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オリンピックを守れるのか? 組織的な違反に決定的な解決策を出さないIOC

WADAが東京大会のロシアの排除処分を決定

 12月9日のWADA(世界アンチドーピング機構)のロシアの4年間の国際大会への参加禁止処分の発表を受けて、IOC国際オリンピック委員会)のトーマス・バッハ会長は、この決定を支持を表明しました。すでに3日の段階でIOCの常任理事会がWADAの処分の支持を表明していることから、来年東京オリンピックパラリンピックへのロシアの国としての参加は事実上不可能になりました。この処置はオリンピックとしては2018年の冬季平昌大会、パラリンピックとしては2016年リオ大会、冬季平昌大会に続くものです。

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 ロシアの組織ぐるみのドーピングは、2013年にロシアで開催された陸上世界選手権、2014年にやはりロシアで開催されたソチ冬季大会についてのWADAの検証から明らかになりました。組織的な隠蔽を明らかにしたWADAは、2015年から3年間の主要国際大会への参加禁止をIOCIOCに通告し、その結果、2016年リオ大会、2018平昌大会がその対象となったのです。

 その3年間の処分の終了年だったはずの今年の冒頭には、IOCもIPCの復帰を前提の発表を行なっていました。しかしその期待が裏切られ、2015年の処分以降もロシアの組織ぐるみのドーピングが行われていたようです。度重なる処分に、ロシア側は猛反発しています。ロシアだけをターゲットにしているなどの大統領や首相のコメントも発表されました。これだけ何度もやっていれば、普通に考えて重点的に調査されるのは当然のこと。CAS(スポーツ仲裁裁判所)への提訴も言及しているので、最終決定はわかりませんが、今後も方向性は変わらないでしょう。

アンチドーピングの歴史を振り返る

 オリンピックでのドーピングが注目されるようになったのは、1960年のローマ大会からです。この大会で自転車ロードレースの競技中に急死したヌット・エネマルク・イェンセン選手の死因が、興奮剤であるアンフェタミンの摂取だと判明してからです。選手の命を守るためにアンチドーピングが叫ばれ、翌年にはIOCは薬物対策委員会を設立して、1968年のインスブルック冬季大会とメキシコ大会で、初めてドーピング検査を実施します。

 しかし、1988年のソウル大会では、男子100m走決勝でスーパースター、カール・ルイス世界新記録で破って優勝したベン・ジョンソンが、レース後の検査で筋肉を強化する薬品を使っていたことが判明して世界に衝撃を与えました。彼は金メダルを剥奪され記録が抹消された上に、2年間の出場停止処分を受けました。

 1999年にはIOCや各国政府が中心となって、独立した検査機関である世界アンチ・ドーピング機構(WADA)が設置され、以降オリンピックをはじめとする国際的な競技大会でのドーピングに対する対策や対象となるドーピングの指定を行なっています。さらに2007年にはユネスコから「スポーツにおけるドーピング防止に関する国際規約」が発効されて、スポーツにおけるアンチドーピングが国家間における国際ルールになりました。

 しかし、その後もオリンピックでの競技やオリンピックで実績をあげた選手のドーピングがあとを絶たず、さらに今回のロシアのように国レベルの組織的な関与も判明しています。WADAは2012年ロンドンオリンピックで採取された検体についても調査を続けていて、今後この大会に参加した選手についても大規模なドーピングが発覚する可能性があります。

ドーピングはなぜ悪いのか?

