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渋野日向子とお菓子からメディアとアスリートの距離を検証する

カメラマンは何のために渋野日向子にお菓子を渡したのか?

 11月29日まで開催されていた今年の国内女子ゴルフの最終戦JLPGAツアーチャンピオンシップリコーカップで、TV中継のカメラマンがラウンド中の渋野日向子選手にお菓子を渡したとして、中継局の日本テレビ日本女子プロゴルフ協会(JLPGA)から厳重注意を受けたことが報道されました。

 同じ人物が前日にも同じ行為をしていて、この日の朝、大会を主催するJLPGAから注意を受けたにも関わらず再度同様な行為をしたと言います。さらに、前週に行われた大会でも同じ人物が同様の行為をしていたことが確認されているようです。

 JLPGAの指摘を受けて、日本テレビの社長が記者会見で謝罪するまでになっています。

渋野日向子にお菓子手渡す テレビ局に厳重注意「あり得ない行為」/ゴルフ/デイリースポーツ online

 JLPGAによると、競技中の選手と外部の人間との接触は禁止事項であり、今回のカメラマンと渋野選手の行為はこれに当たる可能性あり、さらに、お菓子と一緒に試合に関わる情報やアドバイスが書かれた紙なども渡される可能性もあって、これも禁止事項にあたるそうです。

 さらに、実際に渡されたお菓子を食べた場合には、毒物や禁止薬物の摂取してしまう可能性も否定はできません。実際に命に関わったり体調を崩すような毒物の混入は日本では考えづらいですが、渡した人の意図に関係なく、身体的に直接影響が無くても、ドーピング検査で陽性反応が出てしまうように薬物が入っていて、その後のアスリートの競技人生を変えてしまうような事件も近年は起こっています。こうしたリスクも含めて、競技中の有無に関わらず、アスリートが口にするものは、渡す方も受け取る側も極めて慎重になるべきです。

 試合中に渋野選手にお菓子を渡した目的は何だったのかが、いまひとつ不明です。当初の報道では、昨年の全英オープン以来有名になった、渋野選手の競技中のお菓子タイムを中継映像として撮影するためだったとされていましたが、どうやら実現していないようです。渋野選手はお菓子を受け取ったものの食べてはいない。この件と全く別の記事では、調子が万全とは言えない渋野選手は、今はお菓子を食べている余裕がないと彼女自身が語っています。

 もし、お菓子タイムを撮影するためだったとして、それはカメラマン個人の判断なのか、それとも番組全体のコンテンツとして、プロデューサー、ディレクターの指示の下、組織的に行なっていたのか? 当然、後者だった場合は問題はより大きくなります。この件のその後の報道の曖昧さから見ると、事実はおそらく後者なのだろうと推察されます。

 もちろん、カメラマン個人の行為であることも現状では否定できません。渋野選手の個人的なファンであったり、恋愛感情の表れの場合もあるかもしれません。私たちに伝えられていないだけで、過去にお菓子を渡された渋野選手が食べてくれたことがあって、以来お菓子を用意するようになったのかもしれません。

 このカメラマンは、制作会社の下請けというポジションであることが報道されていますが、そのポジションと今回の行動に直接は関係ありません。スポーツ中継の現場では、特にカメラマンや音声関係では、そうした「フリー」が多く、むしろスペシャリストとして、質の高いコンテンツを届けてくれます。そもそも、スポーツのライブ中継で、カメラマンが、キー局の社員であることは、NHK以外ほとんどないのではないでしょうか。

メディアとアスリートの距離感はどのようにして保たれるべきか

 メディアとアスリートの距離感は非常に難しいと筆者は考えます。

 今回の場合、以前から単に顔見知りだっただけかもしれません。大会のたびは見かけるカメラマンを選手側が覚えていて、お互いに顔を合わせれば軽く挨拶をするような関係で、カメラマンの行為はその延長線上だったかもしれません。

 だとしても、競技中に、事前に認められているタイミングや方法以外で選手との接触、声をかける行為は、絶対にするべきではありません。これはゴルフだけの問題ではありません。

 しかし、実際の国内のゴルフの中継現場ではそうではないのかもしれません。

 同じ大会で優勝した原英莉花が、初日の2番ホールでイーグルを決めたシーン。歩き始めた彼女がチップインしたことを知って、喜んだ表情を映像に収めたところまでは良いのですが、次にカットが切り替わって、原選手は振り返って自分の後ろにあったカメラに向かってポーズを取っています。おそらく彼女のショットを真後ろから撮っていたカメラでしょう。

 最終日に中継録画の中で何度も流されたあのシーンは、カメラマンまたはカメラのすぐ横にいるスタッフが、原選手に直接声をかけなければ、100%撮影できないカットです。そして、そのことはスポーツ中継の仕事をしてる人間であれば誰でも気づきます。

 野球中継でホームランを打った選手がベンチ横のカメラにポーズをとったり、サッカーでゴールを決めた選手が、ゴール横のカメラにポーズを取るのとは全く違うのです。そうした映像は常日頃からそこにカメラがあって、選手もどんな時にそのカメラの映像が使われるのか、見当がついているはずです。

