森保監督続投はなぜ急いで決める必要があったのか?
異例づくめだったカタール開催のワールドカップが終了しておよそ10日後。アルゼンチン対フランスの決勝の激戦の余韻がだまだ冷めやらぬ12月28日に、日本サッカー協会は森保一監督の次回ワールドカップまでの続投を決め、同日記者発表を行いました。
なぜ、それほど急いで決める必要があったのかが、まず疑問です。
本来、日本サッカー協会としては、森保監督続投以外の選択肢も検討しても良かったはずです。確かに、日本サッカー協会の強化委員会の中には、複数のワールドカップに及ぶ長期政権によるチームの成長に期待する意見があり、それがこれまで実現できていないという事情もあります。
一方で、どうしても森保監督に続投させたいという強い力が協会内部にあったという噂があります。元々、日本のスポーツ組織の人事は、客観的な成果や目標、目的の実現、達成より、恣意的な人間関係が優先されることが多いのは衆知のことです。日本サッカー協会とて例外ではありません。その結果、重量な人事が理由を明確にされずに決定されることが多々あります。例えば、森保監督が日本代表の監督になった時に具体的な理由が示された記憶はありません。
だからと言ってこれほど続投決定を急ぐ必要はなかったはずです。ですから、急ぐ理由は森保監督側にあったと考えるのが妥当です。
これは完全な想像ですが、森保監督にJリーグクラブなどからのオファーがあり、年内に結論を出す必要があったという理由が最も説得力があります。もしくは、そういうメッセージを協会に送っていたのかも知れません。
それに対して今の日本サッカー協会には、予算的な部分も含めて、マスコミを中心に礼賛されている現在の森保監督を代えてまで、大胆に新しい監督を招聘するムードがなかったというのも、理由の一つだったのかも知れません。
そう考えると、森保監督続投を既定路線として、決定、そして発表を急いだことにも納得ができます。
しかし、果たして、日本戦の十分な分析や、日本戦が終わった後、決勝戦までの他国のチームの戦い方を見て、現在のサッカーの質や傾向、ベスト8以上の結果を残すために監督の資質などを十分に分析した上で、次の4年間を森保監督に任せる決断をしたのでしょうか。
また、代表監督はワールドカップ終了後に、就任期間中のレポートを強化委員会に提出するはずですが、内容的に十分なレポートを提出するにも時間的に早過ぎます。森保監督は、帰国後メディアに出ずっぱりで、レポートを書く時間などないでしょう。
筆者は、決勝戦などに進出したチームの戦いぶりを見た上で、改めて日本代表の戦いを総括して、今後の課題を検証してみることにしました。
すると、試合直後には見落としていた日本代表の戦いぶりと森保監督の采配の問題点が浮き上がってきました。
運も実力のうちか?
大会前、優勝候補の一角と言われていたスペイン、ヨーロッパの強豪ドイツと、二つの優勝経験のあるチームと同組となった1次リーグは、日本にとって死のリーグだと思われていました。しかし、終わって見れば、日本はこの2チームに勝利して2勝1敗で1次リーグを首位通過することができました。
では、この2試合を含めた1次リーグ3試合のデータの一部を見てみましょう。
日本 2ー1 ドイツ
12 シュート 26
74% 支配率 26%
771 パス 269
日本 0−1 コスタリカ
13 シュート 4
57% 支配率 43%
582 パス 443
日本 2−1 スペイン
12 シュート 6
17% 支配率 83%
228 パス 1056
特に目を引く数字が二つあります。その一つがドイツのシュート本数です。ドイツ戦の90分間に日本が受けたシュートの数は26本。その内枠内のシュートは9本。
この大会の1試合の最多ゴールとなったコスタリカ戦で7点を上げたスペインが、この試合で放ったシュートの本数が16本ですから、日本が受けたシュートの数がいかに多いかわかります。
もう一つは、スペインのボール支配率です。試合を通じて片方のチームが80%以上支配する試合は滅多にありません。よほどの実力の差がなければそれだけの差は出ません。支配率が高くなると自ずとパスの本数も増えるものですが、スペインの1000本を超えるパスの本数も異常とも言える多さです。
この大会のアジア1次予選、日本が14点をあげて大勝したモンゴル戦の日本のボール支配率は68%で、パスの数は790本でした。この試合と比べれば、いかに日本がスペイン相手に劣勢の状態で戦っていたかわかります。
それだけボールを支配されながら勝利したことが、記録的な勝利だというアナウンスもありましたが、それを手放しで喜ぶことは出来ません。
もちろん、圧倒的にボールを支配されて数多くのシュートを浴びせられても、耐え抜いて数少ないチャンスをものにできたことも実力の一部で、それだけ日本が力をつけたと言うことは間違いありません。だからと言って、その勝因を、体を張ったディフェンスやGKの好セーブだけでは、説明がつきません。
