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大坂なおみと日本の子供とジェンダーギャップ

大坂なおみジェンダーギャップ解消のためのプロジェクト

 ナイキのオフィシャルサイトに次のようなページを見つけました。多様性の理解や平等についてのメッセージを発信し続けている、プロテニスプレーヤーの大坂なおみ選手の活動とコラボしたナイキのページです。

www.nike.com

 このページの目的は大坂選手が、国際的に活動しているローレウス・スポーツ・フォー・グッド財団とコラボして日本国内で開催している「プレー・アカデミー with 大坂なおみ」というプロジェクトの紹介です。

 このローレウス・スポーツ・フォー・グッド財団は、主に子供達を対象にスポーツの機会の提供やスポーツを通して多様性に関わる課題解決を目指す活動を世界40か国で行なっているそうです。その活動の一つが昨年8月から始まった大坂選手とコラボして行なっている活動です。

 ナイキのサイトに書かれている内容は、ローレウス・スポーツ・フォー・グッド財団のホームページに書かれている内容からの転載ですが、なぜ、大坂選手と日本で活動を行うことにしたのか、その前段に日本の女性アスリート、日本の女児のスポーツに関する大きなジェンダーギャップがあり、その解決を目指すことが彼らの活動の理由として書かれています。その活動の目標は大坂選手の言葉で「私の家族と私にとって大切な都市、東京から女の子たちの環境を変えて、平等な機会を作ること」と書かれています。

 Sport Has The Power To Change The World | ローレウス・スポーツ・フォー・グッド財団公式サイト

 書かれている日本におけるジェンダーギャップを、掲載順にまとめると次のようになります。

  1. 6歳から18歳の女子のスポーツ参加率は男子比べて20%低い
  2. 15歳過ぎの頃からスポーツを辞めてしまう女の子は男の子の約2倍
  3. チームワークを構築するための手法、安全確保、ケガの予防、スポーツの技術や戦術知識などの訓練を受けている(女子の指導者の)割合は全体の30%未満に留まっています
  4. 日本の男性コーチの数が72%であるのに対し、女性コーチは28%

 残念ながらいずれも出展が書かれていないので、まずは筆者なりにこのデータを検証してみることにしました。

6歳から18歳の女子のスポーツ参加率は男子比べて20%低い

 6歳から18歳は日本では小学校、中学校、高校の年代にあたります。小学校年代については細かいデータを見つけることはできませんが、中学校では日本中学校体育連盟、高校では全国高等学校体育連盟のホームページで、詳細な運動部の参加校、参加者数のデータが公表されています。近年では学校の部活動ではなく、地域のクラブに参加する子供も多くなっていますし、どちらのデータも全て競技を網羅できているわけではありませんが、男女の比較データとしては十分に参考になるのではないでしょうか。

 今回は、このデータと文部科学省のデータから抽出した中学生、高校生の全体の人数から参加率を計算してみました。

    男子 女子 男女合計
中学生 総人数 1,645,095人 1,573,042人 3,218,137人
参加人数 1,160,363人 833,433人 1,993,796人
参加率 70.5% 53.0% 62.0%
高校生 総人数 1,601,977人 1,566,392人 3,168,369人
参加人数 762,554人 429,044人 1,191,598人
参加率 47.6% 27.4% 37.6%
参加者推移 増減人数 -397,809人 -404,389人 -802,198人
減少率 34.3% 48.5% 40.2%

参照:日本中学校体育連盟公式サイト
全国高等学校体育連盟公式サイト
文部科学統計要覧(令和2年版)|文部科学省
データはいずれも令和元年現在

 このデータで見るとローレウス・スポーツ・フォー・グッド財団が書いているほぼその通り、中学では約17%、高校では20%以上の男女の間に参加率の違いがあるのが分かります。
 また、中学と高校の間での変化をこの間の減少と捉えた場合、実数では男女差はそれほど大きく表れていませんが、減少を比率に直してみるとその差は14%近くと、男女の差は如実です。ローレウス・スポーツ・フォー・グッド財団のホームーページに書かれている20%には届きませんが、同様の傾向となっています。

より深刻な女性指導者の数

 指導者の数の男女の違いを表すデータはあまりないのですが、内閣府男女共同参画局が毎年出している男女共同参画白書の平成30年版には下記のようなデータがあります。いずれも少し以前のデータになりますが、男女比が明らかになっています。

