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浦和レッズへの制裁と野々村体制のJリーグの転換

浦和レッズサポーターの声出し応援への制裁

 浦和レッズのサポーターによる「声出し応援」への制裁が、7月5日のJリーグ臨時実行委員会の終了後、野々村芳和チェアマンから発表されたと報道されました。

 正式には裁定委員会に諮問の結果が出てからになりますが、最大で罰金2000万円を課し、再発が確認された場合には、無観客試合や勝ち点剥奪の可能性もあると言います。

 コロナ禍が続く中で行われてきた各種イベントでは、様々な対策を行いながら少しでも多くの人に楽しんでもらおうという試行錯誤が繰り返されてきました。そのひとつが、スポーツ観戦で実施されてきた「声なし応援」です。

 応援歌を歌ったり、大声での声援をやめて飛沫感染を防ごうとする取り組みで、コンサートでも観客がアーティストと一緒に歌ったり、掛け合いをすることを制限してきました。

 国や自治体の指針に沿ったものですが、その効果に疑問を投げかける声も少なくありません。また、ヨーロッパではサッカー観戦でのすべて規制が撤廃されている様子を中継映像などで見ているサッカーファンの不満が募っているのは間違いありません。

 しかし今回の問題は、浦和レッズのサポーターだけが禁止されている行為を繰り返して行い、クラブは事実上これを放置し続けたことにあります。

 今回対象とされたのは5月21日のホーム埼玉スタジアムで行われた鹿島アントラーズ戦と7月2日にアウェイパナソニックスタジアム吹田で行われたガンバ大阪戦とされていますが、浦和レッズのサポーターが声出しの応援をしていることは、これ以外の試合でも報道されてきました。

 一方、他のチームに関してはそうした報道はほとんどありません。

 今年3月に新たにチェアマンに就任したばかりの野々村氏も「他のクラブのサポーターにしめしがつかない」と口にしています。

 また一部にそうした行為を繰り返すサポーターがいることで、Jリーグ全体の社会的な価値の低下に危惧することもチェアマンの責務であるはずです。

 浦和レッズは、全クラブの代表が出席する実行委員会の臨時開催によって、ようやくことの重大さを理解したのか、実行委員会開催前には、公式サイト上で、違反を認めた上で謝罪し、6日の京都サンガ戦、10日のFC東京戦ではガイドライン尊守の周知徹底と監視体制を強化して望んだ結果、指摘されてきた応援歌の合唱やブーイングなどは行われなかったそうです。

 側から見ると、Jリーグはようやく手を打ったかという印象がありますが、それがJリーグが新たに野々村氏をチェアマンを迎えて、新時代のJリーグに向けた転換期を迎えていることを表していると、筆者は考えています。

新チェアマンの人物像

 プレーヤーとしての野村氏は、慶應大学時代に重い心臓病の手術を乗り越えてミッドフィルダーとして当時のジェフ市原に加入しました。もう25年以上前の話です。筆者が知る現役時代の彼の胸には痛々しく手術のあとはっきりと残っていました。端正なルックスもあって人気選手のひとりでしたが、5年後当時のゲルト・エンゲルス監督とそりが合わず翌年コンサドーレ札幌に移籍した彼は、一躍中心選手になりJ1昇格に貢献、まだチームが若かった札幌で存在感を示しました。残念ながら翌年末には札幌で引退したと記憶していますが、この時に周囲に与えたインパクトがのちに札幌の社長就任に繋がったのだろうと想像されます。

 代表に選出されることもなく、どちらかと言えば短い競技生活の選手でしたが、筆者の取材経験の中で印象が強い選手の一人です。

 現役時代から頭脳明晰さを感じさせる独特の語り口が特徴で、解説者時代にはズバズバと指摘するスタイルが好評でした。おそらく、強い信念を持った人物であろうことも想像される語りも耳にすることがありました。

 札幌の社長となった野村氏は、厳しい経営環境の中で札幌の経営改革に手腕を発揮し高い評価を得て、Jリーグのチェアマンに請われたのでしょう。元Jリーガー初の快挙となります。

変化するチェアマンに求められる役割

 Jリーグのトップであるチェアマンに求められる役割は時代とともに変化しているはずです。

 圧倒的なリーダーシップを発揮した初代チェアマン・川淵三郎氏は、選手としても監督としても日本代表を経験し、溢れ出るサッカー愛と強い信念で、立ち上げから草創期のJリーグを牽引し、2002年のワールドカップ日本開催にも貢献しました。

 その後、2代目から4代目のうち、サッカー経験者は3代目の鬼武氏だけでしたが、この3人はいずれもJリーグクラブの社長を経験しています。

 異色だったのは2014年から今年春まで5代目を務めた村井氏です。マーケティング会社・リクルートの営業現場からのたたきあげで、グループ会社の社長を務めたあと、チェアマンに就任しています。

 サッカーが好きで、またチェアマンの前にJリーグの理事はしていたとはいっても、スポーツ組織の経営に携わることは初めての人物でした。当時は、彼のマーケッターとしての経験と、外部の新鮮な視点を求めた上での人選だったと思われますが、4期8年の就任中、その効果が現れたかは外部からはわかりません。

 明治安田生命との包括的な長期スポンサー契約やダ・ゾーンとの巨額の配信権契約を彼の功績としてあげる人もいますが、おそらく代理店の力によるものだと考える方が自然です。

