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オリンピックの価値:スポーツとSDGs

世界の環境対策とSDGs

 ヨーロッパを中心に、世界の先進国の多くは温暖化対策などの環境保護を重要視し、その動きは今や世界的なトレンドになりつつあります。

 世界で最もエネルギーを消費し、二酸化炭素を排出しているアメリカは、トランプ政権で経済優先の政策のためにパリ議定書から離脱しましたが、バイデン政権になって復帰しました。14億人の人口を擁し二酸化炭素排出大国の中国も、ここ数年環境対策に力を入れる姿勢を見せるようになってきました。

 その一方で、実は環境対策に前向きではない国も少なくはなく、温暖化自体を否定している国があるのも事実です。

 経済対策を最優先にした安倍政権下の日本も、先進国の中では最も環境対策に後ろ向きの国のひとつだったのではないでしょうか。

 そうした世界の流れの中で、環境重視の世界的な潮流を作ったのが、2015年に国連が策定した、2030年までに達成すべき持続可能な開発目標であるSDGsです。そこに掲げられている17の目標の内、環境に直接的、間接的に関係するのは下記の6つの目標です。

目標6:すべての人々に水と衛生へのアクセスと持続可能な管理を確保する

目標11:都市と人間の居住地を包摂的、安全、レジリエントかつ持続可能にする

目標12:持続可能な消費と生産のパターンを確保する

目標13:気候変動とその影響に立ち向かうため、緊急対策を取る

目標14:海洋と海洋資源を持続可能な開発に向けて保全し、持続可能な形で利用する

目標15:陸上生態系の保護、回復および持続可能な利用の推進、森林の持続可能な管理、砂漠化への対処、土地劣化の阻止および逆転、ならびに生物多様性損失の阻止を図る

持続可能な開発のための2030アジェンダ採択 — 持続可能な開発目標ファクトシート | 国連広報センター 

 日本でも、近年、大手を中心に温暖化対策や環境保護に目を向けたに経営方針を立てたりやプロジェクトを行う企業も多くなりましたが、特にここ数年はSDGsという言葉を前面に出すことが多くなっています。大学や高校でも積極的にSDGsに沿った教育が行われるようになりました。

 政治でも、大手企業優先の経済政策一辺倒の安倍政権から、一昨年管政権に交代して以降、ようやく国際的に脱炭素社会に向けた目標を掲げるようになるなど若干の改善の兆しがみえてきましたが、その政策にもSDGsという言葉が登場するようになっています。

スポーツとSDGs

 スポーツの世界にもこのSDGsに沿った取り組みが求められています。国連は、SDGsを定めた「持続可能な開発のための2030アジェンダ宣言」の中で、スポーツの役割を次のように定義づけています。

「スポーツもまた、持続可能な開発における重要な鍵となるものである。我々は、スポーツが寛容性と尊厳を促進することによる、開発および平和への寄与、また、健康、教育、社会包摂的目標への貢献と同様、女性や若者、個人やコミュニティの能力強化に寄与することを認識する。」

Resolution adopted by the General Assembly on 25 September 2015

 その17個の目標ごとの内容が、国連広報センターのホームページの「スポーツと持続可能な開発(SDGs)」という特集ページで掲載されています。

スポーツと持続可能な開発(SDGs) | 国連広報センター

 しかし、その内容をチェックすると、ほとんどが無理やり当てはめたとしか言えない内容です。

 直接スポーツが目標に沿った活動ができるのは

「目標3:あらゆる年齢のすべての人々の健康的な生活を確保し、福祉を推進する」

のみで、部分的に環境づくりに貢献できるのが

「目標4:すべての人々に包摂的かつ公平で質の高い教育を提供し、生涯学習の機会を促進する」

ではないでしょうか。

 特に環境問題では、スポーツが積極的な役割を果たす道筋が見えません。

 一方、 IOCも国連と連携をしてSDG’sに沿った行動や指針を示しています。

 伝統的に男女間の格差が明確なヨーロッパの貴族社会に生まれ、その支配が続いているIOCは、近年まで極めて男性に偏重した組織でしたが、国連からSDGsを元にジェンダーギャップの指摘を受けて、理事会で女性理事が占める割合を、2018年にそれまでの18%台から42、7%に増加させています。東京大会の組織委員会の女性理事の増員もこの沿線上にありました。

 オリンピックの競技でも、女性の種目や男女混合種目を増やし、東京大会では女性の参加比率を48.8%まで向上させています。

 環境対策として、アフリカの国々に35万本の木を植えることを表明しています。

 さらに、IOC自身が排出する温室効果ガスを2024年までに3割削減、30年までに5割削減を掲げていて、これに沿ってスイス・ローザンヌにあるIOC本部は、カーボンフリーの施設に改修されたそうです。