  1. 夏季オリンピックパラリンピック3大会における女性コ-チの割合
  2. JSPO(日本スポーツ協会)公認スポーツ指導者資格の種類と女性の割合(スポーツ指導基礎資格等)
  3. JSPO(日本スポーツ協会)公認スポーツ指導者資格の種類と女性の割合(メディカル・コンディショニング資格)

参照:男女共同参画白書 平成30年版

 1の「夏季オリンピックパラリンピック3大会における女性コ-チの割合」では、2008年北京大会、2012年ロンドン大会、2016年リオ大会の日本選手団のコーチの内、女性コーチの占める割合が掲載されていますが、3大会とも選手の数は男女ほぼ同数なのに対して、オリンピックの女性コーチの割合は、2008年大会で11%、2012年大会で11.6%、2016年大会では12.3%と極めて低くなっています。一方、パラリンピックはこれよりは多く20%前後で推移しています。

 次に例としてあげた日本スポーツ協会(JSPO)は、文部科学省スポーツ庁補助金などをベースに、日本のスポーツ環境の向上を図っている公認組織で、日本オリンピック委員会と両翼を担う組織です。

 JSPO 日本スポーツ協会公式ホームページ

 この組織では、各競技団体と連携して指導者の資格制度を設けているほか、メディアカル、フィジカルケア、組織マネジメントなどの分野でも、スポーツの専門性を重視した資格制度を設けています。

 2の「スポーツ指導基礎資格等」では、主に各競技の現場で指導を行う各種「競技別指導員」の項目で、指導資格を持つすべて指導者152,922人の中で、女性は33,123人でその割合は21.3%、中でも国際的なレベルなどで指導できる「上級コーチ」の資格保有者の女性の割合は僅かに8.0%とさらに低く、ローレウス・スポーツ・フォー・グッド財団のホームーページに書かれている以上に深刻な状況であることが分かります。

競技別指導者資格 総数 女性 女性の割合
指導員 111,607人 25,044人 22.4%
上級指導員 12,483人 2,769人 22.2%
コーチ 18,488人 3,409人 18.4%
上級コーチ 5,808人 464人 8.0%
教師 3,282人 1,261人 38.4%
上級教師 1,254人 176人 14.0%
合計 152,922人 33,123人 21.7%

参照:男女共同参画白書 平成30年版

 また、アスリートがストレスフリーでスポーツに取り組むためにはメディカル、コンディショニングのスタッフの存在も重要です。3の「JSPO公認スポーツ指導者資格のメディカル・コンディショニング資格」の項目では、スポーツドクターが 5,960人が資格を保有している中、女性の資格者は465人でその占める割合は7.8%、アスレティックトレーナーは3,453人が資格を保有している中で女性の資格者は784人で割合は22.7%などと極めて女性比率が低いデータが示されています。一方で女性の占める割合が高い資格はスポーツ栄養士で253人中92.1%という高い割合になっています。

  総数 女性 女性の割合
スポーツドクター 5,960人 465人 7.8%
アスレティックトレーナー 3,453人 784人 22.7%
スポーツデンティスト 235人 9人 3.8%
スポーツ栄養士 253人 233人 92.1%
合計 9,901人 1491人 15.1%

参照:男女共同参画白書 平成30年版

なぜ、女子は運動部に入る人数が少なく、早くやめるのか?

 では、なぜ、女子は男子より運動部に入る人数が少なく、男子より早くやめるのでしょうか。一つには、運動より例えば文化部のような活動の方が好きな女子が多いという可能性はあると思います。性の違いによって、こうした嗜好の違いがあるのは当然です。

 本人の希望によってそれが自由に選択できることはもちろん良いのですが、親や周囲の大人によって「女の子なんだから〜」という決めつけで、本人の意思に関係なくさせられている可能性もあります。もちろん、男女共にこうした周囲の決めつけによって嫌々運動をさせられている子供もいるはずなので、全体像は見えてきません。

 男子に比べて女子が早くに運動を辞めるのは、身体的な変化や精神的な変化で自らの判断で辞める可能性もあると思います。小学生の頃は男子と一緒に、男子以上に活躍していたのに、中学に入ると一緒にもできないし、男子の方がずっと上手くなっているという例もあるでしょう。そうした時に、そのスポーツをするのが嫌になってしまうということもあると思います。

