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スポーツと戦争〜ウクライナ侵攻を考える〜

■2022年3月1日

追い込まれたIOCのロシアへの制裁

 ロシアのウクライナ侵攻は世界に衝撃を与えました。これに対してスポーツ界でもロシアの軍事侵攻に反対して様々な対応が行われていますが、日本時間の3月1日に大きな動きがありました。国際オリンピック委員会(IOC)が全競技団体に向けて、ロシアとその軍事侵攻に協力しているベラルーシの選手、役員の出場禁止を勧告したのです。あくまでも勧告ですから最終決定は各競技団体に委ねられますが、3月4日に開幕を控えた北京パラリンピックもその対象となります。

 パラリンピックを主催する国際パラリンピック委員会(IPC)は、IOCをオリンピズムの精神に同調し、ロシアのオリンピック休戦の国連決議違反についても、IOCと一緒に厳しい姿勢を見せているので、パラリンピックでも厳しい対応が行われることが予想されます。

 

 おそらく、こうしたIOCが厳しい判断をした背景にはサッカー界の敏速かつ厳しい対応が影響したはずです。

 ヨーロッパサッカー連盟は、24日の軍事侵攻からわずか2日後の26日に、5月にロシア国内での開催が予定されていたチャンピオンズリーグの決勝戦の会場を、フランス国内に変更することを発表しました。さらに翌27日には国際サッカー連盟が、ロシア国内での代表選の開催の中止と試合時の国名、国旗と国歌の使用を禁止したのです。この処分では、甘過ぎるという声を数多く上がっているようですが、わずか2日や3日でここまでの決定ができるスピード感は、他の競技団体にはないでしょう。

 世界的に見れば、オリンピックやIOC以上に影響力を持つサッカー界の素早い判断は、他の競技団体のアクションのハードルを一気に下げ、各競技団体が次々と国際大会の中止、開催地の変更などを発表しました。同時に、同様の対応ができない競技団体や組織には、西側を中心とした国際世論からの厳しい批判に晒されることを覚悟しなければならない状況になっています。

 これまでロシアに対して甘い対応をしてきたIOCは、国連の休戦決議に違反したロシアの軍事侵攻に対して侵攻初日に行った非難決議に留めて、厳しい制裁処置は行なわないままパラリンピック開始を待とうとしたのでしょう。それであれば、プーチンにも顔が立ちますし、今回のロシアの軍事侵攻に同調する開催国・中国の立場も保つことができるのです。

 一方でパラリンピックを主催するIPCはこれまでもロシアに対して厳しい態度をとってきました。リオ大会では、IOCが国家レベルでのドーピングを認めながらも、ロシア選手の出場の可否を各競技団体に委ねたのに対して、IPCは全選手の出場を禁止しています。IPCは今回早急に態度を明らかにするようにIOCに迫ったはずです。

 そして、IOCが今回の対応を発表した半日前に、国際サッカー連盟ヨーロッパサッカー連盟はさらに厳しい処分を発表しています。ロシアのクラブチームと代表チームのすべての大会の出場を停止することを公式サイト上で発表したのです。

 影響力でも経済面でも世界で最も影響力を持つ競技団体の問答無用の対応に、IOCと親ロシアとして知られるバッハ会長は追い込まれたはずです。最低でもサッカーと同様の対応をしなければ、反戦に対して後ろ向きだと評価され、100年以上に渡って掲げてきたスポーツを通した平和思想が、虚実だったと自ら表明することになってしまいます。おそらくアメリカ、ヨーロッパの企業を中心にスポンサーからも突き上げがあったはずです。

 もしかすると、EUの中で最も親ロシアだったバッハ会長の母国ドイツが、今年に入ってから対ロシア戦に備えて軍事予算を大幅に増やすなど、ロシアに対する態度を激変させていることも関係があるかもしれません。これから20年をかけてフランスと共同開発するはずだった次期戦闘機も、アメリカの最新鋭機F35を即時購入することに切り替えています。

 ヨーロッパの人々にとって、ロシアとの戦争はすでに現実のものになっているのです。ウクライナを戦場にロシアとまみえることはないとしても、ロシアがいつ自国に攻め入って来てもおかしくない。今回のウクライナ侵攻は、ヨーロッパの人々にそういうモードにさせてしまったのです。IOCもこうした空気を汲み取るしかなかったのでしょう。

