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そして東京マラソンは開催された。

一般ランナーの参加中止は東京マラソンの現状を見れば必要だった

 新型コロナウイルスのさらなる感染拡大が危惧され、2月26日には安倍首相から大型イベントの自粛が要請されて、数々のイベントが中止、延期されることになりました。そうした中で東京マラソンが3月1日に開催され、全体4位でフィニッシュラインを切った日本人トップの大迫傑選手が、自らの日本記録を20秒更新する2時間5分29秒で、3枠目の東京オリンピック代表の座を大きく手繰り寄せました。

 本来、日本屈指の人気スポーツであるマラソン代表の決定と市民ランナーの集いとして注目を集めるはずだった今年の東京マラソンは、それとは全く違う視点で注目を集めていました。

 新型コロナウイルスの感染者が全国に次々と現れる中、東京マラソンを開催する東京マラソン財団は、2月17日に約38000人が参加予定だった一般の部を中止し、男女の車椅子マラソンを含めた、エリートランナー約200名だけが参加するレースにすることを発表しました。

www.marathon.tokyo

 世界でも最大規模の参加人数を誇る東京マラソンでは、開催当日は新宿駅から都庁前のスタート地点への移動も、ラッシュ時のような大群衆での移動になります。しかもそのほとんどが地下道を通ります。仮設が中心のトイレはほとんど予防対策のしようがありませんし、全員が使うわけではありませんが、手荷物の預り所も大変な混雑です。前日のエントリー会場も時間によっては同様で長い列で待つこともあります。何より一般ランナーは、スタート前の30分〜1時間を、すし詰めに近い状態でスタートライン付近の道路で待たされることになります。

 さらに沿道には、多くの観衆が集まり、38000人を相手にする給水ポイントや栄養補給のポイントは大混雑で、そこには数多くのボランティアが配置されます。それに加えて、沿道にはボランティアでランナーに振るまう人たちも登場します。

 メディアの反応などを見ていると、一般ランナー中止の有効性を疑問視する専門家の声も少なくありませんでしたが、このマラソンイベントの現実を見ればいかに不特定多数の人たちの接触の機会が多く、感染のリスクも高いことがわかり、中止の有効性も見直されると思います。全てのマラソンイベントがこのような状況ではありませんので、各イベントごとに最大限の対策を行なった上で、開催の可否をそれぞれに判断すれば良いのだろうと思います。

東京マラソンは大規模イベントか否か?

 38000人が参加する一般の部が無くなり、大会規模が大幅に縮小され、例えばボランティアも約10000人から900人程度になったそうです。しかし、東京マラソンの開催にはさらに大きな試練が待ち受けていました。

 2月26日に安倍首相が大規模イベントの開催の中止、延期、縮小を要請したことで、事前に延期を決めていたJリーグを含めて、プロ野球BリーグVリーグ、Tリーグなどが試合の延期、中止、無観客開催を発表し、東京マラソンにも更なる対応を迫られる雰囲気が生まれていました。これに対して日本陸上競技連盟は27日に、東京マラソンや翌週に行われるびわ湖毎日マラソン、名古屋ウイメンズマラソンは、例えば参加選手が東京マラソンで200名程度なので大規模イベントにあたらず、中止、延期の必要はないと判断をしたそうです。

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 この考え方について皆さんはどう思われたでしょう。筆者はあまりに身勝手で、危機意識のない判断だと思います。公式戦を延期したJリーグの出場選手は22人+アルファ、オープン戦全試合を無観客にしたプロ野球の全選手は18人+アルファ、東京マラソン当日に春場所の無観客開催を決定した大相撲ですら、1日に土俵にあがる力士は120名です。この考え方で言えばいずれも大規模イベントには当たりません。

 選手たちの数ではなく、多くの人が集まって試合観戦をすることで、観客同士での感染のリスクがあったから対応を迫られたのです。自分たちは一般ランナーの参加を取りやめて、十分な対応をしたという意識がそういうメッセージを発信させたのでしょう。しかし本来であれば、沿道の応援を100%禁止にでもしなければ、大規模イベントという位置付けは変わらなかったはずです。しかし日本では公道レースで法律的にそうしたこともできるはずもなく、レース前日に「陸上競技を応援してくださるみなさまへ」と題して、日本陸連がホームページに応援自粛の要請を掲載するのみに止まりました。

 実際に、レースの映像を見てみるとスタート当初は少なかったものの、雷門や門前仲町、品川の折り返し地点からのゴールにかけてはかなり人手があったように見えました。

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 イベント主催者として「集まってしまった」では済まされません。ホームページで自粛を呼びかけたからと言って、かなりの数の人が沿道に訪れることは十分に想像され、また人数の多少に関わらず、観戦、応援に訪れた人たちに向けて、感染予防のための対策を行うことがイベント主催者としての責任だったはずです。そのための最大限の努力がされていたか、危機意識を高めて今後に生かすべきだと思います。

海外招待選手たちは東京のスタートラインに立つのか?