 しかし、これは次の指導者の数の話にも共通しますが、女性のロールモデルの存在が影響してくるはずです。身近な女性が大人になっても、スポーツを楽しんだり、指導をしている姿を見れば、自分もそうなりたいと思うかもしれません。学校の先生や家族、先輩の存在を大きいように思います。

 逆に、そうした存在が全くいなければ、頑張って部活を続けても、早めに見切り付ける可能性もあります。

 ここでも、周囲の「女の子なんだから〜」という決めつけが影響することが多くあるかもしれません。この言葉によって、その女の子が得るはずの機会や可能性を奪うことにも繋がるのです。

 多くの人が「女の子なんだから〜」という言葉自体が、性差別の可能性があることも私たちは認識しなければいけません。

なぜ、女性指導者が少ないのか?

 女性の指導者が少ない理由には大きく分けて次の3つがあると筆者は考えています。

  • 女性指導者が少ないから女性指導者になろうとする女性が少ない
  • 女性指導者より男性指導者の方が優れていると思っている人が多い
  • 指導者の椅子を男性が独占していて女性に譲らない

「女性指導者が少ないから女性指導者になろうとする女性が少ない」

 そもそも女性指導者がいないから、女性アスリートは現役時代の先のライフプランの選択肢に、指導者が入っておらず、またその準備をする人が少ないのではないでしょうか。自分の指導者など身近な存在に女性がいれば、後進にとってもその姿が目標になります。身近な存在がいなくても有名なオリンピアンらが、指導者として後進を育て、その選手とともメディアなどに登場すれば、状況は違うのかもしれませんが、現実はそうではありません。

 マラソンを例に取るとよくわかると思います。調べてみると男子マラソンでオリンピックに出場した選手のほとんどが指導者になっています。例外を探すのが難しいくらいです。男子マラソンでよくメディアに出て、有名な人物と言えば、1984年ロサンゼルス大会、1998年ソウル大会に出場した瀬古利彦氏ですが、彼も引退直後から母校の早稲田大学、現役時代の所属したエスビーの指導者を長く務めてきました。

 一方、女子マラソンは、1984年ロサンゼルス大会から正式種目になり、以来、日本からは23選手が出場していますが、その中で指導者になったのは1992年バルセロナ大会に出場した山下佐和子氏と2000年シドニー大会に出場した山口衛里氏のわずか二人しかいません。マラソン中継の解説などで有名な増田明美氏や有森裕子氏も指導経験はありません。金メダリストの高橋尚子氏や野口みずき氏が指導者として活躍すれば、貴重なロールモデルになるはずです。

 3人のオリンピックメダリスト=3人しかいないオリンピックメダリストの内、一番年齢が上の有森氏で50代、一番若い野口氏で40代と、彼らの元から優秀なランナーが誕生していてもおかしくない時間が経過しています。彼らが積極的に後進の指導に取り組んでいれば、日本の女子長距離走の風景は今とは違っていたかもしれません。

 鶏と卵がどっちが先かにもなりますが、やはりロールモデルがいない影響は大きいと思われます。

「女性指導者よりも男性指導者の方が優れていると思っている人が多い」

 これは、子供の指導現場で多く見られる傾向ですが、特に子供達よりもその親がこうした考えを持っている人が多いように思います。スポーツの指導現場だけでなく、受験を控えた小学校6年生や中学3年生では、女性の担任が父兄から敬遠されるという話を今も聞きますが、スポーツの指導現場でも同様のことが起こります。

 子供達が参加するスポーツクラブなどでは、ダンス系など一部の例外を除き、男性指導者の方が女性指導者よりも会員を集めることができるという話を聞きます。性別によって指導のレベルに差があるわけがありませんが、こうした風潮が女性指導者の門戸を減らしているのでしょう。

 一方で、レベルを問わず女性アスリート自身にも、女性の指導者よりも男性の指導者の方が優れているという、半ば固定観念のようなものを持っているアスリートが少なからずいる印象があります。

「男性指導者が指導者の席を独占して女性に譲らない」

 日本で女性指導者が少ない最も大きな理由はこれだと考えています。子供の指導現場にもこの傾向がありますが、強豪校の部活や職業として成り立っている高いレベルになればなるほどこの傾向は顕著です。

 例えば、バレーボールVリーグでは1部12チームの内、女性が監督のチームは2チーム、バスケットボールのWリーグでは16チーム中、女性のヘッドコーチは3人しかいません。