 もちろん、オリンピックの開催都市にも環境対策を求めています。

 東京大会では、競技会場や選手村では再生可能エネルギーを100%使用し、移動手段として燃料電池自動車や電気自動車を使用しました。また、選手が受け取るメダルを、一般から集めた携帯電話やパソコンから回収した金属を原料にして作成したことは目新しい取り組みでした。

 北京大会では、東京大会同様、施設での再生可能エネルギーの100%使用や電気自動車などの積極的な使用をうたったほか、2008年大会の会場の再利用やフロンガスを使用しない製氷技術をアピールしました。

 IOCは2030年以降のオリンピックを、カーボンフリーの大会にすると言っていますが、このカーボンフリーが具体的にどのようなことを指すのかは、まだわかっていません。

オリンピックと環境対策

  そもそも、IOCは、その理念となるオリンピック憲章の中で、1996年の改定から次の一文を入れています。(以降、一部変更)

14 環境問題に対し責任ある関心を持つことを奨励し支援する。またスポーツにおける持続可能な発展を奨励する。そのような観点でオリンピック競技大会が開催されることを要請する。

オリンピック憲章 第1章オリンピックムーブメント 「IOCの使命と役割」 2021 国際オリンピック委員会

  オリンピックは常に環境破壊と隣り合わせでした。特に自然の中で行う競技のある冬季大会にその傾向があるようです。

 オリンピック史上、最初に環境問題がクローズアップされたのは、1972年札幌オリンピックだったと言われています。もちろん、それ以前の大会でも環境破壊があったはずですが、それが問題視されなかったのは、世界的に環境意識が成熟していなかったからでしょう。

 その札幌大会では、支笏洞爺国立公園の中にある自然豊かな恵庭岳の尾根の木々を大規模に伐採して、アルペンスキーのコースとスタート・ゴールなどの施設が作られました。自然保護団体から激しい批判を受けて、大会後には、多額の費用を使って施設の撤去と植林が行われましたが、植林した木々が成長した現在も空撮写真などを見るとその跡は明らかです。

 その次の1976年冬季大会はアメリカ、デンバーでの開催が予定されていましたが返上されています。その理由の一つに環境問題があったと言われています。

 これを契機に、IOCは環境問題への取り組みを始めます。しかし、オリンピック憲章に環境重視の文言を入れるのに20年かかったばかりか、その内容も現在に至るまで具体性がありません。

 私たち日本人の記憶にあるところでは、1998年長野大会があります。当初白馬村で予定されていたボブスレーは、コース付近に希少種のイヌワシの営巣地があることがわかり、野沢温泉村に変更されました。

 アルペンスキーの男子ダウンヒルのスタート地点をめぐり、環境保護の観点から当時の組織委員会国際スキー連盟の間で激論が交わされましたが、今から振り返るとあまり建設的な議論ではなかったようです。

 今年の北京大会では、元々雪が降らない地域での開催だったために、雪上の競技の全ての会場が人工雪で作られましたが、それによる自然環境への負荷が危惧されています。

 その雪を作るために、自然豊かな広大な湿地帯が人工池にされたという報道もあります。

 また、アルペンスキー競技の会場となった国家アルペンスキーセンターの場所は、もともと460ヘクタールに及ぶ自然保護区でしたが、そのど真ん中をコースが横切るために、その保護区を変更してコースや付帯施設を作っています。

 しかし、こうした中国のやり方を私たち日本人は他人事だと言って、笑っていてはいけません。昨年の東京大会でも同様のことが行われました。

 旧国立競技場と外苑西通りの間には決して広くはありませんが、鬱蒼とした雑木林がありました。東京都の保護林として保護されてきた都民の貴重な緑地でしたが、東京都は国立競技場の建て替えのために、この保護を解除したのです。

 しかも、反対運動の動きを察知して、事業主体の日本スポーツ振興センターは、周囲に事前の通知することなく全てを伐採してしまいました。

 そうして、その上の建てられた現在の国立競技場が、全国から集めた木材を使ったり、コンコースに木々を植えていることは、笑い話にしか思えません。

 現在、神宮外苑の再開発により樹齢100年を超える巨木の伐採の計画が表面化していますが、このような環境をないがしろにした開発や都市環境の変更がこれからも続くと考えると驚きです。特にその事業の中心が、スタジアムの建て替えなどスポーツ施設が中心であることは、極めて嘆かわしいとしか言えませんし、それに対してアスリートやスポーツ関係者から異論が出ていないことは、彼らの環境への意識の低さを示しています。

