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LPGA女子ゴルフツアー開幕。新しい時代を迎えることができたのか?

LPGA女子ゴルフツアー開幕。新しい時代を迎えることができたのか?

日本女子ゴルフツアーは渡邉彩香の優勝で幕開け

 6月25日から始まったアースモンダミンカップは、昨年の賞金女王の鈴木愛選手をプレーオフの末破った渡邉彩香選手の5年ぶりの優勝という、待望の開幕戦に相応しいドラマを見ることができました。

 当初3月8日から始まるダイキンオーキッドレディスゴルフトーナメントで開幕するはずだった今シーズンの女子ゴルフツアーは、新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、3ヶ月半遅れの開幕となり、この間に16の大会が中止になっています。この後も予定されていた大会の内、さらに6つの大会の中止が決定しています。

 政府の緊急事態宣言の解除以降、感染予防策を十分に行えば、これまでの大会でも開催できる可能性があったようですが、日本女子ゴルフ協会(JLPGA)が感染予防策のために示した条件について各大会の主催者(スポンサー)と折り合わず、ほとんどの主催者が開催しない判断をしたそうです。

 そうした中、ゴルフという競技の普及と女子ゴルファーのプレイの機会創出に理解の深いアース製薬が主催するこの大会で、ようやく開幕に漕ぎ着けることができたようです。

【資料】
2020年度 JLPGAツアースケジュール|JLPGA|日本女子プロゴルフ協会

LPGAが模索する放送権の一括管理

 皆さんがご存知の通り、この大会では日本のゴルフトーナメントとしては2つの新しいことが行われました。

 ひとつ目は4日間全日程を通したネットでのライブ配信です。もう1つは予備日の月曜日を使った大会の開催です。

 日本の女子ゴルフツアーを管理するJLPGAは、2017年夏からそれまでそれぞれのゴルフトーナメントの主催者が持っていた放送権を、選手の肖像権を持つJLPGAが一括で管理すべきだと主張してきました。しかし、その交渉は難航し、2019年には一部の大会が開催できない可能性も出てきましたが、最終的には選手会の強い要望で、全試合を開催することができています。

 ここで、日本のゴルフツアーの開催方法と日本のスポーツイベントの開催方法の特殊な点を説明する必要があります。

 まず、日本のゴルフツアーの多くのトーナメント(大会)は男女ともに、それぞれのトーナメントの冠となっている企業が主催者として開催していて、ツアー全体を管理・運営するJLPGAはそれぞれの大会を「公認」する立場で、規約やルールの管理やツアーの資格を持った選手たちにそれぞれの大会に参加させる立場でもあります。

 今年の女子ゴルフは36大会が予定されていましたが、その内、直接JLPGAが主催しているのはメジャーと言われてる公式競技の4大会のみです。それ以外は、スポンサーが主催者になって大会を開催しているのです。

 例えば、今回のアースモンダミンカップアース製薬が主催して、運営は専門のイベント運営業者に委託しています。

 このような形態で開催されているので、それぞれの大会を放送するテレビ番組なども、それぞれの大会の主催者が個別に放送局と契約を結んで放送されてきたのです。

 もう1つの日本独特のスポーツイベントの開催方法です。日本ではイベントの開催、運営自体にテレビ局が深く関わって、イベントを共同で運営したり、運営を委託されている場合が多くあります。例えば、ゴルフ以外でも箱根駅伝高校サッカーの場合も、大会運営に日本テレビが深く関わっています。女子ゴルフでもそうした大会が数多くあります。

 こうした中で、それぞれの大会の放送権をJLPGAの一括管理に切り替えるのは、主催者やテレビ局の抵抗があって当然のことです。主催者から見ればテレビ局からの放送権料が入らないことになりますし、テレビ局にとってもこれまで毎年放送できていた人気コンテンツが放送できない可能性があります。

 その後、この交渉が個々の大会でどうなったかは明らかになっていません。2020年は昨年までの39大会に対して36の大会が予定されていますが、減った3つの大会はいずれも今年開催される予定だった東京オリンピックの日程の関係のようです。