 では、ドーピングはなぜいけないのでしょうか? 日本アンチ・ドーピング機構が発行している「スポーツに関わるすべての方々に アンチ・ドーピング ガイドブック」(平成24年12月発行)からピックアップしてみましょう。

フェアプレイの精神に反する
ドーピングはルールで禁止されています。そのため、ドーピングという行為は、フェアプレイの精神の一つであるルールを守るということに反する行為です。

健康を害する
ドーピングを行うことによって、身体や精神に重い副作用がおこりえます。アスリートの健康を守るために、ドーピングは禁止されています。

反社会的行為
ドーピングは社会に大きな悪影響を及ぼす反社会的行為であることから、禁止されています。

スポーツの価値を損なう
ドーピングは社会的信用を失い、深刻な健康被害を引き起こすだけでなく、みなさんが共有しているスポーツの価値を失うことにもなりかねません。

 スポーツに関わるすべての方々に アンチ・ドーピング ガイドブック

 ここに挙げられている4つの項目は、近年国際的に一般に言われている項目で、2006年に発効された「スポーツにおけるドーピング防止に関する国際規約」の中でも同様のことが書かれています。しかし、それぞれの項目の内容自体はあまり説得力があるとは言えないでしょう。

 特に「フェアプレイの精神に反する」では、ドーピングは「ルールで禁止」されているから「ルールを守るということに反する行為」だという論理です。スポーツで言うフェアプレイとは、「天性の才能があるものの、本来はトレーニングと努力の成果を競い合うものである」ことがベースにあり、ドーピングはそのトレーニングと努力の成果を否定すると明確に示すべきでしょう。またドーピングには多額の費用がかかるので、その費用を用意することができる人だけがそのメリットを得ることができるという不公平も存在しています。

「反社会的行為」の項では、「ドーピングは社会に大きな悪影響を及ぼす反社会的行為」としていますが、スポーツ団体がスポーツを通して社会の健全化を目指していることやトップアスリートは社会の規範のなるべき立場であることを明言すべきです。先にあげた「スポーツにおけるドーピング防止に関する国際規約」の中でも、「ドーピングがユネスコの体育及びスポーツに関する国際憲章並びにオリンピック憲章に具現された倫理上の原則及び教育上の価値を危険をさらしていること留意し」「優れた競技者が青少年に与える影響に留意し」と書かれています。

 文部科学省|スポーツにおけるドーピング防止に関する国際規約

ドーピングとは何か?

 続いては、何がドーピングであるかの規定です。これも先ほどあげた「スポーツに関わるすべての方々に アンチ・ドーピング ガイドブック」を参考します。

ドーピング防止規則違反

  1. 競技者の検体に、禁止物質又はその代謝物若しくはマーカーが存在すること
  2. 競技者が禁止物質若しくは禁止方法を使用すること又はその使用を企てること
  3. 適用されるドーピング防止規則において認められた通告を受けた後に、やむを得ない理由によることなく検体の採取を拒否し若しくは検体の採取を行わず、又はその他の手段で検体の採取を回避すること
  4. 検査に関する国際基準に準拠した規則に基づき宣告された、居場所情報未提出及び検査未了を含む、競技者が競技会外の検査への競技者の参加に関する要請に違反すること。検査未了の回数又は居場所情報未提出の回数が、競技者を所轄するドーピング防止機関により決定された18ヶ月以内の期間に単独で又はあわせて3度に及んだ場合には、ドーピング防止規則違反を構成する。
  5. ドーピング・コントロールの一部に不当な改変を施し、又は不当な改変を企てること
  6. 禁止物質又は禁止方法を保有すること
  7. 禁止物質若しくは禁止方法の不正取引を実行し、又は不正取引を企てること
  8. 競技会において、競技者に対して禁止物質若しくは禁止方法を投与すること、若しくは投与を企てること、競技会外において、競技者に対して競技会外で禁止されている禁止物質若しくは禁止方法を投与すること、若しくは投与を企てること、又はドーピング防止規則違反を伴う形で支援し、助長し、援助し、教唆し、隠蔽し、若しくはその他の形で違反を共同すること、若しくはこれらを企てること。

