スポーツについて考えよう!

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スポーツとメディアの役割

羽生結弦は数字をもっていないのか

 7月23日土曜日の19時〜21時のテレビ朝日で放送されたフィギュアスケートの五輪金メダリスト羽生結弦選手の特番が、同じ時間帯で放送された番組の中で、世帯視聴率、個人視聴率で最下位だったという記事がアップされました。

羽生結弦緊急特番 意外にも視聴率は最下位~実力ピカイチ 人気は・・・?~(鈴木祐司) - 個人 - Yahoo!ニュース

 19日に公式競技からの引退を発表したばかりの羽生選手が出演し、彼と共に足跡をたどるほか、彼自身が思いを語るという内容でした。

 記事では、視聴率の速報データを提供する「スイッチメディア」の関東地区を対象とするデータで、NHKと関東で放送されている民放5社との比較したデータを紹介しています。

 番組開始の19時から30分間は鉄板のNHKのニュース7がトップで、その後は日テレの「世界一受けたい授業がトップ」。続いてフジテレビの「新しいカギ」とNHKの「ブラタモリ」が競い、テレビ東京の「土曜スペシャル」が続きます。

 そして、ほぼ2時間を通して最下位だった羽生選手の特番と争ったのはTBSのスポーツバラエティ「炎の体育会TV」でした。この日の「炎の体育会TV」のメインは、バラエティ初出演の競泳の池江璃花子選手が、女子フィギュアスケート樋口新葉選手と出演。グルメ旅をしながらのトークでした。

 今の日本のオリンピックスポーツのアスリートにおいて、羽生結弦選手と池江璃花子選手は男女の双璧と言える存在ではないでしょうか。もちろん、この2つの番組が数字を食い合った部分もありますが、この2つの番組を足しても、2位の「新しいカギ」や「ブラタモリ」にも及びません。

 しかも、この記事では、羽生選手の特番を4週前からの同局の同じ曜日、時間帯のレギュラー番組の視聴率と比較しても、いずれも負けていることも紹介しています。

 どうやら、羽生選手は視聴率を取れない、いわゆる数字を持っていないのかもしれません。

 確かに世界的にも人気のアスリートで、オリンピックなどの競技では注目を集めて、熱狂的なファンも多いですが、一方で彼の話し方などには、若い層を中心に抵抗感がある人も少なくないことは以前から指摘されています。

 記事でも、この番組の視聴率を支えたのは60代以上だったことが指摘されています。

 しかし、裏番組に出演していたあの池江璃花子選手でさえ、数字を取れなかったことを考えると、羽生選手に対する好き嫌いだけの問題ではないのかもしれません。

 アスリートは数字を持っていないということなのでしょうか。同じようなことが、野球やサッカー、ゴルフなどのプロスポーツでも言えるのでしょうか。

 もちろん、現代において、テレビの視聴率が表しているものは、人気を表すデータの一部でしかありません。それでもこの傾向はSNSやネットメディアを含めたとしても、大きく変わることはないのではないでしょうか。

SNS時代のインタビュー番組の存在感

 1980年に創刊したスポーツ総合誌Numberは、精緻なスポーツ記事とそれまでになかった撮影方法と構図のスポーツ写真を売りにしていましたが、もう1つの売りがページの多くを割いた精緻なアスリートインタビュー記事でした。やがて、Numberのスタイルを模した雑誌が何冊も発刊され、筆者の世代はトップアスリートのインタビューを読み漁ったものです。

 その人気に目を付けたテレビは、それまでのスポーツニュースにはなかった長時間のアスリートインタビューの番組を各局が放送開始します。90年代後半の話です。多くは深夜枠での放送でしたが、人気アスリートのインタビューは多くの話題を集めました。

 現在と当時とは決定的に違うことがあります。ブログもSNSもなかった時代です。そうしたテレビ番組や雑誌のインタビューは、アスリートが自らを語る貴重な機会でしたが、今は、多くのアスリートがSNSを使って自らが発信できるのです。

 一方の受け手の方も多くが、演出という加工がされるのが当たり前のテレビで放送された彼らの言葉よりも、SNSで発信される彼らの言葉を真実と考えて、重要視するようになっているのです。

 スポーツにおけるメディアの役割を考える時に、テレビのこうしたインタビューを中心としたは番組は、すでに役割を終えようとしているのかもしれません。

織田裕二をメインキャスターに置いた世界陸上

 日本時間の24日まで行われていた世界陸上では、今回も俳優の織田裕二氏と元フジテレビアナウンサーの中井美穂氏が、競技中継したTBSの進行役を務めました。ただし、2年に一度行われる世界陸上で、25年に渡ったこの二人の進行は今回で最後になると、事前に発表されていました。

 ともかく、織田氏の熱いコメントは賛否を呼びました。今回も女子やり投げの北口榛花選手が銅メダルを取ったシーンなど、何度も彼が涙を流す姿を見ることになりました。その熱すぎるコメントのために、あいつが出ているから世界陸上は見ないという人もいると聞いています。

 織田氏が初めて世界陸上の進行役を務めたのは、1997年夏のことです。この年の1月〜3月に彼が主演して大ヒットしたドラマ「踊る大捜査線」が放送されています。俳優としての彼が脂が乗り切った時期で、この前後から2000年代前半までに、国内やアジアの数々の映画賞を受賞する押しも押されぬ日本を代表する俳優でした。

