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新型コロナが問いかける東京オリンピック開催の価値

ワクチン提供でオリンピック、パラリンピックの安全確保を公平性を目指す

 日本時間の3月12日、国際オリンピック委員会(IOC)のトーマス・バッハ会長は、この日行われていたIOCの総会で、東京大会と来年開催予定の北京冬季大会に参加する選手や関係者の中で希望する者に、中国製の新型コロナウイルスのワクチンを提供することを表明しました。

IOC総会 バッハ会長 選手や関係者に中国製ワクチン提供を表明 | オリンピック・パラリンピック 大会運営 | NHKニュース

 このワクチンは、中国オリンピック委員会から提供を表明されたそうです。

 バッハ会長は、選手間の公平を確立するための処置として、IOCの予算でこのワクチンで購入することも合わせて表明しています。

 組織委員会武藤敏郎事務総長によると、バッハ会長のこの発言は、事前に日本側とは情報共有がされていなかったそうで、丸川珠代五輪担当大臣も日本政府には事前に知らされたおらず、日本政府として中国製ワクチンの国内での承認申請されておらず、このため日本選手は対象にはならないと発言しています。

 バッハ会長の発言には二つの大きな問題があります。

中国製ワクチンが承認されている国は限られている

 筆者をはじめ日本人の多くはこの報道を聞いて、まず、中国製のワクチンの安全性と有効性が気になったのではないでしょうか。

 中国では2月末までに4社4種のワクチンが国内で承認されているそうです。その中で先行して承認された2社のワクチンが、東南アジアや南米などの国々で承認されていますが、ブラジルで使用されたワクチンの有効性が50%台と報告されていて、欧米で開発されたワクチンより有効性はかなり低いようです。一方、インドネシアなどに供給されたワクチンでは国際保健機関(WHO)でも80%以上の有効性が確認されているそうです。

 香港ではブラジルと同じワクチンの摂取後に死亡が報道されているものの、その他の国では一時的に摂取を見合わせる時期があったとしても、その後引き続き摂取は続けられていて、安全性が決定的に危惧されるような事態には陥っていません。むしろ現在、イギリスで開発され日本にも供給が予定されているアストラゼネカ製のワクチンの方が、摂取後に血栓ができることが複数報告され、ドイツ、イタリアなどが摂取を中止するなど安全性に深刻な疑念が発生しています。

 ですから、中国製のワクチンについては、中国製だからと言ってアメリカやイギリスで開発されたワクチンと比べて、私たちが危惧する安全性、有効性について劣っていることはなく、一定の水準をクリアしている考えて良いのではないでしょうか。

 しかし、オリンピックのために選手たちがワクチンを摂取するためには、来日前に自国での摂取が必要になります。そのためには当然、その国でのワクチンとしての承認が必要になります。しかし、日本や欧米各国では中国製ワクチンが承認されている国は少なく、また承認申請も少ないようです。このままでは、一部の選手は自国で未承認のワクチンの摂取をIOCから促されることになるのです。

 バッハ会長が行なった一方的なワクチン供給の宣言は、こうした状況や各国の法律を無視することに繋がるのです。

 IOCもこの問題に気づいたのか、バッハ会長の発言の翌日、同じIOC総会の中でワクチンの供給は中国製のワクチンが承認された国だけに限られることを発表しています。

中国ワクチン、承認国のみ提供 IOC:時事ドットコム

東京オリンピックは新型コロナに打ち勝った祝宴にはならない

 バッハ会長は東京オリンピックを「人類が新型コロナウイルスに打ち勝った証として開催する」と語ってきました。バッハ会長が会長職を再選した3月11日からの総会の冒頭でも「パンデミック克服における人間の復元力を明確に示すものとなる」と語っています。

 ワクチンの提供は、予定通りオリンピックを開催するための裏付けするキーファクターになるとバッハ会長は考えたのでしょう。

 これに同調してきた日本政府は、2月に行われたG7先進国首脳会議で、管首相がバッハ会長と同様のコメントで、この会議に出席する他国の首脳に東京大会開催への理解と協力を求めて、承認されています。

G7首脳オンライン会議 菅首相 東京五輪・パラ開催への決意示す | 菅内閣 | NHKニュース

 では、バッハ会長や管首相が語る「人類が新型コロナウイルスに打ち勝った」状況とはどんな状況だと考えられるでしょうか?

