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Jリーグ、赤字クラブ増加を紐解く.後編〜通用しなくなった理念と夢を語るマーケティング〜

この文章には前編があります。

Jリーグ、赤字クラブ増加を紐解く.前編〜快走する神戸と広がる格差〜

自由競争か公平を重視か。分かれる欧米のリーグ運営

 ヨーロッパのサッカーリーグの多くは、自由競争の理念の下に、各クラブが自由に制限なく、資金を獲得し、その資金を使って原則自由に選手を獲得できるようになっています。その典型がスペインのリーガエスパニューラで、バルセロナとレアルマドリッドが2強として突出していて、世界的にもこの2つのチームが全スポーツのトップを争っています。

 またイングランドプレミアリーグは、この自由競争の上に、放送権をリーグ一括で販売することで市場価値の大幅な向上に成功して、多額の資金を得ることに成功しています。

 その対象をなすのが、アメリカのアメリカンフットボール、バスケットボール、野球、アイスホッケーの4大スポーツのリーグです。資金面ではチームごとの選手年棒の総額に上限を設けて、これを守らない場合はペナルティを課したり、完全ウエーバー制のドラフトで各チームが公平に選手が獲得できるようになっています。特に、利益の再分配を意味するレベニューシェアというビジネス用語を産んだNFLでは、チームの財務、戦力の拮抗化が徹底されていて、その結果、アメリカの経済誌Forbusが毎年発表する世界の全スポーツチームの価値ランキングでは、全32チームが揃って上位に入っています。他の競技に比べて試合数が少なく、マーケットもアメリカ国内限定というアメリカンフットボールという競技にも関わらず、全てのチームが均等にある程度の質と量を同レベルと保つことで、全てのチームが同等にマーケティングの恩恵を受ける仕組みによって、世界レベルの大きな利益を得ているのです。

 今回の新型コロナウイルスの感染拡大では、MLBNBAが選手年棒の大幅な減額やスタッフや選手の解雇に至っている一方で、NFLは2月にシーズンが終了したためにほとんど影響が無かったようです。そのNFLが第二波にどのように備え、第二波の直撃を受けた場合にどのような対応が可能になるかが注目です。

いいとこ取りの日本スタイルは日本の実情のあっているか?

 先ほどあげたイングランドプレミアリーグは、ヨーロッパスタイルのフットボールの運営に、アメリカンスポーツのリーグ運営に倣って放送権をリーグで一括管理し、成功した例と言えるかもしれません。

 Jリーグの場合も、ヨーロッパとアメリカの両方の間を取って、いいとこ取りをしようとしているのでしょう。よく言えばJリーグオリジナルです。自由競争で自由に資金を得て選手を獲得できる一方で、リーグが各クラブの経営にも積極的に関わり、いざという時のために融資の準備もして、絶対にクラブを潰さないという姿勢を見せています。

 しかし、自由競争によってクラブ間の格差が広がり、結果的に融資を必要とするような資金難のクラブを作っているという皮肉な巡り合わせになっているのです。

 果たして長いスタンスで見たときに、この運営方針は正しいのでしょうか? そろそろ覚悟決めて、分配金を公平に分配し、ドラフト制を導入など選手の獲得にも一定の制限をかけて、クラブ間格差の是正に取り組むか、逆に経営が立ち行かないクラブには退場してもらうなど、完全に自由化して自然淘汰に任せた運営を行うか、方向性を明確にする時期にきているのではないでしょうか? 今回の新型コロナウイルスの対応をそのきっかけにする大きなチャンスと言えるかもしれません。

 その前提として必要なのが、市場規模とリソースの量にあったクラブの数と配置の適正の把握です。つまり、サッカーへの資金の流入額とその価値に見合ったレベルの選手の供給量を把握し、それに合ったクラブ数と全国的な配置を調整していくのです。

 日本のプロ野球は、長く12球団の時代が続いています。既得権益の意味合いが強いものの、この数の絶妙さが現在の球団間の経営規模の均衡化やバランスの取れたファンの獲得に繋がっているはずです。昨年のJ1では選手人件費に最大8倍以上の格差があったのに対して、プロ野球では最大でも3倍程度だと言われています。また、2004年の日本ハムの北海道進出、2005年の東北楽天の誕生で、エリア的にも全国的にバランスを取ることに成功しています。