こうして改めて数字で振り返ってみると、粘り強い戦い方や巧みな戦術で勝利をもぎ取ったというよりは、相手の拙攻も含めて運が良かったと言うのが実態だと思います。
もちろん、運も実力の内です。
ポイントとなったドイツとの対戦
初戦の相手がドイツだったことが、日本にとって幸運だったかも知れません。
どんな大会でも、初戦はコンディションを合わせやすく、また戦術的にもメンタル的にも準備がしやすいものです。
ラグビーの日本代表が、その後の日本の大躍進のきっかけとなった2015年ワールドカップの番狂せ、世界的な強豪の南アフリカに日本が勝利した試合も、日本の大会初戦でした。
僅差の逆転劇でしたが、今や世界的な名将の仲間入りをしたエディー・ジョーンズの緻密な解析と対策、チームスタッフのコンディショニングを、この1試合をターゲットに準備したことが結実した勝利と言えるでしょう。
今回の日本も同様です。長期にわたる大会では、優勝を狙うチームは、大会終盤にコンディションを合わせることもあるようですが、日本のようなチャレンジャーの立場では、やはり初戦をターゲットにコンディションを合わせて勝利することが重要でしょう。また、先に書いた通り、フィジカル、メンタルいずれも合わせやすいという利点もあります。
しかも、ドイツという長年日本人にとって憧れとも言えるチームとの対戦が、チームの選手の闘争心を高め、団結を強め、森保監督の戦術をやり易くしたことは間違いありません。
もしかすると、アジア予選や選手選考において、選手と監督の間にあったかも知れない不協和のようなものも、ドイツ戦を通して、全て払拭されたかも知れません。
一方で、そのドイツが、例に上げたラグビーにおける南アフリカのような世界的な強豪の一員ではなくなって可能性が十分にあります。
確かに、2014年ブラジル大会では、決勝戦で地元ブラジルに7−1という歴史的な勝利をおさめ、圧倒的な強さを見せて4度目のチャンピオンになっています。
しかし、前回の2018年ロシア大会では、1勝2敗で1次リーグ敗退。世代交代を進めて臨んだ2年後のユーロ(欧州選手権)ではベスト16で破れています。
次の項で説明するスペイン同様、試合は支配するものの得点力不足に泣く試合が、2018年大会の本大会から今日まで繰り返されているのです。
日本人にとって誰もが知る世界的な強豪で、誰もがその勝利に満足できるビッグネームでもありますが、その実は決して世界的にトップレベルとは言えないチームレベルだった可能性があります。
そうした部分も踏まえて考えると、初戦相手がドイツだったことは、日本代表にとって、中でも森保監督にとって幸運だったのです。
ワールドカップの機微を見せたスペインの戦い方
日本にとってもう一つの勝負のあやとなったのが、スペインの戦い方です。スペインは初戦でコスタリカに7−0で大勝しながら、次戦では、日本に敗れたドイツに1−1で引き分けています。
この試合の時点で、このヨーロッパの2チームが揃って決勝トーナメントに進むためには、引き分けが最良の結果であることは忘れてはいけません。ただ、最小得点での引き分けだったことが第3戦のドイツの戦い方を難しくしています。
ヨーロッパからの出場国同士が力をセーブしたと思いたくはないですが、ヨーロッパや南米のサッカーでは、そうした駆け引きもサッカーの一部と考えられています。日本人のように全ての試合を全力で戦わなければいけないという感覚は彼らにはありません。
もし、そうでないとすれば、日本戦の両チームを見れば分かるように、ポゼッションサッカーを是とする両チームが、お互いのストロングポイントを消しあった結果が、最小得点の引き分けという結果だったと考えるべきなのでしょう。
しかし、日本から見れば、格上と思っていたスペインが、自分たちが勝利したドイツに引き分けたことで、心理的な負担がかなり軽くなったと思います。もしスペインが第1戦の勢いそのままにドイツを大差で撃破していたとしたら、森保監督も最終ラインに5人を並べるフォーメーションを取ることは難しかったかも知れません。
そのスペインもまたドイツ同様に、かつてほどの輝きはありません。ヴィッセル神戸でプレーするイニエスタ選手を中心としたメンバーで、ワールドカップに初優勝したのが2010年南アフリカ大会。前後の2018年ユーロ、2012年ユーロと合わせて主要な国際大会3連覇を果たし黄金期を迎えていました。
この時の成功体験から、スペインのサッカーは極度のポゼッションサッカーに傾倒します。その結果、2014年大会では1次リーグ敗退、2018年大会と今大会はベスト16で敗れています。2014年大会からの3大会で、今回のコスタリカ戦を含めて3勝しかしていないのです。しかも、その中にはヨーロッパ、南米のチームはありません。
その現在のスペイン代表のサッカーの特徴は、ボール支配率は高いが得点は取れないと言うものです。まさに日本戦で見たスペイン代表です。
さらに、1次リーグを通過したスペインは、決勝トーナメント1回戦でモロッコと対戦して0−0のままPK戦で敗れます。
