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スタジアム建設の意義 その3 見直すべき地域貢献とプロスポーツの役割

見直すべき地域貢献とプロスポーツの意義

日本のプロスポーツが地域貢献を標榜するようになったのはいつの頃からでしょうか。

おそらく、1993年のJリーグ創設とともにそうした概念が、Jリーグによって流布されるようになったのでしょう。

それまでのプロスポーツと言えば、チームスポーツはプロ野球だけで、個人スポーツでは大相撲、ゴルフ、テニスだったと思います。

大相撲はともかく、他のスポーツのいずれもが、自分がプレーするスポーツとしても人気がとても高かった時代です。

それでも、観客はお金を払って観戦して応援し、選手たちはそれに応えるというシンプルな関係だったはずです。

大相撲は、当時から部屋の周辺や巡業先で地元の人たちと交流を持つこともあったようですが、だからと言って、地域貢献という意識はなかったでしょう。あくまでも、日頃の応援に応えるためのアクションです。

では、Jリーグは、なぜ地域貢献を活動の理念として掲げるようになったのでしょう。

一つには、リーグを立ち上げ当時にお手本の一つとしたドイツのブンデスリーガでは、クラブが総合スポーツクラブとして街や地域に根ざしてた活動をしていて、住民との相互関係が成立していたのを見て、それを理想したのでしょう。

もう一つは、プロスポーツという、本来、営利的な活動に社会的な価値を持たせようとしたのです。

おそらく、ライバル視したプロ野球との差別化のために、後者の理由の方が強かったはずです。

これは、日本では2010年代になってようやく一般的になった企業のCSR(社会的な責任)に先駆けたものと言えるかもしれません。現在、CSRを掲げているほとんどの企業が「地域社会への貢献」を要素の一つにあげています。

定番となっているスポーツ界の地域貢献はおよそ次の三つの柱に分けられます。

  • 地域の活性
  • 青少年の健全育成
  • 地域の誇り

スタジアム建設は地域の活性に繋がるのか?

「地域の活性」は、三つの要素の中で、最もスタジアム建設に密接する要素です。

数万人が来場するJリーグの試合の開催は、多くの地域にとっては大きなイベントとなるはずです。

その来場者が、試合開催日にスタジアムがある地域を訪れることで「賑わい」に繋がります。

その来場者=観客たちが、何かを購入したり、食事をすることで、地域に「お金が落とされ」、地域経済の活性化に役立ちます。

さらに、「Jリーグクラブのある街」ということが魅力ある街づくりにつながり、住民の転入に繋がる場合もあるかもしれません。

しかし、こうした考えた方に、現在では全面的に賛成することはできません。

単に試合日に人々が集まり、人通りが増える「賑わい」だけでは、試合を開催するクラブは儲かっても、地域経済に貢献することはできません。せいぜい、クラブの収入が増えた結果、地元自治体に納める事業税が増えるだけです。

むしろ、開催する地域にとっては、ただ来るだけの人々は、その地域の環境に負荷をかけるだけで、メリットよりもデメリットの方が多いかもしれません。

ですから、大切なのは、地域に「お金が落ちる」かどうかです。

イングランドのスタジアムには、最寄り駅からスタジアムまでの道がスタジアムロードと呼ばれ、食事をしたりお酒を飲んだりするお店が並んでいるところがあります。

こうしたところでは、試合の開催日には、早くからサポーターたちがそうしたお店に集って、サッカー談義に花を咲かせているそうです。

かつて、現在のジェフ千葉市原臨海競技場(千葉県市原市)をホームスタジアムにしていた頃、最寄駅のJR五井駅から競技場までの約2kmの道のりにはシャトルバスもありましたが、徒歩で競技場に向かう人も少なくありませんでした。そうした人たちのお陰で、試合開催日には競技場に向かう道路沿いに点在する食事ができるお店が賑わっていました。

最寄駅から距離があることで、日本一アクセスが悪いスタジアムとまで言われていた市原臨海競技場ですが、その遠さが地域にお金を落とす効果をもたらしていたのです。

川崎フロンターレがホームにする等々力陸上競技場は、JR・東急武蔵小杉駅のほか複数の駅からアクセスが可能ですが、やはりどの駅からも距離があり、試合開催日には駅前から点在する小規模な飲食店で、フロンターレのユニホームを着たサポーターたちで賑わっているのを見ることができます。

