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スタンフォード大学と日本の地盤沈下と夢

まさかスタンフォード大学だとは

2月14日、高校野球で140本のホームランを放った佐々木麟太郎選手(花巻東高校)のアメリカ・スタンフォード大学の入学が発表されました。

この報は、様々な意味で驚きを持って受け入れられました。

第1は、高校の在学中通算140本のホームランを放った高校野球史上の屈指のスラッガーが、高校卒業後、日本のプロ野球や大学、社会人野球に進まずに、アメリカの大学の進学することに対する驚きです。

むしろ、筆者のような素人の方が、「アメリカの大学に行っちゃった方がメジャーリーグに近道なのでは」と選択肢として考えることは可能でしたが、実際にプロ野球を目指すような高校生やその家族には、現実的にはアクションを取るのは難しいと考えられてきた、メジャーリーグを目指す野球人としての新しい道筋です。

それは、やはりアメリカの野球の厳しい環境の中で、日本の選手が耐えることができるのかという、漠然として不安のようなものもあるでしょう。日本とは違って、メジャーリーグのドラフトにかかっても、最初からメジャーでプレーできる選手はごく僅かです。多くはマイナーリーグを複数年、経験してからようやくメジャーに昇格しています。

今回の佐々木選手の場合、少し野球に詳しい人であれば、佐々木選手がプロ野球のドラフトにかけられるために必要な、プロ志望届を提出しておらず、プロ野球には行かずにアメリカの大学を目指すことが報道されていたので、やっぱりなという印象だったかもしれません。

花巻東 佐々木麟太郎 プロ野球志望届出さず 米大学進学目指す | NHK | 高校野球

第2は、佐々木選手が入学するのがスタンフォード大学であることです。

スタンフォード大学が、アメリカ屈指の野球の強豪であることは、筆者も今回の報道で初めて知りましたが、大学ランキングで、ハーバード大学などと並んで常に世界でも指折りの存在であることは、多くの日本人も知っていることです。

そのスタンフォード大学に入学でき、その上4年間の学費他5000万円相当が、全てスカラシップで、佐々木家がお金を出さなくても良いというのです。

20日の報道では、インタビューに答えた佐々木選手が、学業と野球の両方で頑張っていきたいと語っています。

一つ、筆者が気になっていることがあります。

それは、NCAA全米大学体育協会)の存在です。日本では大学スポーツのリーグ運営やビジネス化の組織として有名ですが、その原点は学生選手の権利を守ることです。

NCAA加盟の大学(正確にはクラブ)に入学する際は、その選考のプロセスが妥当であるかの調査が行われ、場合によっては入学が取り消されることもあるようです。

例えば、優先的に大学に入学するには高校時代の学力にも基準があり、佐々木選手が在学している花巻東高校から提出された学力証明書が適正なものであるか、佐々木選手に試験を受けさせることもあるかもしれません。

NCAAが重要視しているのは公平性です。この公平性とは、スポーツのする全ての高校生が、公正に大学に進学する機会を得ることができかという点です。佐々木選手がスタンフォード大学に入学することで、他の学生の権利が不当に阻害されていないかを厳しく審査される可能性があります。

そうした審査は、大学への入学が決まってから行われているようですので、これから厳しい審査が行われる可能性があります。

また、実際に入学してからも、NCAAのルールに従って、一定以上の成績を取る必要があり、取れない場合は野球ができなくなったり、時には大学をやめなければならなく場合があるようです。

なぜ、アメリカに渡る決意をしたか?

