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東京オリンピック雑感 〜メディア編〜

 新型コロナウイルスの感染拡大により、オリンピック史上初めて、多くの競技が無観客で開催されることになり、選手の活躍は他国で開催されたオリンピック同様にテレビなどの映像を通して観戦することになりました。筆者もせっかくの機会なので、できるだけ多くの放送を見ることにしました。その中で気づいた点をあげていきたいと思います。

あまりに日本偏重、メダル偏重が過ぎる番組編成 

 今回のオリンピックでは、これまでと同様に、NHKと民放各社で設立したジャパンコンソーシアムという組織を使って、IOCから日本国内のオリンピックのインターネット配信権を含む全放映権を共同購入し、詳細は公表されていませんが、その出資金額に応じて各社に放送を割り振るというシステムで放送が行われました。

 そのため、最も多額の資金を出しているNHKを中心に、ほぼ全てのチャンネルでオリンピックが放送されていますが、これは日本独自のスタイルのようです。

 オリンピックでは全33競技が行われている中で、例えば、NHKと旧UHF局も含めたすべてのチャンネルで放送したとしても、全ての競技をライブで放送することはできません。ですから自ずと優先度をつけて、その優先度が高い競技種目、コンテンツとして価値の高い競技種目から優先的に放送することになります。その優先度が高いコンテンツが、日本人選手、日本チームが出場する競技種目で、中でもメダルを取る可能性が高い競技種目の優先度がさらに高くなります。

 逆に日本人選手が出場しない競技種目、日本人が出場しない試合は優先度が低く、また日本人が出場する競技種目でもメダルの可能性の低い試合、競技は優先度が低くなります。

 例えば、今回の最終日に行われたアメリカ対日本の女子バスケットボールの決勝戦は、旧UHF局系のローカル局テレビ朝日系列とで同時に生放送されていました。

 これはオリンピックコンテンツに携わる日本の関係者の誰もが、日本の決勝進出を想定しておらず、世界的に見れば注目度の高い試合であっても、優先度が低くなってNHKも民放各局が放送しないことになり、結果的にU局民放が生放送することになっていたのでしょう。

 しかし日本が勝ち進み日本バスケットボール界にとって歴史的な試合になったために、急遽テレビ朝日が生放送することになりましたが、U局側も編成に穴を空けるわけにはいかないために、当初の予定のまま放送することになったのです。

 同じ最終日。閉会式がNHKで生放送されていた裏では、ケーブルテレビ局のJCNが近代五種男子の競技が録画放送されていました。私の知る限り地上波での生放送はなかったはずです。近代五種はフェンシング、馬術、水泳、レーザー銃などを一人で行って競うヨーロッパ発祥の複合競技で日本では馴染みが薄いですが、ヨーロッパでは「King of AHELETE」の称号を持つ人気競技です。この競技にも日本人選手が一人出場していましたが、世界の壁は高くメダルの可能性が低いため、ケーブルテレビでの録画放送になったと考えられます。

 このようにオリンピックのテレビの放送は、徹底的な日本人優先、メダル優先で編成されたために、オリンピックならでは世界最高の競技を見る機会を失った競技も数多くもあったはずです。また、メダル優先のため、世界最高の舞台で活躍する家族や知り合いの姿を画面を通して見ることを楽しみにしていた人たちが、がっかりしたということも起こっただろうと思います。

 メダル偏重によって次のようなことも起こります。

 ゴルフの男子競技はNHKを中心に放送されていました。4日間の競技を終えて、1位と2位は決まりましたが、3位には日本代表の松山英樹選手を含めて7人が並びました。ゴルフ競技では金銀銅メダルは1つずつと決まっているため、3位を決めるプレーオフが7人で始まったのです。こうした事態が起こったのは世界のトップレベルの選手たちを、日本の接待用と言っても過言ではない平易なゴルフコースでプレーさせたの原因です。ところが、松山選手は早々に一つ目のホールで脱落したのです。すると、NHKはまだ5人のプレーオフが続いているのにも関わらず、放送を打ち切ったのです。