しかし、こうした賑わいは、サッカースタジアムの多くでは、先に挙げたようにJリーグクラブの試合開催日の年間20日程度に限られます。

横浜Fマリノスがホームにする日産スタジアムや、FC東京東京ヴェルディがホームスタジアムにしている味の素スタジアムは、以前はサッカー以外のスポーツイベントやコンサートなどもかなりの数が行われていましたが、現在のスタジアムのホームページでスケジュールを見る限りほとんど他のイベントはありません。

例えば、どちらも、今年の夏のコンサートは、同じアーティストのライブが2日間ずつあるだけです。こうした状況がJリーグの試合のコンディションを優先するためか、イベント側の事情によるものなのかはわかりません。

日産スタジアムの場合は、最寄り駅が新横浜という東海道新幹線の停車駅であり、周辺道路が車移動での要衝にあたり、さらにスタジアムからは少し距離がありますが、横浜アリーナという国内最大級のアリーナが、同じ最寄り駅を利用していることもあって、日常的に街の賑わいを見せています。

そもそも、日産スタジアムの周辺は、このスタジアムができた20数年前は、まだまだ未整備な印象があり、駅を降りても食事する場所を探すのを苦労した記憶がありました。それが日産スタジアムができて以降、ワールドカップの決勝戦の会場や、数々のスポーツイベントで利用されてきたことで、周辺の街並みが急速に発展した印象があります。

そうした意味で言えば、このスタジアムの存在が、街の活性化に貢献したことは間違いないでしょう。しかし、もしこれが、Jリーグクラブの試合会場のためにだけ使用されていたとすれば、これほどの影響力はなかったはずです。

一方、味の素スタジアムの場合、同じ敷地内や隣接地に複数のスポーツ施設があり、そうしたスポーツ施設全体として、週末を中心に最寄り駅の京王線飛田給駅からの沿道には人通りがあります。

しかし、スタジアム開業以来、駅ロータリーにハンバーガーショップとコンビニができた以外、沿道とその周辺にほとんど店が増えず、また施設に付属するように建てられた商業施設のテナントの入れ替わりが絶えません、これは、この施設が街の活性化に貢献できていないことの証のように見えます。

クラブとスタジアムの一人勝ちを目指すスタジアム体験の充実

Jリーグの試合会場を見渡すと、近年は別の現象も起きています。

スタジアム体験を充実させるという名目で、クラブがスタジアム内の飲食の充実を計っているのです。敷地内に何台ものキッチンカーを並べるようなクラブもあります。

こうしたクラブの方向性は、試合開催日の経済効果をスタジアム内で独占することになり、地域の活性化や賑わいに逆行する、クラブとスタジアムの一人勝ちを目指すものです。

スタジアム内の業者が、その自治体に事業者登録をしていれば、売上によって生じる税金が地元自治体には納められる可能性がありますが、周辺自治体からかき集めたキッチンカーの場合、他の自治体に登録されている場合が多く、その場合、スタジアムのある自治体には納税もされません。

さらに、最近ではこうしたスタジアム内の食事が割高なために、最寄駅やスタジアム周辺で購入してからスタジアムに向かうという傾向も強くなっているようです。

そのために、試合の開催日には、駅からスタジアムの間にある、コンビニとハンバーガーショップだけが大混雑しているという情景を見るようになりました。

もしかすると、食費をはじめとする生活にかかる費用の値上げラッシュの影響で、そうした傾向が今後さらに強くなるかもしれません。

大きなサッカースタジアムを建設して、そのスタジアムの周辺が、何週間に一度だけ、人通りが多くなることが、本当に地域の活性化に繋がるのかどうか。

それが多額の税金を使って建設するほどの価値があるかどうか、関わる人全てが考える必要があります。

既存のスタジアムでは、人が訪れるだけの「にぎわい」ではなく、どうすれば実際にお金を使ってもらって地元の活性化に繋げることができるかということを、地元とクラブで検討する必要もあります。

