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Black Lives Matterの大きな波を私たち日本人は受け止めることができるか?

Black Lives Matterの大きな波を私たち日本人は受け止めることができるか?

大坂なおみ選手の棄権の衝撃と彼女のメッセージ

 8月26日、大坂なおみ選手は、翌週に行われる全米オープンの前哨戦ともなるウエスタン・アンド・サザン・オープンで27日に開催予定だった準決勝を「棄権」しました。と、報道されてきましたが、事実は「試合に出たくない」と言っただけだと、大会後のインタビューで本人が語っています。

 8月23日にミルウォーキーで起きた白人警察官よる黒人銃撃に抗議する彼女は、自分のtwitterで「アスリートである前に黒人女性である」「数日毎に(被害者の名前の)新しいハッシュタグが登場するのに疲れている」と強いメッセージを発信していました。

 翌27日に事態は動きました。大会主催者と全米テニス協会は、この日の全ての試合を翌日に順延し、同時に、全米テニス協会、男子プロテニス協会女子テニス協会は、人種差別に抗議するメッセージを発表したのです。

 大坂選手の言葉通り、彼女の行動が白人がマジョリティを占めているプロテニスの世界を動かしたことになります。しかし、冷静に考えてみると、BLM運動への同調圧力がかかる今のアメリカでは、大坂選手に端を発した混乱を速やかに収束され、翌週の全米オープンを無事に行うための最も合理的な方法だったとも考えられます。

 一方の大坂選手は、世界一のコロナ禍の中でようやく開催に漕ぎ着けた全米オープンの前哨戦とも言える大会で、決勝進出をかけた試合を棄権することに、抗議としての意味があると考えられていただけに、大会自体が順延され大坂選手も出場できることになったことで、第三者の立場ではなんとなく腰砕けの印象はぬぐえません。

 さらに、準決勝に出場した大坂選手、この試合をストレート勝ちしたものの、決勝戦は準決勝での負傷のため棄権し、見る側とすれば、さらに不完全燃焼の幕切れになりました。

 大坂選手は、準決勝のコートに登場する際に「Black Lives Matter」と拳を突き上げるイラストのTシャツを着ていて、通常は認められないこうした意思表示が、彼女が大会に復帰する条件だったことが想像されます。さらに、優勝インタビューでも同様の発言が期待されていただけに、棄権は非常に残念です。

www.nikkei.com

 翌週に行われる全米オープンでは、これまで禁止されてきた、自分の意見や信条の書かれたシャツなどを着て入場または取材を受けることがすでに認められていて、ここでも大坂選手の動向に注目が集まることになるでしょう。

NBAのボイコットは今も続く

 大坂選手の事実上のボイコットは僅か1日で終わりましたが、彼女よりも先に試合をボイコットしたNBA(プロバケットボール)とMLBプロ野球)のボイコットは、その後も続いています。

 そもそも発端は、23日に無抵抗の黒人男性ジェーコブ・ブレークさんへの銃撃事件が起きたウィスコンシン州NBAチーム、ミルウォーキー・バックスの選手たちが、25日に予定されていたプレーオフ第5戦のオークランド・マジック戦の直前に、試合をボイコットし、記者会見を開いて抗議の声明を行いました。これに相手チームのマジックも同調。さらにコミッショナーも理解を示してこの試合を延期にして、この試合を含めた3試合が現在まで開催されていません。

 3月に中断した今シーズンのNBAは、7月末からマイアミに集まってリーグ戦を行い、そのまま上位チームでプレーオフが続けられていた最中でした。バックスの選手たちは声明で、バスケットボールに集中できる状況ではないと語り、他のチームの選手も同調していることから、このまま試合が行われずに今シーズンが終了される可能性が出てきています。

NBA=レブロン、レナードら人種差別抗議で今季残り棄権か(ロイター) - Yahoo!ニュース

 NBAに続いてMLBも、事件が起きたウィスコンシン州にフランチャイスするミルウォーキー・ブルワーズの試合と、それに同調したチームの試合が延期されいて、最も多かった27日には7試合が延期になっています。28日はMLBでは初の黒人選手を讃えるジャッキー・ロビンソンデーでしたが、この日も3試合が延期されています。

