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北京オリンピック雑感2(2/6)〜改めて問われるオリンピックの価値〜

盛り上がりに欠ける北京五輪

 2月5日夜に開会式が行われた北京冬季オリンピックは、先立つ3日からカーリングモーグルなどの予選や女子アイスホッケーのリーグ戦などが始まり、6日には日本選手の金メダルの期待があった男子モーグルや女子ジャンプ等では、決勝が行われています。だた、筆者の主観ではありますが、これまでの大会に比べて盛り上がりに欠けている印象があります。

 昨年の東京大会は地元開催だったので特別だったとしても、2018年平昌、2016年リオ、2014年ソチ、2012年ロンドンを振り返ってみても、もう少し事前から盛り上がっていたように思います。

 さすがに実際に競技が始まると、テレビのニュースや情報番組のトップは、各競技の中継局を中心にオリンピックの話題を扱っていますが、やはり多くの番組が新型コロナの感染拡大に多くの時間を割いています。ヤフーやグーグルのニュースもオリンピックの話題がトップにあがることは少なく、あがっても競技以外の話題が多いようです。

 もちろん、なんだかんだ言っても金メダル至上主義の日本。金メダルを期待されていた種目で、メダルに届かなかったり、前評判通りの活躍が見れていないこともその理由と言えるでしょう。

 しかし、最大の理由は、やはり新型コロナウイルスの蔓延、オミクロン株によるこれまでにない感染拡大によって、人々はオリンピックどころではないというところでしょう。

 しかし、東京大会から僅か半年後に開催される北京大会は、時代の変化の中で、これまでの大会以上にオリンピックの存在価値を問う大会となっているのではないでしょうか。

一党独裁の体制下で人権が危惧される国での開催の正当性

 中国に対しては、新疆ウイグル自治区チベット、香港での人権弾圧、抑圧に対して欧米の民主主義国の多くが非難し、アメリカや西欧諸国を中心に外交的ボイコットと称して大統領、首相など要人の訪中を見合わせています。

 東シナ海の力による実効支配や台湾への圧力も影響しています。

 共産党の前副主席から性的関係を強要されたとSNSで発信した彭帥選手の問題に関しても、彼女の安全を危惧する国際世論を納得させる状況にはなっていません。

 ただ、実際に中国を批判している国は、数の上では圧倒的に少数です。世界の大多数の国々からトップが中国に馳せ参じています。国連からはアントニオ・グテレス事務総長をはじめ幹部が顔を揃えて開会式に出席し、中国政府の要人と会食や会談を重ねています。

 東京大会では、どんな犠牲を払ってでも大会を開催する強固な姿勢を見せた国際オリンピック委員会IOC)は、この大会でも中国政府支援の姿勢を明らかにして、兼ねてから言われている通りの蜜月ぶりを見せています。彭帥選手の問題でも中国側を積極的にサポートし、バッハ会長自ら彼女とリモートで対談したり、大会期間中の会食することも発表してます。

 オリンピック憲章では人権重視をうたうIOCですが、その行動は憲章の内容とは明らかに矛盾しています。また、同じようにIOCは政治的な関与を否定していますが、東京大会でも見せたバッハ会長の、政治問題に積極的に首を突っ込む姿勢はここでも健在です。

 IOCは、今後経済大国として、今以上に存在感を増すであろう中国との関係が、オリンピックビジネスの中心になると想定しているのでしょう。

 

 日本のテレビ局がアウェイの試合の放映権を失ったサッカー・カタールワールドカップアジア最終予選では、会場のメインスポンサーの看板のほぼすべてが中国語でした。英語は中国国内で積極的に展開するドイツのタイヤメーカーcontinentalのみで、テレビ中継で見ることができた日本企業の看板は、おそらくすべてが日本開催分または日本戦だけのローカル枠だったでしょう。

 世界的に見ても、日本国内でもマイナーなスペインのスポーツメーカーであるKELMEのロゴとその足跡のマークが、バックスタンド前のメインバーナーに映し出されているのに驚いたのは、関係者だけではないでしょう。

 KELMEの日本以外のアジアでの販売権が中国資本に買収され、KELME ASIAの本社は中国国内にあって、AFCのトップスポンサーに名を連ねています。

 今後、中国の政治的な体制に関わらず、オリンピックスポンサーや世界的なスポーツイベントのスポンサーが中国企業に独占される日も遠くないのかもしれません。

 IOCがどんなに人権重視のポーズをとっても、ビジネス優先のオリンピックと人権は切り離して考えた方が良いのかもしれません。

 とは言え、私たちが暮らす日本も、内外に様々な人権問題を抱えていてIOCや中国を批判できる立場では無いことも事実です。

中国体制批判をする選手が現れた時には

 大会に先立つ1月20日北京大会組織委員会は、この大会に参加するアスリートや関係者が、中国の法律や規制に違反した場合は処罰の対象になると発表しました。当然この違反の中には、中国の体制批判、新疆ウイグル自治区チベット、香港、台湾問題を批判する発言も含まれます。組織委員会は、その処罰としてこの大会の参加資格の剥奪をあげていますが、参加資格を剥奪されると瞬間に、不法滞在者として中国当局に拘束され、発言内容も含めた中国国内法によって処罰される可能性が想像されます。