地元にプロスポーツがあることは青少年の健全育成に繋がるのか

今、最も多くのスポーツを好きな日本の子どもたちにとっての憧れの存在となっているのは誰でしょう。

間違いなく野球の大谷翔平選手でしょう。もちろん、前回のワールドカップで活躍したサッカーの日本代表の選手たちも、憧れの対象となっていることでしょう。

どちらにしても、遠く、海の向こうで活躍するアスリートたちです。

「子供達に夢を」というフレーズは、地元にプロスポーツチームを誘致したり、オリンピックやワールドカップのような大型のスポーツイベントを招致して、税金が投入される時に推進派が用いるフレーズです。

しかし、子どもたちに夢を与える存在が地元にある(いる)必要はありません。海の向こうでプレーする大谷選手でも三笘薫選手でも、構わないのです。

青少年の健全育成という意味でも同様です。そもそもプロスポーツチームが地元にあることが、なぜ「青少年の健全育成」に繋がるのでしょうか。具体的な理由がありません。

プロスポーツ関係者が青少年の健全育成のための方策として主にあげるのは、次のようなものです。

  • コーチなどのチーム関係者によるスポーツ教室の開催
  • 選手を指導者として学校や少年チームへの派遣
  • 地域イベントへの選手の参加と子供達との交流

果たして、こんなことで子どもたちの将来にどんな変化を与えることができるでしょうか。

実際にコンスタントにできることと言えば、プロスポーツを見る機会、プロアスリートと接する機会が増えるだけです。

それでも、かつての鹿島アントラーズのように、地元の若者たちが週末にアントラーズの試合を応援するために、定職に付いて、一生懸命に仕事をするようになったという話がメディアに取り上げられていた時期がありました。それには、当時のアントラーズのような地元の若者たちを夢中にさせる圧倒的な存在感が必要です。

アスリートとのたった一度の出会いで、人生を変えられた子供もいるかもしれません。しかし、その確率は低く、また、アスリートの発信力は、スポーツ関係者が思うほど子供の心には響いていません。

かつて「日本サッカー協会」は「夢先生」というプロジェクトを行っていました。Jリーガーが地元の小学校などを訪れて、自分の体験などを子供達に話をして、子供達に夢を持ってもらおうという企画です。

J1の強豪クラブの有名な選手たちが対象となっているうちは良かったのですが、サッカー協会は何を思ったのか、J2下位のクラブやJFLの選手たちにも広げていきました。

(当時はまだJ3はなく、その後他の競技のアスリートも参加するようになりました)

これは、実際にJ2の選手に聞いた話ですが、小学校高学年になると、日本代表の呼ばれたこともないJ2の選手の話などは全く聞いていないそうです。

最後の質疑応答では、収入を聞かれて、ぼやかしながらも話をすると「たったそれだけか」等となじられたそうです。

その選手曰く、「自分の親よりも稼いでいない奴に、子供達が憧れて夢を持つと思いますか?」

一方で、今紹介した「夢先生」の話とは逆説となりますが、あえて、地元にプロスポーツチームがあることの価値をあげるとすると、幼い子供にはトップレベルではなくても、地元のチームや選手が憧れの対象になれることです。

大谷翔平選手や三笘選手のようにトップアスリートである必要はないのです。

例えば、J3でもしっかりと地元に根付いた活動ができていれば、小学校低学年以下の子供達に選手が囲まれて、サインを求められます。筆者は、アマチュア選手が多いJFLの試合会場でも選手が子供達に取り囲まれているのを見たことがあります。

野球であれば、独立リーグでも同様の光景を見ることができるはずです。

地域の誇りは負担とバランスが取れるのか

全国の自治体には、地元のゆかりの名産物や有名な景勝地などが無いことに苦慮しているところが数多くあるはずです。新たにそうしたものを作るのはなかなか難しく、もちろん、簡単に全国に誇れる由緒や歴史が誕生するわけもありません。

そういう自治体にとって、プロスポーツ、特にプロチームを本拠地として誘致することは、そうした悩みの解決する有力な選択肢の一つです。

Jリーグの誕生以来、チームスポーツでは、その自治体や地域の地名をチーム名にすることがスタンダードとなり、自治体や地域にとってそのチームの存在自体がPRツールになるようになりました。

1995年にそれまでの町制から鹿嶋市になった当時の鹿嶋市長が、鹿島アントラーズのお陰で鹿嶋市は全国に知ってもらえていると、記者会見で話していたのを覚えています。事実アントラーズはそうした役割を果たしたはずです。

