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東京オリンピック、パラリンピックの簡素化案を検証する

東京オリンピックパラリンピックの簡素化、合理化が始まろうとしている

  いよいよ、東京オリンピックパラリンピックの中身に手が加える時がやってきたようです。6月4日、小池百合子東京都知事は、東京オリンピックの合理化、簡素化の検討に入っていることを記者会見で明らかにしました。

 この発言は、5月15日に大会組織委員会武藤敏郎事務総長が記者会見で「どのようなサービスレベルの見直し」「できる限り歳出を抑制」などを検討すると話をしたのと同じ延長線上にあり、4日には、大会組織委員会森喜朗会長が、小池百合子東京都知事との会談で目に見える形で合理化を進める方針で一致したと語っています。さらに、橋本聖子五輪担当大臣も同日の会見で「大会のあり方を考え直すべき時が来たのでは。これをチャンスとして前に進んでいかないと」と前向きな発言をしています。

 3月末に、完全な形での開催にこだわる安倍晋三総理大臣の意思の元、1年間の延期を決定した東京オリンピックパラリンピックは、それからわずか2ヶ月で大きく方向性を転換するようです。

 具体的には、開会式や閉会式のセレモニーの簡素化のほか、競技施設の借り上げ期間の短縮、関係者へのサービスの簡素化、競技会場周辺のイベントの縮小などがあがっていて、聖火リレーの簡素化については組織委員会が既に別の機会に表明しています。一方、感染予防のために、競技方式の見直しや、選手の移動の制限、観客数の制限、観客のPCR検査なども検討されているそうです。

 なお、東京都は7月に開催予定だった東京オリンピックの1年前イベントを全て中止しています。

新型コロナ:小池知事「東京五輪を簡素化」 費用削減進める :日本経済新聞

新型コロナ:五輪スリム化模索 経費削減、開閉会式の簡素化案も (写真=共同) :日本経済新聞

「合理化含めて対応」…橋本五輪相、簡素化検討に理解 : 東京オリンピック2020速報 : オリンピック・パラリンピック : 読売新聞オンライン

なぜ、東京オリンピックパラリンピックの簡素化が必要か?

 なぜ簡素化が必要になったかと言えば、大きな理由は東京都の財政の逼迫だそうです。言わば都の財政の貯金としてあった財政調整基金約9000億円が、新型コロナウイルスの対策費として全て使い切る見込みで、さらに景気悪化による税金の大幅な減収も予想されています。そうした状況下で、6000億円とも言われる延期による追加の費用を賄える見込みがなくなったと言うことです。

 IOCはすでに延期にかかる追加費用として、最大6.5億ドルの支出を表明していますが、これでは焼け石に水です。

 日本政府は、新型コロナ対策費としてすでに140兆円を超える補正予算を組んでいるだけに、おいそれとオリンピック、パラリンピック支援に乗り出すわけにはいきません。

 5月末には、IOCのトマス・バッハ会長が、東京オリンピック中止の可能性に言及しているため、日本としては中止だけは避けるためにあらゆる手段をとっていくことになるでしょう。

 簡素化を表明したもうひとつの可能性は世論の変化です。小池都知事は今回の記者会見で「五輪・パラリンピックの開催には、都民、国民の共感、ご理解が必要です」と話をしています。招致が決まった2013年の調査では東京オリンピック開催に賛成する声が77%を超えましたが、その後、新国立競技場の建設費をはじめとする開催費用の膨張、ロゴマークの盗作疑惑ほか多くのトラブルがあり、反対の声が増えていると言われていました。さらに新型コロナの感染対策の長期化による経済の低迷で、オリンピックどころではないという世論が広がっているのも事実です。

 そこで、7月5日に都知事選挙を控え、再選を目指す小池知事は、都民の声にも耳を傾けているという姿勢を示す必要があると考えたのでしょう。

 この選挙では、対立候補の出方次第では、東京オリンピックパラリンピック開催の有無そのものが争点になる可能性もあります。小池都知事は開催が前提だと思いますが、小池都知事が再選を果たした場合には、その後も東京都の簡素化に向けたアクションが続けられるかに注視していく必要があると思います。

