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選手に勝負勘を求める監督に勝負勘はあるのか?

森保監督が口にした勝負勘とは何だろう?

 1月12日にバンコクで行われたU23アジア選手権で、日本代表はシリアに1-2で破れ、初戦のサウジアラビア戦に続く連敗で、グループリーグ敗退が決まりました。日本代表がオリンピックアジア予選のグループリーグで姿を消すのは、史上初めてのことだそうです。

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 ISの台頭と掃討作戦、トルコ軍の侵攻などで2011年以来内戦や空爆が続き、およそサッカーどころではないとも思えるシリアが、バンコクまでやって来て堂々しっかりとしたサッカーで勝利するのだから驚きです。日本だけが開催国枠で決まっている東京オリンピックの出場権の存在が、メンタル的な影響を与えていると指摘する声がメディアから発せられ、選手自身からも出ているようですが、シリアの国情を考えたらそんな言い訳を口にするのも恥ずかしくなります。

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 この試合終了後、森保一監督は、選手に勝負勘を培って欲しいとインタビューで話をしたと言います。これを聞いた人の多くは、頭に二つの?マークが浮かんだのではないでしょうか?

 ひとつは、彼の言う勝負勘とはなにか? もう一つは勝負勘とは若い選手たちに求めることなのか?

 早速ネットで「勝負勘」を検索すると、昨年のプロ野球クライマックスシリーズでのソフトバンクホークス工藤公康監督の采配がヒットしました。

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 なるほど、これなら少なくとも筆者が考える勝負勘というイメージにマッチします。指揮官が勝負どころと感じる場面で、勝負をかけた奇策を使うことです。奇策であればそれを失敗すれば敗戦に導くことになりますし、指揮官はその責を負うことになります。

 さらに、森保監督の言葉に呼応するかのように、朝日新聞にはこの大会でタイ代表を率いる西野朗監督の勝負勘についての記事がアップされました。5対0で予想外の勝利した初戦バーレーン戦では、多くの人が予想していなかった17歳の選手を先発に使いその選手が得点、試合終盤では3ボランチで相手の攻撃をしのいだ上に、最後に投入した選手も駄目押しゴールを決めたそうです。

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 西野監督と言えば、日本ではフロリダの奇跡と言われる、1996年アトランタオリンピックでのブラジル戦での勝利があります。絶対的な劣勢が予想された試合で、徹底的なディフェンシブな陣形から、90分間に1度か2度しかないカウンターのチャンスにかける。当時は批判も少なくはなかったですが、まさに彼の勝負勘による采配だったと言えると思います。

 一昨年のロシアワールドカップのグループリーグ最終戦ポーランド戦で見せた采配も、やはり西野監督の勝負勘と言えるのではないでしょうか。試合自体は0−1で負けているのにも関わらず、グループリーグ突破を狙って、あえてゴールを狙わず、ボールキープに徹した判断は賛否を呼びましたが、日本代表をベスト16に導いたことは事実です。

 やはり勝負勘という言葉は、少なくともチームスポーツでは指揮官に似合う言葉のようです。しかし選手にそれを求めるとしたら、勝負どころを見極めてそのタイミングに相応しいプレーをする、11人が一体となってボールを奪いゴールを取りに行ったり、試合をコントロールするようなことでしょう。それは即ちゲームマネジメントという言葉が置き換えられると思います。

 ゲームマネジメントの痛い経験を振り返ると指揮官の勝負勘が見えてくる

 日本のサッカーファンはこのゲームマネジメントによって、過去大きな辛い体験をしてきています。その代表格が「ドーハの悲劇」と呼ばれるあの試合です。

 1993年10月28日、サッカー日本代表は悲願だったワールドカップ初出場にあと一歩のところまで迫っていました。翌年行われるアメリカワールドカップアジア最終予選の最終戦。この試合の前まで首位に立っていた日本は、イラク相手に後半44分まで2−1でリードし、このまま試合終了のホイッスルを聞くことができれば、日本はライバル韓国を抑え初のワールドカップ出場することができました。
 しかし、終了間際、日本は相手陣でラモス瑠偉の不用意なパスをカットされ、カウンターから厳しいシュートを受けます。GK松永成立のセービングで辛くもコーナーキックに逃れましたが、このコーナーキックからヘディングシュートを決められ、このまま試合終了。この結果、得失点差で韓国に続く3位となってワールドカップ出場は叶いませんでした。
 この試合の日本代表は、1−1の同点から後半24分に中山雅史のゴールでリードを奪い、そのまま試合を終えることができれば、1位でワールドカップの出場権を得ることができました。しかし、映像を見る限り日本代表はポゼッションを意識して、いわゆる時間かせぎをしている様子は全くありません。後半36分には、勝ち越しゴールをあげた中山に代わって武田修宏を投入していますが、中東での連戦のためか誰の目にも運動量が落ちたラモスはピッチ上のままです。ダイナモのような運動量を誇る北沢豪や高いフィジカルで前線でボールをキープできる黒崎比差支と交代させるなど、ゲームをコントロールするために別の選択肢があったはずです。筆者は試合終了の瞬間にラモスをピッチに立たせてやりたいという、ハンス・オフト監督の親心のような気持ちが、名将の勝負勘を鈍らせたと考えています。

