スポーツについて考えよう!

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あなたはリネールの柔道を見たことがありますか?

リネールが強いから日本ではリネールを見る機会が少ない

 史上最強の柔道家は誰かという問いに、日本人は、柔道の創始者である嘉納治五郎氏や1974年ロサンゼルスオリンピックの無差別級金メダリストで現在のJOC会長の山下泰裕氏、さらには60kg以下級で1996年アトランタオリンピックから3連覇を果たした野村忠宏氏など日本人柔道家の名前をあげる人が多いでしょう。

 しかし、世界的に見れば100kg超級で現在オリンピック2連覇中のフランス人テディ・リネールをあげる人が多いのではないでしょうか。

 さて、日本の皆さんでリネールの試合を見たことがある人はどれくらいいるでしょうか。もちろん、テレビで結構です。柔道ファンでも数少ないのではないでしょうか。

 その理由は、リネールの絶対的な強さにあるのだろうと思います。今大会で影浦の破れるまで10年間続いた連勝記録194試合をはじめ、ロンドン、リオの2大会連続オリンピック制覇、2007年に19歳で世界選手権初タイトル以来、100kg超級と無差別級を併せて10個の金メダルなど、柔道史に残る輝かしい結果を残しています。2017年の無差別級世界選手権で優勝して以降、大会への出場機会を減らしているようですが、オリンピック3連覇のかかる東京オリンピックだけでなく、自国開催となる2024年のパリオリンピック出場も目指していると伝えられています。

 テレビで放送される機会が少ないために、フランスにこうしたすごい選手がいることを知らない人も多いのではないでしょうか。

 リネールが勝ち続けているということは、日本人が優勝してないということになります。特にリネールが主戦場にしてきた100kg超級には、リネール以外にも数々の海外の強豪選手がいて、近年日本人が最も結果を出せていない階級のひとつと言えるでしょう。

 日本の柔道の中継は、日本人選手が出場している試合にほぼ限定していると言っていいと思います。日本人選手の優勝が難しい階級はほとんど取り上げない場合もあります。トーナメントで日本人選手が敗退してしまうと、優勝者を決める決勝戦すら扱わないのです。これがリネールの試合を日本で見ることができなかった大きな理由です。

 今回、影浦がリネールを破ったグランドスラムパリ大会は、Jスポーツが放送していますが、そのライブ中継は軽量級の試合が多く組まれていた8日の深夜のみで、影浦らが出場する重量級の試合が行われる9日には中継の予定を組んでいなかったようです。

 Jスポーツが土曜しか中継の予定を組まなかったのは、単純にメダルの可能性を問題でしょう。日本人の優勝が期待薄の試合、階級では視聴率が取れないということなのでしょう。こうした傾向は他のスポーツの中継でも数多く見ることができます。

日本人選手中心の試合中継は柔道だけではない

 例えば、フィギュアスケート。オリンピック連覇の羽生の活躍や2006年トリノオリンピックでの荒川静香の優勝から続く人気もあって、男女シングルの人気はいわば定番化され、国際大会をテレビで見る機会が数多くありますが、ほとんどの大会で同時に行われているペアとアイスダンスという2つの種目の映像を見ることはほとんどありません。もしかしたら、ペアやアイスダンスという種目があることすら知らない人もいるかもしれません。シングルの選手の名前はスラスラ出てくる人は多いと思いますが、ペアやアイスダンスの選手の名前を空の言える人はよほどのフィギュアスケート好きです。

 メジャーリーグは1995年に野茂英雄氏が渡米して、彼の大活躍でメジャーリーグ人気に火がつきました。その後、2001年からのイチロー氏が活躍でその人気が本格的なものになりました。人気の面でイチロー氏の存在が大きかったのは、それまでの日本人メジャーリーガーとは違って、彼が野手だったことです。投手は先発であれば4日から5日に1回。中継ぎや抑えであれば、もっと多くの頻度で登場しますが、不規則の場合が多く、出場しても短時間で終わることもあります。その点、野手で主力であれば、ほとんど毎試合に出場し、試合の最初から最後まで出場します。しかもイチロー氏の場合は守りでも見せ場をあった上に、怪我による欠場も無かったことも、中継するテレビ局にとってはありがたい存在でした。さらに、イチロー氏の渡米後、多くの選手がアメリカに渡って今以上の活躍していたので、当時中継をしたNHKでは、地上波とBSを併せて1日に複数の試合の中継されることもありました。

 現在では一時に比べて日本人選手の数も減り、中継されるのは大谷翔平が出場する試合くらいになっています。

 最近では、八村塁の活躍でNBAがフィーチャーされて、日本でも八村が出場する試合以外でも注目カードがスポーツニュースに取り上げられるほどになっています。先日若くして亡くなったスーパースター、コービー・ブライアントの事故死が日本でもあれだけ話題になったのも、八村の活躍があったからこそだと思います。