 そのプロ野球は、近年観客動員数が右肩上がりで伸びています。昨年の1試合あたりの平均観客動員数は本家MLBを上回る30939人で、日本のスポーツ界のマーケティングリーダーの印象のあるJリーグのJ1の20751人の約1.5倍。観客動員の総数でもJリーグのJ1が6,349,681人に対して、プロ野球はその4倍強の26,536,962人で、JリーグがJ3までの全54チーム分を合わせたとしても、プロ野球の数字には遠く及びません。

 現在、一部に16チームに増やすことが議論されているようですが、フランチャイズする都市の選考を間違えなければ、現在と同等のマーケティングとサービスの提供、さらに同等のリクープが可能だと思われます。

資料
J. League Data Site
2019年 セ・パ公式戦 入場者数 | NPB.jp 日本野球機構

スポーツを牽引してきた理念と夢を共有するマーケティング

 今から20年近く前の話です。日本サッカー協会のある理事の方と、できたばかりのJFAハウスの近くで昼食をご一緒にすることがありました。その時にその理事の方から次のような話をうかがったのを今よく覚えてます。

「サッカーは儲からないということは協賛する企業はもう皆がわかっている。だから、理念と夢を共有できないと協賛は得られない。」

 今では当たり前の考え方ですが、日韓ワールドカップの興奮もまだ残り、日本でも多くの人がサッカーで金儲けを目指していた時期に、協会中枢にいる人物がこうした発言をするのが衝撃的で、今でもよく覚えているのです。

 この方の言葉を借りるまでもなく、日本のスポーツの協賛は、この理念と夢の共有によって成り立ってきました。近年の各企業がCSR(社会的価値)や地域貢献を重視する時流にものって、サッカークラブも協賛を獲得してきたと言っていいでしょう。

 広告主としてユニホームの胸スポンサーになったとしても、たいていの大手企業にとっては費用対効果に見合う露出や反響は見込めません。プロ野球Jリーグでも、試合の中継がテレビからネット配信に主流がシフトする中で、その効果はより限定になっているはすです。もし効果を望むなら、たいていの企業では、その5倍、10倍を払って、大坂なおみ選手にCMに出演してもらう方がはるかに大きな効果が見込めるはずです。

 それでも、ある程度の効果を見込めるのは、これから成長を目指す新規の企業や、一部の特定な業態だけでしょう。前者で言えば、Jクラブのスポンサーになることで知名度アップに繋がる企業、後者で言えば、囲い込みによるシュア拡大に効果がある保険業界などで、ある程度長期に渡ることを覚悟すれば、一定の効果が得られるはずです。また地方のクラブの場合は、地元に根付いた企業では、イメージも含めて効果を得ることが可能だと思いますが、それを数値にすることは難しいのも現実です。

 にも関わらず、多くのクラブで協賛金を得ることができているのは、Jリーグとそのクラブの理念や夢に共感を得ていて、それが時代にマッチしているからです。中には、社長のサッカー好きという趣味の延長という場合もあります。

通用しなくなってきた理念と夢を共有するマーケティング

 しかし、最近ではその方法が通用しなくなってきているようです。これは実際にクラブ関係者から聞いた話ですが、例年、年間1000万円の協賛を受けていた企業から、ある年、急に減額を言われたそうです。その理由は隣町のなでしこリーグのチームに協賛するためだそう。元々、効果を見込んで出していた1000万円ではなく、スポーツに関する地域貢献枠として予算を組んでいたので、新たに別のチームに出すとしても、総額を増額することは無いのです。その後この地元にはBリーグのチームも出来たため、現在は1000万円を3分割する形で協賛を受けているそうです。おそらく、Jリーグ草創期には、プロ野球の関係者が同じような思いをしたことでしょう。

 

 なぜ、このようなことが起こっているかと言えば、協賛に対して、クラブ側から具体的なアウトプットが提供されていなかったからです。毎年1000万円を協賛したことに対して、それに相応しいメリットが提供できていれば、こうしたことは100%とはいかなくても、ある程度は防げたはずです。

 しかし、現実の問題として、多くのクラブはその方法を持っていません。その理由は、ほとんどのクラブが「地域貢献」「健全育成」「健康増進」「地域の誇り」などだけを理念、目標に掲げていて、例えば、協賛社などにとってのメリットをクラブの目標としていないからです。当然、そうしたことをできる人材もクラブ内にいません。

