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北京オリンピック雑感8(2/18)〜ドーピングの根底にあるオリンピックの本質〜

1960年から続くオリンピックのドーピングの歴史

 オリンピックで発覚したドーピングの中で最も衝撃的だったのは、1988年ソウル大会の陸上短距離のベン・ジョンソン(カナダ)の事件でしょう。100m走決勝で人類初めて9.8秒の壁を突破し、金メダルを獲得したジョンソン選手は、レース直後のドーピング検査で筋肉を強化する薬物を使っていることが判明し、金メダルと記録を剥奪されました。一般的にまだそれほど認知されていなかったドーピングを知らしめ、その後の監視強化のきっかけにもなりました。

 薬物による肉体の強化は競技力の向上は19世紀から確認されてきましたが、1960年ローマ大会で、ドーピングによる初の死者を出したIOCは、選手の健全な肉体を守り、公平で透明性のある競技大会を守る観点から、その後はアンチ・ドーピングの姿勢を貫いてきました。

 しかし、それからも多くの競技でドーピング事件が発生し、時にはメダルが剥奪されることも繰り返されました。その間、科学的な進歩の中で、検査能力の進歩とドーピングを隠す技術の進歩のいたちごっこがずっと続けられてきたのです。

 

 現在では、国や競技に関係なく一定の基準が設けられていますが、かつては競技や国によって見方の違いがありました。

 例えば、1980年代から90年代のアメリカ・MLBでは、異常にまで巨大化した体を武器にホームランを量産する選手が活躍し、MLBのファンも薬物を使用していることを半ば承知で彼らに喝采を送っています。そのMLBも国際的な世論には叶わず、今世紀に入った頃からは薬物監視を強化し、その結果、年間最多本塁打の記録を持つマーク・マグアイア選手や彼のライバルだったバリー・ボンズ選手らは引退を余儀なくされます。

 

 世界のスポーツのシーンの中で、最も大きな影響を与えたドーピング事件は、自転車ロードレースのランス・アームストロング選手の事件かもしれません。

 欧米でのロードレースの人気と社会的な地位は日本人には想像できないほど高く、特にツール・ド・フランスを含む三大レースの人気は絶大です。

 そのツール・ド・フランスで1999年から7年連続で総合優勝するなど、絶対的な実力と人気を誇ったアームストロング選手に多年にわたるドーピングが発覚し、ツール・ド・フランスの7連覇を含む、1998年以降のすべての記録が抹消され永久追放されました。

 この影響でロードレースはスポンサーが離れ、人気が低迷する時代を迎えることになったのです。

 最近も、自転車の車体に小型モーターを取り付ける「機械的ドーピング」が発覚して、あらたな対応を迫られています。

 

 一方、アスリートの中でもドーピングに対する意識が高まっています。2016年に発覚したテニス界のスーパースターのマリア・シャラポワ選手はドーピングでは、彼女の出場停止の期間が短縮された上に、すぐさま大会主催者が人気の高い彼女を招待枠で出場させようとしたことで、テニスを中心にアスリートから多くの批判の声があがりました。結局、彼女はこうした批判に耐えきれず引退を余儀なくされています。

 

 世界的に見ると、1999年にIOCが独立したアンチ・ドーピング機関である世界アンチ・ドーピング機関(WADA)を設立してから、世界的なドーピング対策が進みます。競技や国の枠を超えてドーピング対策が行われるようになったのはWADAの設立がきっかけと言っていいでしょう。世界各国にアンチ・ドーピング機関や検査施設が設置され、現在ではドーピングが法律的に処罰の対象となっている国もあるほどです。

 

 2014年に発覚したロシアの国ぐるみのドーピングは、こうした世界の流れに逆行するものでした。強化されるアンチ・ドーピングに対抗するには、国レベルの組織が必要だと言うことでしょう。その後、ロシアは国としてのオリンピックの出場ができなくなっています。

 時を隔てずして、同じロシア出身のシャラポワ選手のドーピングが発覚したことも無関係ではないでしょう。少なくともこの国のドーピングに対する意識の低さを証明したことになりました。

誰がワリエワ選手に薬物摂取を指示したのか?

 そうした流れの中で発覚したロシア、カミラ・ワリエワ選手のドーピング。日常的に使用している薬物を国内大会近くになっても使用を止めるのを忘れたのではないでしょうか。それとも、国内大会のドーピング検査であればコントロールできるから、その後オリンピックまでの期間で薬を抜くつもりだったのかもしれません。

 報道を見る限り、ドーピング自体は間違いのない事実のようです。あとは、15歳の彼女に対してどのような処分が適切であるかと、彼女に薬を与えたのは誰かということになります。当然、彼女のコーチであり、今回女子シングルに出場した3選手や、前回平昌大会のメダリストを指導してきたエトリ・トゥトベリゼコーチに疑いの目が向けられます。

 ロシア発の報道として、銀メダルだったアレクサンドラ・トルソワ選手がフリースケーティング競技直後にトゥトベリゼコーチから求められたハグを拒否して「嫌よ、みんな知っているのよ」という言葉を放ったという報道があります。本当にロシア国内でこのような報道がされているとすれば、ロシア側はコーチの犯罪として幕引きを図ろうとしているのかもしれません。

 事態の進展によっては、大きな組織ぐるみでのドーピングとして認定されることもありますし、その場合、例えば今回メダルを取った他のロシア選手たちにも当然疑いの目が向けられることになるからです。

 そして、もう一つ問題なのは、ドーピングが潔白であることが証明されていないにも関わらず、暫定的な出場停止の処置を解除したロシアのアンチ・ドーピング機関のあり方です。あるべき手続きを踏まずに解除の手続きを行なったこの機関は、今回と同様、これまでもドーピングを有耶無耶にしてきたと疑われても仕方がありません。

国家間の競争を煽るIOCの姿勢が根本原因

 一方で、ワリエワ選手の出場を認めたスポーツ仲裁裁判所(CAS)の姿勢にも元オリンピアンを中心に厳しい声があがっています。本来、立場の弱いアスリートの権利を守るために設置された機関ですが、今回示した曖昧な態度は、ワリエワ選手の一時的な救いになったとしても、健康が危惧される彼女の将来や彼女に続く子供達にプラスの影響はないでしょう。今求められている徹底的なアンチ・ドーピングの流れには逆行しているのは間違いなく、アスリート保護の観点から、アンチ・ドーピングを主導すべき組織にふさわしくない判断だと言えます。

 そして、この問題の根底を作っているのは、IOC自身です。彼らはオリンピックをオリンピック憲章の理念を損なう事実上国別の対抗イベントにして、国家間の競争を煽っています。その結果、中には勝利と名誉を得るために手段を選ばない国が現れるのも当然のことと言えます。

 

 フリースケーティングに出場したワリエワ選手が、本来の調子を発揮できず4位に沈んだことで、胸をなでおろした関係者も多いことでしょう。問題を長引かせたくないと考えているのは、ロシア、ワリエワ選手関係者もIOC、国際フィギュア連盟も同じなのです。