 一方、アメリカではあれだけの人気を誇りながら、日本ではブームにならないのがNFLアメリカンフットボールです。NFLに限らずカレッジフットボールでも、野球並みに複雑なルールを少し齧って、試合の映像を見れば、日本人でも結構楽しめるはずですが、日本人選手はおらず、今後もトップレベルの選手の登場は見込めないでしょう。

 結局、日本人のスポーツを見るスタイルには、日本人選手を応援するという柱が必要なようです。

日本人選手の有無に関わらず続けられたテレビ放送が競技を育てる

 例外的なスポーツのひとつがサッカーです。サッカーというスポーツは不思議なスポーツで、日本代表の試合でなくても、日本人選手ががいなくても、多くのファンが試合の中継を見る傾向があります。ワールドカップでは、大会の全試合が録画も含めて中継される数少ない国のひとつです。自国以外見る人がいないであろう、アフリカの国とアジアの国の対戦すら中継されます。

 そのスタートは、1974年、当時の東京12チャンネル、現在のテレビ東京が、まだ雲の上の存在だったワールドカップの西ドイツ大会の準決勝を録画放送、決勝を生中継したことに始まります。その後、東京12チャンネルは、ダイヤモンドサッカーというヨーロッパサッカーの試合を放送する週一の番組を作り、ヨーロッパサッカー人気、海外サッカー人気の礎を作ります。

 1978年には奥寺康彦氏が西ドイツの名門1FCケルンに入団し、彼が1986年まで西ドイツの強豪チームでプレーしたことで、欧州サッカーの人気はさらに高まりましたが、人気の中心は彼自身よりも、西ドイツ、イタリア、イングランド、オランダでプレーするヨーロッパや南米出身のスーパースターたちでした。

 ヨーロッパと南米のチャンピンが世界一を決めるトヨタカップが1981年から東京で開催できたことも大きかったかもしれません。

 Jリーグの立ち上げ時には、こうした海外サッカーを観てきたファンの厳しい目とその声が、Jリーグの質的な向上の貢献したと筆者は考えています。

 同様に、以前から海外の試合の中継が盛んなテニスやゴルフも日本人の活躍に関係なく試合を観戦する層の視聴者が数多くいます。テニスであればウインブルドンを放送するNHK、ゴルフであればメジャー大会を放送するテレビ朝日、さらに前述したサッカーのテレビ東京など、トレンドに関わらず長年放送を続け、視聴者と文化を育てた放送局が果たしてきた役割が極めて大きいと言えるでしょう。

 もちろん、昨年の大坂なおみや渋谷日向子のように日本人が活躍すればその人気は爆発的に高まります。サッカーでは、残念ながら近年、各リーグのトップレベルの試合よりも、マイナーなリーグでプレーする日本人選手を取り上げるような日本人優先の情報の方が多くなり、他のスポーツ同様に、質の高いプレーを楽しむいうよりは、日本人だから応援するという応援スタイルの変わりつつあるように思います。

柔道重量級を強くするには試合の放送が不可欠

 柔道に話を戻しましょう。日本の柔道は、特に男子は重量級で苦戦が続いています。そもそも体格的に欧米の選手に劣ることも理由の1つですが、もう1つ、テレビ側の事情で、迫力のある重量級の試合を日本で見る機会が少ないことも理由にあげられると思います。

 見る機会がないスポーツを目指す選手がいないのは当然のことです。知らなければ目指しようもないのです。人気がない、視聴率が見込めないから放送しない。放送しないから人気も出ないし、競技人口も増えない。完全に負のスパイラルにはまっています。

 また、柔道の場合、世界最強の柔道家のリネールを柔道を見る機会が無かったことは、日本の柔道家、スポーツファンにとって不幸なことだったと言えるかもしれません。

 近年ではネット動画でスポーツを見る機会が増え、実際に筆者も今回のリネール、影浦戦をネット動画で試合通して見ることができました。それでも日本ではテレビの影響力は絶大です。ネット動画はオンデマンドの言葉の通り、この動画を見たい、この試合を見たいと視聴者が決めた場合には威力を発揮しますが、ザッピング的に多くの視聴者が広く浅く見る場合は、まだまだテレビが威力を発揮します。

 例えば、何気なくリネールの試合を見て、柔道ってでかい奴がやると格好いいとか、例えば、アイスダンスってクールだとか、そういうきっかけ作りにはテレビが果たす役割は大きいのです。視聴率重視で日本人選手だけを追いかけ、日本人選手が勝てる試合だけを放送していては、こうした機会を失ってしまいます。スポーツを育てるには、日本人が出ていなくても、世界ナンバー1の選手やチームの試合や幅広く多くの競技を放送することも必要なのです。

 改めて、スポーツ文化を育て、根強いファンを作るために、試合中継における放送局の役割を再考し、テレビ局と競技団体が連携をして、スポーツを文化として楽しみ、多くの子供や若者がスポーツを通して世界を目指す環境を作ってほしいものです。