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東京オリンピック、パラリンピックのリスクと意義を考える

 いよいよ、7月23日に開幕する東京オリンピックパラリンピックまで1ヶ月を切りました。

 新型コロナウイルスの感染が終息しない中での開催に、多くの世論調査で中止や再延期を望む声が過半数を超え、国内外の専門家からは中止を求める多くの声が発せられる中で、国際オリンピック委員会IOC)、大会組織委員会、そして日本政府は予定された開催を決定し、それに向かって突き進んでいます。

 新型コロナウイルスの感染が収まらない中で行われるこの大会の問題点を整理してみましょう。

  • 掲げられた安心安全は誰のためのものか?
  • プレイブックに書かれた感染対策は有効なのか?
  • コントロールができないオリンピック貴族とメディア関係者
  • ウガンダ代表感染から明らかになる問題点
  • バブル内と外の接点となる人たちを守る重要性
  • アスリートにも開催意義を示す責任がある

掲げられた安心安全は誰のためのものか?

 成田空港での検疫でコーチに感染が確認されたウガンダ代表チームの他の8選手を、合宿地の大阪府泉佐野市に移動させた件について、問題点を指摘された丸川珠代五輪担当大臣は「感染した場合でもバブルの中で封じ込める」と語っています。つまり、このバブルはアスリート、スタッフの中で発生した感染を、バブルの中で封じ込めることを目的としていることになります。

丸川五輪相、陽性者出たウガンダ選手団への対応に問題なしとの認識 - 東京オリンピック2020 : 日刊スポーツ

 しかし、本来のバブルの目的は、そうではありません。

 このバブルとは、泡のことで、泡の内と外に人の移動と接触を厳しく制限することで、バブル内で行われている大会に出場しているアスリートや関係者の感染を、バブルの外の感染から守り、またバブル内のクラスターの発生を防止することが目的としています。

 初めてバブル開催に成功した昨年のアメリプロバスケットボールリーグNBAは、感染が広がるフロリダで、選手、スタッフ、関係者を、家族も含めて外部との交流を最大3ヶ月に渡って完全遮断。試合会場、練習会場、宿舎など居住環境を外部から完全に隔離して、リーグ戦途中からプレーオフまでの実施を成功させました。

 オリンピック、パラリンピックでもバブル内の安全安心を実現するために、組織委員会が中心になってまとめたルールを、「プレイブック 」として定めて、公表しています。

東京2020委員会、コロナ対策上のルールを取りまとめたプレイブック第三版を公表 | マイナビニュース

 実際に、海外から来日するアスリートたちの多くは、ワクチンを接種し、PCR検査などで陰性を確認して来日する一方で、日本国内でのワクチン接種はまだまだ進まず、デルタ株と呼ばれる変異ウイルスの影響もあって、開幕1ヶ月前のこのタイミングで東京を中心に新規感染者が増加に転じています。

 そうした状況の中での開催ですから、IOC組織委員会、そしておそらく東京都や日本政府も、本質的には、昨年のNBA同様、日本国内での感染を、バブル内に持ち込まない、万一、持ち込まれた場合にもクラスター化しないことを目標にしていて、おそらくそれを大会の成功と位置付けるでしょう。

プレイブック に書かれた感染対策は有効か?

 過去の大会から見ると実際に選手村に入る選手は全体の70〜80%でしょう。この数字は組織委員会は把握できているはずですが公表されていません。

 例えば、男女のサッカーは全国の会場を転戦して、準々決勝まで東京には来ません。

 伊豆や富士山で開催されるの自転車競技や神奈川県江ノ島のヨット競技、千葉県一宮のサーフィン、札幌で開催されるマラソン競歩の選手は、試合会場の近くに組織委員会が設置したホテルなどに宿泊し、開会式や閉会式に参加する場合を除いて選手村には入らないでしょう。

 こうした環境の中で、プレイブックで決められた、毎日のPCR検査を始めとする健康管理や行動制限のルールの正確な実施が可能でしょうか?

 さらに難しくするのは、一部の選手は個人レベルでホテルなどの宿泊先を選ぶことです。ゴルフ、テニス、陸上競技のようなプロアスリート、またチームスポーツでもNBA選手が出場する男子バスケットボールのアメリカやスペイン、アルゼンチン、ロシアは選手村には入らないでしょう。こうした選手たちの宿泊先にも選手村同様の感染対策が求められ、選手やスタッフには衛生管理や行動管理が求められていますが、管理するスタッフの対応や検査の煩雑さを考えるとおよそ現実的だと思えません。

 プレイブックでは、スマホなどのGPSでの行動管理を定めていますが、いくらでもごまかしができて、その実現性に信頼ができないことは誰の目にも明らかです。 

 GPSの位置情報では選手村にいるはずの選手が、繁華街で遊んでいる画像がSNSで拡散されるというようなことも十分考えられるでしょう。

アメリカの選手団は、日本での滞在期間を最短にして、選手村と本国の間を直行、直帰すると報道されていますが、それが全ての選手に当てはまるのかはわかりません。

コントロールできないオリンピック貴族とメディア関係者

 それでも、参加選手やコーチたちは、出場資格のはく奪などをチラつかせることで、ある程度のコントロールが可能でしょう。しかし、いわゆるオリンピック貴族やメディア関係者がそうはいきません。橋本聖子組織委員会会長は6月に入ってからの会見で、来日するメディアを含める関係者が78000人であることを明らかにしました。 

