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ワールドカップ雑感 〜12月2日日本ースペイン戦〜

日本代表の勝利は森保監督のゲームプランの勝利

 日本代表が優勝候補のひとつ、スペインに2−1で逆転勝利し決勝トーナメント進出を決めました。

  周囲が予想しなかった3バックで試合をスタートし、後半途中から事実上の5バックにするなど、今までやってこなかった戦い方を見せた一方で、選手交代はこれまでの試合同様、積極的に行いました。

 ドイツ戦に続く強豪国スペイン相手の勝利は、森保一監督の揺るぎない意志に基づいた緻密なゲームプランと、それを信じて最後までプレーした選手たちの勝利と言えるでしょう。

 そのゲームプランを振り返ってみましょう。

森保監督が演出した4つのフェーズ

 この試合は、大きく分けて4つフェーズに分けられると思います。ポイントはそのフェーズのすべてが日本によって作られたということです。言い方を変えるとこの試合は終始、森保監督のゲームプラン通りに進められたということになります。

スペインの球回しに翻弄される第1フェーズ

 最初のフェーズは試合開始から、先制点を奪われたシーンも含めて、スペインに圧倒的にゲームを支配された時間帯です。途中には、序盤、伊東純也選手の惜しいシュートもありましたが、総じて日本がスペインのスピーディな球回しに翻弄されているように見えた時間帯です。先制点以降もさらに失点を重ねるかもしれないと思えました。

 この時間帯、日本の得意の高い位置からディフェンスは、トップで起用された前田大然選手がボールを追うだけで、相手陣での組織的なディフェンスはほとんど見ることはありませんでした。

 フジテレビの中継で解説をしていた元日本代表の岡田武史氏らは、この状態に、リスクを犯してでも複数の選手が連携してプレッシャーをかけないと、状況を変えられないと繰り返して言っていました。

ハイプレスを機能させスペインを混乱させた第2のフェーズ

 2番目のフェーズは、その言葉通りの高い位置での組織的なプレッシャーによって生まれました。時間は前半30分前後です。前田選手が相手GKがキープするボールにあと一歩に迫ったプレーがあった前後から、日本は複数の選手が連携してスペインのディフェンダーにプレッシャーをかけ始めます。

 さらにそれまで以上に最終ラインを押し上げ、3バックが相手の中盤やディフェンダーのボールを直接狙いに行きます。この結果、3人のディフェンダーが立て続けにイエローカードをもらうという事態も招きますが、スペインはそれまでになかった日本の積極的なディフェンスに対して、明らかに動揺を見せて、それまでのような安定したボールキープができなくなります。前半はそのまま終了します。

 ハイプレスとも言っている、高い位置での組織的なディフェンスは、90分間続けることは不可能でしょう。ましてやボールスキルに長けるスペイン相手では尚のことです。だから森保監督は、そのようなディフェンスを時間的に限定しようと考えたのではないでしょうか。しかも、試合開始からや後半開始からではなく、プレーの途中からそれをすることによって、スペインはそれまでの違いに動揺し、ペースを失ったのです。

攻撃のスイッチを入れた第3のフェーズ

 三つ目のフェーズは、後半開始から始まります。日本は、後半開始から堂安選手と三富選手を投入しました。攻めの時間帯にするという宣言です。前半終盤の混乱に加えて、自由に動き回るフレッシュな二人の選手が投入されて、スペインディフェンスはさらに混乱します。積極的な攻撃はすぐに実を結び、後半開始3分と6分にゴールをあげて逆転に成功します。

 おそらく、森保監督のプランでも、スペインの守りが落ち着く前の短時間が勝負だったはずです。ピッチ上の選手たちは見事にそれに実現するのです。

守備に徹した第4のフェーズ

 最後のフェーズは、再び日本の守りの時間帯です。逆転した後、日本の攻撃へのウエイトは明らかに下がります。残りの時間を守りきるというのが、森保監督のプランだったのでしょう。

 このフェーズに具体的に入ったタイミングは明確ではありません。逆転したことで次にフェーズに移行は始まったと思いますが、決定的なのは逆転から約10分後の前田選手に代わって浅野拓磨選手を投入したタイミングです。それまで前線で高い位置から積極的にボールにプレッシャーをかけていた前田選手に比べて、浅野選手は引き気味のポジションをとります。

