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Jリーグ、赤字クラブ増加を紐解く.前編〜快走する神戸と広がる格差〜

マーケティング力で快走するヴィッセル神戸

 ブラジルの感染者が拡大し、アメリカがブラジルからの入国を禁止するニュースの中で、ブラジルの空港でアメリカ行きの飛行機を待つ人々の姿を映像を見ていた時でした。突然、胸に「Rakuten」の白抜きのロゴが入ったシャツを着た男の姿が、目に飛び込んできました。どう見ても日本人ではありません。さらによく見ると、それがバルセロナFCのユニフォームのレプリカであることが分かりました。

 世界的なチームをスポンサードするということは、こういうことなんだなあと実感した瞬間です。おそらく、そのシャツを着ている人は、Rakutenがどんな企業で、どんなサービスをしているかも知らないし、この企業のサービスを受けることもできないでしょう。それでも、愛するバルセロナとともにRakutenの名前はインプットされるのです。

 かつては、SONYSHARPPANASONICTOYOTAなど多くの日本の企業のロゴが、ヨーロッパや南米のトップクラスのチームの胸に踊っていましたが、今は、このRakutenくらいでしょうか。

 

 5月26日にJリーグから公表された2019年のJリーグ各クラブの収支の資料で、その楽天のグループ会社が運営するヴィッセル神戸が、114.4億円のJリーグ史上最高の営業収益で全チームの中でダントツのトップだったことが明らかにされました。過去の最高は同じヴィッセルの前年の98.6億円だったので、一気に20%近く増えたことになります。

 ヴィッセルの経営については、イニエスタ頼りだという批判の声がありますが、むしろ、世界ではサッカー史上に残る名選手の一人だという評価も受けながら、日本での一般的な知名度がそれほど高くなかった彼を、誰もが知る選手にまで押し上げた、このクラブのマーケティング戦略の成果だと筆者は考えています。

 イニエスタらの獲得にかかった高額な費用を、チームのマーケティング価値をアップすることで収入を増額させ、見事に回収することに成功しているのです。

 クラブ単体だけでなく、親会社の楽天が持つ発信力とマネーを生かして相互に価値をアップして、双方の事業拡大に成功しているようにも見えます。日本ではここまで積極的にマーケティングを行なった例は、他にはないのではないでしょうか。

 但し、ヴィッセル神戸のようにふんだんに資金が投じられるクラブは、極わずかなことも事実です。今のJリーグではヴィッセル神戸だけだとも言えるかもしれません。

 

 そのヴィッセル神戸にも課題がないわけではありません。このクラブの昨年リーグ戦での勝利数は14。選手などの人件費に使った69億円をリーグ戦の勝利数で割ると約4.9億円。つまり、リーグ戦だけを見ると、神戸は1勝をあげるのに4.9億円が必要だったことになります。優勝した横浜F・マリノスは1勝あたり約1.2億円。公表されている中では一番順位が下だった17位の松本山雅FCでさえ2.4億円だったことと比較してみると、ヴィッセル神戸の費用対効果の悪さが際立ちます。シーズン最後に天皇杯で優勝したことで帳尻合わせはできたかもしれませんが、投資額に見合ったサービスの提供という観点からも、早急な改善が必要です。

資料:Jクラブ個別経営情報開示資料(平成31年度)|Jリーグ

増加する赤字のJクラブの状況

 今回の発表では、全Jリーグクラブ55クラブの内、44クラブに止まっています。3月決算の湘南など4クラブに加え、新型コロナウイルスの影響で決算確定を延期した水戸などの6クラブは、7月に公表される予定だそうです。

 資料によると今回発表された44クラブのうち、約43%にあたる19クラブが単年で赤字の決算でした。単年赤字のクラブは、2015年度から、7、13、14、そして一昨年の18と確実に増えています。

 まだ決算が発表されていないクラブの内、6クラブはコロナウイルスの影響で決算を確定できずに延期していますから、急速に収支が悪化している可能性が高く、その数はさらに増えることになるでしょう。

 

 今回赤字が明らかになったクラブの内、20億円を超える赤字を計上したサガン鳥栖については、2019年中に増資またはそれの準ずる形で、債務超過は回避しているので、今すぐ、ライセンス剥奪や倒産というわけではないようです。J2では福岡の約1億円、J3では岩手の4900万円が赤字の最高額となっています。いずれも、鳥栖の金額から見ると可愛く見えますが、それぞれのクラブの事業規模と比較してみると、今後の経営に大きな負担になることは間違いありません。例えば岩手の場合、4900万円の赤字は、2.6億円だったこのクラブの営業収入の18%超にあたっています。

 また、2年連続の赤字は札幌、仙台、鳥栖、福島、長野、富山の5クラブ、さらに琉球は4年連続の赤字です。Jリーグは、2018年にクラブライセンスに関する規約を改定し、それまでは3年連続で赤字だったクラブはライセンスを剥奪されましたが、現在のルールでは、債務超過に陥らない限り引き続き継続が可能です。しかし、こうした規約の緩和が赤字クラブの増加に繋がっていることも事実です。