 世界トップレベルの選手たちが、まさに最後のメダルを争って真剣勝負する姿を見る機会を日本のゴルフファンは失ったのです。

 ゴルフファンは元々日本人ゴルファーの出場するかどうかや活躍するかどうかに関係なく、アメリカツアーなどのレベルの高いツアーのゴルフそのものを楽しんでいるようです。全米オープン全英オープンなどのメジャー大会を毎年、日本人のゴルファーの出場の有無にかかわらず、テレビ朝日やTBSが放送してこれたのは、こうしたゴルフファンが想像以上にいるお陰でしょう。

トークよりもより多くの競技を見せることがオリンピック

 競技の放送する各局は、日本人選手が出場する試合の前に、その選手の紹介VTRを放送したり、前後に元アスリートやタレントのトークを長々と放送していました。しかし、その間も世界最高の舞台で最高のアスリートたちによる最高の競技が行われているのです。放送する競技の経験のない元アスリートやタレントの喋りを見せられている間に、私たちはオリンピアンたちの最高の競技を見る機会を失われたのです。

 もっと端的な場合もあります。柔道やレスリングのようにトーナメントで行われている競技では、日本人選手の試合の前後に次の対戦相手になる選手の試合が行われている場合が少なくありません。しかし、多くの場合、先ほどのようなスタジオトークのために見ることができなかったのではないでしょうか。

 これは以前にもこのブログでも書きましたが、フランスにテディ・リネールという柔道家がいます。今回のオリンピックでも最重量の100kg超級に登場し3位決定戦で日本の原沢久喜選手を破って銅メダルを獲得しました。複合団体の決勝戦でウルフ・アロン選手を破ってフランスの初代チャンピオンに貢献したので、その巨漢の黒人を目にした人も多いと思います。

 彼はロンドン大会、リオ大会の100kg超級で2大会連続金メダル、世界選手権でも2007年から10年連続金メダルを獲得した偉大な柔道家です。日本ではその消極的な柔道のスタイルから否定的な意見が多いようですが、海外ではオリンピック3連覇野村忠宏と並ぶ、またはそれ以上の、史上最も偉大な柔道家として評価される存在です。階級を考慮に入れれば、少なくとも最強であることは間違いないでしょう。しかし、このリネール選手の柔道を見たことがある日本人がどれだけいるでしょうか。

 リネール選手が全盛期の10年間は、日本柔道の重量級の暗黒の期間と重なります。リネール選手によって暗黒に突き落とされたと言ってもいいかもしれません。この結果、日本のメディアは重量級の扱いを少なくします。グランドスラム東京のような大会の中継でも、日本のメダルが期待できないリネールのいる階級の扱いは極めて軽いものになっていました。

 この結果、柔道が生まれた国の私たちは、史上最強の柔道を見る機会を失われてきたのです。

 陸上競技では、日本人が出場していない時間も様々な種目が行われ、最高の選手たちが金メダルを目指して戦いをしています。しかし、日本人中心の編成の結果、その多くが放送されませんでした。

 欧米で大人気の女子のジャンプ種目の予選が、わずかな時間しか放送されなかったことでがっかりした人も少なくなかったでしょう。モデル級もしくは実際にトップモデルもしている欧米の美女たちの存在が人気を集めるその理由はともかく、普段見ることができない競技を見ることは大切です。それが競技の普及になったり、子供たちにとって大きな経験に繋がることにもなります。日本ではどうしても汗と泥臭さがつきまとうスポーツシーンも、美しい女性アスリートの真剣勝負を見ることで、ロングジャンプに目覚める少女がいるかもしれません。

 開幕前、多くの人たちがオリンピックの価値の一つとしてそうしたことをあげていたはずです。ほとんどの会場が無観客になった以上、そのことはテレビなどの中継のみで可能になったはずですが、現実のテレビはそうした役割を十分に果たせていなかったようです。

オリンピックのインタビューは何を伝えようとしていたのか?