 強豪のスペイン相手に最終ラインを下げて守備に専念するのは、勇気のいる選択です。さらに7分後には攻撃の中心とも言える鎌田大地選手に代わって、センターバックの富安健洋選手も投入します。この選手交代で、残りの時間帯は守りに徹するという明確に宣言をしたことになるでしょう。

 一方のスペインはここまでで、5人の交代枠を使い切っています。

 TV中継では、前半終盤から富安選手がベンチ脇で積極的にアップしている様子に、解説の岡田氏が富安選手の出番は考えられないというような発言をしていましたが、実際に富安選手が出場すると彼はしばらく黙ってしまいました。おそらく、岡田氏には想定のない選手交代だったのでしょう。岡田氏だけでなく、最近の日本の監督であれば、日本の最終ラインが攻撃にさらされる時間を少しでも減らすために、中盤でキープ力のある選手を投入するのが常套かもしれません。

 しかし、現在プレミアリーグでトップを走るアーセナルでレギュラークラスのディフェンダーの投入は、日本の守備に更なる安定感をもたらしました。サイドバックのポジションだったので、縦へのスピードの対応が危惧されましたが、5バックで最終ラインを下げたディフェンスでは、相手がサイドを突破するスペースはほとんどありません。彼の対人の強さが際立っていました。

 このクラスの選手を終盤に投入できる選手層は、これまでの日本になかったものですし、スペインから見ても驚きだったのではないでしょうか。

 あえて最終ライン勝負のディフェンスを敷いても、スペインの猛攻に30分以上も耐えた日本は、スペインに追加点をあげさせず、2−1のまま勝利を勝ち取ります。

 

 繰り返しになりますが、特筆すべきは、この4つのフェーズ全てが、森保監督によって主導されたことです。おそらく、前半1失点以内で終えることができれば、このプランで勝利できるという確信があったのでしょう。

 選手たちもまた、その監督のゲームプラン通りにプレーをやりきりました。監督のプランをしっかりと共有し信用しているとともに、選手たちにもスペイン相手でも勝つという強い意志があったのだろうと想像されます。

森保監督のゲームプランを実現に高く貢献した3人の選手

 森保監督のプランを実現させたのは選手全員ですが、その中でも筆者が特筆すべきだと考える3人をあげてみます。

 一人目はフォワードの前田選手です。本来、点取り屋のはずの彼ですが、その貢献は守備です。

 試合開始から、高い位置でその快速を生かして相手ディフェンダーにプレッシャーをかけ続けました。特に30分ごろからの他の選手が連動するまでは、取れないとわかっているにも関わらず、一人でボールを追い続けたのです。

 森保監督のゲームプランでは、前半の彼にゴールを期待はしていなかったということです。それでも彼は走り続けたのです。優れた選手ばかりが集まる代表チームで、フォア・ザ・チームに徹して走り続けられる選手は貴重です。特に目立ちたがり屋が多いフォワードの選手には珍しいので、それができるからこそ彼はメンバーに選ばれているのでしょう。

 古い話で恐縮ですが、日本代表が初めてワールドカップに出場したフランス大会では、得点が1点しか取れないかった理由の一つとして、当時の岡田監督がフォワードにディフェンスを求め過ぎたからだという意見が主流でした。砕いて言えば「フォワードにあんなにディフェンスをさせたら、疲れてまともにシュートができない」という感じです。

 おそらく、城彰二選手らフォワードがディフェンスのために走った距離は、この試合の前田選手よりもはるかに短かったでしょう。あれから四半世紀近く経って、前田選手にディフェンスを求めた森保監督を非難する人はいないでしょう。日本のサッカーは確実に進歩しています。

 二人目は堂安律選手です。やはり、ドイツ戦に続く同点ゴールを決めた勝負強さは、このチームの勝利に欠くことができないものです。決めるべき時に決める選手だと思います。

 その実現には、堂安選手の中で自分がゴールを決めるイメージが鮮明にできていることが理由だろうと思われます。やはり明確なイマジネーションと実際のプレーでの再現性の高さが重要です。少し前までの「有言実行」でもてはやされたプレーヤーたちとは、明らかに質が違います。このことは、ポジションに関係なく、今の日本代表選手に共通して言えることですが、特に堂安選手は強い印象です。

