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ヴェルディの経営権変更について考えてみた

経営危機のヴェルディをゼビオが買収

 昨年12月25日、Jリーグクラブ・東京ヴェルディ1969の筆頭株主の変更による経営権の変更と代表取締役の変更が発表されました。多年にわたる経営難に加え、新型コロナ感染拡大による大幅な減収が直接的な原因で5億円を超える債務超過なり、2021年の経営環境も不透明な中で、Jリーグの経営的な支援を受けるか、消滅する可能性もある危機的状態に立った中で、10年前から株主だったスポーツショップチェーンのゼビオが、10年前に最初に出資した際に取り決めた新株発行権を使って、筆頭株主となったそうです。ゼビオは即時にヴェルディの赤字補填を行い、これによって債務超過は解消しています。

 これに伴い、代表取締役は10年前にJリーグの事務局長を辞してこのクラブの代表取締役に就任し、以来経営に携わってきた羽生英之氏から、これまでゼビオとの連携でスポーツ関連のマーケッターとして名をはせ、羽生体制でも副社長だった中村考昭氏に交代したことが報道されました。

J2東京V、ゼビオHDの子会社に…経営立て直しへ : サッカー : スポーツ : ニュース : 読売新聞オンライン

前社長・羽生氏の経緯と経営的な手腕

 報道された今シーズンの最終戦の写真などを見ても分かるように、ゼビオの支配下に入った現経営体制への不安からか、羽生体制の継続を求めるサポーターの声も少なくなかったようですが、そもそも、羽生氏がこれまで多くの人たちから応援された中でこのクラブを経営できたわけではありません。特にホームスタジアムの問題については、二転三転、あちらこちらの自治体に粉を撒き、周囲を翻弄してきたのではないでしょうか。

 その羽生氏は、スポーツの運営や組織や企業経営のエキスパートとは言えません。Jリーグ開幕当時、JR東日本の子会社から当時のジェフユナイテッド市原に出向していた彼は、出向期間終了後に出向元を退社し、千葉県サッカー協会を経て、Jリーグの職員になっています。そこから、2005年には事務方トップの事務局長になったわけですから、小さな組織とは言え非常な大出世と言えるのではないでしょうか?

 しかし、出向先だったジェフでのわずかな期間以外で彼がスポーツチームの経営について経験を積んだわけではありません。また、規模の関わらず企業のトップに立ったこともそれまでなかったはずです。

 その羽生氏が、ヴェルディの代表になったのは、偶然であり身から出た錆としか言えません。そのきっかけとなったのは、2010年の大宮アルディージャの入場者数の上乗せの事件です。この事件で大宮はJリーグから2000万円の制裁金を課され、このクラブの社長は退任に追い込まれています。当時Jリーグの事務局長だった羽生氏を知る筆者としては、おそらく周囲との調整をせずに一気に進んだのろうと想像できます。

 大宮アルディージャの社長は、巨大企業のNTT東日本にとっては支店長または部長クラスとは言え、直系の子会社の社長に詰め腹を切らせておいて、Jリーグ側が無傷で済むわけがありません。

 折りしも、ヴェルディは、親会社である日本テレビの撤退で存亡の危機に直面し、Jリーグがその株式を取得することで倒産は回避したものの、その将来は未知数でした。その再建を任されたのが羽生氏だったのです。名門復活に事務局長自らが乗り出したようにも見えますが、彼が自らその道を選んだとは思えません。実際には大宮アルディージャの件の火消しための人事だったのでしょう。Jリーグにとっては、ヴェルディが倒産すれば羽生氏の責任にできるし、回復すればリーグからの事務局長まで送り込んだ甲斐があったと胸の晴れるわけです。

 その結果、羽生氏をトップに、都内の企業を中心とした出向人事による共同経営体制が誕生します。この時に、羽生氏の要請を受けて財政的な支援を行ったのがゼビオだったわけです。当時は、筆者はその内容を知るわけもないわけですが、今になって、この時の出資の条件が、羽生ヴェルディを苦しめ続けることになったことが分かります。

 経営者として全く未経験だった羽生氏にしてみれば、ここまでよくやったと言うべきか、本来であればもっとやれることがあったと言うべきか、その辺りはなんとも言えません。Jリーグ立ち上げ当時、その人気を牽引した名門も、彼が経営していた期間ですっかりJ2のチームとして定着してしまいました。その辺りの結果と経営的な手腕のバランスをどう考えるか? 

