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大坂なおみと渋野日向子に見るアスリートとコーチの関係

比較される二人の日本人初の女王

 見事全米オープンに2年ぶりに優勝して新時代の幕開けを予感させるテニスの大坂なおみ選手と、連覇を目指した全英女子オープンで予選落ちし、その後も調子は上がらず低迷しているゴルフの渋野日向子選手。それぞれの競技で、日本人初のメジャータイトルを取ったこの二人を対照的な存在として比較する記事が散見します。

 1997年にハイチ出身の父と日本人の母の間に、大阪で生まれた大坂選手は、幼い頃からテニスを始めて、4歳で移住したアメリカでもテニスを続け、14歳から下部ツアーの参戦、16歳でプロに転向しています。20歳の年の2018年に全米オープンに優勝し、2019年には全豪オープンにも優勝して世界ランキング1位になっています。これまでツアー6勝のうち3勝がグランドスラムという、ある種のスペシャリストかもしれません。

 1998年に生まれた渋野選手は、小学校2年でゴルフを始めて中学校2年まではゴルフとソフトボールを平行してプレーしていました。それ以降は主に学校の部活の大会でゴルフで活躍し、高校卒業後の2018年に2度目のプロテストで合格して、プロに転向します。大ブレークした昨年2019年はまさにプロとしての彼女のデビューイヤーだったのです。

全米オープンで明らかな進化を見せた大坂なおみ

 筆者はこの二人を見る時に、アスリートとコーチの関係の違いに注目してきました。おそらく、大坂選手は極めてアメリカ的で、逆に渋野選手はおそらく極めて日本的です。

 全米オープンの大坂選手は、Black Lives Matter運動のために毎試合、被害者の名前がプリントされたマスクをつけて入場し注目を集め、その勇気ある行動に対する評価は今も高まっています。そうした活動への使命感のようなものが、これまで不安定だった彼女の精神面を支え、優勝に導いたという説もあります。

 決勝戦だけを見ても、第1セットを1−6と大差で落としながら、残りの2セットを連取して逆転で優勝した強さは、これまでの大坂選手にはなかったものかもしれません。

 筆者が試合の映像を見ていて大きな変化を感じたのはフットワークでした。これまでの大坂選手は、いわゆるビッグサーブを武器に、早めに勝負をつけるゲームプランの選手だったと思いますが、この大会の大坂選手は、ラリー戦でも余裕を持って戦っていた印象です。

 その理由が、フットワークの進化でした。これまで大坂選手は、際どいコースのサービスやパッシングショット、ラリーに持ち込まれて振り回されると、しっかりと自分の足を止めることができず、不安定な態勢でリターンを打たざるを得ませんでした。その結果ボールのコースもしっかりと定まりませんでした。

 それが、この大会の大坂選手は相手に振られてギリギリの状態でもしっかりと止まって、安定した態勢でボールを打つことができて、このために打ったボールに力が加わり、精度も高かったように見えました。また、しっかりと止まることができれば、素早くターンすることができますから、自ずと守備範囲が広くなり、それによって余裕が生まれプレーに幅にも繋がっているように見えました。もともとサーブとハードヒットは現在の女子テニスにおいてナンバー1とも言えるほどの定評があったのですから、フットワークが伴えば鬼に金棒です。

 報道をチェックしてみると、新たに日本人フィジカルトレーナーの中村豊氏を迎えて、自粛期間中にこのあたりの強化を計ったことが書かれていました。具体的には体幹のアップとアジリティ(敏捷性)のトレーニングだろうと想像されています。

 体幹の強さは、疲れの出るゲーム終盤のサービスの安定にも貢献しているはずです。

 こうした点は、今年から大坂選手のコーチをしているウィム・フィセッテ氏も、大会後のインタビューで語っています。

 試合ができない期間に取り組んだ、こうした地道なトレーニングの成果が、試合の中でもしっかりと実感できていたことも、大坂選手が劣勢に陥った時にメンタルの強さを発揮できた要因のひとつと考えれます。

