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五輪延期で意見が分かれる選手選考について考えます

 新型コロナウイルスの世界的な感染拡大を受けて、東京オリンピックパラリンピックの延期が発表されました。東京オリンピック開幕が予定されていたちょうど4ヶ月前の3月24日のことでした、1年以内の開催という極めて暫定的なものですが、年内の開催は不可能という前提で、新たな開催日に向けての準備が進められているようです。

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 実際に東京オリンピックの延期には主に次のような課題があると思われます。

  1. 日程の調整
  2. 施設の確保
  3. 人員の確保
  4. 販売済みのチケットの扱い
  5. 延期のために新たに発生するコストとその負担
  6. 選手選考

1.日程の調整 

 1年以内という漠然として決定は、おそらく、ともかく延期をはっきりさせた上で、その後の状況で判断していくということだろうと思われます。

 まず、新型コロナウイルス感染拡大が進行中で終息の時期が誰もわからない中ですから、暫定の目標を掲げるというのが現実だろうと思われます。

 その中で、それぞれの競技の世界選手権などビッグイベントや国内リーグの日程の調整が必要です。ここでも大切なのは、終息がはっきりしていないので今年の国内リーグの予定も決まらず、結果的に来年の予定も決められないということです。

 IFでは、来年夏に開催を予定していた陸上競技と水泳は早々と日程調整を表明しましたが、今年の開催予定だったヨーロッパ選手権南米選手権を来年に移動したサッカー協会は、オリンピックと日程が重複しても開催する可能性がありますが、事前にIOC側が避ける方向で調整をするはずです。

 ほぼ日本のメディアはその存在を無視していますが、2021年には大阪でワールドマスターズという、大きなスポーツイベントも予定されています。こちらへの影響もあるでしょう。

 組織委員会は、3週間をめどに開催日程を決めると言っていますが、感染拡大が終息を誰も明言できない限り、暫定的なものになり、それが一層、調整を難しくするでしょう。一方で、例えば、日本のプロ野球やJ リーグのように、開幕や再開をだらだらと何度も先延ばしする形は、ファンや特に選手にとって得策ではないことは明白です。

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2,競技施設や関連施設の確保

 施設の確保については、今回のオリンピック、パラリンピックのためにスポーツ専用施設として新設されたものは、比較的用意に調整が可能でしょう。もちろん、すでに当初予定のあとオリンピック仕様からの改装も終了し、貸出の予定はある程度のきまってきている施設もあるでしょうから、その部分を交渉で理解を得るのか、お金で保証するのかは、今後の課題になるでしょう。一方、東京ビッグサイト幕張メッセのように、既存の施設でしかもスポーツ専用施設でなく、しかも人気施設の場合は、大きな影響があるでしょう。ここでは理解というよりはお金での解決が必要もあります。 

 報道では、多くの施設で来年3月までの予定が決まっていると施設が多いようですが、大型の施設は嘘です。事前予約の期間を決めている関係で便宜上そのように発表ししているだけで、実際には、東京ビッグサイト幕張メッセのような施設では数年先まで予定が決まっています。

 もしかすると最も調整が難しいのが、各スポーツ団体やチームがレギュラーに使用している施設かもしれません。野球の会場として使用予定の横浜スタジアムや資材置き場になっている神宮球場。サッカー会場となっている札幌ドームもプロ野球Jリーグのホームスタジアムとして使用されています。

 ボクシング会場として使用を予定している国技館は、相撲協会本場所のスケジュールと重なった場合は、使用を認めない意思を明らかにしているようです。

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3.人員の確保

 ここのポイントは大きく2つです。組織委員会はスポンサー企業や東京都を中心とした行政機関から出向者がほとんどで、プロパー採用は極僅かです。この出向の扱いをどうするのか、調整が必要になります。特に企業にとっては、オリンピック、パラリンピック以外の事業も待ってくれないでしょうから、組織委員会に送り込んでいた優秀な人材を引き上げて新任に交代させるという判断もあるでしょう。

 もう1つのポイントはボランティアです。警備などお金を支払って雇うところは、再度、新たなスケジュールで発注し直すだけですが、ボランティアは違います。2020年が大丈夫だったからと言って2021年も可能だとは限りません。特に、多くの割合を占めているであろう学生のボランティアは、延期によって卒業してしまったり、就活時期と重なることで辞退する場合などもあります。また従来は夏休み前後の開催でしたが、万一春の開催になった場合には、学校のスケジュールの都合で参加が難しくなる可能性もあり、再度募集が必要になるかもしれません。こちらは、日程が新たな日程が最終決定するまで、最終的な調整は難しいように思われます。

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4.販売済みのチケットについて

 販売済みのチケットについては、すでに新しい日程でもチケットを有効にする方向で進んでいるようです。一時は、定められた規約に従って返金もなく無効にするという情報もありましたが、その反発は大きく、安倍首相が常識に従って返金するよう言明したことで状況が一変しました。