 こうして、IOCはロシアの軍事侵攻開始から1週間。もはやギリギリのタイミングでようやく、具体的な対応を表明したのです。

 

 F1(フォーミュラー1)の主催者である国際自動車連盟が、9月に開催予定だったロシアグランプリの開催に否定的な姿勢を見せるなど、影響は戦闘の期間に関わらず長期的なものになる可能性があります。世界的なモーターレースを主催する国際自動車連盟はオリンピックの競技団体ではありませんが、ヨーロッパを中心に、IOC以上に国際的に影響力を持つ競技団体です。

日本政府の厳しい対応とサッカー協会の空気が読めない対応

 岸田総理は日本政府のロシアへの制裁を進めていく中で、何度も「G7と連携して」「国際社会の要求に応えて」などという言葉を使っています。これは、自民党政権内にロシアに対する厳しい措置に反対する勢力がいることを意味しています。

 北方四島の返還という第二次世界大戦から念願を叶えてロシアとの平和条約を締結するという自民党のいわば使命が、岸田政権の強硬な姿勢によって遠のくことは間違いなく、今の段階でも駐日ロシア大使は日本政府に恫喝に近い言葉を投げつけています。

 親ロシア派の自民党幹部は火消しに奔走していたと思いますが、岸田総理が28日にG7など西側諸国とロシアの国際金融システムからの締め出しと日銀の取引停止、プーチン大統領の個人資産の凍結を発表したことで、両国の関係は後戻りができないところまで来ているはずです。

 それは長年平和交渉という名目で、ロシアに言いなりになって交渉を続けてきた親ロシア派への決別宣言であり、また、長く明確な意思表示をしてこなかった中国に対しても、多くの犠牲を払ってでも力による現状の変更を認めないという強いメッセージになったはずです。

 サハリンで続けられている日露共同による開発事業も早晩、ロシア側から中止が告げられることだと思います。

 

 こうした中で、非常に不用意な発言をしてしまった国内競技団体のトップがいます。日本サッカー協会田嶋幸三会長です。彼は28日に国際サッカー連盟が追加制裁を発表する数時間前に、記者団の質問に応えて、現状のサッカー連盟の制裁は「十分重いと思う」と今以上の制裁の必要性を否定し、昨年末に締結したばかりのロシアサッカー連合とのパートナーシップについても解消など見直しの必要はないと明言したのです。ロシアサッカー連合の会長は、ロシアの世界最大の天然ガス会社ガスプロムの社長です。

 サッカー協会幹部は、自民党との幹部との結びつきが強く、自民党の顔色を伺っての発言とも取れなくはないですが、世界の状況を見ると極めて不用意な発言だったと言えるでしょう。

 彼がこのコメントを出した時点での国際サッカー連盟の対応は、ロシアチームのロシア国内での主催試合の停止と、国名、国旗、国歌の使用禁止でした。これに対して、ポーランドスウェーデンなど、ワールドカップ予選でロシアと直接対戦する国を中心に、多くの国々が制裁の強化を求めていた最中だったのです。

 また、ドイツのブンデスリーガでは、シャルケがメインスポンサーであるロシア系企業の胸スポンサーのロゴを外して試合に望んでいます。ヨーロッパのサッカーチームの中には、ロシア系の富豪や企業がオーナーになっているチームがいくつもあり、今後はそうしたチームへ各国のサッカー協会やリーグが厳しい対応をすることになるはずです。

 そうした状況にも関わらず、ロシアの組織との提携関係に問題ないと言ってしまったことは、ロシアの軍事行動を是認すると思われても仕方がないのです。

 平和と人命重視という人類恒久の願いの実現に世界のスポーツ界、中でもサッカーが先陣を切って突き進んでいる時に、そうした空気を読めず、重大さを理解できないトップであることで、この組織は窮地に陥るかもしれません。 

スポーツが空気を変える

 スポーツは、これまで戦争を抑制することは出来ませんでした。今回もIOCをはじめ多くの競技団体が、ロシアの侵略にNOを突きつけ、具体的な行動に出ていますが、これによってプーチン大統領が翻意し、軍を撤退することはないでしょう。