 コーチとの関係においては、大坂選手自身が自分のウイークポイントに気づいていて、現在の体制を作ったのか、それとも現在の体制が、そのウイークポイントを改善することの必要性を見出したのかは具体的にはわかりませんが、大坂選手が勝つために必要な条件を整備した結果であることは間違いありません。

進化の成果を出せない渋野日向子

 渋野選手はもともと関係者が驚くほどの体幹や筋力の強さと、その強さを生かしたドライバーなどでの独特の軌道のスイングが特徴であり、その強みをいかんなく発揮したのが昨年の成績でした。

 もう1つのポイントがメンタルの強さです。渋野選手の登場で筆者も含めて多くの人が初めて知ったであろう「バウンスバック率」という数字に表される評価です。バウンスバック率とは、ボギーかそれより悪いスコアだったホールの直後のホールで、バーディーかそれより良いスコアを獲得する率のことで、簡単言えば、失敗をした直後に回復する力を表す数値で、ここにメンタルの強さが表れていると言われていました。

 そうした強靭なメンタルは、シブコ節とも言われるマイペースの喋りにも表れていますが、この点は、渋谷選手、大坂選手に共通する部分かもしれません。

 しかし、今シーズンの渋野選手は、こうした強みを全くと言っていいほど生かすことができていません。その理由のひとつが、昨シーズンから今シーズンに向けて、フィジカル強化とフォーム改造の成果が出ていないことにあるでしょう。渋野選手の見た目は、上半身を中心に明らかに大きくなっています。筋力アップのためのトレーニングの結果です。またそれに伴って、フォームの改造にも取り組んだようです。

 昨年までのフォームの完成度が高かったために、フォーム改造に手を付けたことに驚く関係者も多かったようですが、短期間に大幅な筋力をアップをすれば、力の入り方のバランスが変わったり、今まではなかった筋肉がそれまでのフォームでは邪魔になったりと、フォームの改造は避けて通れない道だった可能性が高いです。実際のプロセス的にどちらが先だったかは不明です。

 目的は、飛距離アップです。日本の国内ツアーでは、トップクラスの選手を遜色のない渋野選手ですが、アメリカツアーに彼女のデータを置き換えると平均以下になるので、この飛距離の部分をアップしてアメリカツアーへの本格参戦に備えようという狙いでした。

 しかし、その成果を渋野選手が実感することができないまま、半年遅れて始まったツアーに参加。海外遠征にも参加してしまったのではないでしょうか。

 目的を明確にしたトレーニングや渋野選手のようなフォーム改造の成果を、アスリート自身がすぐに実戦で感じ得ることができるかどうか、成功体験に結びつけることができるか否かは、その後のアスリートの将来に大きな影響を与えます。

 すぐに結果が出るものではないという方も少なからずいらっしゃると思いますが、それは誤りです。渋野選手のような抜本的で新しいチャレンジを行うのではあれば、ステップバイステップで、段階ごとにアスリート自身が実戦でプラスの変化を感じることができる方法で行うべきです。プラスの結果がアスリートにフィードバックできないとすれば、コーチングそのものに問題があります。

コーチの存在は渋野にどのような影響を与えているのか

 筆者が最も気になるは青木翔コーチの存在です。渋野選手の指導を行なっていて、優勝した昨年の全英オープンではキャディも務めて注目されて、彼女の好成績のお陰で高い評価を得ていますが、彼女を指導するまでは、兵庫県に拠点を置くローカルでジュニアや若手の育成をメインに指導としてきたティーチングプロです。

 ですから、どんなに立派な指導理論を披露しようとも、彼にとっては海外ツアーどころか国内ツアーですら未知の領域です。

 渋野選手が取り組んでいる筋力強化とフォーム改造も、少なくともトップレベルの選手のそれは、彼にとっては初めての体験ではないでしょうか。

 もちろん、コーチと一緒に成長していこうという考え方もありですが、渋野選手が本気でアメリカツアーにレギュラー参戦し、メジャータイトルを目指すのであれば、それに相応しいコーチ、できればアメリカツアーを主戦場にするコーチを雇う必要があるだろうと思います。そうしたコーチによれば、もしかすると、そもそも、渋野選手がいま目指している筋力強化とフォーム改造とは違った方法で、アメリカツアーでの勝ち方があったかもしれないのです。 

