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大坂なおみはBlack Lives Matter 運動を象徴する存在になった。

大坂なおみはBlack Lives Matter 運動を象徴する存在になった。

大坂なおみ全米オープン優勝と彼女が伝えるメッセージ

 9月13日(現地時間12日)、大坂なおみ選手が全米オープンの決勝戦で、元ランキング1位のビクトリア・アザレンカ選手を破り、この大会2年ぶりの優勝を果たしました。彼女自身にとって3つ目のグランドスラムのタイトルです。

 今回の大会の大坂選手は、彼女のプレーヤーとしての活躍や試合結果以上に彼女が発する人種差別に対するメッセージが注目されていました。

 全米オープンの前週に行われたウエスタン・アンド・サザン・オープンでは、8月23日に発生した無抵抗の黒人男性が白人警官に背後から銃撃された事件について、「自分はテニスプレーヤーである前に黒人女性である」「黒人女性としてテニスを見るより重要なことがあると思う」と自身のtwitterで発信して、準決勝出場をボイコットする意思を示したのです。

 大坂選手のこのアクションを日本のメディアは「棄権( absenceまたはwithdraw)」と伝えていましたが、アメリカのメディアを見るとboycott(ボイコット)またはstrike(ストライキ)と表現しています。「棄権」ではなく強い意志をもった行動だったとして伝えられているのです。

 すると、全米テニス協会(USTA)はこの日予定されていた男女すべての試合を順延した上で、男子プロテニス協会(ATP)、女子テニス協会(WTA)との連名で、「テニス界は結束して、人種的不平等や社会的不公正と対峙する」と、大坂選手に同意して黒人差別への抗議を意思を示したのです。

 結局、この大会の大坂選手は試合中の負傷によって決勝戦を辞退して、準優勝に終わっていますが、本番とも言える全米オープンでは堂々したプレーで女王に返り咲いています

大坂なおみが用意した7枚のマスク

 全米オープンでの大坂選手は、試合ごとに亡くなった黒人の名前が書かれたマスクを着用にして、入場していました。彼女は大会当初から7枚のマスクを用意してこの大会の臨んだことを公表していて、決勝戦まで進んだことでその7枚のマスク全てを披露することができました。

 7枚のマスクに書かれた名前は次の通りです。

1回戦
ブレオナ・テイラー(Breonna Taylor) ケンタッキー州
3月13日 麻薬捜査時に無実にも関わらず銃撃を受け死亡
Breonna Taylor's Death: What To Know - The New York Times

2回戦
エライジャ・マクレーン(Elijah McClain) コロラド州
2019年8月24日 警察官の拘束により死亡
Elijah McClain case: Colorado officials investigate ketamine use in his death - CNN

3回戦
アマッド・アーバリー(Ahmaud Arbery) ジョージア州
2月23日 ジョギング中に元警察官により射殺
What We Know About the Shooting Death of Ahmaud Arbery - The New York Times

4回戦
トレイボン・マーティン(Trayvon Martin) フロリダ州
2012年2月26日 コンビニの帰りに白人と口論になり射殺
About - Black Lives Matter
現在のBlack Lives Matter運動のきっかけとなった事件

準々決勝
ジョージ・フロイド(George Floyd) テキサス州
5月25日 警察官の過度の拘束により死亡
George Floyd, Houston’s Protests, and Living Without the Benefit of the Doubt | The New Yorker

準決勝
フィランド・カスティール(Philando Castile) ミネソタ州
2016年7月7日 職務質問中に無抵抗に関わらず射殺
また警官が黒人を射殺。恋人が一部始終をFacebookライブで撮影 米セントポール | ハフポスト

勝戦
タミル・ライス(Tamir Rice) オハイオ州
2014年11月22日 エアガンで遊んでいる12歳の子供を警察官が射殺
エアガン持った12歳少年を警官が射殺 アメリカのオハイオ州 | ハフポスト

 大坂選手が自ら「7枚では足りない」と言っている通りに、数多くの被害者がいる中で、大坂選手が何を基準にこの7人を選んだのかは明らかにしていませんが、共通しているのは、加害者が逮捕されていなかったり司法で裁かれていないか、また裁判で無罪判決が出ていることが共通しているようです。

 被害者が暴行を受けたり殺された事実と同時に、そうした行為が刑事的に罰せられないアメリカの司法制度や法治国家としてのあり方にメッセージを発しているようです。

アメリカのスポーツはアスリートの社会的なメッセージが認められる世界へ

 全米オープンテニスは、他の4大大会や他のスポーツと同様、これまでこうした社会的なメッセージを身に付けることを禁止してきました。しかし、BlackLivesMatter運動の高まりを受けて、全米テニス協会は今年の大会では試合の前後やインタビューなどのシーンに限り、こうした行為を許可したのです。