この試合のスペインは、ボール支配率77%で1019本パスを繋ぎますが、放ったシュート16本の内、枠内に飛んだのわずかに1本。これでは点の取りようがありません。
ボールを持たせてもゴールを決める決定力は極めて低い。スペイン代表もまたドイツ同様、森保監督にとって組み易く美味しい相手だったのかも知れません。
もしかすると、大会前スペインを優勝候補と言っていたのは、実は日本のメディアだけだったのかも知れません。決勝戦で120分間に渡り素晴らしい試合を見せてくれたアルゼンチンやフランスと比較すると、スペインは、少なくとも優勝には程遠いチームだったことは間違いないようです。
真価が問われたクロアチア戦
こうして振り返ってみると、日本代表と森保監督の真価が問われたのは、前回大会に準優勝し、今大会も3位となったクロアチアとの対戦だったことになります。
クロアチアは、1991年に旧ユーゴスラビアから独立した比較的新しい国で、サッカー代表チームは、日本と同じ1998年フランス大会に初出場し、いきなり3位になって世界を驚かせました。この大会では1次リーグで日本と対戦して1−0でクロアチアが勝利しています。
その後、予選敗退なども含めてなかなか結果を出せない時期が続きましたが、2018年ロシア大会では準優勝、今大会でも3位という成績を収めています。
国内リーグのレベルは決して高いとは言えず、代表チームもユーロでは結果を出せては言えませんが、その大きな原因は、国の経済状態や協会の体制とそれに起因した長期的に固定できない代表チームの指導体制にあるようです。
それでもワールドカップでの成績や優勝候補のブラジルをPK戦で破った戦いを見ると、間違いなく現在の世界的なトップレベルのチームの一つであることは間違いありません。過去の実績と名前だけが先行するスペイン、ドイツとは異なります。
そのクロアチアを相手に、ドイツ戦やスペイン戦と比べると、選手のプレーの面でも、戦術、采配の面でも明らかに不完全燃焼だったとは言え、120分間を1−1の同点で終了した日本は、高く評価されて良いのではないでしょうか。
1次リーグで見たのと同じデータでも、ドイツ戦、スペイン戦と比較して、対等に近い数字を残しています。むしろ、この数字であれば日本が勝利しても不思議はありません。ただ、足りなかったのはゴールと勝利だけだったと言っても良いかも知れません。
日本 1−1 クロアチア
13 シュート 17
41% 支配率 59%
524 パス 725
後半10分に同点に追いつかれて以降、クロアチアに決勝点を決められる可能性は、何度もありましたが、逆に日本が追加点を決める可能性も十分にありました。ベスト8にあと僅かに迫ったのは間違いありません。
しかし、真価を問われるこの試合での森保監督は、その足りなかった「ゴール」と「勝利」をもぎ取るための選手起用も戦術も、選手に全くと言っていいほど提供できなかった。これが、1次リーグの3試合と全く違う点です。
森保監督自身が創った日本代表の評価
そのクロアチア戦の直後のインタビューで、森保監督は次のように語っています。
「新しい景色を見ることはできませんでしたが、選手たちが新しい時代を見せてくれた」
その後も同様のことを繰り返して口にしているはずです。
「新しい景色を見ることはできない」は大会前の目標だったベスト8以上に進出できなかったことを指し、「新しい時代」とはドイツ、スペインに勝利したことを指しています。
彼のこの言葉が、そのままメディアやSNSでの、この大会の日本代表と森保監督の評価となっています。つまり、目標のベスト8は達成できなかったけども、強豪のドイツとスペインに歴史的な勝利したことで、日本のサッカーに新しい時代を届けてくれたという評価です。
しかも、劣勢を予想されたドイツ戦、スペイン戦に勝利し、クロアチア戦でも120分間戦い抜いたことに対して、森保監督や選手たちの諦めない姿が高い評価を得るというオマケも付いています。
結局、このように森保監督の言葉によって、ベスト8進出という目標を達成できなかったことが、すっかり無かったことになり、ドイツ戦、スペイン戦の勝利ばかりが評価させるようになっています。そして、それが日本サッカー協会の評価にも直結しているようです。
果たして、彼の「新しい景色を見ることはできませんでしたが、選手たちが新しい時代を見せてくれた」という言葉の効果は、森保監督の計算の上で発せられた言葉だったのか、それとも自然に出た言葉なのか、真意は不明ですが、この言葉が森保監督自身と日本代表の次の4年間を決めたと言って良いでしょう。
しかし、今回の日本代表を評価する上で、グループ首位通過した1次リーグの結果は過去最高でしたが、ベスト16止まりだったことはこれまで大会の最高成績と同じで、大会前の目標を達成できなかったことも紛れもない事実です。本来であれば、この点を抜きして評価し、再任を決定することは誤りではないでしょうか。
次回は、これからの日本代表に必要なこと、そして日本代表監督に求められることを考えてみます。