 Jリーグ全体を見渡してみれば、ヴェルディよりはるかに安定経営が可能なはずのジェフや京都サンガ大宮アルディージャのようなクラブも、長年J2に定着し最近ではJ1に復帰する可能性すら感じられません。J1並みの予算を持っていたこれらクラブは、いつの間にかJ2の平均的なクラブの予算に落ち着いています。それが親会社の意向であり、出向される腰掛社長ら経営陣の力量ということなのでしょうか。

草創期から経営的な迷走が続いてきたヴェルディ

 振り返ってみれば、ヴェルディの経営は常に迷走を繰り返してきました。三浦知良、ラモス、北澤豪武田修宏柱谷哲二ら、日本を代表するスター軍団だったJリーグの草創期のヴェルディ川崎(当時)は、二度のリーグ制覇を含め、横浜マリノス共にJリーグを牽引していました。しかし、この当時、高騰する選手年棒と放漫経営により年間20億〜30億円の赤字だったことを、読売新聞グループのトップだった渡辺恒雄氏が明らかにしています。彼と読売新聞グループは、プロ野球同様そうした赤字に対する補填を可能にするために、企業スポーツからの独立を目指す当時の川淵チェアマンと何度も激突しますが、最終的に読売新聞が撤退し、代わって同じグループの日本テレビが親会社となってヴェルディの経営を行います。1998年、時期は日本代表人気に隠れ、Jリーグの最初の低迷期に一致します。

 このクラブの最初のつまづきは、2001年の川崎市から東京都へのホームタウンの移転でしょうか? 地域密着にこだわるJリーグ川崎市との軋轢は大きなイメージダウンとなって、その後のこのクラブの経営に影を落とします。プロ化は遅れたFC東京に、マーケティング的には先行され、その差は開くばかりで今に至っています。

 それでも、名門のヴェルディのブランドは魅力的らしく、その経営権を狙って飯田産業レオックサイバーエージェント等という大手企業が次々とユニホームの胸を飾ります。ヴェルディで夢をかなえられなかったレオックはその後、横浜FCを、サイバーエージェントは昨年FC町田ゼルビアの経営権を手に入れます。サイバーエージェントは、ヴェルディでも一時期48%以上の株式を取得しています。この時期、日本テレビが意地を張らずに経営権を手放していたら、もっと明るい未来があったかもしれません。

 日本テレビの子会社時代にも放漫経営は続きます。特にラモス瑠偉氏を監督に迎え、J2に降格した2008年は、J1を含めて全チームで3番目にあたる多額の予算を使って選手をかき集めてJ1復帰を目指しますが、復帰には2年を要することになります。結局、この時の多額な費用が、日本テレビリーマンショックによる経営不振と重なり、同社の撤退、Jリーグからの支援という、現在の体制の原因を作ることになります。

中村考昭新社長の経営思想はJクラブの経営にフィットするか?

 新たに代表取締役に就任した中村考昭氏の経歴はプランナー、マーケッターとしては申し分ないかもしれません。

 彼がプランニングしたと言われる仙台市ゼビオアリーナ仙台は、現在、スポーツ施設の経営のお手本として多くのところで紹介されています。東日本大震災前に計画され、2012年震災の1年後にオープンというタイミングにも恵まれていますが、現在のコロナ禍ではともかく、それ以前はジャンルを問わず多くのイベントの招致に成功していて、仙台市のイベントスポットして定着をしている感があります。

 また、同じ敷地内の商業施設などとの連携で複合施設としての人の流入も日本では先進的なものと言えるでしょう。しかし、当初計画にあったVリーグBJリーグ(当時)などのプロリーグチームのホームアリーナ化には成功しておらず、実際には経営的にはかなり厳しいことも想像されます。

 もう一つの大きな実績は、今回の東京オリンピックで新種目として採用された3×3(3人制バスケットボール)のプロリーグの立ち上げです。現在、台湾、タイ、インドネシアニュージーランドを巻き込んだ国際リーグにまで成長し、日本国内だけでも42チームが加盟するこのリーグ「3×3 PREMIER EXE」は、ゼビオがメインスポンサーとなり、中村氏がコミショナーを務めてきました。

 このリーグの設立の成功のポイントとして彼がインタビューなどで答えているのが、経営と選手年棒とエリアのマクロ化です。マクロ化という言葉を使って格好をつけていますが、端的に小規模化です。予算規模を小規模に抑える共に、選手年棒や対象とするエリアを小規模に抑えることで、収支のバランスを取って事業としての成功を掲げているのです。小規模化によって、この業界への参入へのハードルを下げると共に、多くの選手を確保することにも成功しています。

 但し、このスモールパッケージの経営思想は、マイナースポーツの立ち上げの方法として効率的ですが、この競技のプロスポーツとしての将来を約束できるものではありません。なぜならこの思想で低予算、低年棒で集められて選手たちは、その年棒のあったプレーしかできないからです。

 彼は、別の仕事をしながら年棒100万円もらってプレーすることを年棒の「マクロ化」と言っていますが、言葉を変えればBリーグではレベル的にプレーできないプレーヤーが、本業に合間に人前でプレーしていることになります。プレーヤー目線では、プレーの機会を増やし、プレーヤーを増やすことにも繋がります。その競技人口の増加は親会社のゼビオのメリットにも繋がるでしょう。