 少なくとも、バッハ会長が語るようなオリンピック、パラリンピックに参加する選手やIOCスタッフ、スポンサーも含めた関係者だけが、ワクチンを摂取して、安全を確保された状況ではないことは間違いありません。

 人類が新型コロナウイルスに打ち勝つとは、オリンピックに出場できるようなトップアスリートだけの安全が確保されることではないのはもちろん、欧米など先進国だけでなく、経済的に貧しい国小国も含めてワクチンが行き渡り、新型コロナウイルスパンデミックの恐怖から解放された状況になることです。

 しかし、全世界のワクチン摂取は、2月末現在で全人口約76億人に対して3億回程度に止まり、データが公表されている中で最も摂取が進むアメリカとイギリスでも、人口の30%程度に限られています。ワクチンの効果で、このアメリカ、イギリスのように大幅に感染者数、死者数とも大幅に減少した国がある一方で、現状のままでは摂取開始が2022年以降になるだろうと予想される国が数多くあることも事実なのです。

 にも関わらず、バッハ会長は、同じIOC総会で、東京大会が安全で確実に開かれると言明しています。

IOCバッハ会長、東京五輪は「安全で確実」に開かれる - BBCニュース

 今のままで開催されるオリンピック、パラリンピックは、オリンピック、パラリンピックに出場できるような一部の恵まれたアスリートとIOCとそのスポンサーのための大会として、歴史に刻まれることになるでしょう。限られた人だけの安全安心を確保して開催できたとしても、世界から祝福の対象にはなりません。

 オリンピックを「人類が新型コロナウイルスに打ち勝った証」にしたいのであれば、IOCは高みの見物を決め込まず、自らも身を削るべきです。IOCはその膨大の予算を使って、世界の経済的に恵まれない国々にワクチンの供給を行うべきです。IOCだけでなく、国際競技団体も同様です。また高給を得ているトップアスリートも協力すべきです。

 そして、IOCと同じ立場をとる日本政府も同様です。現在、中国のワクチン外交への対抗策から、アメリカなどと同調する日本政府も、WHOを通じて世界の貧困国へのワクチン配布に資金を提供していますが、その額は1億円にも満たず、世界の人々がワクチンによってウイルスに打ち勝って、安全を得るにはあまりにも僅かな金額なのが現実です。

新型コロナがオリンピック開催の価値を問うている

 今回の一連のIOC組織委員会の対応で、オリンピックが一部のアスリートとIOC関係者だけのためのイベントであることが明らかにされたと思います。

 組織委員会は、あらゆるメディアを利用してアスリートのオリンピックへの熱く強い思いを発信して、私たちにアスリートへの共感とオリンピック開催への賛同を求めています。昨年7月23日に発信された競泳の池江璃花子選手のメッセージはその最たるものです。

 しかし、多くの人たちが、新型コロナに苦しみ、生活に困窮し、人によって職を失っている中で、そのメッセージが心に響くとは思いません。人々の多くはオリンピックどころではないのです。むしろ世の中の空気を読めないそうした姿勢やメッセージに、白けた人も多いことでしょう。

 全国で、オリンピック、パラリンピックのボランティアの離脱が相次いでいるようですが、新型コロナの感染を恐るという以前に、社会全体がコロナ以前のようにオリンピックに向き合えなくなっているのが、そもそも原因ではないでしょう。

 今のままで通常のオリンピックを開催しても、人々から祝福されたイベントにするのは難しいでしょう。人々から祝福されないオリンピックに開催の価値があるのか? そんな問いかけがされているように思います。

 3月22日には、IOC、IPC(国際パラリンピック委員会)、組織委員会、東京都、日本政府のトップによる5者協議が開催され、海外からの観客受け入れの見送りが決定されると報道されています。果たして、その予想通りに議論がされるのか? 注目が集まっています。