 一方、競技会場の観客の上限を1万人にするにも関わらず、開会式のみその上限を2万人するという案がリークされ、追加された1万人分がいわゆる「オリンピック貴族」のためのものであることが明らかになりました。

 この「貴族」にあたるのは、歴代の理事とその家族、現在の理事や過去の理事の招待客、そしてスポンサー関係者です。組織委員会は来日を否定していますが、現役の理事の家族は、理事と一緒に主催者の席に座るので観客には含まれていないでしょう。

 組織委員会の武藤事務総長はこの「オリンピック貴族」は、オリンピック開催のために不可欠だと語りましたが、開会式でスタンドに座っている人たちが大会運営に不可欠であるはずはありません。

 さて、プレイブックは選手だけでなくこうした関係者すべてを対象に書かれたものですが、このオリンピック貴族が、プレイブックに書かれた行動規則を守るでしょうか? 橋本会長は彼らもGPSなどで行動管理を行うと言っていますが、スポンサーも含め、特権階級である彼らの行動を管理、制限することが現実的だとは思えません。

 そして、もう一つコントロールが不可能であろうと想像されるのがメディア関係者です。橋本会長の言葉に通りであれば、その数は7万人近くに上ることになります。オリンピック貴族同様に彼らの行動管理をすると言っていますが、こちらも不可能でしょう。彼らもまた強い特権階級意識を持っていますし、何よりこの人数では物理的に不可能です。

 組織委員会は、管理のためにメディア関係者の宿泊先を限定することにしました。それでもその数は150件。一部のホテルと競技会場やメディアセンターとの間ではメディアバスが運行されますが、東京だけでなく関東全域、全国に広がる競技会場やメディアセンターなどの移動を追跡して、管理するのは不可能と言えるでしょう。

 例えば、彼らが取材の帰りに繁華街に寄って、酒を飲んでいたとしても正確に把握することは不可能ですし、取材と報道の自由の権利を持つと主張するメディア関係者を罰することは容易なことではありません。

 さらに問題なのは、そうした大会に登録されて競技場へのIDを持つメディア関係者以外にも、多くのメディア関係者が入国する可能性があることです。数が限られたIDを使わずにチケットなどを購入して一般のスタンドから取材する方法は、オリンピック、パラリンピックに限らずこれまでの多くのスポーツ大会でも行われてきました。海外向けのチケットの販売が中止された今回は、数の上でも方法の上でも限定的かもしれませんが、それでも資金的に余裕がある海外メディアがあらゆる方法を使って、国内向けに発売されたチケットを入手する可能性は高いでしょう。

 こうした大会に登録されていないメディア関係者の行動を、管理、コントロールする方法も根拠も組織委員会にはありません。

 あとは日本政府が彼らの入国を認めるかどうかですが、大手メディアの名前で報道目的に申請されたビザ申請をどこまで拒否できるか、日本政府にとって難しい判断になるはずです。

ウガンダ代表の感染から明らかになる問題点 

 6月20日来日したウガンダ代表は、プレイブックに決められた通り、母国を出国する前にワクチンを接種し2度のPCR検査での陰性証明書を持って来日しましたが、成田空港での入国前のPCR検査で1名が陽性であることが明らかになりました。

 その後、さらに1名の感染も明らかになっています。

来日の五輪ウガンダ選手団の1人が成田空港の検査で感染確認|NHK 首都圏のニュース

 この事実は、3つの可能性を明らかにしました。

  1. 母国で出発前にワクチンを接種しても感染の可能性がある
  2. 母国での陰性証明が発行されていても感染の可能性がある
  3. ワクチンの接種、PCR検査など虚偽の申請の可能性がある 

 ワクチンは、最も有効性が高いとされている欧米で開発されたワクチンでも、最大90%以下で、中には60%以下だと報告されているワクチンもあります。ですから、全員がワクチンを接種していても一定数の感染者が出ることは当然です。

 さらに、世界各国の医療体制は均質ではなく、スタッフ、設備、薬品の質と量など様々です。日本のPCR検査でも検体を取る方法によって、精度の差があることが指摘されていましたが、国によってはそれ以上に検査精度に問題がある場合があるでしょう。

 そして、これまでも多くの国や選手が、可能な限りの方法を使ってドーピングやドーピング検査逃れをしてきたことを考えると、ワクチン接種やPCR検査でも同様のことがあっても不思議はありません。

 こうして考えると世界中から集まった選手やスタッフが集うバブルの中で、新型コロナ感染が蔓延するリスクは十分にあるでしょう。救われるのは、彼らが極めて体力があるということ。逆に不幸なのは、高いコンディションレベルを求められるトップアスリートにとって、一度の感染が選手生命に関わる事態を起こすことになるかもしれないということです。