但し、自治体の規模、人口、ロケーション、財政規模、産業構造によって、その役割は大きく違っていて、求められるスポーツクラブの規模や活動内容もことなるはずです。

そして、そうした地元自治体のニーズや用意される環境とクラブ側の経営方針、理念、経営環境がマッチしていることが重要です。

例えば、東京のクラブには、鹿嶋市のように全国への発信を求めるニーズは少ないでしょう。まずは、今住んでいる人にとってのメリットが求められるはずです。

鹿嶋市の場合、市域に大きな工場があった住友金属JFL時代のサッカー部をベースに鹿島アントラーズを誕生させ、鹿島アントラーズになってからもその住友金属グループが長く経営を支援してきました。

さらに、茨城県が市域にサッカースタジアムを作ってくれたことも、鹿嶋市には幸運でした。財政負担なく拠点を手に入れたのです。

談合の舞台となり、後に、茨城県知事が逮捕されるスタジアムです。

こうしたお陰で、人口5万〜6万人の鹿嶋市が求めるメリットが、市の負担よりも大きな形で、鹿島アントラーズによってもたらされたのです。

しかも、このクラブは、ジーコやレオナルド、ジョルジーニョなどの世界的なスーパースターを招聘し、1990年台のJリーグを牽引する存在になったことで、まさに郷土の誇りとなる存在となったのです。

さらなる幸運は、このスタジアムが2002年ワールドカップの会場に選ばれて、ワールドカップの規格に沿って増築されたことです。ここでも鹿嶋市は財政負担をしていません。

このようにして、鹿嶋市は全国的に有名なサッカータウンとして成長していったのです。

しかし、このような幸運が、全国のどこの自治体にも起こるわけではありません。

スタジアム建設を含め、結果的に多額の財政負担を強いられて、行政の重しとなっていくケースも少なくありません。そして、その負担が次の世代の若者たちに引き継がれていくのです。

Jリーグクラブは身の丈にあったチーム作りを

世界のサッカー界は、大きなピラミッド構造になっています。

大きな意味でのルール的には、世界中の田舎のチームも強くなれば、クラブワールドカップに出場して、世界一になることができます。

現実には、様々な規定があって、例えばアマチュアのチームの場合、日本のようにハードルが高くなっていて、事実上出場が目指せない国もあります。

しかし、多くのチームがそのピラミッドを登ろうとします。アマチュアチームはプロを目指し、日本では、Jリーグクラブとなって、J3、J2、J1と昇格して、アジア制覇、クラブワールドカップの出場を目指しているのです。

もちろん、資金、環境にふさわしい条件が備わっていれば良いのですが、そうしたチームは極限られています。にも関わらず、多くのチームが少しでも上を目指しています。

Jリーグが規定するサッカーの規則では、より上のリーグを目指すために、身の丈よりも大きなスタジアムが必要となるのです。

では、野球の世界を見てみましょう。

大谷翔平選手が活躍するメジャーリーグは30チームですが、その下のマイナーリーグには、トリプルAからシングルA、さらにはルーキーのリーグもあり、そのチーム数は全部で120あります。

選手たちは下記のリーグから上位のリーグへ、さらにメジャーリーグを登っていくことを目指していますが、チームはどんなに勝とうが、メジャーリーグどころか、一つ上にリーグに上がることもありません。

さらに、マイナーリーグとは別に独立リーグもあります。独立リーグは、その名の通りメジャーリーグからの支援を全く受けていません。

その数は正確にはわかりませんが、2021年からメジャーリーグマイナーリーグとのレギュレーションが変更され、マイナーリーグのチーム数が160チームから120チームに大幅に減らされ、その削減対象となったチームの中にも、独立リーグに参加してチームを存続しているところがあるようです。

2000年に渡米した筒香嘉智選手が、メジャー復帰を目指して独立リーグでプレーしていますが、マイナーリーグと同様に、独立リーグのチームも決して、メジャーリーグという晴れ舞台に上がることはありません。