 オリンピックという大会で、勝者も敗者も試合後のインタビューが義務付けられたのはいつからだったでしょう。最終的には本人意思次第ですが、ミックスゾーンと呼ばれるインタビューのためのエリアを通らないとロッカールームに帰れないような構造に、会場自体がなっています。

 今回の大会で目についたのは、インタビューの長さです。競技直後のインタビューとして極めて長い印象です。もちろん、自分からよく喋るアスリートもいますし、一方で苦手な人もいます。試合に勝ったか負けたか、それによっても違ってくるでしょう。

 一般的なスポーツの試合直後のインタビューは、今の気持ち、試合の振り返り、今後についてorファンへのメッセージの3つに集約されます。今回の大会のインタビューでは、これに加えて、コロナ禍での開催に対する感謝とオリンピックの価値を喋らせるための質問が加わって、長くなっている印象でした。

 競技が違っても、インタビュアーが違っても、明らかに同様の傾向がありましたから、おそらく組織委員会が広告代理店を通じて、こうした質問内容を求めているのでしょう。

 それでも、選手がそれに沿った答えを口にしてくれれば良いのですが、出てこないと自ずとその部分の質問が繰り返され、試合の結果や成績に対する質問がそっちのけの場合もあったように思います。

 また、インタビュアー独自の視点でストーリーを組み立てて、それに沿った答えが返ってこないと、しつこく聞き続けるシーンもたびたび見ることがありました

 最終日に男子マラソンで6位に入賞を果たした大迫傑選手へのインタビューもそうしたものでした。引退を表明している彼にどうして言わせたい言葉があったのでしょう。大迫選手は「泣かせないで下さいよ」と言ってかわしていましたが、内心は「良い加減にしろよ」と思っていたかもしれません。

 もう一つ気になったのは異口同音、選手の口から聞かれる、コロナ禍での開催に対する感謝の言葉です。異なる競技でもほとんど変わらない言葉で話をする選手がいたことから、やはり組織委員会から文書で通知がされていると考えて良いと思います。と同時に、先ほどもあげたように、メディアにもそれを聞くように通知されていたのでしょう。ある種の言論統制です。

 選手がそうした言葉を発すること自体は悪いことではありませんが、本来、感謝の言葉というのは心から思う本人が発することで意味があるもので、誰彼もなしに発せられることで、その言葉が形骸化し、本当に感謝の気持ちを持って話をしている選手の言葉が私たちに届かない可能性があると思います。

最高の舞台を伝えるキャスティングは最高だったか?

 オリンピックがスポーツの最高の舞台である以上、それを放送するテレビ局側も最高のレベルで放送をしなければなりません。果たしてそれができていたでしょうか。

 競技の映像や現場の音声は、IOCがオフィシャルで作った映像に、ユニカムと呼ぶ日本選手専用のカメラの映像を交えて放送する従来からのスタイルで、これに実況や解説の音声が付けられて番組として送り出されます。

 さらに番組としては、前後のスタジオトークがあります。競技の紹介や盛り上げ、感想を元オリンピアンやタレントが話をする構成がほとんどでした。

 20年以上スポーツの映像制作に関わってきた筆者としては、試合中の映像についても気になることが多々ありましたが、そのほとんどが現場にミスによるものなので、ここでは触れないことにして、出演者のキャスティングについて書こうと思います。

 各局とも中継前後、途中のスタジオトークには、タレントや元オリンピアンを揃えていましたが、中でもオリンピアンの人選は知名度と話ができるという基準のみで選ばれていたように思います。その基準は、一部の例外を除いて、大手事務所に所属していることとも一致しています。

 本来、こうした席には名前が知られていなくても、その時行われる競技の経験者を入れるべきで、競技経験者の立場からのコメントを中心にコーナーを構成すべきだと思います。出演経験が少なく喋りに多少不安だとしても、優先すべきは競技者目線の経験値に基づいたコメントです。

 以前は、競技経験者は他の競技について多くを語らない傾向がありました。おそらく、逆の立場だったら嫌だろうし、それがその競技やアスリート同士の敬意のようなものに繋がっていたのだろうと想像できます。

 それが、最近はスポーツコメンテイターとかスポーツジャーナリストと名乗る競技経験者が幅を効かせるようになり、自分が経験していない競技についても遠慮なく話をすることが当たり前になってきました。それが、今回のオリンピック中継の前後のトークにもはっきりと表れています。

 しかし、改めて考えてみると、元オリンピアンとしての肩書き持っていたとしても、やはりその競技として門外漢。伝えられることはアイドルとの差がないと考えてよいのでしょう。違いがあるとすれば、競技前の緊張感のような話ですが、それだけではスタジオトークは持ちません。