 しかし、原選手がポーズを撮ったカメラは移動式であり、いつもそこにいるわけではありませんから、原選手はそこにカメラがいることは振り返らなければ、わからないはずです。にも関わらず彼女は振り向きざまにポーズをとっています。

 あの原選手の映像を堂々と放送するということは、日常的にこうした行為が行われ、少なくともテレビ局はそれを悪いことだとは認識していないということになるでしょう。

日本のスポーツ大会の構造がアスリートとメディアを近づける

 そうした行為を一層し易くするのが、中継テレビ局と広告代理店、主催者の馴れ合いです。日本のスポーツ大会の多くは、中継するテレビ局と一緒に大会運営をするのが、一般的で、それが日本のスポーツイベントの特徴とも言えます。それをもっとも得意としているのが、今回批判の対象となっている日本テレビであり、広告代理店を中心としてそうした共同開催の方法が長年行われてきたのが、プロゴルフトーナメントだと言えるでしょう。

 今回の問題の行為は大会3日目に確認され、2回目に行われた最終日の朝にカメラマン本人に直接注意が行われたそうですが、その注意が無視された形でその当日に2回目が行われています。ゴルフ中継を得意とするカメラマンは、セッティングの段階から会場にいますし、競技役員とも顔見知りの可能性が高く、そうした人間関係の中で注意をしたとすれば、カメラマンの性格にもよりますが、日常的な馴れ合いの中で注意が軽視された可能性も高いだろうと思います。

 テレビ中継に限らず、メディア関係者がアスリートと近い関係になることは往往にしてあり、時には飲み仲間、時には相談相手になることもあります。筆者自身、食事をしたり酒を飲みに行ったりする関係のアスリートが少なからずいました。

 最近ではすっかり珍しくなくなった女子アナとプロアスリートの結婚もこの延長線上にあるわけです。

 そうした関係の中で筆者が気をつけていたことは、試合会場や練習会場など他のメディア関係者、ファンがいる場所では、特別な行為はしない。二人の関係の中で話されたことは決して、仕事で使ったり、第三者に口外しないということです。また、試合会場では、試合前から試合中はアスリートの方から声をかけてこない限り、こちらからは声をかけないようにしていました。これは懇意になったか否かに関わらず、全てのアスリートに対して共通していることです。

 テレビの出演者の中には、特定のアスリートとの関係を公表し、アスリートとの会話を口にして、自分がいかにも相談相手になっているかのような発言をする人物がいますが、アスリートたちの言葉を借りるまでもなく、そうした人物がアスリートから本気で信頼されることはなく、誘われれば付き合うこともあるが、本気で相談したりアドバイスを受けたりすることはないそうです。

競技者として、渋野自身が自らを守るためにも断ることが重要

 この一件で、渋野選手を非難するSNSなどの投稿を、「いじめ体質」であるかのように逆に非難する記事を見受けます。

 筆者はこの意見には賛成しかねます。一部の投稿に書かれているような過激な非難の必要性は到底感じませんが、責任のいったんがお菓子を受け取った渋野選手にもあると思います。

 ゴルフに、競技中に外部の者との接触、また外部からアドバイスを受けることを禁止するルールがあるのであれば、競技者である渋野選手は、カメラマンよりもテレビ局の関係者よりも、そのルールを知っているべきです。知らなかったでは済まされず、外部の人間以上に、競技者としてそのルールを守る義務があるはずです。特に、ゴルフやテニスのように個人で転戦するスポーツでは、細かく定められたルールをアスリート一人一人が尊守することで、競技の公平性や安全性、透明性などが守られるはずです。

 しかも、1回だけでなく複数回というのは、渡す側の厚顔さもさることながら、渋野選手の対応にも問題があると考えるべきです。

 一言「競技中なので受け取れません」と言えば良いだけです。相手が顔見知りだろうと知らない人だろうと、その一言が言えないことは、決められたルールの中でプレーする競技者としての自覚が不足しているとしか言えません。

 一方で、野球やサッカーのようなチームスポーツとは違って、こうしたルールを徹底するためには、競技団体の役割も重要です。ルールの説明、それを守ることに意義の周知、また今回のようなメディアとの正しい距離感の取り方などは、個人競技の場合は、競技団体が選手に対する説明会を開いて周知徹底を図るとともに、インターネットなどを使って、終始メッセージを発信し続けるべきだと考えます。

 渋野選手の自覚が足りないとは書きましたが、アメリカツアーのメジャーチャンピオンと言えども、プロデビュー2年目、まだ22歳になったばかり若手です。プロアスリート、プロゴルファーとして守るべきことを教えるのは、競技団体にかなりの責任があると筆者は考えます。

 もう一つの視点で考えれば、はっきりと断ることが彼女自身が自らの身を守ることに繋がるのです。

 日本では毒物や禁止薬物の混入は考えづらいとは言え、それが無いとは言い切れません。相手がストーカーだった場合には、1回目を許せばその後続いて回を増すごとに過激になることも多いでしょう。

 近い将来、本格的なアメリカ参戦を考えている渋野選手にとって、はっきりと断ることの勇気、NOと言う勇気を持つことは、自分の身を守るために大切なポイントとなるはずです。