スポーツについて考えよう!

日々、発信されるスポーツの情報について考えよう

東京オリンピック中止の報はどのように拡散されたか?

東京のオリンピックの中止、延期は1本の記事から始まった

 2月25日、5ヶ月後に迫った東京オリンピックの中止、延期、また開催都市変更の情報が駆け巡りました。そのきっかけとなったのが、共同通信社の1本の記事だっただろうと思われます。

 共同通信社は日本を代表する通信社です。通信社というは、例えば、新聞社、テレビ局、ラジオ局、最近ではニュースサイトなどにニュースを売る仕事をしている会社です。日本の大手としてはこの共同通信社時事通信社がありますが、その内のひとつが発信したニュースは瞬く間に日本中のメディアが取り上げて、多くの注目を集めたのです。

this.kiji.is

 新型コロナウイルスの感染拡大が日々広がり、巷では東京オリンピックの開催が危惧されていたタイミングで、しかも信頼の高い共同通信社からの発信だけに、この記事にメディア各社は飛びつき一気に拡散されたのでしょう。この共同通信社の記事は共同通信社自身が取材したものではなく、元記事がありました。それが、「IOC member casts doubt on postponing or moving Tokyo Games」(IOC委員は東京オリンピックの延期や開催地変更に疑問を持っている)と題された下記の記事です。この記事は、アメリカの大手通信社AP通信の記事で、文中には取材を受けたIOCのベテラン委員のパウンド氏が、AP通信のの単独インタビューの答えたと書かれています。

 IOC member casts doubt on postponing or moving Tokyo Games 

 ※AP通信には日本語サイトがありません。

 海外の通信社の記事として長めのこの記事の要旨は次の通りです。

コロナウイルスの流行のためにこの夏に東京でオリンピックを開催することが危険すぎると判明した場合、IOCは延期または開催地変更するよりも完全にキャンセルする可能性が高い。
東京オリンピックの開催の決定は5月末まで延期される可能性がある。
IOCは、国連機関である世界保健機関との協議に基づいて何らかの動きをする。
・オリンピックを他の都市で分散して開催することは望まない。
・数ヶ月延期することは、秋にスポーツの予定がたくさんある北米の放送局を満足させることができない。
・1年の延期は、日本の予算的にも他の競技のスポーツのスケジュールを考えても難しい。
東京オリンピックがどうなるかは、IOCの手から新型コロナウイルスがどうなるかに移っている。

 この記事を通して言えることは、タイトルにも表れていますが、積極的に延期や開催地変更、中止の必要性を訴えているのではなく、新型コロナウイルスの感染拡大により、東京オリンピックの開催について検討しなければならなくなった場合、選択肢は中止の可能性が高いということです。

 明らかに共同通信社の、積極的にこの夏の東京での開催を危惧しているような内容とは異なっています。

 もうひとつ気をつけなければならないのは、このインタビューが行われたシチュエーションです。IOCの組織的な計画の一環でなければ、パウンド氏からAP通信に連絡を取って、私は東京オリンピックの開催について話をしたいんだとインタビューの求めた可能性はほとんどなく、AP通信側から感染拡大がこのまま続いた場合、東京オリンピックの開催はどうなるのか?等の質問に答えたものの可能性が高いです。その前提で再度、このインタビュー記事を読んでみると、合点がいく気がします。

 この報道を受けて、発信元のAP通信をベースにした慎重なトーンの記事を掲載したメディアがあった一方で、どちらかというエキセントリックなタイトルで、テレビを中心に東京オリンピックの中止、延期を煽ったメディアが登場したのです。