 但し、MLBはその後は延期の予定は見あたらず、一応は収束に向かっているようです。

大リーグで7試合延期 42秒間の黙祷など黒人銃撃事件の抗議行動が拡大 | Full-count | フルカウント ―野球・MLBの総合コラムサイト―
※上記の記事のコミッショナーのコメントを読むと、今のアメリカでBLM運動がいかにセンシティブな事案であるかが理解できます。

 時間的には遡りますが、7月8日には、いまやアメリカで4大スポーツに次ぐ人気を誇るMLSのチームフィラデルフィア・ユニオンが、公式戦で、警察官の銃撃などで亡くなった黒人の名前を載せたユニホームで入場したそうです。

ユニフォームに刻んだ、犠牲者たちの名前の意味とは?アメリカのサッカーチーム、「名前が多すぎます」 | ハフポスト

 さらに今年6月にはNFLが、選手の主張を認めないというこれまでの姿勢を謝罪しBLM運動への賛同を表明しました。

 2016年、現在と同じように白人警官による黒人への銃撃など差別的行為に反対して、NFLをはじめアメリカの多くのアスリートたちが、国歌の演奏中に膝をつくという行為をするようになりました。しかし、この行為が生まれたNFLでは2018年にこの行為を禁止するルールを作りました。

 今回は、この規則や対応が誤りだったことをコミッショナー自らが認め、謝罪して、BLM運動に同調する姿勢を見せた上で、「全ての選手たちが声をあげることに賛同します」と語っています。

人種差別抗議を支持しなかったNFL、自らの過ちを認めて謝罪「私たちが間違っていた」 | ハフポスト

オリンピックでの反差別運動とその影響

 スポーツの世界では、長く政治的な意見や信条を試合の会場などで明らかにすることをNGだと考えられてきました。オリンピックや多くの国際大会をはじめ、多くの大会でそうした行為が禁止されています。

 1968年のメキシコシティーオリンピックでは、男子200m走で1位と3位となったアフリカ系アメリカ人の2選手が、アメリカ国歌の演奏中、ブラックパワー・サリュート(黒人の力を示威する敬礼)と呼ばれていた黒い皮手袋をつけた拳を突き上げるポーズを取って、当時アメリカで巻き起こっていた公民権運動を背景に、黒人差別の撤廃を主張しました。

 その結果、2選手は直ちに選手村から追い出され、陸上競技界から永久追放されて長く不遇の時を過ごすことになりました。彼らが名誉が正式に回復したのは、なんと昨年2019年。アメリカオリンピック・パラリンピック委員会が彼らの殿堂入りを発表したのです。

 この時、この種目で2位だったオーストラリア代表の白人選手ピーター・ノーマン選手は、他の二人と同様に人種差別に反対する団体「Olympic Project for Human Rights」のバッジを付けて表彰式に参加したことで、多くの批難を浴び、自国で様々な不当な扱いを受けたまま亡くなっています。

日本にもBlackLivesMatterのうねりが到達するかもしれない

 さて、日本で最も有名なアスリートの一人である大坂なおみ選手の行動で、日本でも彼女の行動やBLM運動について多くの議論が交わされるようになりました。彼女がtwitterで書いていた「考えるきっかけ」という意味では成果があったと言えるのかもしれません。

 SNSなどの投稿を見ていると、大坂選手の棄権が最初に報道された頃は、彼女の行動に賛成する意見が多かったようですが、徐々に反対の意見が多くなっていて、現在は反対する人の方が多いような印象です。

 そもそも、きっかけとなったジェイコブ・ブレーク氏への銃撃自体が黒人差別には当たらないという投稿やそれ賛同するクリックが非常に多く見られました。

 アメリカで起こったBlack Lives Matterの大きなうねりは、11月のアメリカ大統領選の結果いかんの部分もありますが、今後日本にも到達する可能性があります。それが来年開催予定の東京オリンピックパラリンピックの存在です。

