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テニスの全米オープン、車椅子部門中止の差別問題を考える

全米オープン車いすの部門を開催しないのは差別だ

 日本時間で6月17日の深夜、テニスの男子ツアーを運営するATP(プロテニス選手協会)と女子ツアーを統括するWTA女子テニス協会)は、今シーズンのツアー再開後の新たな日程を発表しました。男子は8月14日から、女子は8月3日から再開されます。

 さらに、同日、全米テニス協会は8月31日から予定通りの日程で開催される全米オープンの概要を発表しました。新型コロナウイルスの感染対策のため無観客で開催するほか、感染予防と経費の削減のために参加する選手の人数を減らすことが明らかにされました。主な変更点は次の通りです。

  • 無観客で開催
  • シングルスは例年通り男女合わせて128名が出場(予選はなし)
  • 男女ダブルスは32ペアが出場(例年64ペア)
  • 混合ダブルス、ジュニアの部、車椅子の部は開催せず

 この変更の中で、車椅子の部門を行わないことが、障害者への差別にあたるとして物議をかもしています。

 前回のリオパラリンピックで金メダルをとったディラン・アルコット選手などの有力選手が差別だと声をあげているほか、パラリンピックを主催する国際パラリンピック委員会も車椅子部門の開催を要望しているようです。

全米テニス、車いす除外に選手反発 リオ金メダリスト「最低な差別だ」:時事ドットコム

パラリンピック会長が再考要求 :朝日新聞デジタル

日本人とは異なる差別への感覚

 日本でもこのニュースがネットを中心に取り上げられていて、それに対する投稿などを読むと、どちらかと言えば、これは差別ではないという意見の方が多いように見えます。

 これを差別と言うのは傲慢であり自己中心的だという意見や、障害者は健常者より手がかかるから開催されないのは当然だという意見もあります。また、問題は差別の有無ではなく、主催者が事前に選手側と話をしなかったからだという意見も少なくないようです。

 一方で、欧米でスタンダードになりつつある「障害のある人が障害のない人と同等に生活し、ともにいきいきと活動できる社会を目指す」というノーマライゼーションの理念から見ると、差別だと見られても仕方がないという意見もあります。

 筆者の意見としては、今回の全米オープンの対応は結果的に「差別」と言えると思います。その理由は、上記のノーマライゼーションという考え方を読めばお分かりになると思います。全米オープンという大会でテニスをする権利は、健常者も障害者も同等でなければならず、その機会が失われるならば、同様に失われなければならないのです。出場する選手の人数を減らすのであれば、健常者と障害者は同じ条件で(同様のルールで)減らされるべきだということになります。これが障害を理由に差別をしないということになります。

 現在、アメリカを発信源に、黒人差別に対する運動が世界の多くの国々で起こっています。この場合は、端的に言えば、肌の色を理由に異なった待遇を受けることが差別にあたるわけですが、障害の場合も同様です。障害を理由に、待遇が違ったり、機会が異なってはいけないのです。

 しかし、全てのテニスの大会に車椅子の部門が設けられているわけでもありませんし、それを義務付けるルールもありません。そういう意味では、理念と現実が矛盾する部分もありますが、既にある機会が失われる場合は、明らかに事情が違ってきます。

クワードクラスという重度の障害がある選手たち

 差別とは直接関係がありませんが、投稿の中には、障害者の部の選手は健常者の選手に比べて周囲からのサポートが必要だったり、感染のリスクが高くなるという意見もあるようですが、これは半分正しく、半分間違いです。

 日本でも知られている、国枝慎吾選手や上地結衣選手がプレーする男女の車椅子のカテゴリーの選手は、少なくともプレー上やスタジアムの中での行動で、健常者以上に周囲の人のサポートを必要とすることはないでしょう。全米オープンに出場するような選手たちは、プレーだけでなく、様々シーンで一人で活動ができるように多くのトレーニングを積んでいますし、障害のある部分以外は健康です。特に全米オープンが開催されるビリー・ジーン・キング・ナショナル・トレーニング・センターは、毎年のように改修が行われている施設ですから、その施設内で車椅子の移動などで不自由があるとは思えません。

 一方、グランドスラムではこの全米オープンウインブルドンだけで競技が行われている「クワードクラス」という、3肢以上に障害がある重度障害のカテゴリーに出場する選手の場合は、かなり事情が違ってきます。中には脊髄損傷の選手もいて、自分で体温をコントロールできない選手もいます。自分の手でラケットを握ることができず、テープでラケットを自分の腕に巻きつけてプレーする選手もいます。そういう選手たちは、試合の前後でもおそらくサポートの必要があります。