それでも、そうしたローカルなチームを所有し、可能な限りで選手たちに給料を払い、地元の人たちと一緒に、ローカルな小さな野球場で試合を行なうオーナーたちがいます。

仮設のような満員になっても数百人しか入らないような野球場に地元の人たちが集まって応援するのです。

日本でも近年、プロ野球12球団とは別に、独立リーグの活動が盛んになっています。

全国で5つの独立リーグがあり、合計21チームあります。

こちらもアメリカ同様、選手はプロ野球でプレーできる可能性はありますが、チームは決してプロ野球に加盟できることはありません。

球場も、基本的には小規模な地方球場を使用しています。

世界で最も野球の競技人口が多い日本には、ほとんどの都道府県にプロ野球が開催できるような立派なスタジアムが点在していますが、そうした球場は使用料が高く、大きな施設は運用面でも組織に負担がかかります。

何より観客の数に見合わない大きなスタンドは、むしろ盛り上がりを邪魔することを、野球の関係者はよく知っています。

そうした中で、ほとんど手弁当のスタッフとボランティアが、チームの運営を支え、地元の人たちがおらが街のチームとして応援しているのです。

サッカーも改めて、その地域の実情に合った規模のチームが身の丈にあった運営をし、身の丈にあったスタジアムで試合を開催できるようにすべきです。

それが文化としての定着と地元に愛されるスポーツチームとして長く地に着いた経営に繋がるはずです。

スポーツ産業の拡大を望む国家戦略の中でのスタジアムのあり方

2016年から経済産業省スポーツ庁がまとめた「スタジアム・アリーナ改革 ガイドブック」という文書をネット上で読むことができます。

スタジアム・アリーナ改革 ガイドブック:スポーツ庁・経済産業省

2018年に当時の安倍政権がまとめた成長戦略の中で、スポーツの産業化が重要なプロジェクトの一つであると位置付けられたことに沿ってまとめられた、いわばスタジアム、アリーナ建設の指南書のような文書です。総ページ数170ページ超という大作で、海外も含めた数多くの事例も掲載されています。

当時の安倍政権は、2015年当時約5兆円だったスポーツ産業の経済規模を、2025年までに3倍の15兆円まで伸ばすことを目指していて、「スタジアム・アリーナ」をその基盤として位置付けています。

地域における産業としてのスポーツは、小売、興行、建設、旅行、放送・新聞等、地域経済の様々な分野を活性化する可能性があり、スタジアム・アリーナはそのために必要な基盤である。

第1章 スタジアム・アリーナ改革の全体像>1.2 指針の位置づけ

コロナ禍によって安倍政権の目論見は頓挫することになるわけですが、現政権でも当時の成長戦略の全体像は維持されています。

同じ文書の中で、スタジアム・アリーナは公共施設として地方公共団体が整備するものとして明記しています。

我が国のスポーツを観るための施設は、地方公共団体が所有する公共施設が一般的である。スポーツの成長産業化が進み、スポーツチームが施設を所有することができるまでに成長することは1つの理想形ではあるが、当面は地方公共団体が整備・所有することが想定される。

第1章 スタジアム・アリーナ改革の全体像>3.コストセンターからプロフィットセンターへ

スタジアム・アリーナの新築、改築、改修には多くの資金が必要であり、大きなリスクを伴うため、多くの場合、公的な資金の提供が不可欠である。

第1章 スタジアム・アリーナ改革の全体像>4.民間活力を活用した事業方式、資金調達方式の導入

一方で、その運営については、民間の資金と知識を利用して、黒字化を目指すことを目標としています。

施設そのものの収益性の向上を中長期的な収支計画に組み込んでいくことが、結果的に公的負担の軽減にもつながる。競技場・体育館の維持管理費や更新費用を将来世代に積み残すことを止め、サステナブルなスタジアム・アリーナへと変革する、すなわちコストセンターからプロフィットセンターへの転換を図ることが重要である。

第1章 スタジアム・アリーナ改革の全体像>3.コストセンターからプロフィットセンターへ

さらに、スタジアム・アリーナが黒字化つまり経営資源になるために、次のような要件をあげています。

スタジアム・アリーナをホームとするスポーツチームがあったとしても、その試合日数はプロスポーツでもっとも試合数の多いプロ野球でも80日程度にしかならない。スタジアム・アリーナの集客力や収益性の向上、スタジアム・アリーナによる公益の発現を図るためには、スポーツイベント、コンサート、コンベンション等の多様な利用シーンを実現するための仕様・設備が必要である。