 国際オリンピックは現在も、下記のオリンピック憲章の条文によって、選手だけでなく、オリンピック会場での政治的、宗教的、人種的なPR行為を認めていません。

第5章 オリンピック競技大会
50 広告、デモンストレーション、プロパガンダ

  1. オリンピックの用地、競技会場、またはその他の区域では、いかなる種類のデモンストレーションも、 あるいは政治的、宗教的、人種的プロパガンダも許可されない。

【出展】
オリンピック憲章 Olympic Charter 2019年版・英和対訳(2019年6月26日から有効)

 この第2項の上には、第1項として広告の禁止が書かれているのですが、広告と表現の自由を同列にするこの規定は、この規定が定められた時期から今に到るまで、およそ近代の自由主義思想に基づいたものとは言えません。まず、IOCはこのツッコミどころに早急に手をつけるべきでしょう。

 そして、IOCがますます広がりを見せるBLM運動にどのように対応していくかが1つのみどころです。この運動が、IOCや多くの競技団体にとってメインスポンサーと言っていいアメリカ発の運動であることがより状況を難しくしています。それぞれの国際競技団体にとっても同様です。オリンピックは、自らが定めたルールと表現の自由という民主主義の根本原則とを天秤にかけなければいけなくなるはずです。

 例えば、陸上競技で優勝したアフリカ系のアメリカ人選手が、今回の大坂なおみ選手のようにBlack Lives Matterのスローガンが書かれたTシャツを着て表彰台の上がろうとした時に、これを阻止できるでしょうか。またIOCや競技団体は大会後にそうした行為を処罰できるでしょうか。

 現在の流れのままであれば、もし行動の阻止や処罰が行われた場合、それはIOCとオリンピックの将来に渡って大きなダメージを与えることになると想像されます。1968年と変わらない、人権に配慮しない旧態然とした組織を印象付けるからです。少なくともそれがアスリートファーストとは逆の立場に立っていると理解されることは間違い無いでしょう。

 そして何より大きな問題はオリンピックに協賛するスポンサーは企業が、世界的に大きな打撃を被る可能性があることです。多額の放送権料を支払って中継をするNBCも無傷ではすまないかもしれません。

 ブラック・パワー・サリュートが行われた1968年のメキシコシティーオリンピックとは現在は全く違う社会情勢で、当時とは逆になったと言っていいでしょう。それを感じ取ったからこそ、アメリカオリンピック・パラリンピック委員会は、1968年に名誉を失われた2選手の復権を、昨年行ったのでしょう。

 BLM運動の支援を明確に表明している世界最大のスポーツメーカーのNIKE社であれば、オリンピックに対するネガティブキャンペーンを展開する可能性すらあるかもしれません。商機拡大の絶好のチャンスと捉えても不思議はありません。

 そもそも、今の憲章のままでは、オリンピックをボイコットする選手が出てきても不思議はありません。それはアメリカだけでなく、アフリカ各国、さらに各国のアフリカ系の選手の及ぶかもしれません。

 もちろん、IOCも全く何もしてないわけではありません。IOCは7月に出されたアスリート委員会の50項削除の要望を受けて、検討を行うことをトマス・バッハ会長自身が公表しています。ただ、長く保守的な姿勢を堅持し、IOC委員の多くが差別する側に立つ、貴族や元政治家、白人アスリート、大企業の経営者などで構成されていることを考えると、実現への道は長いかもしれません。

私たち日本人は広がるBLM運動にどのように向き合うべきなのでしょう

 もう少し私たち日本人の身近な問題として考えてみましょう。

 例えば大坂なおみ選手が、来年の東京オリンピック期間中にBLM運動を展開した場合に、どのように考えれば良いのでしょうか? BLMのメッセージが書かれたシャツを来て会場に現れるかもしれません。というよりは、現状のままであればその可能性は極めて高いと言えるでしょう。

 彼女だけでなく、日本代表選手の中にも、多くのアフリカ系や黒人をルーツを持つ選手がいます。彼らがアクションを起こす場合もあります。それだけでなく、アメリカに拠点としてトレーニングをしている選手を中心に、他にもこの運動に同調する選手が出るかもしれません。

 現在は、国境を超えてアスリート間のコミュニケーションが盛んになっています。そうしたコミュニケーションが、BLM運動の大きなうねりを作り、日本代表の選手も参加する可能性もあるでしょう。

