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日本代表の試合を日本で見ることができない時代がやってきた

日本で観戦できなかったシリア戦

以前から危惧されてきたことが、現実になりました。

日本時間の11月21日深夜に、サウジアラビアで開催されたワールドカップ2次予選、日本対シリア戦が、日本国内ではテレビの地上波ばかりか、BS、CS、さらにネット配信でも中継が行われなかったのです。

事前に日本サッカー協会や各メディアもその可能性を報じていたため、混乱は無かったようですが、以前から危惧されていたことが、いよいよ現実となったことになります。

前回のワールドカップの最終予選でも、テレビの地上波で観戦できたのは日本国内で開催された試合だけで、アウェイの試合はネット配信のDAZNで見るしかありませんでした。

「近い将来、日本代表戦を見ることができなくなる」

その予感は、サッカーの放映権料が高騰しているという報道とともに、日本のサッカーファンにはあったかもしれません。そして、その現実は思ったよりも早くその時が訪れたかもしれません。

本当に放送権料の高騰が原因なのか?

理由として挙げられている放送権料の高騰は事実です。

日本が初めてワールドカップに出場した1998年のフランス大会で全試合を放送したNHKが支払った放送権料は数億円だったと言われています。

ちょうどこの時期まで、国際サッカー連盟が、放送権ビジネスよりサッカーの普及を優先していたために放送権料が安く設定されていましたが、日本が開催国となった2002年大会では、日本の放送局は総額100億円を超える放送権料を支払っています。

昨年のカタール大会で日本の国内向けの放送、配信のために支払った金額は、全試合をネット配信をしたAbemaTVが支払った金額を併せて、350億円を超えていたと言われてます。

現在、スポーツというビジネスの収入源の核となっている放送権料の高騰は今後も止まることはないでしょう。

今回のワールドカップアジア予選では、主催するアジアサッカー連盟が、2次予選の放送権料を、試合の開催国に決定させ、その地元サッカー協会の収入にすると決めました。その結果、シリアが今回の日本戦に付けた放送権料が、1億円を超える金額だったと報道されています。

日本サッカー協会は、中継局、ライブ配信をしてくれる媒体を探したそうですが、日本サッカー協会田嶋会長によると、試合時間が日本時間の深夜ということもあり、結果的に手をあげるところは無かったようです。

この状況について、ネット上では、不要に高い言い値を払うことはできないと語った田嶋会長の立場を擁護する声が多いようです。

しかし、この2次予選で今後対戦する北朝鮮ミャンマーがどのような要求をしてくるか、まだわかっていません。

メディアでは、開催国に放送権を決めさせるというアジアサッカー連盟が決めた規定に問題があるように書かれていますが、前回のワールドカップ最終予選ではそのアジア連盟が高額な値付けをしたために、日本のテレビ局は放送権を購入できず、ホーム、アウェイ共に購入したDAZNから、テレビ朝日がホームの試合分のみをサブライセンスとして購入して放送しているのです。

DAZNとアジア連盟との契約はまだ続いているようですから、今回の大会の最終予選も少なくともDAZNでは見ることは可能ですが、ホームの試合も含めて、テレビで観戦することができるかどうかは、まだわかりません。

要求された放送権料は本当に相場以上に高額だったのか?

大きな疑問があります。今回要求された放送権料が1億円だとして、それが相場から見た時に、田嶋会長や国内メディアが語っているように本当に法外な金額なのでしょうか。

例えば、単純に、前回のワールドカップ本大会の日本国内向けの放送権料の総額が、全64試合併せて350億円だとすると、1試合あたり5億円を超えることになります。

この中には世界中が注目する決勝戦や、国内で高い視聴率を期待できる日本戦も含まれるわけですが、一方で、日本人がほとんど興味を示さないだろう対戦も、1次リーグを中心に数多くあります。それでも、1試合の平均単価が5億円を超えるとすると、今回のシリア戦の1試合1億円は、それほど高いようには感じられません。

報道の中には、今回のシリア戦を日本に販売しようとした代理店の関係者のコメントとして、2016年3月にロシア大会の2次予選最終戦として開催された日本対シリア戦よりも、30%〜40%と下がったと語っているそうです。

シリア戦の放映権持つUAEの代理店、日本側とは先週合意も「2日前に破談」法外な要求は否定(日刊スポーツ) - Yahoo!ニュース

2016年3月当時の円ドルのレートは110円程度ですから、この人物の言う通り30〜40%下がったとしても、下がった分は、日本企業にとっては円安で消し飛んでしまった計算になります。

それも含めて、今回、シリア戦が日本国内で放送できなかったのは、日本側の事情が大きいのではないでしょうか。

原因1ーワールドカップ予選の国内での注目度の低下

日本代表が悲願と言われていたワールドカップ初出場を果たした1998年から、日本代表の成長ぶりは目を見張るものがあリます。ワールドカップでの初勝利を次の大会の自国開催で実現すると、同じ大会で決勝トーナメントに進出。2014年以降、直近の3大会では連続して決勝トーナメントに進出しています。