 しかし、そうしたことが理由でそのまま感染リスクが高まるとは思えませんし、健常者と比べてテニスをする機会が減って良いということにならないのです。

健常者と障害者が一緒に競技をする時代を目指している

 健常者と障害者の試合は別々にすべきとか、競技団体を別々にすべきという意見があるようです。これは明らかに時代に逆行しています。

 まず、現在は原則的には健常者と障害者の競技団体は別々です。例えば、オリンピックとパラリンピックは、国際オリンピック委員会(IOC)と国際パラリンピック委員会(IPC)という別々の組織が主催する別の大会です。あまりにもIOCの存在と発言力が強く、大会の運営は同じ大会組織委員会が行うためか、誤解をしている人もいるようです。

 一方で、福祉先進国のヨーロッパなどでは競技団体の統合が始まっていて、トレーニングや合宿をオリンピアンとパラリンピアンが合同で行っている競技もあるようです。

 日本でも、一部の企業チームや学生のチームで、同じ部員として一緒にトレーニングを行うところも出てきています。

 現在、オリンピックは事実上障害者に対して、門戸と閉ざしていますが、時代の趨勢を考えると、将来的には障害者も健常者と同様にオリンピックに参加できる道を作らなければいけなくなるはずです。つまり、オリンピックとパラリンピックが完全にひとつの大会になるということです。

ビジネス的に差があっても同等に扱う平等の理念

 さらにビジネスとしての視点を指摘する声もあるようです。健常者の競技に比べて、障害者の競技は人気がないから、扱いに差があっても当然だという意見です。

 これは、男女の間でも同じことが言えます。男子と女子で同様の競技がある競技の多くでは、世界的に見れば、ほとんどの競技で男子の方が人気があるのが現実です。その結果、男女の間に様々な差があって、賞金を例にあげれば、サッカーのワールドカップの賞金額は、男子は女子の10倍以上です。ゴルフツアーの男女差は3倍程度だと言われています。集客、スポンサーを集める力の差が、ここに表れているのです。

 日本では、女子サッカーがワールドカップで優勝した際、選手たちが男子と比較して、待遇の改善を要求していましたが、JリーグLリーグの集客力の差を見れば、ある程度の違いがあるのは当然で、これを性差別だと考えるのは難しいように思います。

 しかし、世界的に見れば、これを差別だと考える人も少なくないようです。その筆頭とも言えるのが、実はテニス界なのです。テニスの4大トーナメント、グランドスラムでは、男女シングルの賞金は同額です。中でも最も早く1973年に男女の賞金を同額にしたのが、全米オープンだったそうです。

 この男女同権の勝ち取り、テニスに新しい世界を拓いた功労者が、全米オープンの会場であるナショナルトレーニングセンターの名前となっている「ビリー・ジーン・キング」氏です。1960年代〜80年代の彼女の現役時代、日本ではキング夫人と呼ばれていました。男女同権の功労者の名前を、その国を代表する施設の名前に付けるのが、やはりアメリカだなあと思わずにはいられません。プレーヤーとしても、4大大会でシングルス、ダブルス合わせて39のタイトルを獲った伝説の名プレーヤーです。

 ちなみに、ニューヨーク近郊にある広大なビリー・ジーン・キング・ナショナルトレーニングセンターセンターコートで、世界最大のテニススタジアムの名前は、アーサー・アッシュ・スタジアムです。キング氏と同じ1960〜70年代、白人ばかりだったテニス界で、黒人プレーヤーの草分けとして国際的に活躍し、グランドスラムでもシングルス、ダブルス合わせて5勝をあげたアーサー・アッシュ選手の名前をとっています。彼は引退後は、アメリナショナルチームの監督も務めた人物です。

 日本では女子テニスの人気が高いですが、世界的に見れば男子の人気が明らかです。しかも、グランドスラムでは女子は3セットマッチですが、男子は5セットマッチです。それでも男子と女子の間で賞金の差はないのです。

 こうした平等の理念を障害にあてはめてみると、車椅子テニスのプレーヤーや競技が、集客力やスポンサードなどビジネス面で劣っていたとしても、健常者と同じ待遇を受け、機会を得る権利があることになります。

 

 全米オープンの主催者である全米テニス協会は、多くの批判を受けて、既にこの大会の縮小プランについて見直すことを表明しています。

 

全米OPテニス、車いす部門中止を再考へ 「差別」批判受け :AFPBB News

 

【追記(6月25日)】

日本時間の6月24日深夜、全米テニス協会は、全米オープンでの車椅子部門の開催を発表しました。

全米車いす 中止から一転開催へ - テニス365 | tennis365.net