 しかし、プロスポーツの本来の姿、興行としてお金を払って見る価値のあるスポーツであるという視点に立った時に、致命的な欠陥を持っていることになります。

 競技に必要な面積が小規模であることもあり、ゼビオが入っているような複合的な商業施設で開催し、買い物客に見せる分にはうってつけのイベントと言えるかもしれませんが、アリーナなどで独立したイベントとして大会を開催した時に、プロスポーツとして収支に見合った集客が可能でしょうか? 言い方を変えれば、ゼビオアリーナ仙台で、このリーグの試合を定期的に開催した場合、アリーナの収支に貢献し、また各チームは収益をあげることができるでしょうか。

 そして、このマクロ経営の考え方を、Jリーグのようにある程度熟成し、クラブによっては潤沢な予算が投入されるリーグに持ち込んだ時には、当然のことながら強いチーム、魅力があるチームは作れないことに繋がります。マーケンティングのライバルとなるFC東京FC町田ゼルビアとの関係でも、劣勢を覚悟しなければなりません。ヴィッセル神戸のような多額をコストを使って高額な選手を集め、その集客力とブランディング力で高いレベルで収支のバランスをとる経営思想には、興行として決して叶わないでしょう。

 一方で、エリア的なスモールパッケージという思想は、東京というエリアマーケティングの設定が極めて難しい土地柄に新たな可能性を見出すかもしれません。

 ヴェルディのホームページを見ると「ホームタウン」というページがあります。

HOMETOWN | 東京ヴェルディ / Tokyo Verdy

 このページには、ホームタウンとしている自治体を緑に塗った東京都の地図を見ることができます。おそらく、営業実績、自治体との連携、ヴェルディが得意するアカデミーや連携するスクールの拠点などがあることを基準に塗り分けているのでしょう。FC東京の本社があり巨大なスクールが運営されている江東区や、FC東京との関係が深くFC東京が大きな運動施設の指定管理を行なっている杉並区もが緑に塗られていることに首を傾げたくなりますが、問題はこの虫食い状態のエリアマップです。

 FC東京と共に東京都全体をホームタウンにして、食い合った結果がこのマップのまだらな色で、緑に塗られていない場所の多くは、青と赤に塗られていることになります。しかし、この虫食い状態で効率的なエリアマーケティングが可能でしょうか?

 現在、代々木公園内に建設が噂されている新スタジアムを、新体制のヴェルディもホームスタジアムとして手をあげるという報道がされています。報道の通りであればFC東京もまたこの新スタジアムへのホーム移転を計画しているそうです。

 そもそも、渋谷区との関係の構築はFC東京よりもヴェルティの方が早く、良好だったはずです。区長の交代で状況が変わったように見えますが、もしFC東京が本当に味の素スタジアムを離れ、渋谷に出るのであれば、現在、FC東京の株主になっている味の素スタジアム周辺の自治体や味の素スタジアム周辺も含めた東京西部を中心にマーケティングをかける方が、ヴェルディにとって、FC東京と渋谷を取り合うよりも、合理的で、効果的です。新社長の持つマクロ経営の視点で、東京の中でマクロなエリアマーケティングを行うことで、新しい道が開けると思います。 

ヴェルディ買収によるゼビオにとっての課題

 親会社のゼビオにとっても、この買収劇は大きな問題を抱えてます。

 ゼビオにとって、今回の買収は新たな店舗を開店する程度の投資だと報道されていますが、金額的には同じ程度でも、内容が全く違うことは明らかです。店舗は一定期間に開店資金を償却すれば、そのあとの収支のバランスは明確ですが、スポーツチームはそうでありません。チームの成績、観客動員など不確定の要素が多く、毎年見直して行かなくてはなりませんし、場合によっては、コストマシーンになって、毎年のように資金を投下していく必要が生じるかもしれません。

 問題は、そのような投資を、コロナ禍の不透明な今行ったことを株主に理解してもらえるかということです。

 もう一つは、ゼビオが全国に展開するスポーツショップチェーンであるということです。今後、ヴェルディの親会社である全国のゼビオの店頭で、ヴェルディのレプリカユニホームが販売されることになるのでしょう。もともとその地域のJクラブのレプリカユニホームやアイテムが販売されているはずですから、今後はヴェルディのレプリカユニホームと自分が応援する地元のクラブのユニホームが並ぶこともあるでしょう。こうしたことが、それぞれのクラブのサポーターやヴェルディのサポーターに受け入れられるかどうかです。

 例えば名古屋グランパスエイトの親会社のトヨタ自動車の販売店では、販売店がある地元Jクラブの応援コーナーが作られたりして、例えば、関東のトヨタ売店グランパスの応援を積極的に行なっているのを見たことがありません。

