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空手道日本代表・植草歩による恩師のパワハラ告発を考える

 植草選手の恩師香川氏告発の経緯

 3月24日、空手組手女子のオリンピック候補の植草歩選手が、帝京大学時代からの恩師で、卒業後も帝京大学を拠点に活動し指導を受けている全日本空手道連盟強化委員長(前)の香川政男氏から、練習中に竹刀を使った指導によって、目の周辺に怪我を負っていたことと、同氏からパワハラを受けていたことを全日本空手道連盟に告発していることが、一部のメディアから報道されました。

女子空手五輪代表・植草 帝京大時代の恩師・香川氏をパワハラ告発へ― スポニチ Sponichi Annex スポーツ

 さらに、植草選手側が香川氏を傷害による刑事告訴することも報道されていましたが、全日空による調査委員会の設置を理由に撤回された経緯もあります。

空手・植草選手、刑事告訴は撤回 パワハラ被害で | 共同通信

 その後、全日本空手道連盟(全日空)による調査が行われ、香川氏の竹刀を使った指導が不適切だと判断され、香川氏の強化委員長解任の処分が行われたものの、植草選手が訴えていたパワハラ行為は認められませんでした。

 一方、大学内部に調査委員会を設置して調査を行なっていた帝京大学は5月10日に調査結果を公表し、植草選手の怪我は事故のよるもので暴行はなかったとし、また、パワハラについてはその事実を認定しませんでした。さらに指導者として不適格な点はないとして香川氏が引き続き帝京大学監督を続けることが報道されました。

 メディアによって公表されてから約1ヶ月半で、一応の終息をみたことになりますが、全日本空手道連盟帝京大学共に、筆者としては驚くほど植草選手の主張が認められない結果となりました。

 改めてこの事件の問題点を整理してみましょう。

植草選手の告発の概要

 告発の全容については、植草自身が「植草歩オフィシャルブログ」の中で、かなりの長文で詳しく説明をしています。

「ご報告」と題された3月28日の投稿に書かれた内容を、筆者なりにまとめると次のようになります。(順番はブログに書かれている順)

・昨年9月頃からトレーニング、プライベートに関わらず香川氏から厳しい叱責を受け、12月は精神的な苦痛から香川氏と顔を合わせることもつらくなり、練習に参加できない日があったこと。

・昨年から香川氏から上記のようなパワハラを受けていることを全日本空手道連盟の理事や協会員に相談してきたが解決には進まず、3月15日に日本オリンピック委員会に通報した上で、同日、全空連の役員に相談し、その結果3月31日に倫理委員会が開かれることになった。

・2月に怪我のためにトレーニングを離脱し、その復帰時に一時的に帝京大学以外でトレーニングをしていたところ、香川氏から帝京大学外でトレーニングをしていたことを理由に、日本代表合宿への参加を認められなかったこと。

・1月に入ってから香川氏が振り回す竹刀を、相手選手の突きや蹴りに見立てて、これを避けて反撃する稽古が行われるようになり、これによって1月27日左目の周囲に竹刀が当たり怪我を負ったこと。

・負傷翌日に国立スポーツ科学センタースポーツクリニックを受診したところ、「左眼部打撲、左上眼瞼擦過傷、脳震盪の疑い」と診断。さらに翌1月29日に昭和大学病院附属東病院で精密検査を受け、「左眼球打撲傷」と診断された。今回負傷した箇所は昨年11月に左眼内壁骨折の負い手術を受けた箇所で、失明の可能性あったこと。

・既に香川氏からの同様の指導で他に2名が怪我をしていること。香川氏からこれに対して謝罪や労いの言葉はなく、練習に参加しているナショナルチームコーチを通して、この練習を止めることを申し入れたが、その後も1ヶ月同様の練習が続いたこと。

 全日本空手道連盟倫理委員会の調査結果と香川氏の処分

 3月31日に開催されたの全空連の倫理委員会では、1月27日に香川氏の竹刀を使った指導により植草選手が負傷したことを認定し、さらに竹刀による指導はいかなる場合も認められるものではなく、その上で香川氏の処分を理事会に諮ることが公表されました。

