スポーツについて考えよう!

日々、発信されるスポーツの情報について考えよう

大坂なおみと橋本会長とジェンダーギャップ

組織委員会の女性理事の増員は事前の既定路線

 3月3日、東京オリンピックパラリンピック組織委員会は、12名の新しい女性理事の就任を発表しました。これによって、これまで5人だった女性理事の数が一気に17名に増え、理事全員に占める女性の比率が22%から42%に増えました。女性理事を増やすために、規約を改正し37名だった理事の定員を45名に増やして、欠員だった分も含めて12名を全て女性に充てています。

事務局提案に口出せなかった 五輪組織委、理事会の内実 - 東京オリンピック:朝日新聞デジタル

 橋本新会長が就任時の記者会見で口にした女性の比率40%オーバーを達成し、多くのメディアでは、女性蔑視発言によって辞任に追い込まれた森喜朗前会長に代わって就任した橋本氏が、問題視されていた女性の比率を増やすために尽力したように伝えていますが、必ずしもそうとは言えません。

 そもそも理事会の女性の比率を増やすことは、森前会長の辞任直後の12日に武藤敏郎事務総長の口から出ているのです。会長の性別に関わらず必然の流れであり、おそらく、橋本氏の就任に関わらず同様の結果がもたらされたでしょう。

 むしろ、世界的にも注目された就任の記者会見で、女性の比率の目標を40%と公言したことは、決してプラスに評価できるものではありません。宣言するのであれば50%以上と言うべきでした。おそらく、武藤氏をはじめとする事務方が用意したシナリオに沿って語られたコメントだったのでしょう。

 振り返ってみれば、令和元年に五輪担当大臣に就任した橋本氏は、同じ期間女性活躍担当大臣を兼務していましたが、彼女の就任期間中、女性の地位が向上したという話は聞いたことはありません。今回問題視された組織委員会JOCの理事会などの女性比率の低さもこれまで改善していません。

 筆者自身、橋本氏にお話を伺ったり講演を聞いたことがありますが、自身の経験に基づくスポーツの活性化の話ばかりで、ジェンダーギャップに関する話を聞いた記憶がありません。幼い頃からスケーターとしてオリンピックを目指し、早くからエリート教育を受け、恵まれた環境でスポーツに取り組んできた彼女は、深刻なジェンダーギャップに遭遇したことが無いのかもしれません。

大坂なおみ選手はアスリートとして、人としてメッセージを発信し続ける

 テニスの全豪オープン。2月20日に行われた女子シングルスの決勝戦で、大坂なおみ選手がアメリカのジェニファ・ブレイディ選手を破って、この大会2年ぶり2度目の優勝を果たしました。グランドスラムの優勝はこれで4回目になりました。

 大坂選手の活躍によって日本でもその存在が広く知られるようになった試合後のインタビューは、この大会では新型コロナ対策のためか、スピーチとして行われ、大坂選手は、4大大会の決勝の舞台に初めて臨んだブレイディ選手と彼女のスタッフへの賞賛と、この大会が開催できたことへの感謝を、ボールキッズをはじめ全てのスタッフに向けて送りました。

 先にスピーチをしたブレイディ選手は、大坂選手のこの優勝を「私たち全員に勇気をくれる」「若い女の子たちは勇気をもらっている」と賞賛したのです。

 私たちはこの「勇気」が大坂選手の何によってもたらされるものなのかは想像するしかありませんが、おそらく、昨年の全米オープン前後のBLM運動、その後のメッセージの発信や女子プロサッカーチームの買収などアスリートを超えた活動をしながら、コロナ禍でのグランドスラム2大会に優勝したこと。そうした全ての彼女のアクションを指しているのでしょう。

 推定ではありますが、23歳の大坂の年収は50億円におよび、全ての女子アスリートの中でトップに立っているのです。その金額は彼女のプレーだけでなく、すべての言動の評価でもあるのです。

 そうした全てを併せて、夢の体現者となった大坂選手の偉業をブレイディ選手の言葉で表現したと思われます。

 大坂選手は、性別、肌の色などの私たち日本人が苦手としている多様性に、今までになかった道筋を作ってくれています。テニスプレーヤーとして世界トップレベルの活躍しながら、一つの自立した人格として強いメッセージを発信し続けていることに注目することで、私たちも彼女と多様性の価値観を共有できる日が来るかもしれません。

森氏の女性蔑視発言は日本のジェンダーギャップの現実

 その大坂選手も森前会長の女性蔑視発言について、2月8日の全豪オープン前のインタビューで次のように答えています。

「彼の発言に目を通したが、いいことでは無いと思う。発言の背景を知りたい。コメントを求められる立場にある人は、話す事柄について知識が必要だと思う。周囲の人たちが彼に発言が正しくないことだと伝え、理解させることが大事だと思う」