 解説のキャスティングでも気になることが数多くありました。最も気になったのは、女子マラソンです。日本でも人気のこの競技の解説は、なぜ、高橋尚子氏、野口みずき氏のいずれかでなかったのでしょうか。二人の金メダリストは、すでにマラソン中継の解説でのトーク力の点でも高いレベルであることが実証されていて、世界でも指折りのトップランナーならではの視線と経験から質の高い解説をしています。

 世界最高の舞台の戦いを、その頂点に立ったことがあるアスリートの言葉によってその物語を導いてもらえなかった私たちは不幸です。しかも、記録の上でも彼らに匹敵する日本人選手は、40歳を過ぎても今も現役を続ける渋井陽子さんただ一人です。日本人では彼らだけが語ることができる景色があるはずなのです。それこそが最高の舞台にふさわしい解説だったでしょう。

 一方、男子マラソンを中継したNHKは、2018年に大迫選手らに記録を破られるまで15年以上の日本記録を持っていた高岡寿成氏を解説にあてましたが、これは妥当な選択でしょう。彼にはオリンピックの出場経験がないので、今年引退したばかりでロンドン大会5位入賞の中本健太郎氏という選択肢もあるかもしれません。男子マラソンでは高橋氏や野口氏のような世界的なランナーが少なく、その分知名度も低くなりますが、それが日本の競技レベルとして致し方がないでしょう。

 高岡氏は現役の実業団チームの監督であるため、どうしても指導者の視点が多くなったり、映像を見入ってしまうのか沈黙も多くなってしまいましたが、そのあたりも織り込み済みだったように感じました。そもそも、NHKのスポーツアナウンサーは、民放のアナウンサーと違って、沈黙を怖がりませんから、ベテランの男性アナウンサーと良いバランスだったかもしれません。

 そのNHKも閉会式の実況ではキャスティングミスをしたと思います。ネット上で話題になった女性アナウンサーの言い間違いではありません。そもそもテレビ局の現場では、よほど頻度が多くない限り、あの手の言い間違いは気にもしません。もちろん、本人はスタッフの前で頭を下げていると思いますが。許されない間違いは名前の間違いと、重要性の高い数字の間違いです。番組制作側もアナウンサーもそこに最も注意を払っているはずです。

 筆者がキャスティングミスだと感じたのは、閉会式中盤、大会に参加した選手たちが次々と入場していた時に、大会終盤の競技のメダリストたちが姿を見せているのにも関わらず、ほとんど触れることができなかったからです。日本選手たちが入場してくるとようやく名前をあげられるようになりましたが、それも事前に情報があっただろう、野球や卓球代表などの有名選手ばかりで、前日に金メダルを取ったばかりのレスリングの須崎優衣選手すらスルーされていました。撮影をしているカメラマンや映像を切り替えているスイッチャーは絶対に誰であるか分かって作業をしています。

 彼らがマスクをしていたハンディを差し引いたとしても、やはり失敗です。閉会式の実況には選手の名前と顔が一致するスポーツ系のアナウンサーを配するべきだったでしょう。

 賞賛一辺倒の大手メディアは報道機関と言えるのか?

 オリンピック開催期間中、競技やアスリートの賞賛する番組が各局が放送され、新聞紙面でもそうした文字が躍った一方で、一部地方紙などで報道されていた、オリンピック反対のデモが連日のように行われていたことも事実です。オリンピック、パラリンピックに開催に賛成か反対か、またこうしたデモを行うことに賛成か反対かは別の問題として、この事実が大手メディアでは報道されず、一般の人たちの目に届かなかったことは大きな問題です。

 終始盛り上げる側で報道をしていたNHKを除く、民放各社は、開幕数週間前までは新型コロナウイルスの感染拡大を理由に開催に反対する声を積極的に取り上げていましたが、時を同じくして一斉にこうしたトーンの多くを抑え、オリンピック賞賛一色に舵を切りました。

 その大きな理由は日本経済新聞を含む全国紙大手4社が東京大会のオフィシャルパートナーであり、NHKと民放大手各社も放送権料としてIOCに多額の金額を支払っているスポンサーと同様の立場であることに間違いありません。一般的に企業の立場としては当然の方向性かもしれませんが、それがいずれも報道機関であることを考えると、収益優先、マーケティング優先の彼らの姿勢は、既に彼らが報道機関としての役割を果たせなくなっていることを意味しているかもしれません。

 

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