この間に多くの日本人選手がヨーロッパリーグで活躍するようになり、5大リーグでも主力として活躍する選手が登場する時代になりました。

一方で、ワールドカップは2026年に開催される次回大会から、出場チーム数がそれまでの32から48に拡大し、それに伴ってアジアの出場枠も、4.5から8.5チームへと、全ての大陸予選の中で最も拡大しています。

(0.5分は大陸間プレーオフで勝利した場合に出場枠獲得)

国際サッカー連盟が、中国、中東などの資金の流入を狙っての政策だと想像されますが、それによって、近年、アジア最上位を定位置にしてる日本にとって、ワールドカップ予選が「負けられない戦い」から「負けるはずのない戦い」に変貌したのです。

強豪ひしめくヨーロッパ予選、侮れない国ばかりの南米予選を戦う強国と比較しても、世界で最も本大会に近い国が日本だと言っても過言ではないかもしれません。

勝って当たり前の試合は、当然、注目度が下がります。負けるかもしれない試合、本大会出場を賭けての死に物狂いの試合と違いが出るのは当然です。

その注目度の低い試合の一つが今回のシリア戦だったと言えるかもしれません。

日本時間の深夜の開催であっても、注目度が高ければそれなりの視聴率は見込め、スポンサーも付きます。しかし、日本大勝という結果が見えている試合に視聴率も見込めず、スポンサーも敬遠するのは当然のことなのです。

そして、結果は大方の予想通り5−0という日本の完勝でした。

原因2ーメディア関連企業の資金の分散

日本国内のインターネット媒体に対する広告出稿の急増が叫ばれて久しいです。広告出稿が多さはそのまま、その媒体の価値と注目度を表すことになります。

電通が公表しているデータによれば、1990年代終盤に始まったインターネットへの広告への出稿が、新聞と雑誌の合計をうわまったのは2014年、さらにテレビのそれを上回ったのは2019年です。

「日本の広告費」の歴史から読み解く、時代の変化 | ウェブ電通報

この間、時代の要求が、紙媒体からデジタル媒体へ、テレビからネット配信に変化してきたことを表しているのですが、一方で、日本経済の低迷を反映するかのように、日本全体の広告費の総額はそれほど増加しているわけではありません。

2000年以降、5兆円から7兆円の間で推移し、2008年のリーマンショックや2011年の東日本大震災、そしてコロナ禍などの影響による低迷の時期を経てはその後盛り返すことを繰り返してます。

昨年2022年は7兆円を突破して過去最高を記録しましたが、これはコロナ禍の反動と巣篭もり需要が合わさったものでしょう。しかし、7兆円を突破するのはリーマンショック直前の2007年以来で2度目で、それ以来10年以上の間、最高値を更新できない時期が続いていたことになるのです。

ですから、インターネットメディアやネット配信への広告費が増えたと言っても、それまでのテレビや新聞、雑誌の持っていたパイを奪っているだけなのです。インターネットメディアの登場で、メディア間のライバルの数が増え、資金が分散される結果になっています。

その結果、それぞれのメディア企業の力が低下し、今回のように資金が必要な案件に単独では対応できない状況が生まれているのです。

将来性の観点から、テレビや紙媒体と比較してインターネットメディアは投資を呼びやすいかもしれません。また法的な規制が無いために、DAZNのような海外の企業も自由に発信、配信ができます。

当然、国内のインターネットメディアも海外からの投資を自由に受けることができます。しかし、だからと言って、市場が縮小し続ける日本で国内のインターネットメディアが、潤沢な資金を持っているとは言えません。

原因3ー沈下する日本経済

言うまでもなく日本という国の経済力の低下が最も大きな要因と言えるでしょう。

昨年のGDPで、日本がドイツに抜かれて世界第4位に後退したことがわかりました。7倍近くの人口がある中国にGDPで抜かれて世界第3位に転落したことは、ある意味当たり前と言えますが、人口8000万人強で日本の4分3程度の人口しかないドイツに抜かれることは、いかに日本の生産力が低下し、経済力が低下したかを如実に表しています。

一部の経済評論家や政治家は、この理由を円安だから、日本経済の低下とは結びつかないと語っていますが、そもそも、円が売られるこの激しい円安自体が日本の経済力の低下を表していて、それがGDPに反映するのは当然のことなのです。

バブル崩壊以降、平均年収でほぼ横ばいの日本は、成長を続ける他国に次々と抜かれて、ついには韓国にも抜かれています。

中国や韓国だけでなく、中東、東南アジア、インドなどアジア各国の経済成長は著しく、そうした中で多くの国々で人気の高いサッカーのメディアにおける価値が高まっています。その結果、放送権料が上昇するのは当然の結果です。

特に、日本はアジアの中でトップレベルで、ヨーロッパで活躍する選手も少なくありません。ですから、日本代表の試合の放送権料が高騰することは当然のことと言えるのでしょう。

