MLBのスーパースター・大谷翔平
WBCが終了し、日本でもアメリカでもレギュラーシーズンが開幕しても、日本のメディアは侍ジャパンの戦士たちの話題で持ちきりです。
各局のスポーツニュースは、野球の時間を昨年まで以上に拡大して、サムライ戦士たちの動向を伝えています。その中心が大谷翔平選手であることは間違いありません。
アメリカではどうなのでしょう。どうやら、アメリカでも別格の扱いで、大谷選手についての多くの情報が発信され、野球ファンたちが彼に注目しているようです。
大谷選手は、手術から本格復帰した2021年、打者としては最多本塁打争いをして最終的に46本のホームランを放ち、投手でも9勝をあげましたが、部門別では無冠だったにも関わらず、アメリカンリーグのMVPに選ばれました。
アメリカの英雄ベーブ・ルース以来と言われる投打にわたる活躍が、アメリカ人にとってもいかに衝撃だったかが分かります。
翌年には、MLBが大谷ルールとも呼ばれるルール改正をして、大谷選手の既定打数、規定投球回数到達を後押しをして、稀代のスーパースターのさらなる飛躍を待ち望みました。
大谷選手は、既定打数、規定投球回数をクリアし、打者としては前年の記録には及ばないものの34本のホームラン、投手としては15勝とエース級の活躍を見せて、これに応えたのです。
海外で活躍している日本のスポーツ選手が、地元では、日本で報道されているほど知られておらず、人気もないということはよくありますが、大谷選手の場合は、日本で報道されている通り、アメリカで最も注目され、最も人気があり、最も尊敬される野球選手であることは間違いなさそうです。
毎年、多くのスポーツとお金の関係をランキングで発表している、アメリカの経済誌フォーブスは、昨年最も稼いだメジャーリーガーの第1位に大谷選手をピックアップしました。その額約6500万ドル、日本円で85億円です。
高校時代から目指していた世界最高の野球選手という目標を実現するためにアメリカに渡った大谷選手は、既に彼が夢見た存在になる一歩手前まで来ているのかもしれません。
MLBとアメリカに軽んじられてきたWBC
その大谷翔平選手がWBCに出場したことで、WBC自体のイベントとしての価値と見方を変えたのかもしれません。
WBCという大会の存在は、これまでナショナルチームの世界大会としてずっと中途半端なものでした。
世界で最もレベルの高いMLBから、主力選手がほとんど参加せず、特にアメリカはマイナーリーグの選手を中心とする選手編成でした。多くのメジャーリーガーを輩出している中米の国々が、徐々にメジャーリーガー中心の編成に変わってきていましたが、野球の母国であり、開催国であるアメリカは、なかなかトップレベルの選手を送り出すことをせずにいました。
その理由は、アメリカの野球の世界では、野球の世界一を決めるのは、その名の通り、ワールドシリーズであり、そのチャンピオンが世界一だという、アメリカ人の考え方が大きく影響しているように思います。
もっとも、ヨーロッパのサッカーでも、ナショナルチームが集まったワールドカップの優勝国よりも、最高峰のクラブチームが繰り広げるヨーロッパチャンピオンズリーグの優勝チームが、最強だというのが一般的です。
国という縛りの中で寄せ集められたナショナルチームより、国の垣根を超えて世界レベルで優秀な選手が集まったチームの方が強いのは、よく考えてみれば当たり前です。
こうした背景があるにも関わらず、WBCを主催するMLBはどのような意図を持って、この大会を創設したのかは明らかではありませんが、中途半端な位置付けのまま、過去4回の大会が開催されてきたのは間違いありません。
そして、今大会も同様の大会になるはずででした。その根拠の一つが日程です。
例年同様にMLB開幕の前に押し込んだこの大会の日程の準決勝、決勝戦は、ウイークデーの夜の開催でした。ビジネスワーカーの多い東海岸北部や西海岸の都市部と比べると、フロリダでの開催では、観客動員に曜日の影響を受けづらいのかも知れませんが、視聴率では土曜の夜と平日では大きな違いが出るはずです。
それでも、平日に準決勝と決勝を組んだのは、この大会が、MLB開幕前の余興の域を出てないと考えていいでしょう。
さらに今回の大会が重要視されていなかったと考えられるもう一つのポイントが、アメリカ代表の監督です。
今回のアメリカ代表は、MVP3回のキャプテン、トラウト選手を筆頭に、近年のホームラン王、首位打者、MVPが揃いました。
そのチームを指揮を執るのが、これまで監督の経験がないマーク・デローサ監督というのは、いかにも役不足です。コーチ陣には、ケン・グリフィー・ジュニアやアンディ・ペティットらビッグネームが並びますが、指導者としての経験はほぼ皆無です。
