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ホンダのF1撤退は、時代に乗り遅れないためのギリギリの選択だった

ホンダはなぜF1に参戦してきたのか?

 10月2日、本田技研工業(ホンダ)は、2021年シーズン限りのF1からの撤退を発表しました。

 発表されたリリースからその理由をまとめると、100年に一度の自動車業界の転換期の中で、最重要課題である環境への取り組みとして、持続可能な社会を実現するために「2050年カーボンニュートラルの実現」を目指すことになり、これまでF1に使われてた研究資源を将来のカーボンニュートラル実現に集中し取り組んでいくためだというものでした。

Honda | FIA フォーミュラ・ワン世界選手権への参戦終了について

 カーボンニュートラルとは、石油、石炭などの炭素系のエネルギーに頼らず、Co2の排出をプラスマイナスゼロに抑えることです。 

 ホンダのF1参戦の歴史は、振り返ると次のようになります。

 第1期 1964年〜68年 チーム参戦
 第2期 1983年〜92年 エンジン供給
 第3期 2000年〜08年 00~05エンジン供給、06~08チーム参戦
 第4期 2015年〜21年 エンジン供給 

 1950年からのF1の歴史の中で、思いの外、短期間に出入りを繰り返しているかわかります。これまでは、撤退のたびに、復帰を期待されてきましたが、今回撤退を発表した八郷隆弘社長は、今後復帰することはないと語っています

 ホンダは、F1に参戦してきた理由として、エンジンやブレーキ、空力などの最先端技術の開発の場として不可欠だと説明してきたと記憶しています。しかし、経営状況が厳しくなると撤退を繰り返すということは、そもそもF1という事業が費用対効果が合わず、その研究成果も市販車への反映することが難しく、実際にはF1という事業の中で集結してしまっていたことを意味しています。

 おそらく、これまでF1で培おうとしてきた技術の多くは、現在の研究技術では、スーパーコンピューターやそれが作り出す仮想空間の中で実現が可能になっているはずです。むしろ、レースの現場では発生し続けるエラーファクターの改善のためのエネルギーから解消されることで、研究は効率的に進むはずです。

 また、F1に名前を列ねることの効果はマーケティング的にも高くはないのでしょう。F1への参戦がブランドイメージに貢献したきたという意見もありますが、具体的に車やバイクの販売に直結できていたとは思えません。

アメリカでは開発費を抑え、環境にも考慮したインディカーレースに参加

 ホンダは、アメリカを代表するモーターレース、INDY500に代表されるインディカーレースへのエンジン供給を2003年から行ってきました。F1撤退を発表した翌日には、この供給を少なくとも2030年まで継続することを発表しています。

 F1は、ルマンなどと並んでヨーロッパの自動車文化を背景に育ったモーターレースなのに対して、インディーカーともうひとつストックカーNASカー)はアメリカのモーターレースの象徴であり、アメリカンフットボールと並ぶ国民的なスポーツとさえ言えます。

 F1と比べた時の決定的な違いは、他のアメリカンスポーツ同様に厳しいレギュレーションの中で、チーム間の戦力均衡と公平性が重要視されていて、チームごとの開発が制限されていることです。ボディはワンメイクですし、エンジンも同じ規定の中で設計されたホンダかシボレーのエンジンのどちらかを使用することになります。

 この結果、F1に比べれば圧倒的に開発費は少なくなり、チームごとの資金力による差は極わずかになります。レースの勝敗は、ドライバーの腕とメカニックの調整、そしてチーム戦略によることになります。

 また、ひたすら質の高いガソリンを求めるF1と違って、植物由来のバイオエタノールアルコールを85%を使用した燃料を使用していることも特徴です。脱炭素系エネルギーであると同時に、高いエネルギーを引き出しパワーに変換することが可能だからです。

 日本でエタノールエンジンというとブラジルのイメージですが、アメリカではエタノールとの混合燃料とガソリンだけのどちらでも走行できるフレックスエンジンの車がブラジル以上に数多く販売されていて、エタノール燃料もほとんどの州で日常的に購入することができるそうです。ですから、トヨタ、日産、マツダと言った日本のメーカーもフレックスエンジンの車の生産、販売をしていて、ホンダはその筆頭と言える存在なのです。