1.集客力を高めまちづくりを支える持続可能な経営資源としての要件>要件2. 多様な利用シーンの実現

この要件は、施設のハード面での要件として多様性を求める内容ですが、事実上、Jリーグクラブの専用施設として運用されているサッカースタジアムは、このガイドブックで必要とされるべき施設に当てはまらないことになります。

このガイドブックの後半では、アリーナ・スタジアムが、コストセンターからプロフィットセンター(収益をあげて経営的に自立した施設)になるために、スタジアムの多機能化や新技術などの使った付加価値の創出を求めています。

しかし、本来、その施設の計画段階から建設される地域のマーケット規模とニーズに合った施設と運用計画を検討することが、プロフィットセンターとなるの第一歩となるはずです。

一方で、「その1」紹介したトヨタによる有明のアリーナやジャパネットたかたの長崎の複合施設の建設など、スタジアム・アリーナの建設は、すでに公共事業を離れた民間による建設が現実のものとなっています。

そうした意味で、このガイドブックは、すでに過去のものと言えるかもしれません。

ただ、このガイドブックに書かれた方向性で、地方自治体に頼ってスタジアム・アリーナ建設を行うプロスポーツチームには、戒めのような一文があります。

(スポーツチームは、)自らの活動による公共的な価値が説明されなければ、スタジアム・アリーナに対する財政支出に関して地域の理解が得られないことを認識する必要がある。 

4.民間活力を活用した事業方式、資金調達方式の導入>5.2 スポーツチーム

30年の歴史の中で見直すべきプロスポーツのあり方

Jリーグが始まってから30年。その30年前の日本と現在の日本を比べてみましょう。

当時から予測された高齢化と少子化になんの手を打てず、急速な労働人口の減少は進んでいます。地方では一層の過疎化、空洞化が進んでいます。

その結果、バブル崩壊から30年超の間に国際的な競争力や地位も著しく低下。かつては、第1位のアメリカに迫る勢いだったGDPは、中国に抜かれ、第4位のドイツに肉薄されています。

平均年収では、韓国に抜かれ、特にここ10年間の政府の政策のために、格差社会が拡大し、労働人口の減少とともに日本の経済力を大きく低下させています。

こうした重要課題に対して日本の政治家も経済界も無策です。というより放置していると言っていいでしょう。

1997年は、その後深刻化が予想された気候温暖化の対策のために、日本が主導した国際協定、京都議定書が結ばれた年です。しかし、脱炭素や海洋プラスチックの対応に遅れを取る日本政府は環境対策に後ろ向きの烙印を押され、現在ではその方面でもすっかり国際的な存在感を失っています。

残念ながら、その間も温暖化は地球規模で進み、近年の異常気象によって日本国内でも毎年のように大きな被害が出ています。

そうした対策も本来急務なはずです。新しい高速道路を作るよりも、毎年のように大きな経済的な損失を出す水害を防ぐために、治水対策や高台移転に多くの予算を投じるべきです。

もちろん、スタジアムの建設より優先されるべきは誰の目にも明らかです。

税金は、広く共通する社会的な課題を解決し、将来にわたって住み良い環境に維持するため使われることが最優先であるべきです。

果たした、自治体や納税者は、プロスポーツに税金を投じる意義、それによって住民が得ることができる価値をもう一度しっかりと見直すべきです。

そして、クラブとJリーグはいかに自治体や国からお金を引き出すかに腐心するのではなく、税金に頼らずに自ら独立して経営、運営していける道筋を模索する必要があるでしょう。

自らが振り翳した価値を社会に押し付けるのではなく、多くの人たちが持つ既存の価値を共有しながら、自らの価値を社会からの共感を得て再構築化することが必要です。

そのためには、自らが所属するコミュニティの社会的な課題にも積極的に取り組む姿勢を見せることも大切です。

先に紹介した湘南ベルマーレのホームタウンの平塚市の社会課題の一つに、平塚駅北口周辺の商店街の衰退があります。

夏には三大七夕祭との一つとして有名な平塚七夕祭が開催されるこの商店街は、筆者が知る限りでも、多くの地方都市の目抜通り同様にシャッター商店街化が進んでいます。

その原因として、JR駅の直結する商業ビルの建設、拡充や、近郊の自家用車でアクセスし易い大型商業施設の進出、この駅を利用して通勤していた平塚市内の工場の撤退などの諸原因が考えられます。