 さらに歌手としても人気があり、1997年から2001年までの世界陸上3大会の中継のテーマソングを歌っています。

 今では考えられないかもしれませんが、当時は織田裕二氏が進行役をしているから世界陸上を見ようという層が確実にいたはずです。

 今ではジャニーズのタレントやお笑い芸人がスポーツ中継に出演して、コメントすることは珍しくはありませんが、彼がその草分け的な存在だったと言えるでしょう。

 ちなみに、お笑いタレント矢部浩之氏が司会を務め、一時代を築いた人気サッカー番組「やべっちFC」のスタートは、日本でワールドカップが開催された2002年でした。

織田裕二の「あおり」はスポーツ報道として適正か

 現在では熱いコメントのために敬遠される織田氏ですが、それと同時に、選手の容姿や肌の色についての不用意なコメントも、最近では非難の対象となっていました。しかし、筆者がそれ以上に気になっていたのは、彼の行き過ぎたスポーツ報道らしからぬ「煽り」のコメントでした。

 今大会でもそうしたシーンを何度も見ましたが、その象徴的なシーンが大会の最終日男子35キロ競歩のレース前にありました。日曜日の午後10時から放送されたこの中継のレース前のふりで、織田氏は関係者の話として、日本選手の金銀銅、表情台独占もあり得ると伝えたのです。

 しかし、実際には川野将虎選手の銀メダルと最上位に、9位と26位に終わりました。世界大会でのこの成績は決して恥ずべきものではないと筆者は考えますが、織田氏の事前情報とはあまりにギャップがあり過ぎました。

 確かに、大会初日に行われた男子20キロでは日本人選手が1位と2位でしたし、昨年のオリンピックでは20キロで銀と銅メダルを獲得するなど、ここ数年の日本の男子競歩陣の活躍を見れば、そうした期待があっても不思議はありません。

 たとえば大会前の事前情報番組などであれば、番組告知の意味も含めてある程度は容認ができるかもしれませんが、それがレース直前となれば全く意味合いが違っています。

 日本の競技関係者の全員の望みであれ、織田氏自身の望みであれ、「関係者」を持ち出し、メダル独占などと口にすべきではありませんでした。その時点で「応援」の域は出ています。もちろん、彼が煽りやリップサービスのつもりで言ったのか、本気で信じていたのかはわかりません。

 筆者は織田氏を進行役と書いていますが、TBSはメインキャスターと呼んでいるのです。その彼の発言は、報道機関TBSテレビが発信するスポーツ報道の一部なのです。

 そうした意味で、TBSは25年という長きにわたって織田裕二氏にメインキャスターを任せた功と罪をしっかりと検証し、今後のスポーツ中継のあり方に反映させるべきです。

2014年ワールドカップの日本代表の目標は優勝だった

 日本のスポーツ報道の「煽り」で筆者が印象的だったのは、2014年のサッカー、ブラジルワールドカップです。この年の日本代表は、当時ACミランで10番を付けていた本田圭祐選手を中心に、香川真司長友佑都長谷部誠岡崎慎司大迫勇也内田篤人酒井高徳酒井宏樹吉田麻也ら、ヨーロッパのトップレベルのクラブでプレーする選手たちを多数擁し、その期待値は、2018年ロシア大会や今年のカタール大会以上だったと言えると思います。

 そうした中、有言実行を自負する本田選手が、この本大会での目標は優勝だと言ったことで、他の選手たちも優勝を口にするようになり、日本の各メディアはこぞって日本の優勝の可能性を煽り立てたのです。

 そもそもの原因は、この時の日本代表監督、アルベルト・ザッケローニ氏が、当初の目標だったワールドカップ本大会出場を決めた後、本大会での目標を明言しなかったことにあると考えています。当時筆者が調べた限りでは、大会前の公式記者会見で1次リーグでベストの戦いができれば、決勝トーナメント進出も可能だと言った以外、目標らしい目標を口にしたことがありませんでした。日本サッカー協会の強化委員会のメンバーも同様でした。

 そうした状況に業を煮やした本田選手の発言が、目標に飢えていた選手、マスコミに広がった可能性があります。

 メディアの立場で考えれば、煽りによって盛り上がれば、視聴率や売り上げに繋がる可能性があります。事実よりそうしたことが優先されたということなのでしょう。

 客観的に分析をすれば、コロンビア、ギリシャコートジボワールと同組の一次リーグを、日本が勝ち抜ける可能性は極めて低かったというのが現実で、だからザッケローニ監督はあえて目標を公言しなかったのかもしれません。

 特に、前回2010年の南アフリカ大会での日本代表は、前評判が悪かったにも関わらず、ベスト16を達成しているだけに、メディアが日本サッカー史上最強とまで賞賛したメンバーを擁した大会に期待が高まっている中で、ネガティブな発言を避けたのが現実かもしれません。

 サッカーには、代表チームをランキングするFIFAランキングがあって、この大会の1次リーグ同組の中で日本は最低の順位でしたが、メディアは盛んにこのランキングの不備を指摘して、日本の優位性を強調しました。

 しかし、この大会の日本は、第2戦のギリシャ戦で1対1で引き分けた勝ち点1のみで1次リーグを最下位で敗退したのです。またこの組の日本を含めた4チームの順位はFIFAランキングの順番そのままでした。つまり、1次リーグ敗退がその時の日本代表の実力にふさわしい結果だったということになります。

 そして大会後の各メディアは、自分たちが「優勝」と煽った事実は棚上げにして、最下位に終わった日本代表を冷静に分析していました。

 このような事前に日本のメディアがもたらした情報と現実とのギャップや、メディアの姿勢を一般の人たちはどのように見ているのでしょうか。

 果たして、今年のカタールワールドカップに向けて、日本のメディアは、どんな煽りをするのか。こちらもSNSが浸透した中で、2014年のような煽り方をすれば、メディアとSNSとのギャップによって、メディアがさらに信用を失うことに繋がるかもしれません。