植草歩選手へのパワーハラスメントなどの事案について | 公益財団法人 全日本空手道連盟

 4月15日に開催された同理事会では、香川氏の竹刀による指導を次のように評価しています。

(香川氏による指導は)『倫理規定第4条第1項第1号所定の「⾝体的暴⼒」に直接該当するものではないとしても、申告者に対する配慮を著しく⽋くものであって「⾝体的暴⼒」に準じるものとして同項第11号所定の「各号に準じる不適当な⾏為」に該当する』

選⼿強化委員⻑に対する処分の件について|公益財団法人全日本空手道連盟

 さらに香川氏の強化委員長の職責に対して次のように評価してます。

対象者が、選⼿強化委員⻑という、選⼿強化分野における「最⾼指導者」の⽴場に照らすと、これらの⾔動は当連盟に対する社会的信頼を損なうものであり、対象者は「当連盟の役職に就いた以上は、⽇々の稽古中であっても、その地位とこれに伴う社会的影響を⾃覚した、より⼀層慎重な振舞いが求められる」として、「当連盟の選⼿強化委員会の委員⻑としての適格性に⽋ける」

選⼿強化委員⻑に対する処分の件について|公益財団法人全日本空手道連盟

 その結果、理事会決議として、香川氏から提出されていた強化委員長の辞任届けを受理せず、解任しすることを決定しました。

 一方で、パワーハラスメントの訴えについては、「その余の事実」として次の通り認定されませんでした。

申告者による申告は多岐にわたりましたが、その余の事実については認定しておりません。(中略)対象者を選⼿強化委員⻑から解任した以上、その余の事実の調査には及ばないものと思料されます。

選⼿強化委員⻑に対する処分の件について|公益財団法人全日本空手道連盟

 尚、全空連は5月15日には、香川氏の後任の強化委員長として、形で活躍した宇佐美里香氏を選任したことを発表しました。

5月15日、第30回理事会の決議結果について | 公益財団法人 全日本空手道連盟

帝京大学調査委員会による報告

 一方、帝京大学は、4月2日に次のような理由からこの件についての弁護士を中心とした外部を含めた調査委員会を発足することが発表されました。

本学は、植草選手と香川委員長の練習が本学空手道部道場において行われていたこと、並びに植草選手は本学卒業生であり、香川委員長は本学空手道部師範であることから、本学の担う大学としての重い社会的責任に鑑み、この度、本学空手道部の調査に関する内部調査委員会(以下、「本委員会」という)を結成・発足致しました。

内部調査委員会発足のお知らせ|帝京大学

 5月10日には、調査委員会の調査報告書が公表され、同時に香川氏の帝京大学空手道部監督(師範の)の留任が報道されました。

内部調査委員会「調査報告書」受領に関するお知らせ | 帝京大学

 調査委員会では、当事者である香川氏と植草選手の他、練習に参加していた帝京大学のコーチ、選手、卒業生合計91名に聞き取りを行っています。

 卒業生の中には、植草選手のような帝京大学出身の代表選手が複数含まれています。

 55ページに渡る長文で非常に多岐にわたるに渡る報告書の中では、植草選手が怪我を負った練習を含めて帝京大学空手道部では竹刀を使った9種類の指導が日常的に行われているとした上で、植草選手が怪我を負った「竹刀組手練習」と称する練習内容と負傷の状況について次のように評価しています。

練習内容についての評価

以上の竹刀組手練習に関する各事実関係、並びに練習を受ける側の選手が実際に危険性や恐怖心・怖さを感じながら練習に臨んでいたことを鑑みると、竹刀組手練習は危険性の高い行為であり、選手に対する安全配慮を欠き、指導方法として不適切であったと認められる。

空手道部の調査に関する調査報告書|空手道部の調査に関する内部調査委員会 

 負傷した状況についての評価

植草選手は、竹刀を避けるために身体を引きながら頭を下げる動作をした後、香川師範に反撃するべく、その体勢から顔を上げて前に出ようとしたところ、中段に構えて制止状態にあった竹刀の先端に顔面で突っ込んでしまい、竹刀が左目周辺にぶつかって負傷した。即ち、1月27日の竹刀組手練習において植草選手が負傷してしまったのは不慮の事故であって、香川師範が意図的に植草選手の顔面を突いて負傷させたものとは認められなかった。