おそらく、デローサ氏の監督就任が決まった段階では、これだけの選手が名を連ねると予想していなかったのでしょう。
大谷選手の参加がWBCの歴史を大きく変えた
そうした流れを変えたのが、大谷翔平選手だったのではないではないでしょうか。すでにMLBのトップスターである大谷選手の出場で、大会の価値が高まったことも間違いありませんが、それ以上に彼の存在は大きな役割を果たしていました。
ダルビッシュ投手は、大谷選手に、この大会の参加を強く誘われたことを明らかにしています。誘われたことが、出場決定の決定的な理由になったかどうかは分かりませんが、大谷選手の大会に対する思いがわかるエピソードの一つです。
MLBを代表する投手である大谷投手とダルビッシュ投手が、自ら所属チームを説得して、たとえ1回でも決勝戦で登板したことも、大きな意味があります。この大会の価値の高さを多くの人に伝えることになったはずです。
その大谷選手が、チームメイトのトラウト選手に、大会の参加を呼びかけ、彼に一緒に大会を盛り上げようと話をしていたとしても不思議はありません。
今回のアメリカ代表のメンバーは、トラウト選手の声掛けに応じた選手たちであったことが報じられています。投手は、チームの反対や保険の関係などもあって、少し物足りないメンバーになりましたが、野手のメンバーは、野球の母国アメリカ代表の相応しいメンバーが集まったと言って良いと思います。その中心が、大谷選手のチームメイトのトラウト選手だったのです。
今回、アメリカ代表に多くのトップクラスのメジャーリーガーが参加したことで、この大会へのMLBの選手たちの見方が変わってくるはずです。ラストシーンとなったトラウト選手と大谷選手の対決は象徴的で、強いメッセージとなったことでしょう。あのシーンを見た多くのメジャーリーガーがあの舞台に立ちたいと思ったはずです。
この大会はMLBとMLBの選手会による開催ですから、出場を希望する選手が増えれば、次の大会に向けて選手会が、メジャーリーガーがもっと参加しやすいスケジュールや環境を求める可能性もあるでしょう。
筆者のこうした想像通りであるとすれば、WBCという大会は、大谷翔平選手の出場によって大きく変貌を遂げ、名実ともに世界一を決める大会に変貌する転換点となった大会になったと考えられます。
WBC優勝、そしてMVP獲得という高校時代からの夢を実現した大谷選手は、WBCという大会そのものをも、自分が描いた通りの姿に変えてしまうのかもしれません。
野球の歴史を変えた大谷選手
もう一つのビフォアー、アフターは、二刀流の大谷選手そのものです。
大谷選手の投打に渡る活躍が、アメリカ野球の歴史的ヒーローであるベーブ・ルース以来であることは、日本でも知られています。その価値を今さらここで挙げる必要はないでしょう。
その大谷選手は、現在は唯一無二の存在ですが、これからはそうだと限りません。
そもそも日本では、高校時代まではエースで4番という選手は珍しくありません。能力の高い選手は、投手としても打者としてもその能力を発揮して活躍しています。その後、大学、社会人やプロ入りした後にどちらかを選択しているのです。
おそらく、能力の高い選手が、打者としても投手としてもチームの中心として活躍する状況は、アメリカでも同じではないでしょうか。
先ごろ、アメリカの大学リーグの2部のチームの選手が、同じ試合でサイクルヒットとノーヒットを達成したという報道がありました。大学の2部リーグのレベルがどの程度なのかは分かりませんが、こうした活躍は、選手を縛り付けないアメリカの方が多いかもしれません。
これまでは、ベーブ・ルースだけが特別な存在で、現在の野球では不可能だと思われてきたことを、大谷選手は実際にやっているのです。
大谷選手は、WBCでは、打者としての打席に立ちながら、クローザーとしてもマウンドに上がりました。試合途中でブルペンを行き来する大谷選手の姿を、アメリカの野球ファン、関係者も目撃したはずです。
そして、そのクライマックスが、トラウト選手との一騎打ちです。あのシーンをヒリヒリとした思いで見ていたのは、日本人だけではないはずです。
WBCでの大谷選手の活躍を見たアメリカ中の野球少年たちが、自分も大谷選手のようになりたいと願い、アメリカ中のコーチたちが、第二、第三の大谷選手を送り出そうとしているかもしれません。
メジャーリーグの指導者やGMたちも、その実現のために動き始めているかもしれません。
もちろん、日本も負けてはいられませんが、可能性を伸ばすことよりも、足元を見て失敗しないことを優先する日本のスポーツの環境では、なかなか第二の大谷翔平を誕生させることは難しいかもしれません。