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大相撲力士の怪我からの復帰を考える〜白鵬休場を受けて〜

白鵬休場の影響

 3月14日から開催されている大相撲春場所の3日目、5場所ぶりに出場して前日まで2連勝だった横綱白鵬の休場が突然発表されました。「右膝蓋大腿関節軟骨損傷、関節水腫で手術加療を要する。術後、約2か月のリハビリテーション加療を要する見込み」との診断書を提出したそうです。

 白鵬は、年間6回、約2ヶ月おきに行われる本場所で、昨年7月場所の途中休場から休場が続き、11月場所の後には、同じく休場が続く横綱鶴竜ととも、横綱審議会から「注意」を受けたにも関わらず、1月に開催された初場所も休場していただけに、彼自身も強い意志を持っての出場でもあったはずです。しかし思いの外あっさりと休場した印象が強く、多くの関係者が驚いたそうですが、筆者も同様です。

 その一方で、やはり無理だったかと思ったのも、筆者だけではないはずです。場所の前のテレビ番組では彼が膝の水を抜く映像が流されたりもしていました。

 白鵬の休場によって、昨年7月の彼の途中休場から続いていた横綱不在の場所が3月場所も続くことになりました。一方の白鵬は、手術によって5月場所の休場も確実になり、7月場所に今度こそ進退をかけることになりそうです。

 こうした状況に3月場所の直後に開かれる横綱審議会では、白鵬と同じく休場が続く鶴竜、この二人の横綱に「引退勧告」が決議される可能性もあるとの報道もあります。

大相撲に横綱の存在は必ず必要か?

 白鵬鶴竜。二人の横綱が休場する間、メディアの間では、その不在を非難する声ともに、不在によって大相撲がつまらなくなったという声も数多くあがっていました。 

 しかし、筆者はそうは思いませんでした。この間に力を付けた貴景勝、朝乃山、正代の3大関を中心に、多くの力士絡む優勝争いは、一部の決められた力士だけが主役を務めるストーリーよりもずっと面白いと思っています。

 ちなみに昨年1月場所から今年1月の全6場所(5月場所は新型コロナ感染拡大のため開催されず)の優勝者が、全て異なっていて、その中には昨年1月の徳勝龍や今年7月の照ノ富士など下位の力士の優勝もあります。

 その照ノ富士は重度の膝の怪我とその手術のために、大関からほとんど最下位まで降格して、そこから大関復活を目指すというサイドストーリーも付いてます。彼以外にもこうしたサイドストーリーが数多くあるのも、現在の大相撲の魅力の一つになっていると思います。それはまた、番付に関係なく、どの力士にとっても日々の鍛錬を伴う激しい競技としてだからです。

 もちろん、かつての白鵬のように、強い力士がひとつの取りこぼしもなく15日間を勝ち続けて優勝するストーリーも悪くはないのですが、今の状況の方が万人受けするように思えます。

 また、下位の力士の優勝に「もし横綱がいれば結果が違った」という声もありますが、それは横綱がかつてのイメージ通りに強かった場合の話です。白鵬にしろ、鶴竜にしろ、怪我の状態も含めて、今、土俵にあがっている力士には勝てない、優勝できないと考えるからこそ出場しないということも忘れてはいけません。アスリートとして、怪我を含めたコンディションも、その時の実力の一部なのです。ですから、もしはあり得ないのです。

現代の相撲は面白いスポーツか?

 かつては野球と並んで国民的スポーツだった相撲ですが、近年は若年層を中心に相撲離れが進んでいるようです。

 体を不健康にまで太らせることや、伝統行事や神事の側面を持つ堅苦しさが人気の足を引っ張っていることも間違い無いでしょう。

 また、1年に6回、約2ヶ月毎に15日間連続で行われる本場所は、上位の取り組みすべてがNHKで中継され、amebaTVではライブ配信も行われていますが、その全てが夕方18時までと、土曜日、日曜日を除いて会社勤めの人にはライブで見ることが難しい時間です。また若い人にとっては、曜日に関わらず視聴の選択肢に入りにくい時間帯ではないでしょうか。

 そういう筆者は年齢の割りには相撲を見てこなかった一人です。上に書いたような決まった人だけが勝つストーリーに魅力を感じられなかったのも大きいのですが、それ以上に、スポーツとしての本当の真剣さをあまり感じられなかったからです。

 しかし、最近の映像を見ていると、取組前から全身から汗を噴き出させ、気持ちの高揚からか顔面を赤くしている力士が数多くいます。立会いで頭同士が当たって響く音も相当なものです。そして倒された力士が、汗で土俵の砂をべっとりと体につけたまま土俵を去っていく。そこには一番一番、一戦一戦に真剣に向き合う力士たちの姿が浮かび上がります。

 しかし、こうした姿は以前の相撲では滅多に見られなかった様子に思えます。高画質化などのテレビの技術的な進歩だけが、そうした力士の姿を見せている理由だとは考えられません。

 また、現在の大相撲では、身長190cm、体重150kgを遥かに超える巨漢の力士が驚くほど軽快に動きます。往年の名横綱千代の富士のような小兵力士のお株を奪うような動きを見せることもしばしばあります。一見太って見えてもしっかりと筋肉で武装していることの証です。それは、日々の厳しい鍛錬の結果なのです。

 競技としての質は明らかに高まっていると筆者は感じています。

力士の怪我にはどのように対処すべきか?