 さらにインディカーでは、2023年からエンジンをハイブリット化することも決まっていて、さらに環境に配慮した姿勢を見せています。当然、ホンダもこれに対応したエンジンを供給することになっています。

 それぞれのレースにおけるアライアンスも全く異なります。F1でのホンダは、レッドブルと共同開発する立場、つまり膨大な開発費をかけたエンジンを無償提供する立場ですが、インディカーレースでのホンダは、各チームにエンジンを販売する立場ですから、少なくともアライアンスの中でも売り上げを立てることができます。

 そうした点や、ヨーロップに比べて高いアメリカにおけるホンダ車の販売台数や認知度から、国民的スポーツとも言えるこのインディカーシリーズにエンジンを供給することは、投資に見合ったものなのでしょう。

ホンダ、インディカーへの参戦は少なくとも2030年まで継続 【 F1-Gate.com 】

 アメリカ以上にCo2削減の必要性が叫ばれているヨーロッパを中心に、自動車メーカーのモーターレースからの撤退が目につきます。その一方で、F1を主催するFIA国際自動車連盟)が2014年から始めた電気自動車のチャンピンシップ、フォーミュラEには次々の世界のメーカーが参戦しています。日本から唯一、日産が参戦しています。

 バイクで世界的なシュアを誇るホンダは、バイクレースで電気駆動への転換の主導的な立場を示すべきかもしれません。またそれがホンダのステイタスを維持する方法になるかもしれません。

時代は電気自動車時代に突入している

 世界のホンダやモーターレースファンがどんなに失望しようとも、ホンダという企業にとっては今回の決定は正しい選択だろうと筆者は考えます。サステナビリティ、環境問題への対応が企業の姿勢を示し、その将来にかかっている現在、ホンダの決定は遅かれ早かれ必要となったはずです。

 トヨタをはじめとする日本のメーカーの多くは、多数のハイブリット車種を生産し、自社の先進性をPRしていますが、世界の趨勢がハイブリットの時代を終了して、電気自動車に移行するのはもう目と鼻の先です。

 アメリカやヨーロッパのセレブがこぞってプリウスに乗った時代は遥か過去の話、現在はアメリカの電気自動車メーカーのテスラやシボレー、日産の電気自動車に移っています。ハイブリット車に目もくれない時代がすぐそこにきているのです。

 今年2月、アメリカ国内での電気自動車の圧倒的なシェアを持つテスラ社が、時価総額でそれまで世界一だったトヨタを上回ったというニュースは、自動車製造という事業の社会的な価値や将来性についての評価を知る上で指針となったはずです。トヨタは毎年1000万台の車を販売していますが、テスラの2019年の販売台数はわずか36万台なのです。

 そうした中で、ホンダ初の電気自動車の発売と同じ時期にF1撤退を発表したことは少なからず意味があったはずです。ホンダの内外に、もう古い時代には戻らない。カーボンフリーの時代に即した企業体制に移行することを宣言したことになるのでしょう。

構造的なイノベーションを求められる自動車業界へのギリギリの意思表示

 ホンダの発表はモータースポーツ業界に衝撃を与え、多くの議論が行われているようです。その中には、「宗一郎氏のホンダイズムが失われる」「2050年のカーボンフリーの実現には早すぎる」と言った否定的な意見も少なくありません。しかし、筆者はそうは思いません。

 世界の主要自動車メーカーが次々と電気自動車を世に送り出している中で、日本のメーカーでは世界に先駆けて市販車を販売した三菱、それに日産、ホンダを除くメーカーは、未だに電気自動車を販売できていません。

 エンジンからモーターへ。これまでエンジンで培った技術の積み重ねが全く意味がなくなる大変革です。電気自動車が生産できないメーカーは、自動車産業が求められている、この構造的なイノベーションへの対応が遅れているのです。その対応の差から、先行するアメリカのテスラ社や中国企業を中心とした世界的な業界再編が予想されているのです。電気自動車の市販車の技術を持たないメーカーは、再編の主役になれるはずはありません。

 そうした背景を考えれば、今回のホンダの決断はもう既にギリギリのタイミングだったのかもしれません。ホンダが培ったレーシングスピリットは、別のフィールドで生かすべき時代を迎えようとしているのです。