 なお、フジサンケイクラシック、中京テレビクラシック、テレビみやぎ杯のようにテレビ局自体が主催者になっている大会の場合は、これまでのところ除外されているようです。

LPGAの挑戦〜4日間フルライブ配信

 今回、アースモンダミンカップでは、4日間の大会を、JLPGAの管理のもと、YOUTUBEを使って4つのチャンネルの使って、毎日最初の組のスタートから最後の組のホールアウトまで配信しました。

 ch1は全体、ch2は注目ホール、ch3は9番ホール限定、ch4は選手インタビューという構成で、実況、解説、3日目、4日目はラウンドレポートも付いていました。

 筆者は、全てではありませんが、4日間とも大方視聴することができました。

 予選の1日目、2日目は全ホール網羅しているもののカメラの台数を少なく、グリーン奥に固定されたカメラから望遠でTショットも撮って、同じカメラがグリーン上も撮り続けるとういう、業界的には「振り回し」とか「ワンカメショー」と言っている撮り方のホールがいくつもあり、じっと見ていると船酔いのように気持ち悪くなりそうなホールもありました。しかし、このあたりは、予算的な妥協点だったとして、筆者は理解できます。

 一方で、せっかく長時間のライブ中継にも関わらず、映像に映る選手が、渋野日向子選手や原英莉花選手、鈴木愛選手などの一部の注目の選手に偏っていて、この点はとても残念な印象でした。

 実況アナウンサーと解説者が、情報が無いのか、準備不足なのか、試合進行を無視してプライベートの話題を続けるなど、テレビを基準に考えればスポーツ中継に相応しいレベルにはなかったように思います。

 しかし、3日目、4日目になるとカメラ台数も増えて、先に書いたような「振り回し」の映像もほとんど無くなり、テレビ中継のように必要に応じてカットを割った映像を見ることができましたし、スローやVTRも交えた演出が行われました。

 一部の選手に偏っている点では相変わらずですが、1日目、2日目ほどの偏りはなく、ある程度競技に沿ったセレクションが行われた印象です。これは渋野選手という注目ナンバー1の選手が予選落ちしたことで、演出側が他の選手を見る余裕ができたプラスの効果だと想像されます。それでも、優勝した渡邉選手の映像が、最終日の終盤までほとんど見られなかったことを考えると、演出側の思い込みや好みによる取捨選択が行われた可能性も感じずにはいられません。

 また実況解説は、ラウンドレポートに村口史子さん、茂木宏美さんと言ったベテランが加わり、テレビレベルに近い内容を聞くことができたように思います。

 

【現在もオンデマンドで視聴することができます】
www.youtube.com

ゴルフトーナメントのライブ配信の魅力

 日本で、これまでゴルフ中継と言えば、多くが録画ダイジェストでした。土曜、日曜の15時ごろから1時間半から2時間という短時間で放送されていて、今のようにネットでリアルタイムで情報が発信される時代には、結果を知った上でこのダイジェストを見る人も少なくないはずです。

 これでは、スポーツが本来持つ醍醐味は伝わりません。

 数少ない例外としては、NHKが中継するJLPGA主催のメジャー大会でしょうか。時間は短いですが、ライブで放送されています。また、昨年はそれ以外でも、渋野選手が賞金女王をかけて鈴木選手と争った大王製紙エリエールレディスオープンなど、一部の大会で、民放でもライブで放送された大会がありました。

 テレビ朝日が長年、深夜から朝方までライブで放送しているアメリカツアーのメジャー大会の中継などを見ていると、やはりゴルフもライブで見るに限ります。

 そうした意味で、今回最初から最後までライブで配信できたことは、競技の魅力を伝える上で大きな役割を果たすことができるはずです。

 また、今回の配信では、これまでのテレビ放送では滅多になかった、ラウンド前後の練習場の選手たちの映像も見ることができました。こうした広がりもまた長時間中継の魅力になるはずです。

女子ゴルフツアーライブ配信の課題〜魅力度アップと質的向上

 最終日のピーク時には20万人を超える人が視聴したと報道されていて、一応成功をおさめたと言えるでしょう。しかし、今回はあくまでもテスト配信です。今後の課題は次の通りです。

  •  フルライブならでは魅力と質的向上
  •  収益モデルの確立

 1つ目のフルライブならでは魅力は、その時間を最大限に使って、一人でも多くの選手のプレーを見せることです。今回のch3は9番固定でしたら、全ての選手を見ることができたはずですが、それをスタートホール1番と10番でもやれば、様々な選手の様々なプレーを伝えられます。また、今回のch1の「総合」でも、演出側にもっと多くの選手を紹介するという意思があれば、少なくとも予選の1日目、2日目は、人気選手の待ちの様子を見せながら、出演者たちが女子トークに華を咲かせるよりも、もっと多くの選手を紹介することは可能だったはずです。

