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夏の甲子園は本当に無理なのでしょうか?

『アスリートファースト』の観点から言えば、もはや甲子園での夏の大会は無理だ

 安倍総理の側近中で側近である萩生田文部科学大臣の突然のこの発言に、高校野球連盟、朝日新聞はさぞ驚いたことだろうと思います。委員会で質問があることは、事前に関係者に連絡済みでしょうから、球数制限を導入することで褒めてもらえると思っていたのに、思わぬ落とし穴が待っていたというところでしょう。翌日には開催自体を否定することではないと文科大臣自らが火消しをしましたが、高校野球を応援する一部の人を含めて、多くの人がよく言ったと思っているのではないでしょうか。筆者もその一人です。

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 温暖化対策は、高校野球など真夏に屋外で競技会を開催する多くの競技団体にとって今後の直接的に直面する大問題です。「ギラギラ太陽に輝く汗が美しい」「暑さを耐え抜いてこそ価値がある」などと、映画や漫画のワンシーンのような美学を語るのは時代遅れと言える時期を迎えているようです。

 来年の東京オリンピックのマラソン競歩の会場が札幌へ移転されたことが、その深刻さを物語っています。この2つの競技以外でも、多くの屋外競技の関係者から不安の声があがり、早朝や夕方以降の開催に変更されています。鍛え抜かれた世界トップの大人の競技がそうであるにも関わらず、甲子園だけでなく高校総体なども含めて、どうして高校生のスポーツは白昼堂々と行われているのでしょうか?

日本の気温は確実に上昇している

 地球規模の温暖化が叫ばれて久しいですが、本当に日本は暑くなっているのでしょうか? 気象庁のサイトでは、1875年に観測を始めてからの月ごとの全国の主な都市の平均気温や平均最高気温のデータを見ることができるので、このデータの中から東京都のデータを元に、気温の変化を比較してみました。

対象年 1875〜1884 1955〜1964 1981〜1990 2001〜2010 2010〜2019
8月平均気温 25.5℃ 26.7℃ 27.4℃ 27.6℃ 28.0℃
8月最高平均気温 29.8℃ 30.9℃ 31.0℃ 31.3℃ 32.0℃

  1年ごとの数字では上下にばらつきがあり、気温の変化を実感することは難しいので、10年間毎の平均で比較してみることにしました。この数字で見ると少しずつですが、確実に上昇していることがわかります。気象庁の観測が始まった1875年からの10年間と前回の東京オリンピックが行われた1964年まで10年間を比較すると、平均気温でも最高気温でも約1度上昇していることがわかります。さらに、直近の2010年からの10年間と比較すると、1875年からの10年間との比較で、平均で2.5度、最高で2.8度、1964年との比較でも平均で1.3度、最高で2.2度上昇していることがわかります。しかもその間のデータを見ても右肩上がりに確実に上昇しています。

 一般的に運動をすると体温が上がります。気温が高い中で運動することで、その体温上昇がさらに顕著化して、生理的にコントロールできないレベルになった時に様々な症状、障害を引き起こして、場合によっては死に至ります。こうした症状の総称が熱中症と呼ばれ、熱失神」「熱けいれん」「熱疲労」「熱射病」に分けられます。

熱中症のリスクを数字的に示すWBGT

 熱中症の危険性は、世界的には早くから警鐘が鳴らされていたようです。そのリスクを明確するために1954年にアメリカで設定されたのがWBGT(湿球黒球温度)です。WBGTとは、人体の熱収支に影響の大きい湿度、輻射熱、気温の3つを取り入れた指標で、乾球温度、湿球温度、黒球温度の値を使って計算します。元々は軍隊の訓練の中でリスク回避するために計測するもので、その後も労働環境での利用がメインだったようです。その後1982年にISOにより国際標準化され、日本では日本体育協会(現日本スポーツ協会)が1994年にこのWBGTを使って「熱中症予防の原則およびガイドライン」を発表し、その後現在に至るまでに、日本国内ではそのリスクを測る方法として標準化されています。