本来であれば、ヨーロッパで活躍する選手が多数いる日本代表のマーケティング的な価値をさらに高めて、日本側に放送権料の決定権のあるホームゲームで相手国から支払ってもらう放送権料で、アウェイ時に支払い金額を賄えるようなモデルが作れれば理想的なのですが、シリア、北朝鮮ミャンマーを相手にする今回の2次予選では、現実的ではないかもしれません。

経済格差が著しいのもアジアの現実なのです。

このままでは私たちが見ることができる国際試合は減り続ける

現在のように日本の経済力の低下が続く限り、サッカーの日本代表に限らず、国際的な大会や海外リーグの試合が日本国内で見ることができなくなって行く可能性があります。

今年は、オリンピックの前年で、毎年開催される大会だけでなく、隔年で行われている多くの競技の世界選手権が行われた年でした。その中には、結果次第ではオリンピック出場がかかっている大会もありました。

かつてであれば、地上波でライブや録画で見ることができたこうした大会が、日本人の活躍を伝えるニュース映像だけだった印象は無いでしょうか。

 

今年8月に福岡で開催された世界水泳は、大会後半に行われた競泳こそ地上波でのライブ放送がありましたが、大会前半に行われたその他の競技は地上波のライブは皆無でした。

アーティスティックスイミングは22時以降の地上波のダイジェスト、その他の水球、飛び込みなどは、CSでの放送でほとんどは夜帯の録画やダイジェストでしか見ることができませんでした。

オープンウォータースイミングはCSで朝からライブ放送だったので、録画、ダイジェストばかりの地上波よりも良かったという考え方もありますが、一方で2連覇が確実視されていた乾友紀子選手が出場するアーティスティックスイミングの女子ソロは、19時台に行われたにも関わらず、地上波の22時からのダイジェスト録画放送でした。

では、どうしてこのような編成になったのでしょう。

ここからは筆者の想像ですが、おそらく放送権を持っていたテレビ朝日は、高額な地上波のライブ放送の契約は人気の高い競泳だけに絞り、他の競技は割安な録画放送やCS限定の契約にしたのではないでしょう。

22年ぶりの自国開催で、この対応は残念で仕方がありませんが、やはり今の日本のテレビ局には、全てをライブ中継できるような資金力は無いということなのでしょう。

2026年に開催されるサッカーのワールドカップは、試合数が全64試合から104試合に急増します。これまでの大会のように日本で全試合を見ることできる可能性が低いのは明らかです。これまで以上に放送権料が高くなることは間違いないからです。

筆者は、世界的に見ても珍しい、大会全試合を放送や配信するいう日本のメディアの契約自体に疑問を感じていましたが、もしかすると次大会以降は、日本でも、日本戦と、準決勝、決勝などの主だった試合だけしか見ることができないという時代がやって来るかもしれません。

もちろん、それはワールドカップだけではありません。オリンピックでも限られた競技だけしか観戦できない時代が来るかもしれません。

オリンピックの場合、少なくともこれまでは、放送権を持たない国は、国際オリンピック委員会の公式配信を見ることができましたので、もしかすると今後はその方が良いかもしれません。

「地上波での放送が無くても平気。ネットで見ればいいよ」

これは、今年のプロ野球クライマックスシリーズが地上波で放送されなかったことに関してかかれば記事の、コメント欄の言葉です。

実際、昨年のクラマックスシリーズは、地上波はそれぞれのチームの地元のローカル放送だけでした。その結果、関東では両リーグを通じて、千葉ロッテマリーンズの主催試合1試合が、千葉テレビで放送されただけでした。

一方で、有料のCS放送と有料のネット配信では、全試合が放送、配信されました。

確かに、プロ野球は、CSとネット配信が主流になってきている印象はあります。

以前はセパ12球団の中で、偏っていた中継が、CS放送によって全試合中継が当たり前になり、ネット配信でも同様になっています。

だからと言って、スポーツ観戦はテレビの時代からネット配信の時代に替わったなどと悠長なことを言っている場合ではありません。

国際的に見て、テレビに比べてネット配信が比較的割安に放送権を獲得できた時代は終わりを迎えようとしています。ですから、テレビが無くてもネットがあるさとたかを括っていてはいけないのです。

さらに、ネット配信が行われる場合でも、無料の地上波に慣れ親しんできた日本人には馴染みの薄い有料での配信になる可能性が高くなります。野球のように伝統的に多くのファンがいる競技は課金をしても利用者がいるだろうと思いますが、そうでない競技の場合どうでしょう。果たしてその時に、ネット配信をする企業が想定したほどのユーザー数を確保できるでしょうか。

日本で最もメジャーになっているスポーツ専門のネット配信のDAZNの料金は、3年間で倍近くなっています。円安の影響も大きいと考えられますが、同時に彼らが想定したほどのユーザーを確保できていないためかもしれません。

一方、視聴者数がリアルタイムで明確に出されるネット配信では、売れるコンテンツであるか売れないコンテンツであるかが、より明確になります。

商売になる競技とならない競技、儲かる試合と儲からない試合の線引きが明らかになることになります。

スポーツのコンテンツとしての価値の向上が、これまで以上に求められる時代になるかもしれません。