 現在の中国の法律では、世界のいかなる国に住む、いかなる国籍を持つ人間も、中国の法律で裁くことができます。中国国内にいれば、これを適用しないわけがありません。

 アメリカ政府はこれを非難する声明をすぐさま発表し、IOCもオリンピックのルールにのっとって、記者会見など許された場所では言論の自由は保証されると発表しました。現在のIOCのルールでは、オリンピック期間中、競技中や表彰式以外の場所では、自由な発言が保証されています。

 しかし、バッハ会長は大会直前の記者会見で「ハムレットの舞台上で役者が政治的な発言をすることを誰も望まない」と語り、改めて中国サイドに立って、アスリートが政治的な発言をすることに釘を刺したのです。

 一方で、 中国の人権が問題視されているにも関わらず、オリンピックに参加するトップアスリートや競技団体の中で、その体制を非難してボイコットしたアスリートが一人もいないことも事実なのです。バッハ会長の記者会見の発言に対しても、異を唱えるアスリートはいないようです。

 もし、実際に中国やバッハ体制を批判する選手が現れた時、どんなことが起こるのか、見てみたい気もします。

力による国境の変更をめざす中国とロシアが利用するオリンピック

 開会式に出席した首脳の中に、ロシアのプーチン大統領がいました。現在、ロシアは旧ソ連でありながら西側への依存度を高めるウクライナへの軍事的な侵攻のために大規模な部隊を展開し、実際に侵攻があればアメリカをはじめとするNATO軍も応戦する構えを見せています。

 海外の政治学者の中には、第二次世界大戦以来の世界的な危機だという人がいるほどの、緊張状態なのです。

 そういう状況下で開会式に出席するために訪中したプーチン大統領は、早速習近平国家主席と会談し、NATO加盟を目指すウクライナを念頭に、NOTOの拡大路線を非難する共同声明を発表し、アメリカなどの自由主義国に対する共闘姿勢を改めて鮮明にしました。

 

 2008年北京オリンピックの開会式当日に、ロシアと隣国グルジアとの間に軍事衝突が発生しました。ロシアは、開会式出席のために訪中した当時のプーチン首相の留守を狙って、グルジア軍が自国内のロシア系住民の自治区を攻撃したため、このロシア系住民を保護することを目的にロシア軍がグルジア国内に侵攻したと主張していますが、グルジアは先にロシア軍が侵攻したと言っています。

 どちらの主張が正しいのかはわかりませんが、2014年に起きたクルミア半島への侵攻の際にも、ロシア系住民の保護を理由にウクライナ国内に一方的に侵攻し、クルミア半島の併合に成功しています。

 ロシア系住民の保護を理由に他国に軍事侵攻することは、ロシアの力による領土拡張の常套手段になっているのです。

 2008年の際も、最終的にロシア系住民の自治州の独立を認めることと交換で、グルジア国内に侵攻したロシア軍を撤退させているのです。

 

 オリンピックのたびに国連で決議される「オリンピック休戦」が有名無実であることは、世界中の誰もが知っているとは思いますが、まさかオリンピック開会式当日に軍事的な行動に出るとは思っていなかったでしょう。その侵攻にグルジア以外で最も衝撃を受けたのが中国だったはずです。

 しかし、今回は違ったようです。力による現状変更を辞さない二つの大国の連携を示すアピールの機会にオリンピックが利用されたのです。

 

 もちろん、だからと言って、17日間のオリンピック期間中にロシアがウクライナに侵攻しないという保証はありません。先月末にロシアが出したウクライナ侵攻を辞める条件をアメリカは一蹴していますから、軍事衝突がいつあってもおかしく無い緊迫した状況なのです。そして、ロシアが行動に移した時のアメリカの反応によっては、一気に中国が台湾に軍事侵攻する可能性すらあります。

 中国軍が実際に動かなくても、アメリカ軍がロシア軍と直接戦闘状態になった場合には、同盟国で国内に世界で最も多くのアメリカ軍の基地があり、ロシアと国境を接する日本にとっても決して他人事ではないはずです。

 オリンピック憲章の中で「平和な社会の推進」をかかげ、平和の祭典と呼ばれてきたオリンピックですが、これまで戦争抑止の役割を果たしたことは皆無と言っていいでしょう。世界の大国同士が軍事衝突をするかもしれない今回の危機の中、17日間のオリンピックの開催が社会的にどんな役割を果たすのか、今回もやはり全く意味を持たないのか。

 図らずも、オリンピックの価値、スポーツの価値を問う大会になるかもしれません。

 

【2月20日加筆】

 12日に行われた男子スケルトンに出場したウクライナのウラジスラフ・ヘラスケビッチ選手は、競技を中継するカメラに「NO WAR IN UKRAINE」と書かれたボードをしめし、IOCが禁止している競技会場での政治的なメッセージでは無いかと指摘されました。

 これに対してIOCは、定例の記者会見で「平和な全ての人に共通する願いで、政治的なメッセージにあたらない」として、問題視しないことを明らかにしています。