 3人目は三苫薫選手です。スピードを兼ね備えたテクニシャンとして評価される三苫選手ですが、筆者が注目したのは彼のディフェンス力です。

 この試合の終盤、5バックの右サイドでプレーすることになりましたが、スペインのフォワード相手に、十分にディフェンスとしての強さを発揮しました。不慣れなせいか、マークの受け渡しがうまくいかなかったり、ペナルティエリア内で相手に不用意に接触をするなど、ヒヤヒヤさせられる場面もありましたが、それは慣れの問題で、ディフェンダーとして十分に機能していました。

 一般的にサイドで攻撃参加を得意とする選手はスピード勝負の選手が多いですが、三苫選手はボールをキープをして、時間をかけても攻撃ができます。おそらく、このようなサイドバックがいたら、明らかにサッカーが変わります。もしかすると、サイドバックに求めれる資質自体が変わってしまうかもしれないと思えるほどに衝撃でした。

 もちろん、ボールを奪ってサイド一気にかけあがりトップスピードで浅野選手にクロスを出したプレーも、迫力満点で、彼のスピードとスキルの高さを見せつけてくれました。

クロアチア戦の勝敗を決めるものは?

 グループリーグを1位で突破して日本と対戦するのは、世界ランキング2位のベルギーだと思っていましたが、前回大会2位のクロアチアになりました。

 決勝トーナメントの戦いがグループリーグと異なる点として、グループリーグの相手は事前にわかっていて、十分に分析をする時間がありましたが、決勝トーナメントは前の試合が終わらないと対戦相手が確定しないことです。それだけ事前準備の時間が短くなります。クロアチアとの対戦も決まってからわずか3日です。この辺りが森保監督の緻密なゲームプラン作りにどの程度影響するかが気がかりす。

 また、グループリーグは同点でも90分間で試合は終了しますが、決勝トーナメントは90分が終わって同点であれば、前後半15分の延長戦に入り、それでも同点の場合PK戦になります。

 ここまで森保監督は、積極的に5人の交代枠を使って選手交代をしてゲームを組み立てきましたが、競り合った試合では延長に入ることも考慮に入れなければいけなくなります。交代できる人数には延長になっても変わりはありませんから、選手交代のプランがグリープリーグと全く異なってきます。このあたりが、森保監督のゲームプランにどのような影響を与えるかは未知数です。

クロアチアは高いフィジカルを武器にした世界有数の強国

 クロアチア代表は、日本では印象の薄いチームですが、日本と同じ1998年にワールドカップに初出場して以降、この大会やヨーロッパ選手権(EURO)でコンスタントな結果を出している世界トップレベルのチームのひとつです。前回大会準優勝であることがそれを証明しているでしょう。

 その特徴に一つが、この国と周辺国の民族特有のフィジカルの強さです。筋肉質の大きな体を利用した対人の強さと同時に時間経過による体力の消耗にも強い強靭な肉体を持っています。だから、ワールドカップのような短期集中型の大会に強いのかもしれません。

 かつては、オランダやドイツも民族は異なりますが、同様の身体的な特徴を持っていましたが、民族の多様性ととも失われた印象があります。この大会で、日本と対戦したドイツにはそうした強さはほとんど感じられませんでしたが、クロアチアのある地域は民族主義の強い地域ですから、オランダやドイツのような多様性の受け入れにはまだ時間がかかり、それがこの国の代表チームの強みになっているはずです。

 日本選手もかつてに比べれば、フィジカル的にはるかに強くなっていますが、ハードスケジュールの中での連戦は、彼らに徐々にダメージを蓄積させているはずで、おそらく、クロアチアとの民族的なポテンシャルの違いが、試合の中で時間の経過ととも明らかになる可能性が高いでしょう。

 森保監督もそうしたことを十分に熟知しているはずですから、延長戦にならないように早めに勝負をかけるゲームプランを組むかもしれません。

 一方、ドイツとスペインに勝って決勝トーナメントに進んだ日本を、クロアチアも十分に警戒し、対策してくるでしょう。

 それでも、日本の強みが生かされなかったコスタリカ戦を反面教師として振り返ると、相手に惑わされない森保監督の冷静なベンチワークと、選手たちが強い意志を持って彼のプランを実行できるかに、日本の勝利はかかっているように思えます。