空手道部の調査に関する調査報告書|空手道部の調査に関する内部調査委員会 

 パワハラについての評価

 また、同時に訴えられていたパワーハラスメントについては、報告書では植草選手から概ね以下についてハラスメントにあたる言動を受けたと訴えがあったとしている。

  • 植草選手自らのYOUTUBE動画の削除
  • 交際相手の暴露
  • 希望進路(筑波大学大学院進学)の否定及び不合理な叱責
  • 行動の束縛及び練習からの隔離
  • 合宿への参加拒否

 いずれも香川氏と植草選手の考え方の違い、香川氏の指導の範囲、また両者の言い分が異なることを理由に、ハラスメントを事実として認定していません。

交際相手の暴露について

香川師範が植草選手に特定の男性との関係性を尋ねたり、彼氏の存在を一度尋ねたことまでは認められたものの、その余の大部分に双方の主張に食い違いがあり、いずれの主張にも事実と認めるに足る的確な証拠は収集されなかったため、詳細については真偽不明といわざるを得ない。

 空手道部の調査に関する調査報告書|空手道部の調査に関する内部調査委員会 

 YOUTUBE動画の削除について

香川師範の叱責内容は、「服装が相応しくない」、「短パンが短い」、「YouTubeの動画を消せ」、「みっともないだろう。代表内定選手として恥ずかしくはないのか」、「あの映像を自分でどう思うのか?」といった内容であり、客観的にみて植草選手の自立心・自尊心を侵害するような内容の発言は特に認められなかった。

空手道部の調査に関する調査報告書|空手道部の調査に関する内部調査委員会

希望進路について

香川師範の意見は、大学院に進学して勉強すること自体については賛成なものの、オリンピックが目前に迫った今は空手の稽古に専念すべきというものであった。特に、香川師範の目から見て、当時の植草選手は、帝京大学空手道場で稽古することが少なくなり、たまに稽古に来る際も遅刻が多かったり、集中に欠けている様子だったため、なおのことオリンピックに向けた空手の練習一本に励むべきと考えていた。

空手道部の調査に関する調査報告書|空手道部の調査に関する内部調査委員会 

全日本空手道連盟帝京大学の報告書の違いと問題点

 全日本空手道連盟帝京大学の報告書の大きな違いは、香川氏と練習方法への評価です。全日本空手道連盟の報告書では、香川氏が「最高の指導者」であるべき強化委員長に相応しくないと明言され、理事会の決議で解任に至ったのに対して、帝京大学の報告書では課題の指摘はあるものの実績も含めて指導者として高く評価しています。

 竹刀を使った指導についても、全日本空手道連盟は「竹刀を用いた練習は大変危険であり、どの練習においても全く認められるものではありません。」と完全否定したのに対して、帝京大学の報告書では、植草選手が怪我した練習は否定的なものの、他の8つの竹刀を使った他の8種の指導の多くについて、「合理性」「有用性」などのコメント交えて積極的に高評価をしています。

 一方、パワーハラスメントについては、帝京大学が調査はした結果、ハラスメントに当たらなかったのに対して、全日本空手道連盟は、門前払いをしています。

 今回の二つの調査において問題点をあげるとすれば、ハラスメントについて、受けた側がハラスメントを感じた時点でハラスメントであるという、現在の評価基準に即した評価がされていないことが上げられるでしょう。事実関係を問うのであればまだしも、発言を一部でも認めていながら内容や状況がハラスメントに当たらないとする帝京大学の調査結果については、疑問を持たずにはいられません。