佐々木選手と同じ20日に取材に答えた花巻東高校の監督であり、父でもある佐々木洋氏が、アメリカの大学に進学する経緯について答えています。

昨年の夏の甲子園までは日本のプロ野球のドラフトを前提に考えていたが、甲子園を境に方向性が変わったとそうです。

佐々木選手は、胸郭出口症候群という病気で手術を受けたり、6月には背中を痛めた影響で、甲子園では期待されたほどのプレーが出来ませんでした。

それの結果、佐々木監督は、プロからの評価が下がったという印象を持ったと言います。

もしかすると、佐々木親子にそうした印象を与えたのは、メディアだったかもしれません。ホームランを打てない佐々木選手に対して、メディアは辛辣のコメントを並べていたからです。

いずれにしても、その結果、良いところを評価し伸ばしてくれる指導を行う、アメリカの大学を目指すことにしたそうです。確かに、弱い部分を矯正して全てを及第点以上にしようとする日本の指導方法と、良いところを伸ばして高めようとするアメリカの指導方法の違いは、以前から言われてきたことです。

それと同時に、日本でプレーすればこれからも注目され続け、結果が出なければ甲子園の時のような厳しく非難される可能性から、佐々木親子で逃れたいと思ったのではないでしょうか。

佐々木麟太郎、甲子園までは「日本のドラフト前提に」 監督が明かす米大学進学の決め手 | Full-Count

アメリカには夢がある

自らの目標としていた世界一の野球選手になった大谷翔平選手は、佐々木選手にとって高校の先輩です。

世界一の野球選手を目指していた大谷選手を指導していたのも佐々木監督です。

佐々木選手もやはり大谷選手と同じイズムを持って野球に取り組んでいたと考えるのが自然です。ですから、高校卒業後、アメリカを目指すことは、実はもっと前から決まっていたことかもしれません。

大谷選手も、高校卒業時に、アメリメジャーリーグを目指すこと明言していたにも関わらず、日本ハムが強行指名した結果、6年間日本でプレーすることになりました。

では、彼らはなぜアメリカに渡るのでしょう。

一つでも高いレベルでプレーをしたい。それを叶えるにはアメリカに渡る必要があります。そして、その舞台には夢があるからでしょう。

その夢の形の一つが、年棒です。

その年棒の、アメリカと日本の野球の格差について、詳しく解説した記事が最近、経済誌プレジデントにアップされています。

「メジャー移籍は恩知らず」と言う人は何もわかっていない…人材流出が続くプロ野球が今すぐやるべきこと 人材流出の根底にあるのはメジャーとの経済格差 | PRESIDENT Online(プレジデントオンライン)

この記事によれば、メジャーリーグの2023年の平均年棒が5億7500万円なのに対して、日本のプロ野球は4468円。最高額は今季から10年契約をした大谷選手の年100億円超なのに対して、日本の昨年の最高は、山本由伸投手(現ドジャース)とオスナ選手(ソフトバンク)の6億5000万円で、日米の差はいずれも10倍を超えています。

このプロ野球年棒について、昭和の時代の日本の最高の打者と言っていいであろう王貞治氏は、のちに「私は志が低かったかもしれません」と語っています。

しかし、日本でアスリートが、高額の年棒を要求することが、社会の風潮として許されるようになったのは、つい最近のことと言って良いでしょう。

王氏が現役だった1950年代〜1970代には、チームと年棒に関して争うようなことすれば、批判の矢面に立たされたはずです。

日本のプロ野球で1億円プレーヤーが誕生したのは1987年。この年、ロッテオリオンズ千葉ロッテマリーンズ)から中日ドラゴンズに移籍した落合博満氏でした。落合氏はこの年まですでに2度の三冠王になっていました。

落合氏が1億円プレーヤーになったのは、王氏が引退してからわずか6年後のことです。

しかし、先ほどの記事によれば、バブル崩壊直後の1990年ごろまでは、アメリカと日本の間で今ほどの格差はありません。1990年の平均の年棒は日本が1964万円、MLBが6578万円だそうです。この差は小さくはないと思いますが、それでも今のように10倍は超えていません。

記事では、こうした状況を踏まえ、日本の選手が次々とアメリカに行くのは、選手ではなく日本のプロ野球の経営側にあると書いています。

経営側のビジネスモデルと夢のなさが市場を小さくする

先ごろ、プロゴルフの松山英樹選手が、およそ2年ぶりにアメリカツアーで優勝し、その賞金額が話題になっています。

松山英樹「米ツアー大逆転V」で手にした驚きの賞金 "日給"は57万ドルでドジャースの大谷を上回る? | ゴルフとおカネの切っても切れない関係 | 東洋経済オンライン

