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北京オリンピック雑感3(2/8)〜新競技が教えてくれたスポーツで大切なこと〜

歓喜の輪の中にいなかった日本人選手たち
スノーボード女子スロープスタイル

 土曜と日曜は長く家にいたお陰で、北京オリンピックの多くの競技をテレビ観戦することができました。

 日曜夜の小林陵侑選手のジャンプノーマルヒルの金メダルを見ることできましたし、前日の男子モーグルの堀島行真選手の銅メダルも見ることができました。

 そうした日本人選手のメダルのシーンもさることながら、筆者が印象に残った二つのシーンは、日本人がメダルを取れなかった二つの競技にありました。

 

 一つ目は、6日に行われたスノーボード女子スロープスタイルです。この種目では、決勝12人の中に二人の日本人選手が残り、結果5位に岩渕麗楽選手、10位に村瀬心椛選手が入りました。優勝はニュージーランドのゾイ・サドフスキシノット選手で、ニュージーランド史上、冬季オリンピック初の金メダルだそうです。

 筆者が注目したのは競技終了直後の様子です。最終滑走者が滑り降り、順位が決まると決勝に残った選手たちがフィニッシュ地点付近に集まってきて、抱き合い、ピョンピョン跳ねながら歓声をあげたのです。言っている内容を聞き取ることはできませんでしたが、勝った選手を賞賛しお互いの健闘を祝福し合ったのではないでしょうか。

 競技中の映像にも滑り終えた選手がコースの横で集まって後の競技を見ている様子が、時折映し出されていました。彼らは最後の一人の競技が終わるまで見ていたのでしょう。もしかすると、彼らにとってはそれがいつもの風景なのかもしれません。

 同じ競技でスキルを磨き、限られた人数でツアーを巡る彼女らは、競技中はメダルを奪い合うライバルでも、それ以外の時間は、国籍も関係がない仲間であり同士なのです。

 同様の光景は、東京オリンピックスケートボード女子の試合後にも見られた光景ですが、ラグビーで言うノーサイドを見事に体現したような、清々しい風景でした。

 

 しかし、決勝では12人が滑ったはずですが、映像で見る限り2、3人足りません。少なくとも赤と白のウェアを着た選手の姿がないのです。筆者が見ている限り、日本の2選手はその輪の中にはいなかったのです。競技中に他の選手の競技を見ている選手たちの中にも、日本の二人はいなかったように思います。

 もしかすると、メダルがないとわかった時点で、コーチらとコースから離れ、自分のパフォーマンスを反省する時間に入っていたのかもしれません。

 アスリートたちにとっての最高の舞台で、どちらの行動が相応しいものであるかは、言うまでもありません。

攻めなかったために失ったメダル
スキーフリースタイル女子モーグル

 もう一つ注目した競技はやはり6日に行われたモーグル女子の決勝です。

 この競技では、日本から出場した4選手の中で、17歳で今シーズンのワールドカップ3勝をあげて世界ランキング1位の川村あんり選手に金メダルの期待がかかっていました。予選を5位で通過した彼女は、その後、準々決勝を2位、準決勝を3位で通過して、決勝に駒を進めました。順位こそトップではありませんが、決勝に進んだ6人のうち最も安定感があるように見えました。今季ランキング1位に相応しいパフォーマンスと言えるのではないでしょうか。

 ライバルは、準決勝首位通過した世界ランキング3位のジャカラ・アンソニー選手(オーストラリア)と今シーズン世界ランキング2位のジェーリン・カウフ選手(アメリカ)でした。

 

 決勝レースが始まるまでは、中継の解説者、アナウンサー、そして、スタジオでコメントする上村愛子さんも含めて、川村選手のメダルは間違いないかのようなコメントをしていました。しかし、実際は彼女のポイントは伸びず、5位に終わりました。

 中継の実況アナウンサーと解説者は、川村選手のレース中、彼女が「攻めている」と言っていましたが、筆者にはそうは見えませんでした。ミスをしないように「落ち着いて落ち着いて」、スピードが出過ぎないように「抑えて抑えて」という彼女の心のつぶやきが画面を通してでも伝わってくるような滑りだったと思います。

 準々決勝を2位、準決勝を3位だったパフォーマンスをミスなくやり遂げれば、少なくともメダルは取れると考えたのでしょう。その上で上位の二人の内のどちらかがミスをしてくれれば、もう一つ上のメダルが手に入るかもしれない。そう考えたのではないでしょうか。それは彼女自身の意思というよりは、コーチの意思かもしれません。

 実際に決勝レースでは、準々決勝、準決勝と全く同じ内容で、さらにミスのない完成度の高いパフォーマンスをしたにも関わらず、得点は伸びませんでした。彼女がレースを終え上位2人を残した時点での3位。既に彼女がメダルを獲得するには厳しい状況です。映像に映る本人の表情も不満げでしたし、解説者の声もまた明らかに不満げでした。

 川村選手は、これくらいのパフォーマンスをすれば最低限メダルを取れるという、守りの姿勢をジャッジに見透かされたのではないでしょうか。それが、決勝のポイントが、この日の三回の滑りの中で最も低いポイントという結果として表れたのです。

 モーグルはターン、エア、タイムの三つの要素で採点されます。彼女のストロングポイントであるターンの正確性を得点に反映させるためには、その正確性の限界まで、リスクを覚悟でそれまで以上にスピードをあげることがメダル獲得には必要で、それが彼女にとって攻める姿勢だったはずです。しかし、挑戦をしなかったターンには迫力が感じられず、タイムのポイントだけでなく、得意なはずのターンでもポイントが伸びなかったのです。

 

 前日の男子モーグルで、銅メダルを取った堀島選手の決勝の滑りは、彼女と対照的でした。レース序盤にミスがあったために、それを取り戻すためにタイムでポイントを稼ぐ賭けに出たのです。その結果準決勝までほどの安定感はありませんでしたが、迫力のある滑りで2番目のタイムでフィニッシュして、銅メダルに結びつけたのです。ミスがあったからこそとは言え、攻めるとはそういうことではないでしょうか。

 ミスをしないことを重視するのは、日本人の特性であることは知られています。スポーツシーンでも同様です。サッカーでは、ドリブルや厳しいパスの結果、ボールを奪われるよりも、たとえゴールに迫れなくても、味方にパスをしてボールをキープするのが日本のサッカーの伝統です。この子供の頃から身についた癖のようなものは、Jリーグでも日本代表でも変わりません。

 時代の変化と世代交代の中で、日本人も徐々に変わってきているはずです。その代表格が羽生結弦選手であり、大谷翔平選手です。彼らは守ることを一切せず、失敗を恐れず攻め続けます。だからこそ、羽生選手は三連覇を目指して今回のオリンピックのリンクに立とうとしていますし、大谷選手は二刀流でメジャーリーガーからもリスペクトされる存在になっているのです。おそらく、周囲の大人から見れば、常識から逸した危険な挑戦をすることもあるでしょう。それでも、世界の頂点に立つためには、またそこに居続けるためには、本当の意味で常に攻め続けることが、トップアスリートにとって重要なのではないでしょうか。

 

 今回のオリンピックで、川村選手が本当の意味で攻めることの重要性に気づくことができたとすれば、4年後の彼女のパフォーマンスが楽しみです。