決して、湘南ベルマーレの活動に関連する社会的な課題ではありませんが、同じコミュニティを構成する一員として、課題を共有する姿勢を見せて、その解決に向けたアクションを行う必要があります。

例えば、平塚市外から観戦に来る人は、自家用車でアクセスしない限り、ほとんどがこの駅を利用して北口からバスに乗ってスタジアムに向かいます。その駅の利用者を、この商店街に向かわせる方法を検討し、提案するのはいかがでしょうか。

Jリーグ全クラブの中で最も地域貢献を行なっていることで毎年表彰されている川崎フロンターレは、クラブ立ち上げ当初から地元の商店、商店街との関係を大切にしてきましたが、Jリーグ屈指のビッグクラブになった現在もその姿勢は変わらないようです。

協賛スポンサーには、町工場であろう名前やいわゆる町医者、コンビニの店名も名を連ねています。さらに、持株会には等々力競技場近辺の商店会(商店街)の名前が並びます。

地域の課題に取り組むためには、フロンターレのように、自治体や大手企業だけでなく、地元の人たちと継続的に接点を持って、常に周囲の声が聞こえる体制を維持することは大切です。

秋田県盛岡市をホームタウンに置くJ3のいわてグルージャ盛岡でも 、現在使用している5000人規模の球技場のいわぎんスタジアムを、J2規格の10000人規模に改修することを目指しています。

このクラブは、鹿児島ユナイテッドも利用した「例外規定」を2020年に申請して、昨年1年間はJ2に昇格しましたが、具体的な建設計画を提出する期限が来年6月に迫っているにも関わらず、現在まで具体的な計画には至っていません。

このクラブで最も気になるには、観客動員数です。

このクラブは昨年末から、鹿島アントラーズや日本代表で活躍した秋田豊氏が、筆頭株主としてオーナー社長を務めています。

就任後、組織のスリム化などの経営改善やスタンドサービスの向上などを行なっているようですが、今シーズンのこれまで平均観客動員数は1256人と、J2だった昨年どころか、コロナ禍前の2019年の1368人にも及びません。

大規模なメディア戦略や人気選手を使っての集客ができないローカルクラブの観客動員増には、人と人との繋がりと地道な人海戦術しかありません。その意味では、愛知県出身で2020年から3年間監督を務めただけの縁しかない外様の彼が率いるクラブは、決して好条件とは言えないでしょう。

報道によると、7月26日に開催されたスタジアム改修のための第1回目の協議会で、秋田氏は「岩手県にサッカーの火が消えないように僕らはやっている。」と語ったそうですが、今、彼が訴えるべきポイントはそこではありません。

「サッカーの火が消えないよう」 スタジアム改修に向け協議会初会合 いわてグルージャ盛岡<岩手県>|FNNプライムオンライン

本来、昨年J2全クラブ中最低だった売り上げ増や低迷する観客動員増に注力すべきエネルギーを、スタジアム改修にも振り分けなければならない秋田氏は気の毒な面もありますが、盛岡市のローカルスポーツクラブとして、市民にとっての社会的価値の再構築を目指すことが重要です。

福島県いわき市をホームタウンにするFCいわきも、新しいスタジアムを計画中ですが、その過程でスポーツ庁による「令和5年度スポーツ産業の成長促進事業『スタジアム・アリーナ改革推進事業』(先進事例形成支援)」に選ばれて、6月には地元のステークホルダーや全国から有識者を集めて検討委員会を立ち上げています。

この検討委員会では「IWAKI GROWING UP PROJECT~想いを紡ぐ、地域を繋ぐ~」をテーマに、この地域の社会的課題や青少年の育成にも取り組んでいく姿勢を見せています。

さらに、先月にはスタジアム建設に地元の若者を声を生かすことを目的にユースプロジェクトを立ち上げて、8月18日にはユースフォーラムを開催することを発表しています。

いかに具体的な発信ができるかどうかは、この検討会が出す報告書と建設計画を待たなければなりませんが、いわきFCの運営会社の社長であり、この検討会の座長である大倉智代氏によれば、このスタジアムをこの地域の社会的な課題解決の場としていきたいと考えているようです。

 

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