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マリノスとヴィッセルの優勝から未来のJクラブ経営を考える

過渡期には新しいスタイルのクラブが登場する

 日本のサッカーのシーズンは、1月1日に新国立競技場で行われた天皇杯決勝で、ヴィッセル神戸が、2−0で鹿島アントラーズに勝利して、チーム初のタイトルを手にしました。リーグ戦では、横浜F・マリノスがリーグ戦終盤で逆転して、14年ぶりの優勝を果たしました。ヴィッセル神戸横浜F・マリノスの優勝は、Jリーグの新しい時代の幕開けを示唆するものになるかもしれません。

 マリノスの前身である日産自動車サッカー部は、日本リーグの他のチームに比べると後発の1972年に誕生し、1979年に当時のトップリーグである日本リーグ1部に初昇格し、金田喜稔木村和司、水沼貴志、柱谷幸一ら、その後の日本サッカー界を牽引する日本代表クラス選手たちを新卒で獲得したり、元ブラジル代表主将のオスカー・ベルナルディを獲得して、チームだけでなくリーグ全体に大きな影響を与えました。また、当時の西ドイツで日本人初のプロサッカー選手となった奥寺康彦が帰国しプロとしてプレーするために86年に創設された、スペシャルライセンスプレーヤーという資格を、このチームの中心選手の木村和司が獲得するなど、他のチームに先駆けてプロ化に向けた準備も積極的に行なっていました。

 このように他のチームにはない積極的に強化を行った結果、日本では稀有な存在だったクラブチームスタイルの読売クラブ(現東京ヴェルディ1969)と共に、終末期の日本リーグをリードし、さらには、1993年に始まったJリーグの草創期でも、この新しいスタイルの2クラブがリーグの中心となっていたのです。1993年のJリーグ開幕戦がこの2クラブ、横浜マリノスヴェルディ川崎だったことはその象徴的なシーンでした。

日本リーグ優勝、準優勝チーム(1988年〜1992年)

  1988-89 1989-90 1990-91 1991-92
優勝 日産自動車 日産自動車 読売クラブ 読売クラブ
準優勝 全日空 読売クラブ 日産自動車 日産自動車

Jリーグ優勝、準優勝クラブ(1993年〜1995年)

  1993 1994 1995
優勝 ヴェルディ川崎 ヴェルディ川崎 横浜マリノス
準優勝 鹿島アントラーズ サンフレッチェ広島 ヴェルディ川崎

景気の低迷とチームの経営の限界

 1993年に始まったJリーグですが、わずか3年後から観客数の急激な減少が始まり、1997年には1994年のピーク時と比較して48%も減少します。こうした中で、平塚ベルマーレ(現湘南ベルマール)の経営母体であるフジタやヴェルディ川崎(現東京ヴェルディ1969)の親会社の読売新聞がクラブ経営から撤退するなど、バブル崩壊後の日本経済の沈下の中でJリーグクラブの経営環境が悪化していきました。こうした流れを決定的にしたのが、1998年の全日空佐藤工業の業績低迷に伴う横浜フリューゲルスの事実上の解散です。横浜フリューゲルスの経営権は横浜マリノスに吸収され、横浜F・マリノスになります。

 フリューゲルスを中心としたサポーターはこの合併に反対し、フリューゲルスを再建するために資金を集めるなどの活動を行なって、その結果1999年に現在の横浜FCが誕生します。

 このフリューゲルスの消滅は、大企業の経営状況などの都合でチームの存続が左右されるような状況に陥らないよう、クラブの独立性を高めようとする風潮をサッカー界に生みました。また、リーグはクラブに経営状況の把握し、クラブと共にチーム財政の健全化を目指すことになります。

 元々、Jリーグ創設の中心人物となったチェアマン・川淵三郎氏が目指すチーム運営の形は、日本リーグ時代の企業に依存した日本独特の企業スポーツにかえて、企業とは距離を置いた地域に根ざしたクラブチームとしての形態でした。企業の影響力をできる限り排除した独立した法人としてチームを運営し、これまであった企業名をチーム名や法人名から無くすことを目指しました。目標としたのは、それぞれの街を代表して、総合スポーツクラブのサッカーセクションが活躍するドイツのスタイルです。ヨーロッパを代表する強豪チームであるバイエルン・ミュンヘンでも、ミュンヘンという工業都市の街のクラブであることに変わりはないのです。こうしたJリーグ設立の理念が再認識されることになります。

クラブライセンスと責任企業制

 サッカーチームの経営の健全化を目指して2007年に国際サッカー連盟が導入したクラブライセンス制は、2013年にはアジアサッカー連盟にも導入されてAFCアジアチャンピオンズリーグの参加資格となります。Jリーグでもこれに先立ってアジアサッカー連盟クラブライセンスに沿った制度が導入されることなります。