 逆に、注目選手にこだわりたいのであれば、特定の選手固定、またはその選手がいる組に固定のチャンネルがあっても良いかもしれません。最終日などは、最終組や優勝を争う選手のいる組に固定して、ホール間の移動や待ちの時間も含めて、伝えることができればネット配信ならでは魅力となるでしょう。ホール固定も含めて、いくらでもチャンネルを増やすことができるネット配信の強みを生かすべきです。

 さらに、演出的にはホールのレイアウト紹介のタイミングなど、これまでの録画放送の習慣に縛られている点がいくつか見られました。フルライブならではの演出方法を見つけるべきだと思います。

 質的には、実況アナウンサーのレベルの改善が一番大切だろうと思います。まず、より多くの選手を紹介するためには、ランキング下位の選手や大会によってはアマチュアの選手の情報も頭入れて、喋る必要があります。少なくとも出場選手全員の顔と名前は一致する必要がありますし、これは全てのスポーツ実況に通ずる実況の基本です。

 今回の配信では、上記の村口、茂木以外の出演者から距離についてのコメントはほとんど出てきませんでした。特にこの二人がいない1日目、2日目はひどいものです。距離を競うのスポーツであるゴルフで距離が語られないのはあり得ません。

 この原因のひとつは、実況アナウンサー、解説者の勉強不足、準備不足です。まず、Tショットや2打目のおおよその距離感は、各ホールのレイアウトや風景が頭に入っていれば、喋ることができるはずです。

「あの木はTから○○ヤードの位置に立っていますから、グリーンまではおよそ○○ヤードくらいです」

「あのバンカー越しだとグリーンエッジまで○○ヤードくらいではないでしょうか」

 またグリーン周りでも、ボールの細かい位置は難しくても、グリーンの広さとカップが切ってある位置はしっかりと説明ができるはずです。その情報があれば視聴者、特に自分でゴルフをしている視聴者は、ボールからのカップまでの距離を映像からなんとなくイメージできます。

 テレビ中継では当たり前に聞くことができる、こうしたコメントができるレベルまで、実況アナウンサーや解説者のレベルを上げるべきで、逆に言えばそれができない出演者が入れるべきではないでしょう。

 これは距離についての話ではありませんが、2日目に渋野選手がグリーン手前のバンカーに入れたホールがありました。その際、カメラの位置からはバンカーが見えないため、渋野選手がバンカーからのアプローチショットを打って砂が舞い上がるまで、出演者の誰一人、バンカーに入ったことに気づかなかったことは最悪です。このホールのグリーン周りのレイアウトを誰も把握できていなかったのでしょう。

 ここまで来ると、出演者のレベル向上と同時に、最低限、ディレクターやスタッフが状況を伝え指示できるシステムを作る必要性を感じます。通常のライブ中継の場合は、ディレクターと実況アナウンサーとの間にホットラインがあるものですが・・・

 長丁場になることによる集中力の不足やネタ不足の可能性も含め、上記の準備の質を高めるために、ある程度ホールごとに実況アナウンサー、解説者を分けることも方法かもしれません。

 さらに、今はコンピュータでそうした距離などの数字や様々なデータをいくらでも表示できる時代です。3日目と4日は一部のホールで、Tショットや2打目で距離のCG表示がありましたが、グリーン周りも含めてそうした技術を積極的に取り入れたり、各選手の過去のスコア、データなどを表示していくシステムを導入する必要があるかもしれません。

女子ゴルフツアーライブ配信の課題〜収益モデルの確立

 課題の2つ目は収益モデルの確立です。

 これまで、主催者がテレビ局から放送権料を受け取り、その上で番組制作にかかるコストはテレビ局が負担していました。

 今後、JLPGAが放送権料を一括管理する場合、2つの方法があります。

 1つは、Jリーグのように全試合の放送権を丸ごと売ってしまって、番組制作、配信を売った先に任せる方法です。JLPGAとしてはこれが一番楽な方法です。売った後のコンテンツの質や視聴者獲得数や方法について契約段階で条件をつけておけば、あとは文句を言えば良い立ち場になります。

