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Black Lives Matter と 映画 Blind Side「しあわせの隠れ場所」

Black Lives Matter と 映画 Blind Side「しあわせの隠れ場所」

世界で最も成功した女優が演じる、ダイバーシティへのリアル

 映画「しあわせの隠れ場所」は、2009年に実話の元にしてアメリカで製作された作品です。

 2009年にNFLのドラフト1巡目に指名されたマイケル・オアーの大学入学までを書いた書籍「The Blind Side:Evolution of a Game」を、俳優サンドラ・ブロックのたっての希望により映画化した作品で、サンドラ・ブロックは2010年にこの作品でアカデミー主演女優賞を獲得しました。

 サンドラ・ブロックは、日本では1994年に公開されキヌア・リーブスの出世作となった「スピード」にリーブスの相手役として出演して人気を集めました。その後、数々のヒット作に出演する一方で、プロデューサー業にも手を伸ばし、アメリカの著名な経済誌フォーブスの女性資産家ランキングには毎年のようにランクインしています。またアメリカの雑誌が選ぶ「世界で最も美しい女性」にも選ばれるなど、アメリカどころか世界で最も成功した俳優の一人なのです。そして、最も成功した女性の一人と言ってもいいかもしれません。

 アメリカ人にとっては、誰でもが知っているであろうセレブな彼女が主演を務めることが、この映画を見る上で否応無く意味を持っています。

格差を超えた出会いが彼の可能性を広げる

 映画の原題も「The Blind Side」。アメリカンフットボールでのブラインドサイドとは、チームの司令塔クオーターバックがボールを投げる際に死角となる、利き腕と反対のサイドのことを指し、映画の冒頭にもその死角からのタックルでディフェンスに倒されるNFLのシーンが登場する。おそらく、気がつかないところに才能が眠っているというメッセージなのだろうと思われます。

 映画では、サンドラ・ブロックが演じる主役女性は、夫がレストランチェーンを経営し、自らも実業家の白人セレブで、小学生の男の子と高校生の娘がいます。その彼女が、夫と二人の子供たちの協力を得て、スラム育ちでその日寝る場所もない巨漢の黒人の若者マイケル・オアーを自分の家庭に招き入れて養育し、家族として生活し、その若者が高校でアメフトの才能を開花させるという話です。やがて注目を集めたオアーには全米のアメフト強豪大学からオファーが集まります。

 ノンフィクションとして書かれた原作と、この映画では多くの違いがあり、映画はその脚色によって、作品としての評価を下げている部分がいくつかあるようです。

 最も大きな違いは、映画では、オアーは、主人公女性と出会った後にアメリカンフットボールを始めたことになっていますが、実際には、オアーは彼女に出会う前から、アメリカンフットボールをやっていて、地区の選抜に選ばれるなど一定の評価があった点です。ストーリーが全く違いますよね。

アメリカでは子供に自分の母校に入学することを強要できない

 このストーリーの中で、私たち日本人には驚くべきポイントがいくつもあります。

 多くの大学からのオファーに、オアーは主人公夫妻の出身大学であるミシシッピ大学を選びますが、ここで問題が発生します。ミシシッピ大学への入学は夫妻に強要されたものではないか、また夫妻はミシシッピ大学を強くするために、彼を養育しアメフトを学ばせたのではないかと疑われ、NCAA(全米大学体育協会)からの調査が行われます、これが事実ならば彼は希望のミシシッピー大学に進学出来ないというのです。

 日本では、自分の子供や自分が養育している子供に自分の母校に入学させることは、何の問題はありません。むしろ当たり前に近いことです。しかし、公平を重んじるアメリカンスポーツ、特に完全ドラフト性やレベニューシュア(利益分配)という概念を生んだアメリカンフットボールの世界では、公平公正がいかに重んじられているか知る良いエピソードだと思います。

共和党民主党か。支持政党の違いがもう1つの壁

 もう一つ、スポーツとは関係ありませんが、アメリカを知るエピソードがあります。アメリカンフットボールの試合で活躍したオアーには、多くのアメリカンフットボールの強豪大学から入学のオファーが集まります。しかし、オアーがフットボールの推薦で大学に入学するには、学力が足りないのです。

 日本でも、かつては東京六大学に行くと予想された高校球児がそれ以外の大学に進学して驚かされることがありましたが、よくよく聞くといくら野球で華々しい活躍をしても、学力不足のために本人の希望通りの大学に進学できないことがあったようです。最近の日本の大学では、様々な才能を受け入れることを名目に様々な特別枠やアスリート向けのコースを作って、一人でも多くの有名アスリート(の卵)を受け入れています。大学は学力よりも経営を優先される時代なのです。