 もちろん、Jリーグだけでなくすべてのスポーツにとって「地域貢献」「健全育成」「健康増進」「地域の誇り」などの理念を掲げて活動することは、地域において共感、共有を呼び、これからも大切なファクターではありますが、今後は個々のステークホルダーにとってのメリットを明確にし、それを提供できる必要性が増していくことでしょう。 

 端的言えば、クラブがチームやアスリートを資産にしてお金儲けをして、その利益をそれぞれのステークホルダーに合わせた形で還元、分配するという経営スタイルが必要になるのです。

 リーマンショック以前は、Jリーグには将来的な上場を口にするクラブ経営者がかなりいましたが、現在はどのような状況でしょうか? 今回の新型コロナウイルスを感染防止のための経済活動休止などで、多くの企業がお金の出入りを見直すはずです。その結果Jリーグのクラブに限らず、多くのスポーツ関係者も経営方法の見直しを求められるはずです。

 客観的な社会的な価値を有することができず、また支援する企業にとってのメリットを提供できないスポーツ組織は、早晩消滅するしかないでしょう。

 Jリーグで言えば、優勝経験のあるビッグクラブでは、それでもブランドマーケティングなどイメージ戦略を活かすことで今までの延長線上でのマーケティングの可能性もあり、また予算に余裕があれば新規にマーケティングの専門家を招聘して活路を見出す方法もあるでしょう。しかし、優勝経験はおろか、J2、J3の弱小クラブではそうは行きません。協賛していること自体の価値も希薄な上に、別のプランを用意することは資金的にも人材的に難しく、その結果、クラブ間の経済的な格差は増々広がることになるのです。格差が広がった現実を前すると、夢は夢でしかなくなるのです。それどころか、夢すら見ることができなくなるかもしれません。

夢を実現できないスポーツの現実

 以前、日本サッカー協会には「夢プロジェクト」という事業がありました。Jリーガーが「夢先生」としてクラブや出身地の地元の小学校などを訪れて、子供達に自分の話をするというものです。

 最初の内は、J1のトップレベルの選手たちが選ばれていましたが、事業が進むうちに実施エリアを拡大するために、J2の下位のクラブやJFLのチームからも選手が選ばれるようになりました。J3はまだこの頃はありません。

 その夢先生について、当時J2にいた選手たちが次のようなことを自虐的に話ししてくれました。

「今の子供はお金に敏感だからいくらもらってるのとかダイレクトに聞いてくる。夢先生とか言って、子供達にそれっぽいことを話するけど、子供から見れば、自分の親より年収が低い奴なんかに夢を語って欲しくないでしょう」

 年収だけで「夢」を語ることは必ずしも良いこととは思いませんが、それでもこの言葉が現実です。夢破れた大人に夢を語られる子供にとってだけでなく、20代後半になっても手取り10万円代で、生活のために引退という名の転職に直面する選手に、子供達に夢を語らせるこのプロジェクトがいかに残酷なものだったか。

 それであれば、JFLの企業チームの選手のように、一流企業で企業人として働いて、それ以外の時間を使って全国リーグでサッカーをプレーするアマチュアの選手たちの方が、はるかに多くのことが語れるはずです。

 サッカーファミリーを増やすという旗印の下でJ3が創設された現在は、当時よりさらに状況は悪化し、J3のプロ契約選手の平均月収は10万円程度とも言われています。クラブ数の拡大を推し進めてきたJリーグの現実はそこにあるのです。

 

 ラグビートップリーグに続いて、6月3日には来年9月に開幕が予定されている女子サッカーのプロリーグの概要が発表されました。今後さらにスポンサーの取り合いが起こることが想像されます。急速な超高齢化による労働人口の現象や国際的な競争力の低下により、今後縮小することはあっても拡大することのない日本経済が背景にありながら、プロスポーツというエンターテイメント産業の今以上の拡大が可能なのでしょうか? スポーツをプロ化することの意味、社会的な価値を十分に検討して、スポーツ界全体で長期にわたるビジョンを描く時期に来ているはずです。

 

この文章には前編があります。

Jリーグ、赤字クラブ増加を紐解く.前編〜快走する神戸と広がる格差〜