ジェネシス・インビテーションでの優勝で松山選手が手にした賞金は400万ドル。日本戦にすると約6億円になります。

昨年日本の国内ツアーで賞金王になった中島啓太選手の賞金総額は、約1億8498万円です。松山選手は、1試合の勝利で中島選手の1年分の3倍を稼いだことになります。これだけアメリカツアーと日本のツアーの間に差があるのです。

日本とアメリカのプロスポーツの環境の違いの一つは、マーケットの大きさの違いだと言われています。そして、それが賞金やギャラにも結びついているという考え方です。

ゴルフの場合、全世界がマーケットとなるアメリカツアーと、日本国内がマーケットとなる日本ツアーという構図は、明確です。しかし、実質的に北中米と東アジアのローカルスポーツである野球の場合は、必ずしもそうとは言い切れません。

日本の人口約1.2億人に対して、アメリカの人口3.3億人。野球の場合は、これにカナダの4000万人、メキシコの1.3億人や、多くのメジャーリーガーを輩出している中米の小国もマーケットになります。近年は、日本や韓国、台湾もマーケットとしてカウントできるでしょう。

日本の野球は、韓国や台湾にもファンがいるようですが、マーケットとして勘定していいレベルなのかはわかりません。少なくとも、日本のプロ野球界が、現地で試合を行うなど、積極的にマーケットが拡大ができるような方策をしているように見えません。

こうして見てみると、確かに、マーケット規模の違いはあります。だからと言って年棒の格差のように10倍を超えるほどの差はありません。

一方で、そのマーケットに対するチーム数は、日本の12球団に対してMLBは30球団ですから、単純に考えれば、1球団のあたりの売り上げの機会は日本の方が倍以上あるということなります。

しかも、1試合あたりの観客動員では、コロナ禍の少し前から日米は逆転していて、僅かながらも日本の方が多い時期が続いています。

にも関わらず、なぜ選手の年棒にこれだけの違いができるのはなぜでしょうか。

1989年のバブル崩壊後、いわゆる失われた30年の増えない所得、上がらない株価(最近、史上最高値を更新しましたが1989年にようやく追いつくだけです)、広がる格差。失われた30年は、そのままプロ野球球団の経営にも表れています。

与えられた既得権を守り続けて、現状維持を良しとする球団の経営は、円安誘導や保護政策のぬるま湯に浸かり、将来に対して投資を行おうとしない国内の多くの大手企業の経営の姿と変わりはありません。多くの球団がそうした企業の子会社である時点で、当然のことかもしれません。

その結果、現在のような日米の格差が生まれたのです。こうした格差の拡大は、サッカーでも、ヨーロッパリーグJリーグの間で起こっています。

その結果が、多くの有力選手たちが、野球であればアメリカへ、サッカーであればヨーロッパへ、こぞって向かう状況が起こっているのです。

それでも、サッカーでは有力選手がヨーロッパでプレーすることが好意的に見られていますが、プロ野球界では、未だに、年配のプロ野球経験者を中心に、選手の渡米に批判的な人は数多くいて、選手個人が名指しで批判される場合もあります。もちろん、日本のプロ野球人気の低迷や衰退を危惧してということもありますが、現在の流れの原因を作ったのは、プロ野球球団の経営者たちであり、そうしたOBたちです。

若い年代は、ただ単に、高額な報酬を求めているだけでなく、プロ野球球団の閉鎖的で保守的な球団経営や、古い世代の指導方法や環境に、嫌気がさしているのではないでしょうか。

日本からアメリカへの大きなうねりに起こり始めている

高校野球からアメリカの大学に進んだ選手は、佐々木選手が初めてではありません。例えば、高校野球の強豪・智弁和歌山高校で甲子園で活躍した竹元一輝選手は、昨年ハワイ大学に入学しています。