 WBGTの数値を基準に「熱中症予防運動指針」としてスポーツの実施のガイドラインとして定めたのが下記の内容です。

  • WBGT値31℃以上:運動は原則中止
  • WBGT値28~31℃:厳重注意(激しい運動は中止)
  • WBGT値25~28℃:警戒(積極的に休憩)
  • WBGT値21~25℃:注意(積極的に水分補給)
  • WBGT値21℃以下:ほぼ安全(適宜水分補給)

  熱中症予防のための運動指針 - 熱中症を防ごう - JSPO

  また、これと並行して日本スポーツ協会では「スポーツ活動中の熱中症予防5か条」も定めています。

  1. 暑いとき、無理な運動は事故のもと
  2. 急な暑さに要注意
  3. 失われる水と塩分を取り戻そう
  4. 薄着スタイルでさわやかに
  5. 体調不良は事故のもと

  熱中症を防ごう - JSPO

実際の気温とWBGT値31℃以上の日数 

 東京と大阪の2016年からの平均最高気温とWBGT31℃以上の日数、さらに熱中症による搬送状況をまとめてみました。

    2014 2015
    6月 7月 8月 9月 6月 7月 8月 9月
東京 30.5以上の日数 0 2 3 0 0 9 9 0
平均最高気温 26.9 30.5 31.2 26.9 26.4 30.1 30.5 26.4
搬送者数 310 1317 1661 79 185 2456 1978 83
大阪 30.5以上の日数 0 2 3 0 0 2 9 0
平均気温 28.5 32.1 31.7 28.8 27.1 30.6 33.2 27.4
搬送者数 集計中 集計中 集計中 集計中 集計中 集計中 集計中 集計中
2016 2017 2018
6月 7月 8月 9月 6月 7月 8月 9月 6月 7月 8月 9月
0 2 6 0 0 13 10 0 0 18 17 0
26.3 29.7 31.6 27.7 26.4 31.8 30.4 26.8 26.6 32.7 32.5 26.6
216 1142 1198 263 239 1746 1056 126 356 4610 2839 155
0 2 11 0 0 5 7 0 0 10 9 0
27.6 32.6 35 29.8 27.5 33.1 33.8 28.4 27.9 34.2 34.6 27.6
集計中 集計中 集計中 集計中 集計中 集計中 集計中 集計中 集計中 集計中 集計中 集計中

WBGT値:環境省熱中症予防情報サイト 過去データ-データリスト気温:気象庁過去の気象データ検索 搬送数: 熱中症情報 | 総務省消防庁

 この数値から分かることは下記の通りだと思います。

 まず、WBGTの値の高さと気温の高さは必ずしも一致しないということです。WBGTは気温以外にも湿度や風の影響を受けています。湿度の高さが大きく影響するようで、また風が強いと数値が下がる傾向があるようです。WBGTが高いとやはり熱中症による搬送者が多くなることは明らかです。

 そして、昨年のような気候下では、日本スポーツ協会の定める「熱中症予防運動指針」に沿った場合、甲子園やその都道府県予選の多くが「運動は原則中止」の対象となり開催ができなることが想定されます。

先行するサッカー協会の対応

 熱中症予防のために屋外で競技やイベントを行う多くの競技団体が対応を進めていますが、その中で最も積極的かつ具体的に対応を定めているのがサッカー協会です。長く夏休み期間中に東京都で開催されてきた小学生大会を、12月に鹿児島で開催することになったのもそうした影響です。さらに、Jリーグの試合から小学生年代の試合まで、多くの公式戦が2016年に定められた下記のガイドラインに沿って開催されています。

日本サッカー協会熱中症ガイドライン
https://www.jfa.jp/documents/pdf/other/heatstroke_guideline.pdf

 このガイドラインの中から一部をピックアップしてみましょう。まず試合の開催日程から始まります。

■WBGT=31℃以上となる時刻に、試合を始めない。(キックオフ時刻を設定しない。)