 スポーツに関わるすべての方々に アンチ・ドーピング ガイドブック

  ドーピングは一般的に知られている禁止薬物の使用だけでなく、血液や器具などもその対象となります。例えば、事前に自分の血液を採取して、試合前に赤血球だけを本人の体に戻すことで赤血球の濃度をあげます。これによって持久力を高めることが可能です。またツールドフランスでは、自転車に超小型のモーターを取り付けることで推進力を高めました。これもドーピングのひとつです。

 そして、ドーピングを隠すために行う行為もドーピングと定められています。ドーピングとアンチドーピングとの間にはお互いに技術革新の競争が続いています、ドーピング隠しの技術が日々進む中で、ドーピング破りの技術も日々進められているのです。ですから、例えば2012年ロンドン大会で採取した検体から、当時は確認できなかったドーピングが、現在の技術では確認ができる可能性があるのです。

 ドーピングを防止するための検査の妨害や、その正しいプロセスを改ざんする行為もその対象となっています。今回問題となったロシアによる組織的ドーピングは主にこれにあたる行為だと思われます。こうした大規模の隠蔽工作を、今後どのようにして防止していくか、徹底的な検証と措置が期待されます。

IOCは組織的なドーピングを本気で止める気があるのか?

  IOCは今回のWADAの処分を受けて、来年の東京大会にアンチドーピングのための新たな予算を組んで、この大会をクリーンな大会にすることを明言しました。

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 2016年のリオ大会に向けては、WADAが2013年の陸上世界選手権とソチ冬季大会でロシアの国家的なドーピングが行われていたということを報告し、ロシア選手の締め出しを提案しました。WADAの提案にIOCとIPC(国際パラリンピック委員会)でその判断が分かれました。IPCはいかなる選手の出場も認めなかったのに対して、IOCは一部制限はつけたものの最終的な判断を競技団体に一任し、その結果、ロシア選手団として発表された391人のうち274人がロシア代表として出場することができました。

 そして、平昌大会では、IOCが定めた厳しい資格審査と検査をパスした選手を、OAR(ロシア出身のアスリート)という名称で出場を認めました一方で、 IPCはNPA(中立のパラリンピックアスリート)としての出場を認めロシアの存在を名称の上でも消し去っています。

 日本ではIOCの判断を「弱腰」と報道していましたが、筆者はそうは思いません。IOCは積極的にロシアの立場を擁護したと思います。その意味ではロシアが国家ぐるみで行なったドーピングの共犯です。なぜIOCは共犯となったのか。その理由はマーケティングです。世界で最も広大な国土を持ち、約1.5億人の人口を擁するロシアはIOCにとって大きな市場です。放映権でもそうですし、IOCのスポンサーにとっても同様でしょう。自らが掲げるオリンピック憲章とは裏腹にオリンピックのビジネス化の推進するIOCにとって、この巨大な可能性に満ちた市場を完全に失う可能性に繋がる選択肢はなかったのでしょう。おそらく今後のIOCの本当の意味での最終判断は、多額の協賛金を支払うスポンサー企業次第になるかもしれません。

 しかし、アンチドーピングを進める意味では平昌大会以降に大きな転換がありました。昨年4月WADAは自らの規約改正で、自らの判断に強制力をもたせることに成功しました。リオ大会や平昌冬季大会の際には提案、提言だったものが、それ以降はWADAの判断そのものが国際的な「処分」になったのです。IOCやIPCもこの改正に署名しているので、これに従うしかありません。IOCの主導で1999年に設立したWADAは、その独立性を高め、IOC以上の権威を持ったことになります。アンチドーピングがそれだけ国際社会で急務と判断されているからだろうと思われます。

 WADAは、厳しいチェックを克服して個人での参加を承認されたロシア出身の選手たちの意義を高め、一方でロシアの国としての存在を薄めるために、オリンピックでもIPCのようにもっと中立性の高い名前、ロシアが全く分からないようにして参加させるべきだとしています。

 より一層厳しい視線にさらされるドーピングが、来年の東京を舞台にどのように展開していくのか、IOCの対応とともに注目されます。