 クラブライセンスはクラブの状況を「競技」「施設」「組織運営・人事体制」「財務」「法務」の5分野で審査を行ってライセンスを発行するものですが、中でも大きなポイントは「財務」です。事実上3年に渡って赤字経営をすることができなくなるというポイントがあります。一般的な企業にとって、赤字=借金は決してネガティブ要因とは言い切れませんが、このライセンス制度によってJリーグクラブは、事実上赤字経営ができなくなってしまいました。これによって、フットボールクラブという企業は、経営上の大きなダイナミズムを失うことになってしまいました。(2019年規約改正で規定に弾力性が持たされました)

 このクラブライセンスの導入と並行した時期にJリーグに誕生したのが「責任企業」という考え方です。一つの企業がチームの経営的な責任を負うという考え方で、最もわかりやすい点としては、チームが赤字になった場合にその赤字を責任企業が補填し、赤字を解消しなければいけないことです。

 しかし、上場企業をはじめJリーグのクラブの経営に責任を負うことができるような規模の企業が、チームが赤字を出した時に無条件にその赤字を補填できるためには、法律的にひとつの大きな条件があります。クラブの法人を連結決算にする必要があるのです。つまり、クラブを子会社化、孫会社化する必要があるのです。現在、J1、J2以上の多くのJリーグクラブが、大手企業の子会社になっているのはこのためです。

 クラブライセンスが導入された時期が2008年のリーマンショックから多くの企業が立ち直っていない時期だっただけに、リーグを形成するチームの安定経営を確立するため致し方ない方法だったのかもしれません。しかし現状の多くのJリーグクラブは、法人格を取得して形こそ親会社から独立をしていますが、その経営の実態は日本リーグ時代の企業スポーツと変わりがないことになるでしょう。時計の針は大きく20年以上に前に戻されたことになります。

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 こうしたクラブの状況を本来Jリーグが目指しているはずのJリーグ百年構想に逆らう行為だとして、クラブや企業を批判する指摘が少なくありませんが、この流れを作っているのはJリーグ自身で、それぞれのチームではありません。百年構想と相反する概念のためなのか責任企業が明文化されていないために、余計に周囲に誤った印象を与えています。

Jリーグ百年構想とは:About Jリーグ:Jリーグ.jp

 毎年赤字が補填される経営環境を作り、チームの経営が安定する環境づくりには成功しましたが、残念ながらJリーグの各クラブに内向きな経営を促してしまったのかもしれません。ダ・ゾーンによる多額の放映権料が提供されて、成績上位チームの賞金のほかリーグからの分配金が大幅に増額されてからも、サポーターから期待されているような高額な選手の獲得などの積極的な経営を行うクラブはほとんどありません。

マリノスは国際的な競争力を目指すのか?

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 こうした中で、2019年シーズンにリーグ優勝した横浜F・マリノス天皇杯で優勝したヴィッセル神戸は他のクラブとは異なった経営が行われています。

 マリノスは、2014年まで親会社である日産自動車がクラブの株式の内約93%を所有していましたが、シティ・フットボール・グループが第三者割り当てにより約20%の株を取得して、グローバルパートナーシップという名称の下チームの経営に参画させたのです。シティ・フットボール・グループと言えば、プレミアリーグの強豪マンチェスターシティの親会社で、他にもニューヨークシティFC(アメリカ)やメルボルンFC(オーストラリア)、ジローナFC(スペイン)を所有しています。日産自動車はシティ・フットボール・グループとのパートナーシップにより、マンチェスターシティのスポンサーにもなっています。

 今回のマリノスのリーグ制覇にシティ・フットボール・グループの経営参加がどの程度の影響があったかは未知数ですが、日産自動車マリノスが、サッカーチームの経営を専業とする国際的な企業にチームの経営に参画させたことは、将来的にマリノスを、日産自動車から経営的に独立させて国際的な競争力があるチームすることを目指したと想像されます。

 マリノスは昨シーズンの優勝で今年のアジアチャンピオンズリーグ(ACL)の出場資格を得ました。シティ・フットボールクラブとの提携によって得ることができるノウハウは、こうした国際試合の環境で明らかな効果を発揮するのかしれません。

 今後、グループ内のチーム間での育成選手の交流やその広いネットワークを使った人材発掘が期待されています。

 一方で、2014年当時のマリノスは高額な人件費などによって連続して赤字経営となっていました。シティ・フットボール・グループの資本参加とパートナーシップによって、その時まであった赤字は解消されましたが、その後は毎年収支バランスでギリギリの経営が続き、大きな挑戦ができるような経営状況にはなっていません。今後ACL参戦などでチームの価値を高めて、積極的な経営できる状況を作ることが期待されます。