 しかし、空気の大きな変化を作り出すことはできるかもしれません。

 

 ウクライナはボクシングの重量級で多くの世界チャンピオンを送り出してきたボクシング大国です。その歴代の世界チャンピオンたちが、次々と防衛隊に入って母国のために銃を取っているそうです。母国の英雄の参戦に、ウクライナ軍の士気はあがり、兵士たちは勇気付けられているはずです。

 一方、ウクライナの英雄は、平時であればロシア人にとってもヒーローであるはずです。ロシアの前線の兵士にそうした情報がもたらされるかどうかはわかりませんが、もし、若い兵士たちがそれを知った時に受ける衝撃は少なくないはずです。そこから生まれた空気の変化は、ロシア軍にとって厄介なものになるはずです。

 

 国際世論は、ロシア支援派がうかつに発言できない状況になっています。最も近い立場であるはずの中国も、沈黙せざるを得ない状況でしょう。国連の非難決議の採択で、ロシアと一緒に拒否権を行使するのが精一杯です。政治だけでなく、スポーツ界がいち早く反戦、反ロシアに動いたことで一気に国際世論が醸成されたからです。ロシアとは、今までとは同じ関係ではいられないという政治的なメッセージを、スポーツ界が実践したからです。

 また、ロシアへの経済制裁で、エネルギー危機に直面し、その影響が一般国民の生活を直撃するであろう西欧諸国の政府にとっては、国民に人気のスポーツが明確に同じ方向を示してくれることは支援になるはずです。

 発動された世界的な経済封鎖によるロシア包囲網の狙いは、ルーブル通貨危機と物資の不足などによるインフレで、ロシア国民にプーチン離れを引き起こすことにあります。

 そして、スポーツ界が作っている国際世論=空気は、ウクライナ国民を勇気付けると同時に、ロシア国民には、今ロシアが直面している危機がどうしてもたらされているのか、世界の中でロシアの行動が正しいのかということを示すことに繋がるはずです。

 こうした空気がロシア国民やロシア軍に充満することによって、プーチン大統領が追い詰められ、彼に翻意を求めることができるかもしれません。

 いずれにしても、反ロシア、反戦争の波は始まったばかりです。今後も、世界のスポーツ界が一丸となって、平和の実現を目指さなければなりません。そして、日本のスポーツ団体もこれに遅れをとることは許されません。

 日本オリンピック委員会も、1日になってようやく、山下泰裕会長が取材に答える形で、ロシアのウクライナ侵攻を非難し、IOCや他の国際的な競技団体と同調していく姿勢を明らかにしました。

 

3月3日加筆

3月2日、国際パラリンピック委員会(IPC)は、ロシアとベラルーシの選手、役員を中立の立場での参加を認める決定をしました。

IPCは、他の国の選手、役員に理解を求めるコメントを出していますが、ウクライナを中心に対戦拒否、出場辞退者が出るかもしれません。

3月3日再加筆

 3月3日、国際パラリンピック委員会(IPC)は、前日の決定を覆して、北京パラリンピックから、ロシアとベラルーシの選手、役員を大会から排除する決定をしました。

 発表したパーソンズ会長は、選手村の状況は手に負えなくなっていると語っています。ロシアとベラルーシの選手やスタッフと他の国々の選手、スタッフの対立が、かなり深刻な状況になり安全性を優先しなければ状況になっているようでした。また、ロシアの選手が出場する場合は出場を辞退するという申し出が多くの国からあり、大会の開催すら危ぶまれるほどだと発言しています。

 前日の発表は、危機感が不足していたと言わざるをえません。また、パラリンピアンは、オリンピアンと比較しても、自らのアイデンティティに対するこだわりを強い選手が多く、はっきりと意思表示をする傾向があります。こうしたパラリンピアンの姿勢も含めてIPCが現状を甘く見ていたということでしょう。

 また、パーソンズ会長の言葉からは、ロシアとベラルーシが選手団が、選手村から速やかに退去しない可能性を危惧しているようでした。

 4日に行われる開会式で、パーソンズ会長がどのような言葉を発するか注目です。