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東京武蔵野シティFCはなぜJリーグ昇格を断念したのか? 第3章

第3章 東京武蔵野シティFCに別の選択肢はあったのか? 

横河電機はなぜ東京武蔵野シティFCを支援してきたのか?

 これまで書いてきたように、東京武蔵野シティFCは、横河電機の社内同好会として長年運営され、任意団体として独立した2003年以降もこの企業に様々な支援を受けてきたようです。

 横河電機は、一般的には決して知名度の高い企業ではありませんが、石油、上下水道、ガス、原子力発電などの分野で世界的に見ても高い技術力で、国内外に高いシュアを持つ製品を送り出し、年間売り上げ4000億円を誇る日本屈指の大企業です。

 かつては、世界ナンバー1のPCメーカー、ヒューレット・パッカーズ(HP)の大株主として有名だったこともありましたが、今はそうした資本関係にはないようです。

 そうした横河電機の実態を知っているサッカー関係者からは、横河電機と一緒にJ1を目指すようなフットボールクラブを作ればという声が聞こえていました。確かに、横河電機の経営規模を考えれば、楽天とヴェッセル神戸、日産と横浜Fマリノスとまではいかなくても、J1で定着できるクラブにすることは可能なように思えます。しかし、少なくとも現状は、残念ながらそうはなっていません。

 東京武蔵野シティFCが、社内同好会だった時代は、福利厚生の一環としてサッカーチームを支援したはずです。その後、任意団体、NPO法人と推移する中で横河電気はどのような根拠でこのチームを支援してきたのでしょうか。横河電機の社内で、どのような検討が行われてきたのか、また、全く行われることもなかったのかは分かりませんが、おそらく、法人として独立した以降も「我が社のサッカーチーム」と考えて支援してきたのでしょう。

 そこで、筆者なりにこの企業をチェックしていくと、プロスポーツチームと支援する企業としてのミスマッチがあるように思えてきました。

ミスマッチの理由1 BtoBビジネスであること

 筆者がミスマッチだと考える理由の1つ目が、横河電機が、パーフェクトなまでにBtoBの企業であることです。一般消費者をマーケットと一切していません。ですから、横河電機の名前の入ったユニホームを付けたクラブが、J1で優勝したとしても、本業の業績にはほとんど影響がないはずです。

 現在JリーグのJ1からJ3までの全クラブの中で、責任企業(Jクラブを子会社または孫会社等にして支援し赤字の場合に補填ができる企業)となっていると確認できる全て企業が、一般消費者をマーケットにするBtoCの企業であるか、同じグループ内に大きなBtoC企業を持っています。唯一、BtoBの傾向の強かった鹿島アントラーズも、昨年、日本製鉄からメルカリに売却されています。

 今後、BtoCの事業から撤退を進めている富士通川崎フロンターレとの関係がどのようになるかは、注目です。

 Jリーグだけでなく、プロ野球12球団も親会社全てがBtoCの企業です。

 スポーツチームという一般消費者をマーケットとした事業と、支援する企業の事業目的、マーケットがシンクロしていない状態では、スポーツチームへの支援は、経営的に難しいというということを表しているのではないでしょうか。

 もちろん、例外的な場合もあります。企業が創業してまもなくマーケットで認知度が低い場合や、これまで全く扱ってこなかったマーケットに新規に参入する場合には、Jリーグクラブのメインスポンサーであることや親会社であることが、認知度や信頼性の向上に貢献することもあるはずです。

 しかし、横河電機のように歴史もあり、マーケットでの認知度も十分にある企業のとっては、スポーツやエンターテイメントを支援していくことが、本業にプラスの効果を与えることは難しいのではないでしょうか。

ミスマッチの理由2 グローバル企業であること

 2つ目は、横河電機の高いグローバル性です。横河電機の公式ホームページを読むと、世界ほぼすべての国と地域を対象に、数多く国々に営業拠点があることがわかります。

 売り上げを見ても、直近の昨年のデータで国内での売り上げは約31%に止まり、それ以外は日本以外で売り上げていて、この傾向は徐々にではありますが、年々高まっているようです。

 世界戦略を図る企業にとって、縮小する日本経済とアジア、アフリカを中心に今後拡大する世界経済を見れば、どこに軸足を置くべきかは明らかです。

 このような企業にとって、例えばJリーグクラブのような、決して国際的に活動しているとは言い難いスポーツチームを法人として子会社に持つことは、魅力的とは言えないでしょう。

 もし、こうした企業とスポーツとを結びつけてビジネスプランを提案するとすれば、例えば、横河電機の名前や実績がBtoBとしても全く知られていない国でビジネスをすることを想定して、楽天バルセロナの胸スポンサーになったように、世界的なチームと組む方が、日本国内でこつこつとチームを育てるよりも、はるかに投資効果が見込め、経営的にリアリティのある戦略なはずです。大坂なおみのトップスポンサーになって良いでしょう。

ミスマッチの理由3 CSR活動をする必要がない企業

 3つ目は横河電機にとってCSRです。今回のテーマではこれが最も重要かもしれません。

 近年、CSRは、ビジネスシーンですっかり定着している言葉ですが、Corporate Social Responsibilityの頭文字で、「企業の社会的責任」と訳されています。