 今回、発表が見送られた中で、1月決算でありながら決算が確定できず公表できなかったクラブが水戸、栃木、東京Vの3クラブです。その理由は想像するしかありませんが、おそらく、今年4月以降に入金予定の協賛金を会計上で前倒しして、昨年の売掛け金として計上していたのが、3月以降協賛社側の状況で入金ができなくなった、または大幅に減額になった可能性が高いと思われます。こうした無理くりで帳尻合わせをしていた場合、どこかで1箇所でもお金の流れが滞ると、実際にキャッシュがショートする可能性が高いので、非常に心配されます。

 何よりも赤字クラブが生まれる根本的な原因について、誰もが語ろうとはしない現状では、新型コロナウイルス感染拡大による経済の停滞も手伝って、状況は今後さらに悪化の方向に進むことでしょう。 

膨らむクラブ間格差とリーグ間格差

 Jリーグの各クラブの収入は、2008年に世界的に経済的な損失を受けたリーマンショックで、一時的に減収はあったものの、1993年の開幕以来、概ね順調に増えているようです。

 Jリーグから公式に各クラブの収支が発表されるようになった2005年からのデータを見ていくと、各チームの営業収入は、J1で2005年には平均約30.84億円だったのが、昨年は約51.63億円と約1.8倍に、J2では2005年の8.85億円から昨年は16.54億円と約2倍近くまでに増えています。さらにJ3も創設された2014年から、わずか5年間で75%近く増えています。

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Jリーグ各クラブの営業収入平均の推移

 これだけを見ると順調に事業の拡大ができているように見えますが、筆者が問題に感じているのが、各クラブ間とリーグ間の格差の拡大です。

 先ほどあげたように、J1の1クラブの営業収入は平均で約1.8倍増えていて、その間にJ2も2倍近くに増えていますが、この間にJ1とJ2の平均の差は、21.99億円から35.09億円に大幅に広がっています。チーム別に見てみると、J1トップのヴェッセル神戸とJ2最小の琉球との間には、20倍近くの差があるのです。同じJ1内で比較しても、神戸と優勝した横浜FMとの間でも55.56億円の差があり、神戸には横浜FMの2倍近い営業収入があったのです。それぞれのクラブの営業努力の差だと言ってしまえばそれまでですが、この状況は、Jリーグという市場に投入されている資金が、一部のクラブに集中しつつあることを表しています。

 この状況が続くと、近い将来、ヴェッセル神戸の一強の時代が来るかもしれません。

 プロ野球ではかつて巨人の一強時代がありました。1970年前後に巨人が9連覇した時代です。当時は、選手もファンも巨人とその他、巨人ファンとアンチ巨人ファンに分けられ、打倒巨人が巨人以外の選手のモチベーションになっていました。リーガ・エスパニューラは、バルセロナとレアルマドリッドの2強が突出していて、そこまでは明確ではないもの、ブンデスリーガバイエルンミュンヘンやリーガ・アンのパリ・サンジェルマンもこれに近いかもしれません。

 果たして今の日本で来る日も来る日も同じチームが勝ち、同じチームが毎年優勝するスポーツが魅力的なコンテンツに成り得るかは、甚だ疑問です。歴史を振り返るまでもなく、最低限ライバルの存在は必要です。

格差を広げるリーグ分配金のありかた

 日本のサッカー界では、ACLチャンピオンズリーグを勝ち抜ける選りすぐりのビッグクラブを作ろうという声があがっていた時期がありました。2008年にガンバ大阪が優勝して以降、日本のクラブがこの大会で勝てなくなった時期の話です。リーグ戦などの優勝賞金を増額するなど、優勝を狙えるクラブにお金が集まりやすくし、経営的にも戦力的にも国際的な舞台に耐えうる強いクラブを作るのです。現在のヴィッセル神戸の存在は、そうした考えた人たちを満足させるものではないでしょうか

 一方、2017年と2018年の大会では日本のクラブが2年連続で優勝し、昨年も浦和レッズが決勝戦まで進みました。ACLの更に向こうの目標だったクラブワールドカップは、これまでの毎年の開催から2021年からは4年に一度の開催になり、クラブチームとしては目標としての位置付けが難しい大会になってしまいました。

 そうした状況の中で、2017年から始まった10年間で総額2100億円とは言われるDAZNのネット配信権による分配金は、強者と弱者の差をさらに広げる方向性になっています。現在の分配金は、J1で3.5億円、J2で1.5億円、J3は3000万円です。これだけでも十分な格差ですが、これに3億円のリーグ制覇の賞金が加われば、持てるものはさらに多くの収入を得ることになります。

 しかし、その使い道は、多くのJリーグ関係者やファンが期待したような、大物選手の獲得に使われることはありません。おそらく、毎年のように行われている親会社から補填の調整に使われているのでしょう。優勝などの賞金と分配金の分だけ親会社からの補填が減るという構図です。分配金も売り上げとして考えれば当然のことで、分配金を選手強化など、ファンや社会に還元できるように使うためには、各クラブが親会社からの補填に頼らない財務体質を作ることが必要です。

 一方、分配金の金額の差が戦力の差に直接繋がらない現状は、もしかすると歓迎すべきことなのかもしれません。

 

後半に続く

Jリーグ、赤字クラブ増加を紐解く.後編〜通用しなくなった理念と夢を語るマーケティング〜

 

※文中に掲載しているグラフはJリーグから毎年公表されている公式データを、筆者が必要に応じて整理、計算した上でグラフ化をしたものです。