クラブの社会的な価値を高め利用するヴィッセル神戸の経営

 マリノス以上に際立った戦略と明確な結果を見せているのがヴィッセル神戸です。2015年に三木谷氏の個人会社と言えるクリムゾンスポーツの株のすべてを、楽天が取得し100%子会社にした時期から、ヴィッセルの積極的な強化やマーケティングが始まりました。スペインの至宝とも言われるイニエスタの獲得は世界を驚かせました。その以前には楽天自身が、FCバルセロナに4年総額257億円の協賛金を支払って楽天のロゴがバルセロナの胸に輝くことになりました。アンドレス・イニエスタの獲得はこの延長上にあるのでしょう。

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  三木谷浩史氏が目指したものは明確にヴェッセルの数字となって表れています。イニエスタの獲得などでチーム人件費が大幅に増額していますが、その間にスポンサー収入、入場料収入共に増額し、営業収益の増額は人件費の増額分の三倍に達し、その総額では長年トップだった浦和レッズを抜きトップとなり、Jリーグ全体の数字を押し上げるほどになっています。収支的にもわずか2年で大幅な黒字を計上し、ギリギリや赤字のチームが多い中で、積極的な経営の効果は歴然としています。

ヴェッセル神戸の収入と支出の推移(2016年〜2018年) 金額の単位は百万

  2016年 2017年 2018年 前年比
営業費用総額 3,823 5,337 7,641 +2,310
チーム人件費 2,068 3,104 4,477 +1,373
営業収益総額 3,865 5,237 9,666 +4,429
スポンサー収入 2,221 3,352 6,208 +2,856
入場料収入 427 514 840 +326

2018年度 クラブ経営情報開示資料 | Jリーグ

 ヴィッセルの経営戦略が他のチームと明らかに異なっている点は、ヴィッセルが親会社である楽天との相互的なマーケティング戦略が行われていて、ヴィッセルの社会的な価値を積極的に高めることで、楽天にとってのマーケティング価値を高めて、相互に成長していることです。楽天FCバルセロナとのグローバルパートナーシップも、そうした戦略もその一環なのでしょう。

 もうひとつ特徴的なことは、ヴィッセルの価値を高めるための積極的なメディア戦略です。例えば、アンドレス・イニエスタは世界的な名選手で、サッカーに詳しい人であれば彼のJリーグに加入は驚きを持って迎えられたことですが、クリスティアーノ・ロナウドやメッシのように誰でも知っているメジャー感のある選手でありませんでした。それがすっかり日本でも誰でもが知る選手に格上げされました。FCバルセロナとの連携やルーカス・ポドルスキなど他にもメジャー感のある選手を獲得などで話題を発信し続けることで、持っているコンテンツの価値を高めることに成功しています。

 このように親会社が積極的にクラブの価値を高め、その価値を利用している例は、これまでJリーグおろか日本のスポーツ界にはありません。プロ野球ではソフトバンクホークス楽天ゴールデンイーグルスが自社のECアーケードのセールと連携したり、古くは読売ジャイアンツの読売新聞や中日ドラゴンズ中日新聞のように、当時はなかなか手に入らないプラチナチケットだった試合のチケットを定期購読者に配布して、本社の新聞の購買に繋げた例もありますが、ここまで継続的で総合的なマーケティングの例はなかったでしょう。

グローバル化は今後のJリーグが国際的な価値を高められるか次第

 最近Jリーググローバル化の波に飲まれるリスクを書く記事を散見しますが、筆者はこれは誤りだと考えます。なぜなら、グローバル化の波に晒されるには、Jリーグが国際的な市場での価値、投資価値を認められる必要があるからです。もともと世界的には規模が小さく、人口減少とともに縮小方向にある日本のマーケットだけをJリーグが対象としている限りは、海外からの投資を見込むことは難しいでしょう。例えば、東南アジアでJリーグが大人気となりダ・ゾーンの配信が急増するなど、海外の企業にとっても投資に相応しい国際的な価値を創造する必要があります。もちろん、投資側もその投資によってJリーグの価値の新たな創出や拡大を促す必要がありますが、大前提としてそうした体質があるか?人材がいるか?などの素地が求められるはずです。

 グローバル化によるアイデンティの喪失を心配するよりも先に、国際的に注目されるためにより一層その価値を高める作業が必要なのです。日本の一般企業ですら既に事実上縮小方向にある日本経済を前に、軸足を海外に置こうとしている現代にあって、今後海外から投資が見込めない場合は、長期的に見てリーグの縮小は避けられない現実なのです。もちろん、これはJリーグだけでなく全てのスポーツ共通することです。

 その意味では、多額の配信権料を支払うダ・ゾーンやマリノスと提携するシティ・フットボール・グループは、その偵察の役割を果たしているのかもしれません。Jリーグというコンテンツやそこで育つ選手が、グローバルな基準でどれだけの価値を見出されるのか、それによってグローバル化が現実のものになるかどうかはかかっているでしょう。