 そして、あのドーハの悲劇からおよそ四半世紀。記憶に新しい一昨年のロシアワールドカップでも、ゲームマネジメントのミスで日本のサッカーファンが苦い思いをしたことは記憶に新しいところです。
 1勝1敗1分けで辛くもグループリーグを突破した西野ジャパンは、決勝トーナメント1回戦で優勝の候補の一角と目されたベルギーと対戦しました。前半は両チーム無得点で終わりましたが、後半開始から日本代表が続けて2点をあげて先行するという予想外の展開を見せました。しかしここからベルギー代表にスイッチが入ります。連続して日本ゴールに迫るベルギーは24分と29分の連続ゴールで追いつきます。そして、 6分間のアディショナルタイムの終盤、日本代表は自らのコーナーキックのボールを奪われ、素早いカウンターで決勝ゴールを決められるのです。

 失点の原因となったコーナーキックのシーンでは、ベルギー自慢のスピードに溢れる3トップが自ゴール前に戻っていないために、日本デフェンスが相手ゴール前に上がり切れていませんでした。それに気づいたのか、香川真司はボールをセットした本田圭祐に近づきショートコーナーを促しますが、81分に交代出場したばかりの本田は香川を無視するかのようにボールをゴール前に蹴り、そのボールが相手ゴールキーパーにキャッチされて決勝点を奪われることになります。

 おそらく、同点になってからのどこかのタイミングで、90分で勝ち行くか、延長戦を狙うのか、明確に決めることが必要だったと思います。延長に備えてのためか選手交代枠をすべて使い切らなかった一方で、アディショナルタイムのマイボールでも攻め続けたあたりに、チームとして意思統一ができていなかったことは明白でした。

 決勝トーナメント進出を決めたポーランド戦とは違って、同点で延長戦に突入することが目標達成に繋がるとは限りません。終盤の戦いを見れば失点のタイミングを先送りにしただけになったかもしれません。それでも意思統一は必要です。その意思を決めるのは監督であり、まさに監督の勝負勘ではないでしょうか。筆者はポーランド戦の時間稼ぎで様々な批判を浴びたことが西野監督に勝負勘を鈍らせたと考えています。
 一方で、失点されれば敗退するアディショナルタイムの相手コーナーキックのシーンで、フォワードを自陣に戻さなかったベルギーのロベルト・マルティネス監督の判断こそが勝負勘と呼べるものだろうと思います。 

選手交代は監督の勝負勘を発揮できる最大のシーン

 今回のU23アジア選手権の日本代表の戦いの中で選手交代について振り返ってみましょう。

 まず第1試合のサウジアラビア戦では、後半11分に食野亮太郎のゴールで1−1に追いついた後、試合が動かなかったにも関わらず、後半40分過ぎまで交代枠を二つも残したのはどうしてでしょう。実際に相馬勇紀と田川亮介がピッチに立ったのはアディショナルタイムに入ってからです。おそらくヨーロッパのメディアであれば、この監督は試合に勝つ気がないと評するでしょう。

 そういう監督に試合後に話を聞くと、ほとんどが「そのままでも点が取れそうな雰囲気があった」等々答えます。言い換えれば、点が取れそうな雰囲気を、新しい選手を入れて壊したくないということです。

 第2戦でも、前半30分に同点に追いついた以降試合が動かなかったにも関わらず、最後の切り札として旗手怜央が投入されたのは後半41分でした。アディショナルタイム4分を含めて彼に与えられた時間はわずか8分。旗手は「こんな時間で何をやれと言うんだ」と思いなからピッチに立ったかもしれません。それでも積極的に決定的なシュートを放つなど試合の流れを変えただけに、交代のタイミングがもっと早ければと惜しまれます。

 77分にディフェンダーの渡辺剛の負傷で交代していますが、この負傷交代が無ければ、この試合でも終盤まで二人の交代枠を使わない可能性があったと思います。

 そもそも、第2戦は第1戦から6人もの先発メンバーを入れ替えています。ということは、大会の初戦で信頼を持って送り出した11人の内の6人がベンチにいるということです。試合が動かなければもっと積極的に交代をすべきだったと筆者は考えます。

 日本人には国際舞台での指揮は時期尚早だと言うつもりはありませんが、日本人監督はベンチの中で考えている時間が長い監督が多いのが事実です。コーチと相談しているならまだしも、目の前の試合もそっちのけでメモを書いたり見ていたり、明らかに一人悩み続けている監督もいます。

 試合は生き物です。ワンプレー、ワンプレーで流れが変わり、新しい局面が生まれます。だからベンチワークもスポーツです。瞬時に判断できなければなりません。レベルが高くなればなるほど、スピードを要求されます。その瞬時の判断=ひらめきのようなものが勝負勘と言えるものではないでしょう。

敗戦の将は、まず自らの武運と勝負勘のなさを恥じるべき 

 敢えて選手に勝負勘を求めるなら、25年前ドーハで不用意なパスを出したラモスであり、昨年のベルギー戦で躊躇なくゴール前にボールを蹴った本田にでしょう。共にベテラン選手として自他共にチームリーダーを認める選手でしたから、勝負勘を求められても本人も納得するでしょう。

 しかし、選手たちに勝負勘を求める前に、勝たなければならない勝負に破れた指揮官は、まず、勝負に勝てない自らの武運のなさと勝負どころで勝負ができない勝負勘のなさを恥じ、自省すべきでしょう。

 そしてもう一つ。監督という仕事の中には、自分が考えていることを、正確に選手に伝えるという能力が含まれます。勝負勘という言葉が今の若い選手たちにどのように届いたでしょうか? さらに代表監督には、メディアや国民にも正しいメッセージを発する義務を負います。現代のサッカーの指導者ならば、せめてゲームマネジメントという言葉を使って欲しかったと筆者は考えます。

  

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