 さて、本題に戻すと、その学力が足りないオアーのために、夫妻は家庭教師を雇うことにします。その家庭教師候補の女性が主人公に、自分がそのオアーを教える際の問題点として、自分が「民主党支持者」であることを口にするのです。 富豪の夫妻が共和党員であることは、アメリカ人にとって自明のことで、それを前提としたエピソードなのです。日本でこうした場面で指示する政党を口にすることは無いと思いますし、たとえ口にしたところで、直接仕事に影響することはとても限られていると思います。

 アメリカではそれほど、共和党カラーと民主党カラーがはっきり分かれていて、それが政治信条だけでなく、所得など階層や社会的な立場に直結しているということなのでしょう。大きく分けると富裕層から中流の白人が共和党で、黒人や他の人種、比較的に経済的に恵まれていない層が民主党支持者だと言われています。

 このストーリーでは、主人公女性は、支持政党に関係なく家庭教師を雇い入れるのですが、こうしたエピソードが登場するということは、アメリカの現実では支持政党が、こうした場面に意味を持つということなのでしょうか。

 そうしたことを知った上で、11月の大統領選挙を見ると、違った視点で見ることができることができます。

貧富の格差が階級社会を作っている

 この映画の本質的なポイントは、格差と人種差別です。

 現代社会では貧困と貧富の格差は、日本も含めて世界的な社会問題のひとつですが、アメリカでも富裕層と貧困層との格差は広がる一方です。

 この映画でも主人公夫妻の豊かな家と、オアーが生まれ育ったスラム街の様子が何度となく出てきます。

 そして、この両者には接点がありません。

 この映画の中でも、主人公の女性が、オアーが生まれ育ったエリアを訪れ「生まれてからきたことがなかった」と語っていますが、何もなければ一生訪れることはないのです。

 例えば、日本では誰でも訪れるファミリーレストランは、アメリカの多くの場所で、中流以下の労働者の家族が食事する場所です。そうしたお店に所得の高い人が足を運ぶことはありません。危険だと考えられているからです。

 筆者自身、デニーズに行ったことをアメリカで友人に話すと、危険だから2度と行ってはいけないと注意された経験があります。

 アメリカでは所得が低ければ医療保険に入れず、十分の医療を受けられません。交通事故にあって大怪我を負っていても、救急車に乗ることを拒否する例も少なくないそうです。アメリカが世界最大の新型コロナウイルスの感染拡大国になった最大の理由は、この医療体制にあるようです。

 アメリカのような国でも、貧富によって明らかな階級社会が生まれているのです。

 一方で、アメリカやヨーロッパの富裕層の中には、有り余るお金を、恵まれない人たちに提供することが当たり前だという人たちがいることもまた事実で、そうした人たちがこの映画のような「アメリカンドリーム」を実現することもあるのです。 

人種差別が作る壁をどのようにして突き破るか

 この映画の本質のもう1つが人種差別や肌色による差別です。

 この映画の中でのオアーに対する差別のシーンはかなり控えめで、この話のように、スラム育ちの黒人が白人ばかりの私立学校の入ったら、もっとひどい目にあっただろうと想像できます。入学できるかどうかと言えば、アメリカでは、お金次第ということになるでしょうか。

 この実話の家族は、小学生の男の子や高校生の女の子がいます。主人公の女性は、そうした家庭に190cmを裕に超える大柄な黒人を招き入れることに、恐怖を感じなかったのでしょうか。一縷の不安があったとしても、本質的にはそうした心配をしなかったか、それを超える強い意志があったからこそ、実現したのでしょう。

 肌の色や体格で人を判断せずに、一人の対等な人間として接することができたからでしょう。

 一方で、BLM運動のきっかけとなり頻発する白人警官の黒人への銃撃などの暴力は、白人の黒人という存在に対するある種の恐怖が根底にあるのでしょう。一人一人がどんな人間で、何を考えているかなどは関係がありません。

 Michael Jerome Oherの名前で画像検索すると、オアーと、彼を迎えたファミリーの多くの写真を見ることができます。そこには、4人の典型的な白人の親子写真の真ん中に立つオアーが立っていて、それが事実であったことを確認させてくれます。BLM運動が続く中では、この写真が意味するものがいかに偉大であるかが、日本人の筆者でもわかるような気がしてきます。

 映画はオアーが大学に入学するまでのストーリーです。無事にミシシッピー大学に入学したオアーは、オールアメリカンにも選ばれるほどの活躍を見せ、この映画が作られた2009年にNFL入りしました、3年目に全米チャンピオンの一員になりましたが、その後は大きな怪我の影響もあって出場機会も減り、2017年にチームを解雇され、その後所属チームは見つかっていません。8年間の短い現役だったようです。

 一方、サンドラ・ブロックは、この映画に出演後の2010年に結婚。5年後離婚して現在は独身です。そして結婚している間と離婚後に一人ずつ養子を迎えています。二人共が黒人の子供であることを写真も含めて公表しています。彼女は、ある意味で、この映画の主人公を地で行っていることになります。