 これに対して、IOCのトマス・バッハ会長が、東京オリンピック開催に前向きであることが報道され、沈静化が計られました。

続報では「1年延期」が強調された 

 さらに共同通信社は2日後に27日、このパウンド氏のインタビューについて、続報を発信しました。その記事が次の記事です。 this.kiji.is

 この記事も、記事中にあるように共同通信社がパウンド氏に取材したのではなく、アメリカの代表的な通信社であるロイターが取材しその記事から転載です。その元の記事が下記の通りです。ロイターは、英語版と日本語版がありますので、両方を併記します。

www.reuters.com

jp.reuters.com

  英語版の内容は、2日前のAPの記事の内容とほぼ同じで、今後新型肺炎が最悪の状況のなった場合には、東京オリンピックの開催を再検討しなければならないが、年内の延期や開催都市の変更は難しいので、1年間の延期の検討が可能だろうという内容でしょう。但し、決して積極的に1年延期を提唱しているわけではありません。7月24日に開催式に参加することはコミットしていると話しています。

 日本語版は極めて短く、要点として最悪の場合1年間延期もありえるとパウンド氏が語ったことのみが取り上げられて、共同通信の記事は、おそらくこの日本語版の方を転載したものでしょう。「7月24日に開催式に参加することはコミットしている」という部分が省略されたことで、かなり印象が変わってきます。

 但し、既にこの段階では他のメディアもパウンド氏の動静やその後の発信をマークしていたでしょうから、共同通信社発信の記事がどれだけ他のメディアの発信に影響を与えたかもわかりません。

 パウンド氏はその後、日本のテレビ局などの取材にも答えていて、その映像も放送されましたが、終始、延期、中止、開催都市変更について積極的な意見ではなく、新型コロナウイルス感染が世界的に拡大する中で、その影響を検討しないことは主催者としてあり得ないというスタンスで話ししているようです。

news.tbs.co.jp また、トーマス・バッハ会長は、東京で予定通り開催する方向の発信を積極的に続けています。さらに日本の組織委員会もこれに沿ったコメントを出しているほか、国会でも橋下聖子五輪担当大臣が、組織委員会からの情報として同様の答弁をしています。
www.asahi.com

 一方で、東京大会の開催担当のIOCジャック・コーツ調整委員長が、東京オリンピックの開催の有無についての判断の時期を示唆する次のような記事も掲載されています。追いかけてみると、この記事の少し前にオーストラリアのメディアがコーツ氏の同様のコメントを載せていて、これが元になっている可能性がありますが、どうも真偽については定かではない気がします。なぜならば、コーツ氏が、どうしてこの問題についてオーストラリアメディアに答えるのか理由がわからないからです。

www.jiji.com

今後の沈静化が見通せない中、対応の検討を始めることは当然です。

 新型コロナウイルスの感染拡大は、発信元の中国でこそ少しスピードが緩やかになった印象ですが、すでに5大陸全てに拡大を見せるなど、世界的に止まる様子を見せません。中国、韓国、日本以外にも、イタリヤ、シリアなども感染者の増加が深刻で、特に人や物資の往来の盛んなヨーロッパの一国であるイタリアの状況は、今後ヨーロッパ全体に広がる可能性を孕んでいます。

 こうした状況で、感染者の多い国々を対象に渡航制限をかける国も多数あり、今後さらに増え続けることになるでしょう。

 スポーツにも多大な影響を与え、世界各国で多くのスポーツイベントが中止や延期、会場の移転に追い込まれています。中には東京オリンピックパラリンピックの出場をかけた大会が開催できない競技もあります。

 このような状況で、IOC東京オリンピックの開催について、中止、延期を検討していないはずはなく、様々な選択肢について検討が始まっていると考えるの妥当です。但し、そうした状況でも、多額の協賛金を払っているスポンサー、放送権料を払っているメディアの手前、バッハ会長らが公式にリスクの段階で見解を示すことは難しいでしょう。組織委員会も同様の立場で、IOCなどが中止、延期の具体的な検討を表明しない限りは、7月24日の開幕に向けてひたすら準備を進めるしかないのが、この組織の立ち位置です。

 開催する日本国内や選手たちの混乱、動揺も最小限にする必要があります。だから、長老格であるパウンド氏が、バルーン的に可能性について発信してみたというストーリーも筆者としては捨て難いと考えています。