 CSRというと、社員の地域活動や子ども支援の活動、最近では障害者雇用なども含め、いわゆる社会貢献活動を指す言葉のように使われています。ビジネス誌、ビジネス専門のサイトでも企業の「CSR活動」として、様々な企業のこうした活動を取り上げています。

 このCSRの中に、スポーツチームへの支援やアスリートの支援が含まれていて、例えば、支援するスポーツチームを介して本社のある地域や自治体に貢献するというストーリーを積極的に紹介する企業も少なくありません。

 しかし、そうした「CSR活動」はCSRの本質ではなく、「活動」をメインに語るのは誤りです。

 CSRという言葉は、本来企業の本業の事業自体が、社会的意義があるかどうかを問う言葉なのです。さらに、ここ数年、サステナビリティ(sustainability)の必要性が高まるにつれて、CSRの定義がより明確になっています。

 サステナビリティは持続可能性と訳され、今や世界の企業が求められる社会的な意義のスタンダートなっているファクターです。企業の社会的な意義(CSR)とは、すなわち企業が社会や環境のサステナビリティを高める事業を行なっていることだ、と言って過言はないほどになっています。

 では横河電機はどうでしょうか。世界的にインフラやエネルギー産業の質の向上にダイレクトに関わる製品を送り出しているこの企業は、自社の製品を使うことが、他社製品に比べて環境保護や社会の安全性などで持続可能性を高めるという自負を持っています。自社の存在と事業自体が社会的な意義を持っていると、少なくとも横河電機は考えています。

 横河電機のホームページを見ると、1998年の「横河電機環境報告書」に始まり、その時代のトレンドに合わせて名前を変えながら、CSRのレポートが掲載されています。2007年から16年までの10年間はまさに「CSRレポート」、そして2017年からは「サステナビリティレポート」と名前を変えています。

 そのドキュメントには、自社の事業がいかにサステナビリティに直結し、貢献しているか、具体的な事業内容とサステナビリティとの関係が記載しています。

 そして、このように自社の事業そのものが社会的な意義を持っているこの企業は、あえて「CSR活動」を積極的に取り組む必要はないでしょう。

  その証拠とでもいうか、現在のサスティナビリティレポートには、ラグビーやサッカーなどのスポーツを通しての地域貢献活動の記載は一切無く、「CSR活動」にあたるものは、日本国内や東南アジアで行われている生物多様性保全活動への支援についての掲載に限られています。

 もちろん、横河電機も一般的に言われる「CSR活動」にあたる活動を行なっていることは周知の通りです。東京武蔵野シティFCへの支援もそうですし、かつてはトップリーグにも名を連ねたラグビーなども含めて地域貢献としての活動を支援してきています。スポーツではありませんが、都内の特別支援学校の支援なども長年に渡って行なっているようです。そうした活動は、現状でも他の企業と比較して遜色はありません。

 

横河電機株式会社の情報については、
横河電機公式ホームページ
https://www.yokogawa.co.jp/
このホームページに掲載されている同社の「FinacialFactBook 」
https://cdn-nc.yokogawa.com/19/20735/tabs/ir_202003factbook.pdf
同じく同社の「サスティナビリティレポート」
サステナビリティレポート | 横河電機株式会社
を参考にさせていただきました。

 

 東京武蔵野シティFCJリーグで活動していくためには、新規にメインスポンサーを獲得した上で、横河電機に対しては、金銭的な支援よりも練習施設の継続的な提供などの支援を求めていくことが必要だったのだろうと筆者は想像します。しかし、それを実現するのは、より多くの人を共感させるに相応しいビジョンとエネルギーが必要だったはずです。

 東京武蔵野シティFCの現在の体制でのJリーグへのチャレンジはおそらく終了することになるのでしょう。しかし、将来のことはわかりません。横河電機の事業規模を考えれば、今すぐにでもJ1レベルのクラブに相当する支援は可能でしょうし、社内の風向きが変われば、またJリーグ挑戦の機会がやってくるかもしれません。横河電機にとって魅力的なサッカーに関するオファーが舞い込んでくるかもしれません。

 その日のためにも、今いるステージで全力を尽くして、地域の皆さんに愛され、共に歩むクラブであり続けてほしいと思います。

 

 今回は東京武蔵野シティFCJリーグ昇格断念と事業譲渡について、筆者自身が感じた「なぜ?」とその答え探しを文章にまとめてみました。筆者同様に「なぜ?」を感じた皆さんの答え探しの役に立てば幸いです。

 また、全国の多くのフットボールクラブがJリーグを目指しています。東京都内にもJリーグを目指すクラブがいくつもあって、それぞれに昇格に向けて多くの課題に直面していると思います。東京武蔵野シティFCが昇格を断念するに至った経緯を検証することが、後から歩いてくるクラブチームにとって少なからず大切な経験値となるはずです。そうしたクラブが同じような轍を踏まないことを切に希望します。 

 

 東京武蔵野シティFCはなぜJリーグ昇格を断念したのか?

 第1章 東京武蔵野シティFCはどこを目指していたのか?
 第2章 東京武蔵野シティFCが昇格を断念したわけを推察する
 第3章 東京武蔵野シティFCに他の可能性はあったのか?