 もう1つのポイントだったのは、日本国内で新型コロナウイルスの感染が広がっていることが世界的に報道されている中で、海外からの招待選手が本当に来日しスタート地点に立ってくれるかです。その点では、男女のマラソンレースとしては、東京マラソンがワールドアスレティックス(世界陸連)が選ぶ、世界の6つの主要レース「アボットワールドマラソンメジャーズ」の1つに選ばれていて、ワールドアスレティックスの年間ポイントの対象となり、優勝賞金1100万円、世界記録を出した場合のボーナス3000万円が支払われる世界的なビッグレースだったことが幸いしたかもしれません。海外招待選手で欠場した選手は女子選手がわずかに1名でした。その選手も欠場の理由は体調不良となっています。

 一方で、大きな影響を受けたのは同時開催の車椅子マラソンレースでした。特に女子は、海外からの招待選手全員を含め招待選手7名が出場を取りやめ、わずか3名のレースになってしまいました。

 もちろん、来日し出場した選手たちも、心中穏やかで無かったことが次の記事でわかります。もし、今後、これまで新型コロナウイルスの感染が無かったエチオピアケニアやその周辺などで感染者が出た場合は、参加した選手だけでなく、国際大会開催を容認した日本政府、日本陸連に厳しい目が向けられる可能性があります。

hochi.news

もう1つの注目は新登場のナイキの超厚底シューズの効果

 今回の東京マラソンのもう1つの注目は、ナイキが3月から新発売した超厚底シューズ「エアズームアルファフライネクスト%」の効果、前作と比べた時の優位性です。東京マラソンは、ナイキが東京オリンピックに向けて投入したこの最新モデルが初めて試される世界的なレースになったからです。

 筆者が中継の映像で確認した限り、トップ集団の中で発売されたばかりのナイキの超厚底シューズ「エアズームアルファフライネクスト%」を履いていた選手は、大迫選手と30キロ過ぎまで日本人トップで先頭グループを形成していた井上大仁選手、そしてエチオピアの一部の選手がこのシューズを履いていたように見えました。優勝したビルハヌ・レゲセ(エチオピア)と2位になったバシル・アブディ(ベルギー)はいずれも1つ前のモデル「厚底」を履いていたようです。 

 2018年10月に大迫選手がシカゴマラソン日本新記録を作った時も、その年の発売され注目を集め始めていたナイキの厚底シューズ「ナイキ ズーム ヴェイパーフライ 4% フライニット」を履いていました。彼は2015年からナイキオレゴンプロジェクトに参加するランナーでしたから、最新モデルが提供されるのは当たり前です。割り切った言い方してしまうと、今回の日本新記録更新は、厚底から超厚底に履き替えた効果が20秒分だったと言えるかもしれません。

 もう1つの視点で言えば、現在の日本人トップの大迫選手が、世界のトップレベルとの差である3分〜4分を一気に縮めることができるほどの効果の違いは、超厚底と厚底の間には無かったことになります。むしろ「超」の分だけ重くなったことで、井上選手のように終盤の失速に繋がるのかもしれません。これから多くのランナーが公式レースで走ることでデータが蓄積されることでしょう。

 一方、日本人2位だった高久龍選手が、それまでの持ちタイム2時間10分台を一気に6分45秒まであげたのをはじめ、大会前の自己記録を大幅に書き換えるランナーが数多く出るなど、全体の記録をあげることには貢献しているようです。

 しかし、これによって日本が世界に追い付くような効果がありそうには思えません。東京マラソンで大迫選手が履いた超厚底シューズのプロトタイプを履いた世界記録保持者のエリウド・キプチョゲ選手が、昨年11月の非公認イベントで2時間切りを達成したように、むしろ世界の方が記録をさらに伸ばして、結局、日本との差は縮まるどころか広がる可能性すらあるでしょう。

改めて試されるべき公道レースの社会的な価値

 3月8日には、オリンピック代表の3番目の枠を決める最後のレース、男子のびわ湖毎日マラソンと女子の名古屋ウイミンズマラソンが開催される予定です。レースが開催される自治体の関係者は、数多くのファンが沿道で応援した東京マラソンの様子をどのように見たでしょうか。比較的多くのことに積極的に意見する大村愛知県知事、河村名古屋市長が、東京マラソンの状況を踏まえて、このままの運営体制で開催を認めるのかが気になるところです。公道を占有的に使用し多数の警察官の協力を得ているイベントである以上、マラソンレースには高い公共性が求めらえるはずです。県や市が、現在の状況下でイベントを開催されることのメリットとデメリットを秤にかけ、適性を判断することは必要だと思われます。その結果が、適性に疑問があることを理由に、県警、市警に道路使用許可の取り消しを指示すれば中止することが可能なはずです。

 マラソンレースに、社会への負荷とリスクに見合った社会的な価値と公共性があるのか。社会と一緒に考えていく機会になっても良いはずです。