白血病発病からわずか2年余りで五輪出場を内定した池江璃花子選手
4月4日、東京オリンピックの出場権をかけた水泳の日本選手権の女子バタフライ100mの決勝で、白血病からの復活を目指した池江璃花子選手が優勝。記録は個人としての派遣記録には及ばなかったものの、400mメドレーリレーの派遣記録は突破して、東京オリンピック出場が内定しました。
競泳 池江璃花子が東京五輪代表に内定 メドレーリレーで | 競泳 | NHKニュース
2019年1月、池江選手は白血病であることを公表し、2020年東京オリンピックを目指していた競技生活を中断して闘病生活に入りました。その後、順調に回復したようで、昨年前半にはプールで泳ぐ彼女の姿がメディアに紹介され、8月には羅患後初めてレースに復帰していました。
それでも、常々、2024年のパリオリンピックを目指すと語っていた池江選手ですが、図らずも4月4日のレースで、リオ大会に続き2大会連続のオリンピック出場権を手に入れたのです。
4月11日まで行われている日本選手権の池江選手は、その後も、エントリーした3つのレース全てで優勝し、この内100m自由形の優勝によって、400mリレーでも東京オリンピックの出場が内定しました。
「努力は必ず報われるんだ」は報われない人がいることの裏返し
4月4日の100mバタフライ優勝直後のインタビューで、池江選手は「努力は必ず報われるんだな」と語りました。順調な競技生活から、突然白血病になり、そこから日々努力を重ねてここまでたどり着いた彼女にとって、本当に素直な気持ちでしょう。
彼女の言葉は、そのレース結果ととも多くのメディアで紹介され、賞賛されました。確かに彼女の不屈の精神と努力は賞賛されるに値すると筆者も思いますし、白血病など病気と戦う多くの人たちに勇気を与えたでしょう。
しかし、彼女の偉業は、スポーツは努力よりも才能によって決まるという残酷な現実を突きつけたことにもなります。
池江選手は「努力は必ず報われる」と語りましたが、池江選手の努力が報われた一方で、努力が報われなかった無数のアスリートがいます。彼女がこの種目で日本一になってオリンピック出場を決めたことは、日本中のこの種目の他の全てのスイマーの努力が報われなかったことを意味するのです。
努力が報われなかった他のスイマーたちの努力が、池江選手の努力に比べて劣っていたとは言えません。
この大会で、その厳しい現実を教えてくれたもう一人のスイマーがいます。
男子200m平泳ぎの前世界記録保持者の渡辺一平選手です。彼はこの大会でこの種目3位に終わり、東京オリンピック出場を逃しました。
レース直後のインタビューで渡辺選手は次のように話をしています。
「僕自身はこの大会に向けて何カ月も努力して。今までの人生でも1番、頑張った時間だったけれど…」
渡辺一平が涙「こんなに悔しいとは…」200m平泳ぎで東京五輪代表を逃す(日刊スポーツ) - Yahoo!ニュース
スポーツの結果は個人の努力だけでは無い、別の何かで決まるのです。
白血病という大病から復活を目指す池江選手の場合は、彼女の類まれな才能なのです。その才能をライバルたちと水泳関係者に改めて見せつけたことになるのです。
白血病さえ乗り越える類まれな才能と質の高いトレーニング
短距離走の元日本代表で3大会連続でオリンピックに出場している為末大氏が、オリンピックで金メダルを獲ったアスリートは、世界一たくさんの練習をしたのではなく、世界で最も質の高い練習をしたのだと語っていました。
その意味では、日本選手権の100mバタフライで優勝した池江選手は、この種目の日本のスイマーの中で、最も質の高いトレーニングを積んだということになるでしょう。
しかし、彼女が日本で最も努力したとは限りません。少なくともトレーニングの量で言えば、彼女よりも多くのトレーニングを重ねたスイマーはたくさんいたはずです。スイマーは泳いだ距離を練習量として競う傾向がありますが、過去1年間彼女より長く泳いだスイマーはたくさんいたはずです。
今もその状況は変わりはないかもしれません。なぜなら、まだリハビリ過程の池江選手は、それだけのトレーニング量に耐えられるほどの体力が無いからです。この大会で自身が日本記録を持つ200m自由形を回避したことは、体力的にベストでは無いことの証でしょう。
その足りない量を補うのが質ということになります。
トップレベルになればトレーニングの質の高さは、アスリート個人だけで得ることができるわけでありません。現在の彼女特有のコンディションへの対応も含めた、彼女に適したトレーニングプログラムには、それを作るスタッフがいるはずです。「努力をすれば報われる」と彼女を鼓舞したはずのスタッフもその一人です。
なぜ、それが可能になるかと言えば、彼女の類まれな才能が認められ、その才能を活かすために、多くの人が集まるからです。
一方で、彼女がわずか2年で日本一になったことで、絶望の淵に突き落とされたアスリートもいるかもしれません。
「池江選手がベットで寝ている間も私はあんなに泳いだのに・・・」と。
それがまさに才能の違いであり、その才能が作り上げる環境の違いと言えるでしょう。
新型コロナは池江選手に味方した
あえて言えば、池江選手にとって幸運だったのは、新型コロナの感染拡大だったかもしれません。確かに、病気によって免疫力が落ちているであろう彼女にとっても、厳しい環境だったとは思いますが、彼女のライバルたちも本来すべきトレーニングをできない期間が長く続きました。
世界でトップクラスのスイマーであり、当時多くのスポンサーから支援を受けていた瀬戸大也選手でさえ、自宅の庭に作った小さなビニールプールでトレーニングをする様子を公開するほどで、他のスイマーたちも推して知るべしでしょう。
その結果、新型コロナは、池江選手が休養中に、本来彼女とライバルたちとの間で開くはずだった差を減らしたです。
池江選手は、東京オリンピックには個人種目での出場は叶いませんでしたが、彼女はまだ20歳。3年後のパリ大会も7年後のロサンゼルス大会でも、活躍を見ることができるはずです。
池江選手の全快とベストなパフォーマンスを願うとともに、1日も早く新型コロナの感染が終息して、池江選手をはじめ全てのアスリートが思う存分トレーニングを積み、その才能を遺憾無く発揮できる環境が実現することを願うばかりです。