 これに沿ってJ1とJ2の試合は6月から9月前の試合は、原則ナイターで開催されています。J3やJFLなどで照明設備がないスタジアムで開催する場合も、15時からの開始するなどできる限りWBGTが低い時間帯での開催を行なっています。高校年代以下の大会、練習試合でもこれに準じています。しかし、残念ながら高体連の主催で開催されるインターハイではサッカーは猛暑の中、連日連戦が行われてます。それは高校野球連盟によって開催される高校野球都道府県予選や甲子園が猛暑の中で開催されていることと同じます。

 日本サッカー協会ガイドラインでは試合当日の対処についてもかなり具体的書かれていますので、いくつかピックアップしてみましょう。

■WBGT=31℃以上の場合は、試合を中止または延期する。
やむを得ず行う場合は『JFA 熱中症対策※1<A+B >』を講じた上で、[Cooling Break]を行う。
■WBGT=28℃以上の場合は、『JFA 熱中症対策※1<A>』を講じた上で、以下の対応を行う。
1・2 種…[Cooling Break] または[飲水タイム]を行う。
3・4 種…[Cooling Break]を行う。

 ここでわかりづらいのは、「Cooling Break」と飲水タイムの違いだが、Cooling Breakについては下記のように具体的に規定されています。

前後半1回ずつ、それぞれの半分の時間が経過した頃に3分間の[Cooling Break]を設定し、選手と審判員は以下の行動をとる。
① 日影にあるベンチに入り、休む。
② 氷・アイスパック等でカラダ(頸部・脇下・鼠径部)を冷やし、必要に応じて着替えをする。
③ 水だけでなくスポーツドリンク等を飲む。

 飲水タイムとのルール上の最も大きな違いは、飲水タイムは選手がピッチ上で引水するのに対して、Cooling Breakでは「日陰のあるベンチに入り」とピッチ外の出ることを求めていることです。さらにJFL以上では、リーグの規定で空調の効いたロッカールームに戻ることを定めてます。先に書いたようにJ1、J2は可能性の高い期間はナイターで試合が行われるため実際に適用されたことは無いようですが、JFLでは実際にCooling Breakが実施されているそうです。

ようやく対応が始まった高校野球

 高校野球では、昨年から給水タイムが規定されて、球審の判断で全選手がベンチに引き上げて水を飲むようになりました。記事で振り返ると昨年8月10日に午後0時38分から始まった試合で史上初めて給水タイムが実施されています。

www.nikkansports.com

 この日のデータを調べてみると、甲子園球場に近い大阪のデータで最高気温は34℃を14時36分に記録しています。またWBGTの記録を見てみると同じ大阪で13時に30.1℃を記録したのがこの日の最高です。さらにこの日の様子を調べてみると、この試合で給水タイムの境に球審が交代し、熱中症の疑いで救急搬送されているようです。勇気が必要だった給水タイムの初導入は球審自身の事情から始まったのかもしれません。

 気温データ:気象庁|過去の気象データ検索 WBGT値:環境省熱中症予防情報サイト 過去データ-データリスト

 甲子園の会場では、熱中症予防のために理学療法士など専門家の手を借りて様々なケアが施されているようですが、いずれも対処法の域は出ていません。抜本的な対応が求められる時期がきているように思います。特に選手以上に炎天下に長時間さらされ、ケアが難しい応援団や観客に対する対応も不可欠でしょう。サッカーのようなスタンド全面を覆う屋根の設置を目指すことも必要かもしれません。

diamond.jp

 また、熱中症の危機に直面しているのは甲子園だけではありません。ほとんどの都道府県で7月に甲子園と同様に集中開催されている地方大会にもそのリスクは同じようにあります。甲子園以上に気温が上昇する九州や沖縄での開催もありますし、上のデータを見てもわかるように、甲子園がある関西地区よりも東京など関東の方がWBGT値が高い傾向があります。さらに天然芝の甲子園球場に比べて人工芝の球場の方が気温が高くなる傾向がデータでも明らかになっていて、多くの地方大会では人工芝の球場が使用されています。高校野球連盟でも今年から助成金を出すなど対策を始めているようですが、こちらも抜本的な改革をすべき時期が来ているかもしれません。

www.asahi.com