商業化もたらすスポーツの環境負荷

 本来、一人一人の楽しみや健康のためのスポーツは、商業化されより大きな金儲けの道具になることによって、環境保護とは逆の方向に進化します。

 その一つの例は、スタジアムやアリーナなどの巨大化です。いずれも特に今世紀に入ってから巨大化の一途を辿っています。

 オリンピックの場合は、組織委員会や開催都市の意向に沿う場合もあれば、IOCや競技団体が最低収容人数などを定めている場合もあります。もちろん、大観衆がアスリートたちの最高のパフォーマンスを引き出すの大切な要素なのは間違いありませんが、必ずしも数万人という観客が必要とは言えません。

 オリンピックで開会式、閉会式が開催されるスタジアムが巨大化するのは、2万人を超えると言われるスポンサー関係者を迎える、ホスピタリティに対応するためでもあるのです。

 もう一つあげられるのは照明です。以前の水銀灯や白熱灯から最近はLEDに置き換えられるようになって、消費電力は激減しています。しかし、かつて陸上競技は、白日のもとで行われていました。それが近年はマラソン競歩などを除く多くの種目がナイターで行われます。

 その理由は、最も多額の放送権料を払っているアメリカとの時差を調整して視聴率を稼ぐためです。

 東京大会でのナイターは、暑さ対策をかねていましたが、そもそもアメリカの国内スポーツが盛んな時期を避けて、あえて開催地が猛暑の期間に開催されることも、多額の放送権料を得るためなのです。

 最近では、インドアで開催されるのが当たり前に思ってしまう水泳競技も、オリンピックでは2004年アテネ大会までは、屋外で日中で行われていました。ヨーロッパでは今も国際大会が屋外で行われれているようなので、競技としては、屋外でも差し支えがないのでしょう。

 照明以上の電力を消費するのは空調かもしれません。それも開催地がスポーツに適したコンディションの時期に、適した時間帯に行えば大幅に削減できるはずです。

 太陽光発電などによる自然エネルギーで、そうした電力を賄うことができれば良いのですが、そうした自然エネルギーも必ずしも環境への負荷がゼロではありません。例えば、太陽光発電のパネルは、使用期限が過ぎたパネルの処分による環境負荷が指摘されています。

 また、炭素系のエネルギーであろうと自然エネルギーであろうと、短期間のイベントやウイークエンドの一定時間のピークに合わせて発電施設を作ることも、必要以上に環境に負荷をかけることに繋がるのです。

 発電方法のいかんではなく、できる限り電気を使わないことが、環境対策にとって第1歩であり、最も有効な方法なのです。

オリンピックというの名の環境負荷

 そもそもオリンピックという巨大なスポーツ大会の存在自体が環境対策とは逆行した存在であることは間違いありません。

 巨大なスポーツイベントが行われれば必ず人の移動が発生します。夏季大会の場合であれば、選手だけでも10000人を超える人が移動してます。開催地によって増減はありますが、その多くが環境負荷が極めて大きい飛行機によって移動します。

 選手に加えてスタッフ、スポンサー、さらには観客の移動を考えれば、開催されなかった場合と比較すればその違いは歴然としているでしょう。

 IOCは、2020年大会の開催都市選考の段階で、従来の基準を変更して、既存の施設の積極的な使用を認めましたが、東京大会ではそれでも多くの巨大な競技施設が建設されました、本来、オリンピックが無ければ作る必要がなかったそうした施設については、建設費やその後の維持費の問題だけでなく、環境面での負荷に関しても考えなければならないのです。

 最悪の場合、2016年リオ大会のメインスタジアムだったマナカナンスタジアムやゴルフの施設のように、大会後は全く使用されず、廃墟となる場合もあるのです。

 さらに、多くの人が集まることで避けては通れない大量のゴミの発生もあります。そのゴミの元となる資源や食材が使用され、使用後は破棄されたり、中には使用されずに破棄されることもあるでしょう。

 その全ての課題は、オリンピックだけでなく、サッカーのワールドカップをはじめとする国際スポーツ大会や、世界各国で毎日のように開催されているプロスポーツでも共通の課題なのです。

 

 今世紀末に向けて、人間の営みによる地球規模の環境の悪化は明らかです。だからこそ、国連が策定したSDGsのように、その営みを持続可能に変化させる模索が続いています。

 しかし、残念ながら、人々はこれまでの経済活動を歩みを緩めようとはしません。神宮外苑の再開発の話を聞くと、日本の政治家や官僚、経済人はこれまで何を学んできたのだろうと思わずにはいられません。

 大都市での開催が続き巨大化が続くオリンピックというビジネスも同様です。

 国際サッカー連盟は、ワールドカップ本戦の参加チーム数を増やしたかと思えば、これまでの4年に1度の開催から2年に一度開催にしようとしています。世界でも最も多くの人を集め、注目されるスポーツイベントがビジネスのためにさらなる拡大を目指しているのです。

 地球規模で環境問題が叫ばれている中で、スポーツ界は様々な環境対策をうたいながらも、現実には脱炭素とは反対の方向に進み続けているのです。