 日本最大の予備校チェーンである東進ハイスクールは、東京都内に本社がありますが、FC東京をはじめとする都内を拠点とするスポーツチームのスポンサードは原則行わず、大会スポンサーや施設の看板スポンサーでスポーツを支援するという形を取っています。これは、特定のチームを応援すると、他のエリアでの子供の集まりにマイナスの影響が出るという、経験値による方針だと東進ハイスクールの関係者から聞いています。

 明治安田生命のように、リーグスポンサーもした上で、満遍なくすべてのチームのスポンサーも行う企業もありますが、これはまれでしょう。

 ともかく、全国に展開するスポーツショップチェーンが、特定のチームを支援、しかも親会社になることに本業へのマイナスの影響は少なからずあろうことが想像されます。

 こうしたことも含めて、株式を公開する上場会社として、今回のアクションが株主を納得されることができるか、株主の利益に繋げることができるかは、未知数と言えるでしょう。

 ヴェルディの経営権の移行が発表された12月25日、宮崎県のJR宮崎駅東口に建設予定の大型スポーツ施設「宮崎市アリーナ」を中心とした整備計画の見直しと、この計画の中核企業をゼビオホールディングとすることを、事業主である宮崎市が発表しています。

 なぜこのタイミングだったのかを疑問視する報道がありますが、ゼビオの株主対策の一環として、宮崎市が協力をしたという想像は的外れではないはずです。

宮崎市アリーナ練り直し コロナで23年度開業白紙 - Miyanichi e-press

今回の経営権の交代を主導したのはJリーグか?

 しかし、ゼビオの経営陣はこうした状況を十分理解しているはずです。だから、当初は経営権の取得に二の足を踏んでいたのでしょう。にも関わらず、10年前の新株発行権まで持ち出して、急遽経営権を握りクラブを倒産の危機から救ったのは、Jリーグの強い要請に沿ったものだと考える方が自然なのかもしれません。

 Jリーグは、現在大きな危機を迎えていると言ってもいいかもしれません。ベガルタ仙台は業績低迷で経営環境が悪化し、経営権取得を期待された地元の大手企業アイリスオーヤマがその一歩を踏み出さず、現在も経営的な危機が続いています。不透明な経営が続いてきたサガン鳥栖は、そうした経営を行なってきた経営陣が退陣し、五里霧中の中で佐賀県を中心に再建を目指すことになりそうです。どちらも、いったん潰した方が良いほどの危機的な状態です。

 昨年7月に発表された2019年シーズンの各クラブの収支では、過去最高の23クラブが赤字になっています。2019年は新型コロナが発生する前のシーズンの収支です。さらに2020年度の収支ではその数が大幅に拡大することが予想されています。

https://www.jleague.jp/docs/aboutj/club-h31kaiji-1.pdf

 そうした中で、名門のヴェルディが倒産となればサッカー関係者だけでなく一般に人たちへのマイナスのイメージが強く発信され、仙台、鳥栖をはじめとして経営に苦しむクラブの存続にもマイナスの影響を与えるでしょう。今年も続くコロナ禍の不透明な経営を強いられるクラブの中には、Jクラブを見放す企業も新たに現れるかもしれません。そうして考えると、Jリーグにとってヴェルディの存続は絶対に必要だったし、その使命をゼビオに託したとしても不思議はありません。

 経営権取得が発表されたわずか10日前に、旧経営陣とゼビオを中心とした現在の経営陣の話し合いが物別れに終わり、ゼビオが経営権取得を否定したと報道されています。にも関わらず、発表された25日の時点で既にJリーグの承認を受け、株式の発行、譲渡の手続き、赤字の補填が行われていること。さらに、社長を退任した羽生氏を、Jリーグが退任当日の12月25日に参与として迎えそれを発表しているあたりに、Jリーグの思惑が明らかに表れていると言えるのではないでしょうか。

 

 新経営陣は、ホームページ上で旧経営陣にこのクラブのネガティブな情報の公開、発言をしないことを約束したと掲載したり、これまでの経営の批判する内容が掲載していて、こうした行為をJリーグが問題視しているという報道もあります。

 創業間もないベンチャー企業ならまだしも、ゼビオのようなそれなりの歴史もあり上場も果たしている企業がこうした行為に走るのは、中村新社長の人格によるものなのか、攻撃的な羽生前社長の性格がそうさせているのか? うがった見方をすれば、新経営陣や経営権の取得の経緯に、羽生氏に公表されては困ると事実があるのだろうと勘ぐりたくなります。

 いずれにしても、新経営陣には過去のことは忘れて、ヴェルディの再建とファンの期待に応えられるクラブ作りに専念して頂きたいと思うのは、筆者だけではないでしょう。