 ここからがこの原稿の本題です。

 大相撲は休むことに対して非常に厳しい競技です。怪我をして本場所を休めば、降格します。先に紹介した照ノ富士のように、大怪我をして手術をして長期間休場すれば、大関であってもほとんど最下位に落ちることもあるのです。

 特例として横綱だけが休場しても降格しないルールになっています。

 以前は、公傷制度と言って、本場所の取組(対戦)中の怪我の場合はひと場所に限り休場しても降格しない制度がありましたが、これを利用して休場する力士が多く出たために、2003年に廃止になっています。

 筆者が問題だと考えているのは、この降格のルールではなく、休場に対する相撲協会、メディア、ファンの厳しい姿勢と視線です。怪我くらいで休むなというムードが常にあるように見えます。

 問題になっている白鵬の場合、昨年7月場所に「右膝半月板損傷、膝蓋大腿靱帯損傷、関節内血症」という診断で、途中休場してから3月場所に出場するまで、約7ヶ月かかったことになります。この間に、途中、右膝の内視鏡手術も受けています。

 相撲という激しい運動、36歳という彼の年齢、しかも身長192cm、体重150kgの巨漢の体重を支え続けてきた膝です。そうしたことを考え合わせると決して時間がかかり過ぎたとは言えないと思うのです。

 さらに考えなければならないのは、怪我をした力士は、次の本場所までに復帰しなければならないというと言わば慣習です。

 2ヶ月に一度、15日間行われている本場所の間隔はおよそ1ヶ月半ということになります。例えば、本場所中に怪我をして、次の場所で出場を目指すとすれば、本当に治療に当てられる期間は2週間ほどではないでしょうか? 出場に向けては稽古も必要ですから、その後の1ヶ月は稽古をしながら治療をして、自分の体を騙し騙しコンディションを整えていくことになります。

 このスケジュール感で完治できる怪我であればよいのですが、本来治療にもっと時間がかかる怪我の場合には、このスケジュールに当てはめて復帰をめざしたことで、さらに怪我を悪化させることもあるはずです。白鵬の場合は、この可能性が高いと思います。

 2019年初場所横綱稀勢の里を引退に追い込んだ怪我もこれと同様です。

 2017年3月場所で、横綱として初めて迎えた本場所だった稀勢の里は、12日目まで12連勝しましたが、13日目に左肩に負傷をしました。にも関わらず14日目、15日目を出場し優勝を果たしています。しかし、14日目に肩にテーピングした左腕はほとんど力が入っておらず、胸には大きな黒い内出血ありました。素人目に映像を通して見ても大胸筋が断裂をしていることは明らかでした。

 これだけ激しい肉離れが、1ヶ月半程度で完治し元どおり動くはずがありません。例え、くっついたとしても力を入れればまだ断裂するはずです。

 にも関わらず、稀勢の里は次の場所も出場し、途中休場になります。その後の稀勢の里は、他の場所にも怪我を負い、休場と出場を繰り返し、本調子を取り戻すことなく引退することになるのです。

 怪我をした場所をかばいながら出場し続けることで、他の箇所にも怪我を出る場合もあるようです。

 しかし、稀勢の里がもし全治までしっかりと治療し、必要であれば手術も受けて、それからリハビリ、そして傷に負担のかからない稽古からと、時間をかけて段階的に準備をしていたとすれば、彼は今も土俵に立っていた可能性が高いのではないでしょうか?

 今回の白鵬のように割り切って、事前にひと場所休む前提にできることは稀です。これまでの白鵬本人と親方の経験が、それを可能にしたのでしょう。

 一方、稀勢の里の場合は、本人の真面目な性格と親方の考え方、そして相撲界の雰囲気や期待、慣習が彼に無理無理、土俵に立たせたのです。

 例えば、MLB大谷翔平選手は、一昨年秋に手術を受けて、事実上昨年1年間を棒に振っています。日本の一部の解説者からはその状況に否定的なコメントが出ていましたが、球団は彼の長期離脱を織り込み済みの姿勢を貫き、監督からも彼を責めるような発言はありませんでした。本人はかなり焦っていたかもしれませんが、メディアからもファンからも否定的なコメントは出ていません。むしろ、焦らず完全回復を待っているようなコメントばかりです。

 激しいスポーツである相撲もこれと同様でなければなりません。

 ルールとして休場すると降格するのはある程度仕方がないかもしれません。力士は番付に沿った給料制なだけに、やはり稼げない時期は降格、結果的な減給は致し方ないことでしょう。

 しかし、怪我を押しても出場しなければならないという相撲界にある風土や慣習、そしてメディアやファンも含めた、厳しい冷たい視線は変えていかなければなりません。毎日鍛錬して結果を出し続けなければいけないという考え方は、大相撲だけでなく、日本のスポーツ界の明治時代から続く体育やしごきの体質にも通じる悪しき伝統です。

 相撲を、スポーツとして健全で、誰からも人気のある愛される存在にするには、協会関係者やメディア、ファンが、怪我をしている力士を、暖かく見守れる体質になる必要があると思います。