簡素化実現のために必要な優先順位と対象の明確化

 どこまで簡素化するかにもよりますが、追加に必要な費用を元々の予算の中で充当しようとするとすれば、かなりの抜本的に見直しが必要となるでしょう。厳しい経済的な状況の中で、華美な大会への批判を避けることが目的であれば、その削減はセレモニーになどに限定されるかもしれません。

 一方で、簡素化して経費を抑えることと、感染予防対策は矛盾する部分が多いでしょう。

 観客の数を抑えれば、入場料収入は減って減益となります。観客のPCR検査を行うとすれば、その費用が大会側で負担するしかありません。感染予防のため試合数を減らすなど、競技運営そのものの簡素化、合理化を図り、大会日程の短縮まで見据える声もありますが、競技運営自体に踏み込むことは、IOCや各競技団体の領域に踏み入れることになり、今後解決すべき課題が数多く、現実的ではないかもしれません。

 それでも、コストを最大限に抑えるためには、「優先順位」と「それが誰のためのもの」であるかを精査する必要があります。

 

 例えば、先日Jリーグは、全選手、スタッフの2週間ごとのPCR検査を発表しました。これは、チェアマンがご出身の企業がお得意とするイメージ戦略でしかありません。なぜなら、選手、スタッフの定期的な検査で、安全を享受し安心するのは、選手、スタッフとその家族だけだからです。

 そもそも、多くのプロスポーツでは選手と観客はほとんど接触がありませんし、Jリーグも例外ではありません。その気になれば練習も含めて100%接触を断つことができますから、観客やファンとは直接関係がない、あくまでも内輪の話でしかないのです。

 もちろん、選手の感染が疑われる中では、無観客であろうとも試合の開催は難しいとは思いますが、極論を言ってしまえば、もし、選手に感染者がいたとしても、観客の安全を脅かすものではないのです。

 観客の感染予防策として決定的な方策を見出せない中で、是が非でも、通常開催にこぎつけたいJリーグのイメージ戦略にすぎません。

 選手たちの安全、安心が不要と言うつもりはありませんが、プロスポーツで最も優先されるべき安全、安心は、観客のためのものであって、「観客」のための実効性の高い感染予防策を講じた上で、通常開催に向けたスケジューリングに入るべきです。 

Jリーグ、全56クラブの選手らにPCR検査…12月まで2週ごと : サッカー : スポーツ : ニュース : 読売新聞オンライン

相矛盾する簡素化と感染予防対策の実現性

 さて、東京オリンピックパラリンピックで優先すべきは、言うまでもなく、公平な競技の実施とアスリートと観客の安全です。もしかするとこの2点に関わらない部分は、全てカットしても良いかもしれません。

 開会式、閉会式の演出も必要はありません。

 開会式では、オリンピックファンファーレの中、選手が入場して、開会宣言をして、聖火を灯せば、それで開会式の目的は達成されます。IOCは祝祭としての開会式にこだわっているという説もありますが、そもそも、大規模な開会式は1936年のベルリン大会でナチスプロパガンダのために始まったもの。密集を避けることに最大限に配慮すれば、選手の参加や開会式、閉会式自体の有無も検討すべきだと思います。

 そう言えば、聖火リレーも、このベルリン大会で、ナチスが軍事的に占領した地域に自らの威信を示し、外部への統治を印象付けるするために、初めて行なったと言われています。時代が変われば、目的は変わり役割も変わるものですが、オリンピックの本質とは関係がないことは開会式、閉会式同様です。

 また、競技と並行して開催する予定の文化プログラムや交流プログラムもできる限り廃止してはいかかでしょうか。こうしたプログラムは、競技に直接関係なく、オリンピックというイベントを文化的な価値あるものに演出するためのもので、多くの観客、来場者の参加があって成立するものばかりだからです。

 ビジュアル的な装飾を徹底的に簡素化するなどの細かい削減を積み重ねて行く方法もあります。その結果がどの程度コストを抑えられるか全く未知数です。なぜなら、そもそも発注が具体的な仕様のないどんぶりの可能性が高いからです。

 そう言う意味では、逆に、アウトプットは現状に近い状態でも、内容や発注方法を精査して、どんぶり勘定だった発注を、必要不可欠な項目に絞り込み、お金の流れを簡略化することで、大幅な予算の削減に繋げられるかもしれません。

 既に報道される中では、大会関係者向けのサービスの縮小や彼ら向けの車両の数を抑えることが挙げられていますが、こうしたことはぜひ徹底的に行っていただきたい。それは、将来的なオリンピックの在り方や、本来のアスリートファーストにも繋がるはずです。

