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北京パラリンピック雑感1〜戦争の中でパラリンピック〜

ロシアの暴挙で注目されたパラリンピックの存在

 気がつくと北京冬季パラリンピックが始まっていました。世界的な感染症の拡大と戦争という、人類が繰り返し直面して来た脅威の中での開催です。おそらく、この二つの脅威の中で行われる初めての世界的なスポーツ大会なのではないでしょうか。

 

 ロシアのウクライナ侵攻によって、世界の視線がそちらに集まる中で、パラリンピックに向ける視線が少なくなったように思う反面、オリンピック開会1週間前からパラリンピック終了1週間後までを世界的な休戦期間とする「オリンピック休戦」の国連決議の違反であることなどから、むしろパラリンピックの存在が世界的に認識されることになったかもしれません。

 サッカーなどの多くの競技団体がロシアの選手、チームを大会、公式戦から排除の動きをする中で、この大会がロシアの選手の出場を認めるかどうかにも注目が集まりました。国際パラリンピック委員会(IPC)は、開会式2日前に一旦はロシアの出場を認めたものの、24時間も経たずにこれを覆して、ロシア選手、役員の出場を停止し、同じく停止されたベラルーシの選手、役員とともに選手村から退去することを求めました。

 ロシア選手の出場に反対し、出場を取りやめると宣言する国があまりに多くなり大会の開催が危ぶまれたことと、選手村が危険な状況になったことがその理由でした。

 本来、オリンピックやパラリンピックで対戦拒否などは許されず厳しいペナルティの対象となるはずですが、それどころではなかったのでしょう。

開会式でのIPC会長の平和の主張と中国の対応

 4日に行われた開会式では、IPCのパーソンズ会長は、自らの挨拶の中で多くの時間を平和の重要性に割きました。これも異例のことと言えるでしょう。

 一方、その挨拶の一部を、中国の中継では北京語に訳さなかったことが注目されました。中国では、こうした対応のために、時間的に遅らせて放送するディレイ放送が珍しくなく、また日本の中継放送を見ていると、同時通訳には見せてはいますが、事前に配布された原稿を元に通訳をしている様子が伺えますので、こうしたことは十分に可能だったでしょう。

 中国では、ロシアのウクライナ侵攻自体は全くと言って報道されていないそうです。平昌大会では2番目に多くのメダルを獲得した大国ロシアの選手の不在は、どのように伝えられているのでしょうか。

 こうした報道を聞くと、一方的な侵攻を行なったロシアと明確に同調する中国の姿勢が明らかになっています。それはまた、オリンピック憲章がかかげるスポーツを通した平和の理念に反する国で、オリンピック、パラリンピックが行われていることを示しているのです。

 このような状況の中で、新中国、親ロシアの姿勢を続けてきた国際オリンピック委員会のバッハ会長は、表舞台に姿を見せず沈黙を守っています。東京大会では、パラリンピックの開会式にも姿があったと記憶していますが、パラリンピックではどうだったのでしょう。

平和の理念と選手の参加する権利の天秤

 ロシアオリンピック委員会は、ロシアの選手を排除したことが不当だとして、スポーツ仲裁裁判所(CAS)に異議を申し立てるとしていましたが、3月5日に申し立てを行わないことを表明しました。

 法的助言に従ったことを理由にしていますが、大会開催を維持することと選手村の安全を理由に行われた排除の判断に、覆ることは難しいと判断したのか、オリンピックから比べればはるかに注目度が低く、10日間で終わってしまうこの大会にこだわっている必要はないと判断したのかもしれません。

 ロシアのチームと代表を、公式戦から排除することを決めた国際サッカー連盟ヨーロッパサッカー連盟に対しては、ロシアサッカー連合がすでに提訴してることと比較するとおのずと理由は見えてきます。

 一方、CASは、胸をなで下ろしているでしょう。もし申し立てが行われていれば、フィギュアスケートのワリエワ選手のドーピング問題に続いて、難しい判断を迫られることになったからです。CASはそもそもアスリート個人の権利を守るために作られた仲裁機関です。競技全体や大会全体のメリットなど全体論よりも、選手の権利、立場を優先した判断をすることが求められているのです。

 今回の問題では、大会の成立と全体的な安全に加えて、平和の理念とアスリートのパラリンピックに参加する権利を天秤にかけるという究極の判断をしなければなりませんでした。オリンピック憲章における二つの根本を比較することにもなります。

 また、今度選手側の主張を受け入れてしまったなら、ロシア擁護、平和軽視の誹りは免れなかったはずです。

パラリンピアンの強い意志とプライド

 大会では、ウクライナの選手が初日から金メダルをとるなどの活躍を見せています。日本のニュースでは、日本選手の金メダルよりもウクライナ選手の活躍が先に紹介されるなど、皮肉な結果となっています。おそらく、他国でも同様のことが起こっているのでしょう。

 パラアスリートの多くは、競技を始めるにも、トップレベルを目指して競技を続けるにも、強い決意や意志を持つ必要があります。一般のアスリートにはない障害を乗り終える必要があるからです。ですから、スポーツへの取り組みも含めて自らのアイデンティティへの意識を持っています。また、自分の競技する環境を守り、意志を伝えるために、そのアイデンティティへのこだわりや強い意志を他者に発信することもいといません。これは、筆者の取材経験の中でずっと感じてきたことです。

 今回パラリンピックからロシア、ベラルーシの選手たちが排除された過程では、そうした彼らの強い姿勢、競技に望むプライドが影響したことは間違い無いでしょう。もしオリンピックで同じことがあったとしても、そのままロシア、ベラルーシの選手たちが参加し、大会が行われた可能性は高いと思います。

 高い誇りを持って競技に臨む彼らの姿が、競技だけに注目されて伝えられる状況であれば良かったのにと思います