森会長発言 大坂なおみ選手「周囲が正しくないと伝え理解させて」 | NHK政治マガジン

 この大坂選手の発言には大きな誤りがあります。「周囲の人たちが彼に発言が正しくないことだと伝え、理解させることが大事だと思う」と語っていますが、これは森氏の周囲が彼の発言が「正しくない」と理解しているから可能なのです。しかし、森氏の周囲に、この発言が「正しくない」と感じている人は稀有ではないでしょうか? 森氏がこの発言をした日本オリンピック委員会(JOC)の評議会で笑いが起きたという報道や、その後、武藤事務総長やJOC会長の山下氏の発言やそのほか政府関係者の発言を聞いても、森氏の周囲が彼の発言の深刻さを認識していないことは明らかです。

 ですから、森氏の女性蔑視の発言を受けた非難のコメントの中に、「日本が誤解されてしまう」という意見が多数あったと思いますが、誤解されるのではなく、森氏の発言が日本の実態であり、世界でも最悪のレベルにある日本のジェンダーギャップを如実に表しているのです。決して誤解ではないのです。

 おそらく、当時森氏の側に橋本氏がいたとしても、状況は変わりはなかったでしょう。

 女性蔑視発言によって辞任に追い込まれた森氏の後任の橋本氏は、女性であり、年齢的にも50代半ばと、世間が求めた会長像にあてはまっていると言えるでしょう。しかし、だからと言って、組織委員会という組織のジェンダーギャップが解消され、今後の日本の社会のジェンダーギャップ改善に貢献できるとは限りません。

 橋本氏の人選は、JOC会長の山下氏、小谷実可子氏などの候補がいる中で、明らかに政府主導の人選です。

 何より、橋本氏の政界入りのきっかけを作ったのが森氏であり、橋本氏自身が森氏を政治の師と仰いでいることを公言していたことを考えれば、組織委員会でも森氏が作った体制とその意思を引き継いで行くことは間違い無いでしょう。森氏の傀儡だと表現するメディアもありますが、武藤氏をはじめ森氏が集めた事務方上層部が引き続き指揮をする体制が続くことを見れば、それが実態と言えるのでないでしょうか。

 橋本氏の後任として五輪担当兼女性活躍大臣に就任した丸川珠代大臣は、国会の質疑で彼女が男女別姓に反対する理由を再三問われても、その理由を答えることができませんでした。彼女の自身の意思、意見ではないことが答えられなかった理由ではないでしょうか。それが、自民党の女性議員の実態なのです。

 新たに組織委員会の理事に選ばれた12名のメンバーの中では、シドニーオリンピックのマラソン金メダリストの高橋尚子氏が注目されています。中には、東京都から天下りで関係団体のトップを務めている人物もいますが、一方で橋本会長や高橋氏以上に、スポーツにおける女性の立場や広い観点での多様性の拡大について、強いメッセージを発信できる人物が複数選ばれています。

  今後そうした人物が中心となって、組織委員会の組織改革が進むことを期待したいものです。

組織委員会のアクションは日本が変わるきっかけになるか?

 森前会長の女性蔑視発言に対する批判のポイントは大きく二つありました。一つは発言内容そのもの、女性に対する差別的な内容です。

 もう一つは、日本国内だけでなく世界的にも注目されるほどの失言をしたのにも関わらず、森氏が謝罪と発言の撤回だけで、その地位に居座り続けようとしたことでした。これは、近年の安倍政権以降の政界、官僚の状況に繋がる現代の日本の問題点として指摘されて、この現状を変える機会としてメディアやSNSで多くの声があがっていたはずです。

 しかし、森氏の辞任、橋本新会長の就任で、いずれを批判する声も小さくなっています。メディアでの紹介も極めて限定的になりました。残念ながらこれでは、女性に対する差別的な扱いも改善されませんし、責任を取らない政治家や官僚は今後も現れるでしょう。

 森氏の女性蔑視発言を、五輪憲章に書かれているオリンピックの理念にそぐわないものとして批判する声が多数あったと思います。IOCがその指摘をするのは当然ですが、女性蔑視、差別は、オリンピックの理念やオリンピックの地元開催に関係なく、社会問題として早急に改善されるべき課題です。

 JOCや各競技団体も同様にジェンダーギャップの指摘を受けていましたが、具体的なアクションを行なったという話は聞こえてきません。組織委員会同様に理事などの女性の比率を早急に高めるなどのアクションをすべきでしょう。全日本柔道連盟パワハラ騒動で追い込まれている山下会長ですが、パワハラへの対応とともに、JOCとその支配下の全ての競技団体を対象にジェンダーギャップ解消に向けたアクションを見せれば、地元で開かれるオリンピックを前に、その職責を一つを果たしたと言えるのではないでしょうか。