 渋野日向子選手などのゴールデンエイジやミレニアム世代など次々と若手注目選手が登場する今のタイミングは「売り時」かもしれません。得た放送権料の使い道の話は、また別の機会に。

 もう1つの方法は、今回のようにJLPGAの公式コンテンツとして自主配信をする方法です。

 その場合は、収支のバランスが大きな課題となるでしょう。

 例えば、今回のようにフルライブを行なった場合は、これまでテレビ局が行なってきたダイジェストの録画放送よりもはるかにコストがかかります。

 この方法の場合、まとまった放送権料を手にすることができないJLPGAは、その制作費を、配信事業単独で得る必要が発生します。その方法は2つ。1つは配信そのもののスポンサーです。テレビの放送と同様にに動画配信中にCMを流したり、コンテンツの周囲のバナーなどを掲示して協賛金を得る方法です。

 もう1つが視聴者一人一人から代金を支払ってもらう課金システムです。もし、今回の最終日のように20万人が視聴したとすれば、100円を課金すれば2000万円。500円の課金が可能であれば1億円。後者であれば、課金に関わる手数料を差し引いても、今回の程度のレベルのライブ配信は可能だろうと想像されます。

 当然、将来的には年間縛りや月会費などで会員化が必要だと思いますし、そうした課金システムとスポンサーの併用が必要になるだろうと思われます。但し、これまでほとんどはダイジェスト放送だったと言えども地上波で無料で見ることができたコンテンツが、有料でしか見れなくなることで、女子ゴルフ離れが起こるリスクはあります。

 ですから、そうした方法を可能するためには、先にあげたようなコンテンツとしての質的な向上とテレビ放送にはない魅力を磨き上げることが必要条件です。

LPGAの挑戦〜雨天順延・月曜開催〜

 アースモンダミンカップで行われたもう1つの新しいことは、最終日4日目の雨天順延、予備日の月曜日での開催です。これは国内ツアーとしては初めてのことだそうです。

 日本女子ゴルフツアーのトーナメントの多くは、3日間54ホールで行われていて、4日72ホールで行われているトーナメントは、このアースモンダミンカップのほか、JLPGA主催の大会など僅かしかありません。規定では、最終日を行わず54ホールで終了したとしても競技は成立したそうです。

 しかし、最終日に雨天の中での強行開催や、3日間の54ホールでの競技打ち切りを行わず、天気予報の良かった月曜日に順延し、好コンディションの中で最後まで大会をやり切ったことは、競技のレベルアップに大きな意味を持つはずです。そして、この大会を待ちに待った選手や関係者、ファンにとっても満足のいくものだったはずです。

 次の大会が8月のNEC軽井沢72ゴルフトーナメントまでなく、日程的に余裕があったこともそれを可能にさせた思いますし、昨年10月に日米男子ツアー共催で同じ千葉で開催されたZOZOチャンピオンシップで、荒天のために順延された月曜日に、タイガー・ウッズ選手が通算81勝の歴代通算勝利数に並ぶ記録で優勝を遂げた姿を思い浮かべ、刺激された関係者もいたかもしれません。

 しかし、それを可能にした最大の要因は、テレビ中継がなかったことでしょう。テレビ中継が無かったことで、主催者とJLPGAは、放送枠、放送局側のスポンサーや放送権料を気にすることなく、競技ファースト、アスリートファーストで順延を判断することができたのです。

 そして、その結果が成功として評価されたことは、競技としての新しい価値を模索するこの競技団体にとって、今後に向けた大きな自信になるはずです。

NEC軽井沢72ゴルフトーナメントにかかる期待

 次の大会は8月14日から行われるNEC軽井沢72ゴルフトーナメントです。NEC軽井沢72ゴルフトーナメントの歴史は長く、1992年からトータル72ホールを持つ広大なNEC自前のゴルフ場での開催されてきました。

 多くの方がご存知の通り、NECは、東京オリンピックパラリンピックのゴールドパートーナーであり、ラグビーや女子バレーボールのチームを持つなど、日本の企業で伝統的に最もスポーツに理解があり、その普及を心がけてきた企業のひとつです。長くゴルフを見てこられた方には、アメリカ女子ツアーで賞金女王になった岡本綾子さん、日米で26勝をあげた福島暁子さんの所属会社としても馴染みのある社名かもしません。

 そのNECが主催の大会が2ヶ月後に行われ、日本の女子ゴルフはさらに新しい一歩を踏み出せるかもしれません。