 一方、おそらく、選手の滞在や競技の実施の部分では、先にあげたような試合数や開催期間に手を入れない限り、それほどカットできる部分はないはずです。

 

 次は新型コロナ感染対策についてですが、先に書いたように、経費削減と大きく矛盾する部分があります。

 観客の数を制限すれば、入場料収入が減り、その結果、事実上コスト増に繋がるでしょう。有効性と安全性が確立されたワクチンが開発されて、全世界的に普及しない限りは、観客に関する制限は必須になりそうです。無観客の可能性も報道されていますが、観客を入れたとしても、当初チケット販売された人数を入れることは難しいでしょう。むしろ、コストを考えた場合、中途半端な数の観客を入れるより、無観客の方でがコストは抑えられます。

 観客のPCRなどの検査も、検査を義務付けた場合は、その費用は大会側が支出する必要が生じます。 

 選手の移動制限も必要とされていますが、それは事実上の隔離で、これにも追加の費用がかかるでしょう。また選手に接触する可能性がある運営スタッフもおそらく100%をきせれば、選手と同じレベルの隔離が必要になります。

 いかに経費を削減しながら感染対策を行うか? 感染対策をしたからコストが増えましたでは、許される状況ではないことは、関係者の多くが理解しているでしょう。生活や経営に瀕しながらも、感染予防にために自粛を続けている企業や店舗に対して、それでは言い訳が立たないのです。

 コストを抑えながら感染対策をするには、おそらく、根っこの部分から見直す必要があるはずです。

私たちは、オリンピックの歴史的ターニングポイントに立っていることを自覚すべき

 こうした簡素化、合理化に対して、批判的な意見も少なくありません。例えば、選手の喜びでもある開会式を簡素化すべきではないとか、すでに観客は多くの演出も含めて高い代金を払っているなど、理由は様々です。試合数の削減なども含めて、すでにチケットは販売済みだから変更はできないなどの意見もあります。

 今回の新型コロナの感染拡大によって、他の多くの社会の構造や価値観が変化を迫られているのと同様に、オリンピック、パラリンピックもまた大きな変化を求められているのです。withコロナ、with感染症の時代に、安全、安心を確率した上で、どのような開催方法があるのか。その試金石となるのが、来年の東京大会となるはずです。時代の転換期に立った時に、以前の考え方、やり方に固執する存在は、時代に取り残され役割を終えるしかありません。それはオリンピックとて同じはずです。

 別の視点で言えば、止まることなく肥大化するオリンピックも自らの転換期に立っています。あまりのコスト高に、東京、パリ、ロスサンゼルス、北京のような巨大都市でしか開催できなくなり、オリンピックの本来の開催趣旨とずれが生じていることは、IOC自身も自覚しているでしょう。このままでは近い将来、開催自体が危ぶまれるところまできています。今回、新型コロナの感染対策を理由に、簡素化、縮小化に舵を切ることは、IOCにとっても、開催都市にとっても、本来主役であるアスリートにとってもハッピーなことのはずです。

 また、近年、オリンピックの開催都市、その関係者、競技団体は、IOCの言いなりになってきました。私たちも、昨年のマラソン競歩の札幌開催決定の際に、その傍若無人と言っていいほどの一方的な振る舞いを経験しています。

 今回の簡素化案は、大会組織委員会や東京都から出されたものです。まだ、IOC側の考え方は具体的には伝わってきてはいませんが、日本側が最大限の努力で世界の世論を味方につけて、東京スタイルを確立することができれば、ここでも新しい時代のオリンピックを提案することができます。

 

 新型コロナウイルスの感染拡大によって、オリンピックとパラリンピックは、多くの観点から新時代を迎えることができるかもしれません。関係者と国民の総意と努力次第では、2020東京オリンピックパラリンピックをそのターニングポイントにできるかもしれないのです。

 

【6月18日加筆】

 6月10日、組織委員会は、大会の簡素化を含む独自の基本原則を、IOC理事会に提出し、これが承認されたことを公表しました。

 この「基本原則」については次のブログをお読みください。

 組織委員会が示したオリンピックの新たな道筋と都知事選挙

 

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6月〜
4月〜5月
1月〜3月