 男子の話ではありますが、今年のアメリカツアー、メジャー大会のプロゴルフ選手権で優勝した日系アメリカ人のコリン・モリカワ選手は、体格的には身長175cmで海外男子選手としては小柄で、Tショットの平均飛距離は今年のツアー参加選手が約200人いる中で97位。それでもプロゴルフ選手権を含めて今シーズン2勝をあげています。

選手がコーチの雇い主という考え方で自らプレー環境の改善を目指す

 年間40億円を稼ぎ、経済誌フォーブスによれば、女子アスリートとして史上最高の年収を稼ぎ出したという大坂選手との比較は難しいですが、彼女の自分が納得できなければ、タイミングも御構い無しにコーチの首を挿げ替える姿勢は参考にすべきだと思います。

 日本では指導者と選手の関係をすぐに「師弟関係」と呼び、永続的なもののように表現しますが、プロアスリートの世界では、コーチングとプレーというそれぞれが役割分担を担う対等な関係であるべきで、しかも、テニスやゴルフのような個人競技では、多くの場合、選手が雇用主で、コーチは被雇用者という雇用関係です。ですから、選手は、自分が目指す目標に見合ったコーチを選び、雇う必要性と権利があるのです。それが叶わないとなれば、遠慮なく契約解除できる立場であり、そうすべきなのです。

 日本の個人競技では、選手が女性、コーチが男性の場合、依存性が極めて高くなることも特徴です。男性コーチは積極的にそれを狙って、メンタル的なマウンティングや技術や理論の上書きは日常的に行っているはずです。例えばフォーム改造もその1つです。目標の達成の可否を置き去りにすれば、その方が日常的に楽ですからね。コーチと選手の関係が長くなれば、そうした関係になるリスクも高まります。ですから大坂選手のように短期で変えていくことも優れた選択肢のひとつだと思います。

 ぜひ、他の日本の女子アスリートも大坂選手の姿勢を見習ってほしいものです。

 渋野選手の場合、昨年の全英女子オープンの優勝し、国内ツアーでも4勝をあげたことで、日本の女子アスリートとしては懐事情が良くになったはずです。その経済的な余裕を利用して、アメリカツアーで戦うに相応しいコーチを新たに雇うことが必要だったのではないでしょうか。

 全英女子オープン優勝による優先的な出場権が、ほぼ今年限りと限定的なことを考えると、昨年の全英女子オープン制覇で渋野選手が持っていたチャンスは、今シーズン限りだったかもしれません。

アスリートと共に歩む企業にも新しい取り組みを

 もう1つ言えば、宮里藍選手に代わって昨年から渋野選手をサポートしているサントリーも、もっと積極的に競技とアスリートに関わる姿勢を見せても良いように思います。

 例えば、契約選手の海外の活動拠点として、アメリカのゴルフスクールやコースと契約して契約した選手に提供したり、アメリカで活躍するコーチやキャディーと選手の間を取り持ったりするなど、選手の勝利やレベルアップを、チームとして取り組んでいく方法です。

 宮里選手がかつて世界ランキング3位になっても、メジャータイトルを取れなかった課題を、チーム・サントリー、チーム・渋野として、変えていくような姿勢と体制づくりがあっても良いのではないでしょうか。

 大坂選手の場合は、本人と、もしかするとファミリーの力で改善していった本人のプレー環境を、支援するスポンサー企業が中心になってチームとして変えていく方法です。 

 企業としては、現状より費用はかかりますが、アスリートがコンスタントに高いレベルで結果を出すことができれば、長期的には投資の効果はより高まるはずです。

 スポンサー企業として、ただ、お金や時には物品を提供して、その代償として社名やロゴを露出してもらうだけでなく、アスリートと一緒により高いレベルを目指し、一緒に稼いでいく姿勢もこれからのスポーツスポンサーには必要なはずです。