 そのチェアマンとしての村井氏について筆者が忘れられないのが、彼が就任直後に発生した浦和レッズのサポーターによるスタジアムでの行為への対応です。サポーターが集まって応援するホーム側のバックスタンドの入り口に「Japanese only」と書かれた横断幕を掲げていたというもので、この試合のわずか6日後に1試合を無観客試合とするJリーグ史上初の厳しい処分を決定しています。

 Jリーグがお好きな方には記憶されている方も多いと思います。

 この件が発覚した当初から、サポーターの行為とこの行為を試合の間、事実上容認した浦和レッズを強く批判していた村井氏は、陣頭指揮をとるようにメディアの前で登場していました。自分のチェアマン就任を誇示するかのような行動と嬉々とした表情は、その後の彼がチェアマンの時代のJリーグとクラブとの関係を示唆していたのかもしれません。

Jリーグは加盟全クラブによる共同運営

 そもそも、法人としてのJリーグは、加盟全クラブを社員として構成され、クラブ代表を中心に構成される理事会と、全クラブの代表で構成される実行委員会で運営されています。つまり、Jリーグはリーグと個々のクラブの共同運営による組織なのです。決して、リーグは、制裁(懲罰)など各クラブを管理することを主たる目的にした組織ではありません。その組織全体の象徴的な存在であり、実行機関がチェアマンです。

 Jリーグの立ち上げ当初からしばらくは初代チェアマンの圧倒的な存在感と同時にリーグ主導が目につきましたが、チェアマンが交代した時期ぐらいからリーグの存在感が弱まったように感じていました。それはある意味当然のことで、リーグが安定期に入り、各クラブの努力で成長方向にあれば、チェアマンが表立ってリーダーシップを発揮する必要はないのです。しかし、村井氏がチェアマンに就任する以前には、Jリーグでは、チェアマンに代わって事務局トップである事務局長が存在感を見せている時期がありました。

 その象徴的な出来事が、村井氏の前任のチェアマン、大東和美チェアマン時代の2010年に発覚した大宮アルディージャの観客数の水増しです。創設当時から正確な観客数の把握と公表をモットーにしてきたJリーグにとって、理念に反する重大事件として厳しい制裁が行われましたが、この時陣頭指揮をとったは事務局長の羽生英之氏です。

 彼は同じ時期、経営危機にあった東京ヴェルディの再建にも尽力し、一時的にリーグの事務局長とヴェルディの社長を兼任、さらに同年末には事務局長を辞任して、東京ヴェルディの社長の専任となっています。

 クラブへの制裁と救済という2つの重大事に対して、事務局長が対外的にも存在感を増した一方で、チェアマンの存在感は明らかに薄くなっていました。

創設30年目を前に変化を求めたJリーグ

 浦和レッズのサポーターが声出し応援が行っていたことについて、7月5日以前にリーグ側がクラブにアプローチをしてこなかったはずはなく、5月21日の試合について、Jリーグが提案したヒヤリングをクラブが拒否していたという報道もあります。

 拒否の理由は明らかにされていませんが、それ以外にも繰り返しアプローチがあったはずですが、クラブは意思表示をせず、具体的な対応を取らず、その間に違反が繰り返されたということになります。

 報道によると、野々村チェアマンはこの事件についてクラブの姿勢の重要性を強調し、クラブの意識を明らかにしたかったそうです。臨時実行委員会が具体的にどのような経緯で開催に至ったのかは不明ですが、野々村氏としては、リーグが制裁などをチラつかせることなく、クラブが自主的に対応して問題解決して欲しかったのでしょう。それが制裁公表までのこの時間の長さに表れています。制裁を公表した時の彼の表情にも、無念さが表れていました。

 また、これは筆者の想像ですが、今回の制裁を決めた実行委員会よりも上位の理事会での決定も可能だったはずにも関わらず、クラブの一部の代表が出席する理事会ではなく全クラブの代表が出席する実行委員会によって判断されたのも、野々村体制でのJリーグのあり方を表しているのかもしれません。

 カテゴリー別に開催された臨時実行委員会では、J1全18クラブの代表が出席する中で、そのクラブ代表の中から浦和レッズの立花洋一社長に対して、直接厳しい意見が出されたようです。

 世界的に見れば、プレミアリーグイングランド)、ブンデスリーガ(ドイツ)、NFL(アメリカ)など、加盟チームによる共同運営がうまくいっているプロリーグが、加盟クラブもリーグも経営的にも安定し、他のリーグに比べて観客動員も多くなっています。

 共同、協調の運営を目指しているであろう野々村体制のJリーグが、上記の世界トップのリーグのような成功に導いていけるか。野々村氏のチェアマンとしての手腕が問われると同時に、今回の件を見ると、各クラブの自覚と責任も重要だということが分かります。

 コロナ禍に誕生した野々村チェアマンは、収束に向かうかと思われていた新型コロナの対応だけ見ても、難しい判断を迫られることになるでしょう。7月に入ってから全国的に急速な感染拡大が始まり、ヨーロッパのような無制限に応援できる環境にはなりそうもありません。感染拡大の状況によって、再び一部のクラブが経営的にも困難な状況を迎えるかもしれません。

 さらに急速に進む円高とそれに伴う急激な物価高。日本の企業の国際的な価値の低下。そうしたこともプロスポーツの経営に大きな影響を与えます。今世紀初頭、日本のスポーツ界にマーケティングのお手本として評価されていたJリーグが、再びそうした存在感を取り戻すことができるのか。野々村体制の新しいJリーグに期待がかかっています。

 

Jリーグでは規約改定し、現在では「制裁」に代わって「懲罰」という言葉を使用していますが、この文章では過去の事例を詳細する際の整合性から「制裁」と表現しています。