 サッカーやラグビーのように、女性のスポーツとして歴史が浅く競技人口でも男子の方が遥かに多い競技では、女性の指導者が育つまでの期間、経過的に女性アスリートが男性監督の下でプレーすることも致し方がないと思いますが、バスケットボールやバレーボールのように、既に長年、男女が対等に行われてきた競技において、男性であることが指導者として優遇される根拠は全く見渡りません。

 中でも、日本のバレーボールは、国際的に見ても競技レベルが高く、特に代表チームでは長年男子より女子の方が好成績を納めてきています。また競技人口も女子の方が多く、背景的にも女子の方が優れた指導者が誕生する可能性が高いと言えます。にも関わらず、日本代表の監督は今でこそ、女性の中田久美氏が監督を務めていますが、1960年からこれまでの歴史の中で、女性が監督を務めたのは1983年の生沼スミエ氏がわずか1年務めただけに留まり、それ以外は男性が監督を務めてきました。

 もちろん、現役選手としていくらレベルが高くても、いきなり代表監督というわけにはいきませんから、中田氏のようにチームで指導の経験を積める環境づくりが必要になります。

 こうした男性指導者優先の現状を作るのは、日本のスポーツ環境が伝統的に男性社会だからだと言えます。男性によって決められた男性の監督が、男性だけでなく女性アスリートを指導をすることが長年当たり前のこととして続けられてきました。そのポジションは言わば男性世界の既得権益で、例え女性の候補がいても、男性同士で継承される。それが日本のスポーツ界の現状と言えるでしょう。

 そして、そのベースになっているのが、各競技団体の理事など決定権を持つ役員の比率です。

 東京オリンピック組織委員会森喜朗元会長の女性蔑視発言に端を発した騒動で、組織委員会の女性理事の比率が低いことが批判の対象となりましたが、同時に、日本オリンピック委員会JOC)も、女性の理事の比率が2割(25名中5名)だったために批判されました。しかし、その後改善しようという話は聞こえてきません。

 本来、各中央競技団体を指導すべき立場のJOCがこの状態ですから、各競技団体は推して知るべしです。日本経済新聞によると笹川スポーツ財団が昨年11月に行なったアンケート調査で、アンケートに応じた78団体の役員を合計した人数は1615人、この内女性の役員は251人で、全体に占める割合は15.6%に止まります。78団体中9団体は女性役員が一人もおらず、半数に近い39団体が女性役員が2人だそうです。これだけを見ても、日本のスポーツ界の男女平等への道はまだまだ遠いのが現実と言えるでしょう。

 競技団体、女性役員15.5%どまり: 日本経済新聞

 こうした男性社会で作られた中央競技団体が、例えば代表チームの監督を選考する時、その能力よりもまずは男性であることを優先するのは半ば当然の摂理を言えるかもしれません。また、先に書いた、女性指導者よりも男性指導者の方が優れているという意識がこのレベルにもあるかもしれません。

 各競技共に、日本代表などトップレベルで、女性指導者が男性と同等に指導者としての機会を得て、女性アスリートの指導は女性の指導者が行うというモデルを作らなければ、子供達や育成年代の指導などグラスルーツの現場で、女の子の指導は女性が行うことをスタンダードすることは難しいと考えられます。

東京オリンピックジェンダーギャップ解消のきっかけにできるか

 3月22日、組織委員会では増員された女性理事が参加して初めての理事会が開催されました。その冒頭、新理事の中京大学教授來田享子氏が五輪憲章と性差別問題をテーマに講演を行なって、その中で「大会がジェンダー不平等解消の契機になることが望ましい」と語ったそうです。また、同じく新理事の高橋尚子氏は「(大会までの)4、5カ月の間で変化する問題ではない。社会が変わるきっかけとなるような土台づくりをする」と取材に答えたそうです。

 私たちが向き合わなければいけない多様性の中で、男女のジェンダーギャップは全ての人にとって、最も身近で共通した多様性の課題です。

 橋本聖子会長に下、新たなスタートを切った組織委員会が、彼らの言葉通りに、東京オリンピックを社会の変化にきっかけにすることができるかは、残された少ない時間の中で、どれだけ明確なメッセージの発信と具体性のあるアクションができるかにかかっています。

 大坂なおみ選手が解決のために活動をしている、日本の子供達のスポーツ参加のジェンダーギャップにも一石を投じてほしいものです。