 また、いずれの調査も、昨年からの植草選手の指導現場や連盟関係者への訴えに対して、具体的なアクションが行われなかったことには触れていません。状況が変わったのは、植草選手が日本オリンピック委員会にこの件を持ち込んだことがきっかけだと考えてよいでしょう。JOCから指導があったのか、それともJOCに話が持ち込まれたことを知って危機感を持ったのか、いずれにしても、そこで初めて全日本空手道連盟は動きを見せます。植草選手のブログに書かれた通りであれば、それまでの3ヶ月間以上、彼女の訴えを黙殺し続けたことになります。特に全日本空手道連盟の報告書でこれについて問題視されていないことに大きな違和感を持ちます。

 しかし、全日本空手道連盟について言えば、15日に発表された新任の強化委員長に、これまで指導者として裾野での空手の普及に取り組んできた35歳の女性の宇佐美里香氏を据えたことは、長年全日本空手道連盟の指導を支えてきた香川体制から脱却し、ジェンダーギャップやパワハラ、セクハラへの対応も含めて、今の時代に即した強化体制を目指すことの意思表示だと評価してよいでしょう。

 また、帝京大学とライバル関係にある国士舘大学出身者が強化のトップに就任したことで、オリンピック以降は、ナショナルチームの監督、コーチの顔ぶれや練習会場なども大きく様変わりする可能性があります。

 一方の帝京大学は、香川氏の空手道部監督に留任させることで、これまでの彼の指導方針や彼の息子の存在も含めた従前の指導体制を認めることになり、今後、将来にわたって大学空手のトップレベルの環境を提供する組織として、将来にわたって今後も中心的な存在でいることができるかは、香川氏の考え方次第と言えるでしょう。

 さらに帝京大学の調査について言えば、香川氏自身が練習に参加していなくても、香川氏の息子をはじめ香川氏と師弟関係にある指導者が日常的にいる環境の中での聞き取り調査が、公正適正に行うことが出来たかには疑問が残ります。

 そういう意味では、オリンピック後に改めて刑事告訴を行うことによって、全くの第三者の目で事実を明らかにすることも選択肢の一つと言えると思います。

医療機関の受診とアスリートを守る組織の必要性

 今後の課題として筆者は次の2点をあげます。

 今回の問題で、二つの報告書はいずれも植草選手の負傷については、比較的客観性をもって調査が行われ、故意によるものだったかどうかは別にして、不適切な指導方法であったことを認めています。一方で、ハラスメントについては、門前払いの全空連、調査はしたが事実として認めない帝京大学と、いずれも完全否定になっています。

 その違いは医療記録が残ってるかどうかだと言えるのではないでしょうか。負傷につていは、権威のある医療機関の診断書があり、事実として認定せざるを得ないが、ハラスメントについては植草選手は医療機関を受診しておらず、リアルタイムに第三者の客観的評価が行われていません。おそらく、植草選手が精神科や心療内科を受診して、精神的なストレスがあるという診断を受けていれば、二つの調査結果も全く違ったものになったはずです。

 例えば、一般にパワハラやセクハラで労災申請をする場合も、医療記録、診断書は不可欠になっているようですから、スポーツの環境でも同様のことが言えるでしょう。

 今後、指導者などからハラスメントを受けたと感じたとアスリートは、躊躇せずに精神科などを受診し、こうした事態に備えるべきでしょう。

 二つ目の課題は、アスリートを守る組織の必要性です。アスリートが気軽に相談できて、専門知識を元に適切なサポートができる組織です。

 スポーツ仲裁機構(http://www.jsaa.jp/ )という組織はありますが、その名前の通りあくまでも仲裁を目的として、両者の話し合いに専門家として弁護士など同席して、法廷に持ち込まずに事態を収集することを目的としています。ですから、必ずしもアスリートの主張に沿ったアクションをしてくれるわけではありません。

 今回のようにな指導者と選手の争いでは、競技団体は組織を守る意識から、指導者サイドに立って擁護する姿勢が見えます。2018年に発覚したレスリング協会の栄和人氏による伊調馨選手へのパワハラでもそうでした。本来、競技団体はどちらも組織の構成員である指導者と選手に対して対等な扱いをすべきですが、多くの場合そうはなりません。

 今回、植草選手には弁護士もついているようですが、スポーツ界に精通してもっと積極的にアスリートとしての立場や意思、生活を守るための組織が必要だと感じます。