 BLM運動が国際的に広がる中で、すでに国境超えたグローバルな環境でプレーし、グローバルな視点を持っているトップアスリートたちは、自らが置かれているグローバルな環境の中で判断し、アクションを起こす可能性が十分にあるでしょう。

 では、応援する側の私たち一般の日本人はどうなのでしょう。

 彼らがアクションを起こした時、私たち日本人はどのように考えれば良いのでしょう。どのようなメッセージを発信すれば良いのでしょう。所属する企業や競技団体、協賛企業はどのような対応をすればよいのでしょう。

大坂なおみは、なぜ発言し、なぜ行動するのか?

 大坂なおみ選手は、5月25日に黒人男性ジョージ・フロイトさんが白人警察官の過度な拘束によって命を落とした後、次のようにtwitterに投稿しています。
「Just because it isn’t happening to you doesn’t mean it isn’t happening at all」
(それがあなたに起こっていないからといって、それがまったく起こっていないという意味ではありません。)
 この投稿は、公民系運動の指導者キング牧師の名言として伝えらえる
「There comes a time when silence isxbetrayal」
(沈黙が裏切りになる時がくる)という投稿に彼女がリツイートした直後に行われた投稿です。

 この2つのメッセージを繋げて考えれば、彼女の今の行動や発言の理由や意味がわかるでしょう。 もちろん、彼女自身が「before i am a athlete,i am a black woman」
(アスリートである前に黒人女性です) と書いた通りに、彼女のアイデンティティによる部分もあるしょう。

 日本では、アスリートだけでなく、例えば俳優や芸能人が、信条や政治的な発言をしても、身分相応だと言わんばかりの意見で批判されます。余計なことを言わずに、自分の仕事だけをしていろと言うところでしょう。

 そのくせ、彼、彼女が選挙に立候補をすると、ほとんどの場合トップ当選するほど票を集めます。本当に不思議な国です。

 日本時間の8月30日、世界的な通信社ロイターが、元テニスプレーヤー、ビリー・ジーン・キング氏が同社に寄せたメールの一部として、下記の記事をアップしました。

テニス=キング氏「大坂の行動は変化への起爆剤」と称賛 - ロイター

 その中で、キング氏は大坂なおみ選手の行動を「今週の彼女の行動は変化への起爆剤となる」と讃え、(過去50年前から始まる人種差別への反対運動の)「そのバトンをなおみが両手で受け取った。これは慈悲深さ、強さとリーダーシップの表れだ」と極めて高く評価しています。

 ビリー・ジーン・キング氏と言えば、1960年代から80年代に活躍した世界的な女子テニスの第一人者で、彼女が獲得したグランドスラムはシングルス、ダブル、複合ダブルスを合わせて、39に及ぶ歴史的な名選手です。彼女は現役時代から男女平等のための活動を行い、その成果は全米オープンの男女の賞金が同額という形に表れています。また、その活動が高く評価され、全米オープンが開催されるUSTAナショナルテニスセンターは、2006年からビリー・ジーン・キング テニスセンターと呼ばれています。

 また2009年には、アメリカの民間人としては最高の栄誉となる大統領自由勲章を受与しています。

 これだけの人物からの高い評価は、今後の大坂選手の言動を勇気づけるものとなるでしょう。

東京オリンピックはBLM運動をどんなレガシーに変えられるか

 東京オリンピックパラリンピックが掲げるビジョンの中に、ダイバーシティとレガシーがあります。

 BLM運動によって私たちに日本人に突きつけられことになるのがダイバーシティ(多様性)です。日本では、ダイバーシティについてオリンピック、パラリンピック開催に向けてほとんど障害とLGBTQだけしか語られてきませんでしたが、本来はそれだけではありません。人種や肌の色も大切や要素です。

 そして、例えば、人種や肌の色の違いについて私たちが考え、論じ、体験した経験を社会としてどのように残し後世に伝えていくかが問われるのがレガシー(伝統)です。ダイバーシティとレガシー。このふたつにどのように対応し、どのように構築するかがこれからの日本の国際的な評価に一部になる可能性があります。

 まさに来年、私たちはこの2つの課題を突きつけられるのかもしれません。