 返金にかかるコストと手間を考えれば、当然の判断ですが、今後、日程が変わったことで観戦できなくなった人への対応を求められることなります。

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5.延期のために必要なコスト

 延期によって、新たなコストが生じます。色々な形で試算が発表されていますが、1番の問題は、金額の大小に関わらず誰が負担するかです。組織委員会では協賛金のさらなるアップを図ろうとするはずですが、それで到底賄える金額ではありません。招聘元であり開催のメリットを最も享受する東京都が負担すべきだという意見が強いようですが、延期にあたって主導権を取りIOCバッハ会長との交渉をしたのは安倍首相だったことを考えれば、政府もそれ相応の負担をすべきと考えます。しかし東京都であろうと政府であろうと結局は税金です。

 延期をしても実質的には全くマイナスがないであろうIOCに、なんとしてもその多くの負担してもらうのが得策だと筆者は考えます。

 東京都や日本政府は、新型コロナウイルスやオリンピック、パラリンピックの延期によって経済的に損失のあった法人、個人の支援にできる限りの税金を当てるべきだろうと考えます。

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6.選手選考〜IOCは現状を維持

 今回はこれがメインテーマです。

 まず、IOCは競技団体との話し合いの中で、すでに出場が決まっている選手については、その出場権は維持されることを表明しているようです。

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 しかし、この方針は大きな矛盾があります。オリンピック出場する選手を決めるのは、最終的に各国、各地域のオリンピック委員会(NOC)です。予選会などを経てその資格を得たと言っても、当初のスケジュールでも現時点ではまだNOCが本大会にエントリーする時期でなく、IOCとしては、誰が代表選手であるかは、公式には決まっていないことになっています。

 にも関わらず、IOCが選手選考が終了していると考えその裁量を判断するのは、越権行為でありプロセスとして無理があります。やはり強制力はないらしく、IOCも最終的には各競技団体の判断、JOCも国内競技団体(NF)が判断に任せる方針のようです。 

 筆者自身は、半年以上の延期でシーズン的にも新しい年に入る以上、原則すべての選手選考を白紙に戻して、開催時期から逆算したスケジュールで選考をやり直すべきだろうと考えます。これが全ての選手にとって最も公平で、オリンピック本番でどのような結果になろうとも後悔のない方法だろうと思われます。

 ただし、どんな方法を選択する場合にも、今、決めるのは時期尚早です。新しい開催日程がいつになるのかが全く見えていないからです。もちろん選手から見れば1日も早く決めて欲しいのは当然ですが、競技団体はもう少し状況を精査して時間をかけて判断をすべきです。

競技によって異なる選手選考方法の種類

 オリンピック、パラリンピックに出場する選手の選考には、国際競技団体によるルールにのっとった選考と国内ルールだけで決められる場合、国際ルールの上に国内で選考する場合があります。

 今回のオリンピックでは、開催国である日本は全ての団体球技で予選が免除されています。ですから、あとは国内の競技団体が代表メンバーをどのようにして選ぶかです。しかし、他の国はすでに予選を勝ち抜いて出場を決めている競技もあれば、まだ予選の途中という競技もあります。決まっている国の扱いはどうするのか、感染拡大のためにしていない予選はどうするのか、それぞれの国際競技団体が決めたルールに従うことになります。

 国内の代表メンバーの選考はそうした国際ルールが決まってからだと思われますが、おそらく、メンバーの最終決定はほとんどの国で大会直前だったはずなので、そのやり方が延期後も適応されるでしょう。

 男子サッカーには特殊な点があります。オリンピックには男子サッカーは23歳以下だけが出場できるというルールがあるので、この年齢の規定を1年延期によって24歳以下にするのか、新たな年の23歳以下に定めるかによって選手選考は大きく変わっています。これと同じように、競技団体が個人種目、団体種目に関わらず代表選手の年齢制限を設けている競技があるので、そうした競技では同様の検討が行われるはずです。

 個人競技の中には、世界ランキングの上位順に自動的に出場権が与えられる競技があります。テニスやゴルフがこれに当たります。現在、どちらの世界ツアーは休止していますが、再開後、どの時点のランキングで出場権を決定するか調整が必要になります。

 一方で、事前に決められた各国の出場枠に向けて、国内で選考を行うというのが一般的な選手選考のイメージだと思います。例えば陸上競技や競泳、体操などがこれにあたります。また卓球やバドミントンのように、国際大会の実績で決める競技もあります。

選考済みの選手の出場権を守るマラソン

 先に書いたように、今後IOCが選手選考に一定の基準を提示する可能性がありますが、日本国内では延期の決定直後に早々に結論を出してしまった競技がいくつかあります。そのひとつがマラソンです。

 この大きなミスはしてしまったのは、日本陸上競技連盟瀬古利彦ラソンプロジェクトリーダーです。

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 瀬古氏のコメントを読むと、瀬古氏個人の極めて情緒的な理由で方針が決められたように読み取れます。彼が現在候補として決まっている6人の「権利」と言うのであれば、その権利を個人の気持ちで判断すべきではないでしょう。更に言えば、その権利は他の選手にも平等にあるべきです。