智辯和歌山からハワイ大へ 球速151キロ&20HRの逸材は異例のルートでメジャー球界目指す 元甲子園球児・武元一輝 | 特集 | MBSニュース

記事によると、竹元選手は、佐々木選手のような特別な枠ではなく、一般で試験を受けて合格したことが伺えます。さらに入学した現在も勉強ができなかれば野球も続けられないと語っています。この点は、おそらく、佐々木選手の場合も同様でしょう。

近い将来、メジャーリーグのドラフト指名を受けることを目指しているそうです。

今後、佐々木選手や武元選手のあと追う選手が次々と出てきてもおかしくはありません。

プロ野球側から見ると、一度プロに入った選手には、現在のようなFA制度など渡米に条件をつけることができますが、高校生卒業時の大学留学には口を挟むことはできないはずです。

大谷選手の周辺を見れば分かるように、日本では、選手だけでなく、ファンも、資金もアメリカを目指しています。大きな流れができているようです。

サッカーでは、Jリーグや日本代表戦は見ないが、ヨーロッパのサッカーは見ると言う層が少なからずいるようです。野球でも日本のプロ野球は見ないが、メジャーリーグは見るという野球ファンが今後増えていくのかもしれません。

多く日本人が、日本人メジャーリーガーを観戦しに、アメリカのスタジアムを訪れていることは周知のことです。

昨年まで、大谷選手がプレーしていたアナハイムエンゼルスの試合を見ていると、スタジアムに多くの日本企業の看板が目につきました。エンゼルスほどではありませんが、他の日本人選手が所属するチームのスタジアムにも、日本の企業の看板が目立つようになってきています。それは、イチローが現役の時代より遥かに多い印象です。

かつてであれば、日本のプロ野球に支払われていた広告費が、MLBに支払われるようになったという考え方ができるのではないでしょうか。

誰も大谷翔平や佐々木麟太郎になれるわけではないが・・・

高校時代から自ら目指してきた通り、世界一の野球選手になった大谷翔平選手に、日本中の多くの子どもたちが憧れています。彼の存在のおかげで、プロ野球選手を目指す子どもが増えているかもしれません。

子供達もその親も、誰もが大谷翔平になれるわけではないと知っていながらも、彼を夢見て野球をするのです。

佐々木麟太郎選手もまた、大谷選手とは違った方法で、野球少年たちに夢を与えてくれました。将来、メジャーリーグでプレーするしないは別にしても、環境に恵まれたアメリカの大学で、野球と勉学を勤しむという選択肢を示してくれたのです。

近年、アメリカと日本の経済格差が大幅に広がり、日本人にとって、大都市圏の大学に留学するのは経済的に厳しいと言われています。日本から見れば高額な学費や寮費に加えて、食事などの生活費も著しく高騰しているからです。

近年、日本の海外留学者数が大幅に減り、かつて文部科学大臣が「今の学生は志が低い」と語りましたが、留学数の低下の理由は志の低さではなく、親世代の収入の低さです。それに加えて、日本と海外との経済格差が決定的なものにしています。コロナ禍以降は急激な円安がそれに拍車をかけています。

海外から比べれば安価な日本の大学の学費でも、私立では5割を超える学生が在学中に学費を支払えない状況で、留学は、多くの学生にとって望んでも現実的のものではないのです。

そんな状況の中でも、佐々木選手のように、野球で頑張ればアメリカの大学に行って野球ができるかもしれない、という夢を与えてくれることは大切です。

誰もが、佐々木選手のように、一流大学に全額奨学金で入学できるわけではありません。そんなことは誰でもわかっています。それでも、夢と目標を与えてくれたことは間違いないのです。

佐々木選手には、今より先の夢を叶えてくれればなお素晴らしいですね。もちろん、メジャーリーグ挑戦もそうですが、彼がインタービューで口にした「文武両道」を実現して、スタンフォード大学が得意とする経営学を学び、アメリカの最新の経営理論で、球団経営に参画するというのも、一つの夢の形かもしれません。