 さらに、現在の日本のルールでは、入国の際に陽性者が確認されても、同じグループのキャンプ地や選手村への移動を止めることができないということも、明らかになりました。

バブル内と外の接点いる人たちを守る重要性

 ウガンダ代表の感染では、彼らを成田空港から泉佐野市に運んだバスの運転手や添乗員、受け入れにあたった市役所の職員ら7名が、濃厚接触者と確認されています。幸い、現在まで彼らの感染は報道されていませんが、もし彼らが感染していた場合、彼らの家族、職場での感染の可能性も高い確率であったはずです。

 丸川五輪担当大臣の言葉の通り、ウガンダ代表がバブル内だとすれば、この運転手はその接点に立つ人です。

 宿泊するホテルや練習会場の関係者をはじめ、この運転手と同様の立場の人は少なくありません。特に、今回のような事前キャンプのキャンプ地では、入国から時間が経過していないことも含めて十分に注意が必要です。

 大会が近づき海外からのメディア関係者が入国すると、当然キャンプ地にも取材に訪れますから、公共交通機関、商店などで働くような人たちもその対象となるでしょう。

 最も早く入国したオーストラリアのソフトボール代表を受け入れた、群馬県太田市清水聖義市長が、選手の行動規制を独自に緩和する可能性に言及し、丸川大臣から否定されていましたが、キャンプ地の自治体は、市民の安全安心を最優先に考えて、選手に対して厳しい行動管理を行うべきです。

 そして最大10万人を超えるであろう大会ボランティアや都市ボランティアも、この接点に立つ人たちです。

 組織委員会は、IOCから供給されるワクチン数の増加に伴って、選手と接点のあるボランティアに接種を行うことを発表しましたが、そもそも、むしろ選手よりも優先して、ボランティアに接種すべきではないでしょうか。先に競技運営のスタッフが優先的に摂取されていることにも問題があります。同じリスクを追いながら、有償のスタッフは安全が確保されて、無給のボランティアは危険にさらされるという状況がまかり通っているのです。

 ともかく、こうした接点に立つ人たちを感染のリスクから守らない限り、海外から持ち込まれたウイルスによって、日本国内でパンデミックが起こる可能性を否定することはできません。

アスリートにもオリンピック、パラリンピックの開催意義を示す責任がある 

 IOCのバッハ会長は、開催まで50日だった6月3日の国際会議の席上で「206カ国・地域と難民選手団のアスリートが一堂に会す時、東京から世界に向けて平和、団結、立ち直る力という力強いメッセージを発信することになる」と、語っています。

バッハ会長「東京から団結発信」五輪50日前で開催意義を訴える - 東京オリンピック2020 : 日刊スポーツ

 菅総理は「スポーツの力で世界に発信をしていく。さらに様々な壁を乗り越えて努力をしている、障がい者も健常者も」と語ります。

“五輪は絶対”の政府と世論の溝 菅首相は「コロナ禍で開催の意義」をどう発信すれば国民の理解を得られるか

 こうした言葉に納得する人がどれくらいいるでしょうか? そこで発信されるメッセージとは何か? そのメッセージにどんな価値があるというのでしょうか?

 新型コロナウイルスの感染拡大は終息していません。アメリカやインド、ヨーロッパなど一部の国々ではピーク時に比べれば大幅に減少しているのは事実ですが、アメリカの新規感染者は未だに1日1万人を切る日はなく、世界ではまだ1日に約30万人前後の新規感染が確認され、その死者が1万人を超える日も少なくありません。インド型をはじめ変異株の発生で、再び増加に転じる可能性を語る専門家も少なくありません。実際に台湾やベトナムなどこれまで感染を抑えられてきた国々でも新たな感染拡大が始まっています。ワクチン接種が進んでるイスラエルやイギリスでも、既に感染者の再拡大が確認されているのです。

 このように世界的なパンデミックが続く中で、国内外の感染拡大のリスクがあっても、バッハ会長が口にした「犠牲」があっても強硬するオリンピック、パラリンピックというスポーツの大会の開催にどんな意義があるのか?  IOC組織委員会、そして日本政府は、日本国民や世界に対して、もっと具体的で明確な答えを示す必要があるでしょう。

 さらに、会場での酒類の販売について問われた際に、丸川担当大臣の口から出た「ステークホルダー」も同様です。大臣が語ったステークホルダー(利害関係者)=スポンサーは、その多くが自らは物言わない被害者かのように黙したままですが、彼らもまたこの開催の支援者であり、実は限りなく主人公に近い存在です。彼らもまた、昨今求められる企業としての社会的責任を果たすために、コロナ禍でも開催する大会の意義とスポンサードする社会的な目的を改めて明確にすべきでしょう。

 そして、世界各国の多くの専門家が開催中止を提言し、日本国民の多くが中止や延期の望んでいることを知りながらも、自らの希望や夢の実現のために日本に集まりこの大会に参加する、日本や世界各国のアスリートやその関係者にも同様の責任があるはずです。