 この発表の中で全米テニス協会は「アスリートも自身の信条をコート上でも表現できる機会を与えられるべきだと考えました」と発表しています。

全米オープン、選手たちが社会的メッセージを身に着けることを許可

 6月にはNFLアメリカンフットボール)がそれまで禁止していた国歌の演奏中に膝をつくなど社会的なメッセージを発する行為を、積極的に認めることを表明したのをはじめ、4大スポーツでは、NBA(バスケットボール)、MLB(野球)、さらに4大スポーツに次ぐ人気のあるMLS(サッカー)も、同様の姿勢を見せています。アメリカのメジャーチームスポーツでは、白人が圧倒的に支配するNHL(アイスホッケー)だけが残された状態になっています。

 世界的に見ると、IOC国際オリンピック委員会)がアスリート委員会の要望を受けて、これまで禁止していたオリンピック憲章の改定の検討に入っていて、こうした流れは、今後、アメリカンスポーツから世界に広がっていくことが想像されます。

大坂なおみ選手のアクションへの賛否

 大坂選手のこうした行為に、多くの賛否の声が上がっています。日本では、大きく分けると、アスリートはアスリートとしての競技に集中すべきだという意見とそれに反対する意見と、こうした人種差別の運動自体に対する賛否の声がある中で、投稿などを見ていると、どちらかと言えば、大坂選手の行動に否定的な意見が多いような印象です。

 さらに日本では、12日の毎日新聞の記事をきっかけに、この問題についての企業の姿勢に関しての議論が巻き起こっています。

twitter.com

 筆者は、大坂選手自身が心配しているという現在のスポンサーについては、代理店がしっかりと管理して、許容範囲の中で大坂選手の発言がコントロールできているだろう想像されます。記事ではスポンサーの関係者の声として大坂選手のアクションに否定的な意見が書かれていますが、こうした考えは企業の中でも様々な声の1つであって、多くの考え方があるのは当然だと思います。

 この記事では、考え方の違いを日米の企業の違いとして書かれていますが、日米の違いを強調するよりも、企業ごとの社会情勢への理解度や解釈の違いだと考えた方がよいと思います。もちろん、それには、企業の理念、立ち位置やスポンサードすることの目的の違いも関係してます。そうした要素の中に、日本に本拠を置くということも含まれ、アメリカでの黒人差別がマーケティング的に遠い存在と映る企業もあるのです。

 ナイキは人種差別に反対することを明言し、そうした活動をする選手を支持することも表明していることは有名です。ちなみに大坂選手のウェアとシューズの契約はナイキです。

 果たして、今後の企業戦略にとってBlack Lives Matter運動が、どのように意味を持つのか? 11月のアメリカ大統領選挙の結果によっても変化が予想されますが、どこの国の企業であるかに関係なく、人種差別への意思表示が、企業の社会的な責任に直結する状況が待っているかもしれません。

 また、日本での議論では、筆者はもう1つの視点が抜け落ちているように思います。Black Lives Matter運動では、その言葉の通り黒人差別だけが語られますが、私たち日本人も白人から差別される対象であるということです。

 SNSの投稿などを読んでいると、むしろ白人目線の投稿も多いように感じますが、それは明らかに勘違いだと思います。と同時に、何より加害者の目線では何も解決はできません。

 大坂選手は、5月25日に黒人男性ジョージ・フロイトさんが白人警察官の過度な拘束によって命を落とした後、次のようにtwitterに投稿しています。
「Just because it isn’t happening to you doesn’t mean it isn’t happening at all」
(それがあなたに起こっていないからといって、それがまったく起こっていないという意味ではありません。)

 つまり、彼女は、こうした事件を決して人ごとではないと言っていて、それは黒人である彼女だけでなく、私たち黄色人種、日本人にもあてはまります。

 アメリカに行けば私たち日本人も当事者になり得る、被害者にもなり得ると考えると、もう少しフレキシブルな視点で、この問題を考えることができるような気がします。

私たち日本人はメッセージを発信する大坂なおみを誇りと思えるか

 2年ぶり2度目の全米オープン制覇、3度目のグランドスラム制覇をした大坂なおみ選手は、入れ替わりの激しい現在の世界の女子テニス界で、トップに君臨する存在になったように思います。

 と同時に、大坂選手の発するメッセージを、アメリカ社会、特に差別を無くそうと考える人たちは、彼女のアスリートとしての存在と同様に高く評価し、すでにトップランナーとしての評価を受けています。彼女自身も今後もテニスプレーヤー以上の存在を目指すことを明言しています。

 私たち日本人は、この大坂なおみ選手を誇りと思うことができるでしょうか? 2年前全米オープンに優勝した大坂選手を「日本人初」と讃え、彼女が日本国籍を選ぶことを熱望した私たちは、これからも日本人としての大坂なおみ選手を、日本人として応援できるでしょうか? 来年、日本代表として東京オリンピックに出場した大坂選手は、今回のように反人種差別のメッセージを発信するかもしれません。その時、私たち日本人は彼女を誇りに思い、彼女のアクションを支持できるでしょうか?

 それとも自らを「a black woman」と言い切った大坂選手を突き放してしまうのでしょうか? 私たち日本人の多様性、許容性をも問われてもいるのです。

 

 全米オープンの決勝戦終了後、7枚のマスクの意味について問われた大坂選手は、次のように答えています。彼女のメッセージをどのように受け取るかは私たち次第なのです。