休日の時間の使い方には地方都市にはない多くの選択肢があり、地元クラブと言っても試合に足を運んでもらうには様々な工夫が必要なはずです。

 武蔵野市は中央線沿線の東京屈指の高級住宅地、長く住んでみたい街全国1位だった吉祥寺も武蔵野市にあります。一方隣接する三鷹市小金井市小平市西東京市はいずれもFC東京の株主です。そんな土地柄にありながらも、半ば人と人の繋がりだけでこれだけの観客を集めることができたのは、これまで長年に渡ってこのチームが武蔵野に積み上げてきたものの成果であり、スタッフやボランティアの献身的な取り組みの賜物なのではないでしょう。

 来シーズンJ3に昇格することはできるか?  リーグ成績は昇格圏内の4位で11月を迎えましたが、これまでにない多くの観客を集めたホーム2連戦を1分1敗として、4位は変わらないもののピンチを迎えてます。そして、1試合平均2000人、年間30000人を突破することができるのか? 突破に必要な観客数は5703人。注目の今シーズン最後のホームゲームはリーグ最終戦の12月1日に行われます。

 突然もたらされた昇格断念の報

 というこのコラムを書き終えた翌日の13日の朝、東京武蔵野シティFCが来シーズンのJリーグ昇格を断念したという情報が入ってきました。現在の武蔵野陸上競技場の定員は5192人で、10日の試合でこれを超える観客を入れたことは安全管理上問題があり、残された12月1日も定員以上の観客を入場させることはできず、決められた1試合平均2000人、総数30000人の達成ができないことが確定し、J3の昇格基準を満たすことができないため、昇格を断念せざると得ないと発表がされました。

www.tokyo-musashinocity.com

 チームの不手際と言ってしまえばそれまでですが、おそらくここまで多くの人が応援してくれるようになるとは誰も想定をしていなかったのでしょう。同じ地域で長年、地道にクラブを運営してきた積み重ねと現在のスタッフの努力が、彼ら自身も気がつかないほど大きな輪を作っていたということになります。

 残念ながら東京武蔵野シティFCの今シーズンのJリーグ昇格への挑戦はここで終了ということになりますが、来シーズンは11月10日の5284人がスタートになります。来季こそJ3昇格に向けてチームの皆さんの健闘をお祈りします。

 

このコラムに書かれた観客動員数は、JFLの公式サイトに掲載されたデータまたはそれを元に筆者自身が計算して出した数字です。

日本フットボールリーグオフィシャルWebサイト|2019年|試合日程・結果

 

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