 もっと具体的に瀬古氏の判断が誤っている点を考えてみましょう。まずは1つ目は最初の方にも書いたように、まだ日程も決まっていない段階だということです。そして2つ目の理由は、1年後は新しいシーズンだということです。今年の冬のマラソンレースでニューフェイスが登場する可能があります。他の競技とは違って、特に日本の場合は、それまでめぼしい記録を持っていなかった選手が、いきなり日本記録を出すようなことは考えにくかったですが、それも過去の話です。その可能性を高めるのがあとであげる3つ目の理由です。

 また、シーズンが変わることで2020年にピークを合わせてきた選手が、急激に力を失うことも考えられます。マラソンのようなハードの競技では、年齢に関係なくそうしたことは起こり得るだろうし、そのことは瀬古氏が誰よりもわかっているはずです。

シューズの技術革新が勢力図を変える

 3番目は、シューズの技術革新です。ナイキの厚底シューズ・シューズ・ズームX ヴェイパーフライ NEXT%の登場で日本のマラソン記録も一気にあがりました。特に男子では顕著で、3月8日に開催された東京マラソンでは、ナイキのこの厚底を履いた多くの選手が持ちタイムを大幅に更新しました。日本陸連は、それまでその効果を認識しないままでMGCの選考レースの規定を作ってしまい、世界的に記録が大幅にアップすることを前提にワールドアスレティックスが制定する東京オリンピックの参加標準記録よって、MGCの出場条件を満たしてもオリンピックに出場できない可能性がありました。最終的にはワールドアスレティックスにお目こぼしを頂いた状態でことなきを得ましたが、実際にMGCで男子2位になった服部優馬選手は参加標準記録をクリアできいないのです。

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 そんな経験をしたにも関わらず、日本陸連は未だにシューズの技術革新の効果を十分に理解していないようです。3月中のレースで3つ目の代表枠を男子の大迫澄選手と一山麻緒選手あ、3月1日にリリースされたばかり最新モデルの超厚底シューズ・エアズーム アルファフライ ネクスト%を履いたランナーでした。記録でもMGCで代表に選ばれた選手の記録をはるかに上回っています。

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 一言でシューズの効果と言ってしまうのは危険ですが、実際に記録の違いは顕著です。特に彼らがふたつのレースで超厚底を履いた上位選手は、男子で途中まで大迫選手に先行してトップ争いをした井上大仁選手だけです。新しい超厚底シューズを履いた選手はみなほとんどぶっつけ本番で使っていますから、他の選手にも着用が広がり、その選手たちが履き慣れてシューズに合ったフォームを習得すれば、現在の候補選手の記録も伸びる可能性がある一方で、全く新しい選手が日本記録を出す可能性もあるのです。可能性があると言うよりはむしろその可能性が高いと言うべきでしょう。

 また、予定通りにオリンピックが開催されていれば、東京オリンピックはおそらくナイキシューズの独壇場のなった可能性が高いですが、この延期によって各社が新しいシューズを投入して、オリンピック本番のレースに使用することが可能になりました。その中にはナイキの厚底、超厚底以上にランナーの走りをサポートするシューズがあるかもしれません。技術開発競争とはそういうことです。

 ここまで3つの理由をあげましたが、端的に言ってしまえば、この冬のシーズンに現在選ばれている6人のランナー以外のランナーが日本新記録を更新した場合に、どうなるかということです。現在のシューズの進化を考えれば、それは十分に考えられることなのです。

既存の選手選考の無効の可能性を示唆した山下会長

 瀬古氏が会見を開いた同じ日、日本オリンピック委員会山下泰裕会長も選手選考についてインタビューに答えました。現役時代、モスクワオリンピックボイコットという体験をした山下会長は、延期決定翌日の会見で、言葉を詰まらせながら、選手時代にはどうにもできない理不尽な体験をすることもあるかもしれないが、それも受け入れなければならないと語りました。

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 山下会長と瀬古氏とは1つ違い。選手時代には同じように競技生活ピークの時に、モスクワオリンピックボイコットという体験をしたのにも関わらず、心情に流されず厳しい判断を求める山下会長と選手の心情の寄り添うことで客観的な判断を見失ってしまった瀬古氏とは、あまりにも大きな違いです。

 選手とは距離を置くJOA会長というポジションと、選手の息遣いが聞こえる場所で選手選考を指揮するポジションとでの立場の違いがあるかもしれません。しかし、失意のモスクワオリンピックの後、4年後のロサンゼルスオリンピックで無差別級で優勝し世界の柔道家からビッグマンと賞され柔道史に名を残した稀有なアスリートと、同じ4年の間に故障を繰り返しロサンゼルスでは14位に沈んだランナーとの、アスリートとしての本質の違いでもあるかもしれません。

 オリンピックでメダルを取るための戦術などの客観性を廃して、選手の心情を優先したマラソンの選手選考が、最終的にどのような結果を呼ぶかが注目です。