スポーツについて考えよう!

日々、発信されるスポーツの情報について考えよう

ウクライナ侵攻とスポーツ

進まない世界のロシア包囲網

 ロシアのウクライナへの軍事侵攻が始まって間も無く1ヶ月が経とうとしています。世界中の停戦、沈静化の願いを裏切って、ロシア軍の侵攻は止まらず、日に日に残虐さが増しています。

 その間、アメリカ、欧州の自由主義国を中心にかつてないほどの経済制裁が行われ、日本もG7の一員としてその制裁に参加していますが、ロシアの侵攻を止めるには至ってはいません。経済制裁の影響でロシア経済が破綻し、プーチン大統領が今の職から追われることを目指していますが、今後も各国が期待するほどの効果が本当にあるのかは未知数です。

 その原因としては、巨大な国土を持ち天然資源も食料の生産量も豊富なロシアは、そもそもその気になれば自活が可能だということがあげられます。さらに、アメリカがロシア支援を非難している中国以外にも、自国経済優先でエネルギーを中心とした経済交流を止めようとしないドイツのような国もあります。

 日本も表面的には、国際社会と協調して経済封鎖や制裁を行なっているように見えますが、現在もサハリンなどでの共同事業から撤退をしていないどころか、米英の企業が撤退した穴を埋めるかのように事業の範囲を広げています。このような状況で、ロシアが本当の意味で経済的に孤立していないことがもう一つの理由です。

 日本の場合は、そうした懐柔策を続けているにも関わらず、北方四島の返還を含む平和条約締結への交渉中止をロシア側から通告されています。そもそも、現状のロシアを見る限り、交渉によって北方四島が返還されるなど想像もできないでしょう。これで自民党政権も見切りを付けてくれればよいのですが。

ロシアとの関係を絶たないIOC

 一方、スポーツ界の動きはどうでしょうか。

 国際サッカー連盟ヨーロッパサッカー連盟が、侵攻開始の僅か2日後と3日後に、ロシア国内での国際試合の中止や国名や国旗、国歌の使用禁止などの最初の制裁を発表すると、次々と他の競技団体もこれに追随しました。さらに3月1日にはこの二つのサッカー連盟は、ロシアとベラルーシの代表チームとクラブチームを国際試合から追放する決定を行いました。

 しかし、バッハ体制になって以降ロシアとの蜜月を噂されてきたIOCの動きは鈍いものでした。2月中にウクライナ侵攻によるオリンピック休戦決議違反への非難声明は行なったものの、サッカー連盟が2度目の制裁を発表した数時間後になって、ようやく各競技団体へロシア、ベラルーシの選手、役員の排除などの勧告を行いました。パラリンピック開幕のわずか3日前のこと。IOCとしては追い込まれての決断と発表だったはずです。

 さらに11日には公式サイト上でバッハ会長の名前で、ロシアへの非難声明を発表しました。

 かねてからロシアの富豪との親交が深く、母国ドイツではロシアの犬とまで揶揄されてきたバッハ会長も、周囲の圧力に屈指、ロシア離れを決意したかのように見えますが、これは誤りです。

 IOCはオリンピック以外の大会では自らが選手の参加を判断する立場ではないので、上記にあるように、あくまでも各競技団体にロシアとベラルーシの選手、役員の排除を「勧告」したに過ぎません。

 では、IOC自らができる処分を行なっているかというと実は何もしていないのです。ロシアオリピック委員会に制裁を課したわけでもなく、IOC内のロシア出身の理事や委員を処分したり、停戦に向けて行動をとるように要請したりしたという話も聞きません。つまり、各競技団体にはロシア制裁するように声をかけても、自らは何も行動をしていないのです。

 ロシアやロシア人富豪たちとの蜜月をこれからも維持するための妥協点として、調整済みなのではないでしょうか。

 きっと、戦闘が沈静化すれば、すぐにロシア選手の国際舞台復帰に向けて動き出すでしょう。その予防線としてバッハ会長は常に「アスリートや国民は戦争とは関係ない」と言い続けています。

 一般の国際社会と同様、スポーツ界にもお金のためにロシアとの関係を維持し、利益を得ようとする組織や人物はいるのです。

ロシア選手擁護が生む現実

 ロシアとベラルーシの代表チームとクラブチームを国際舞台からの排除する制裁をしている国際サッカー連盟のほか、世界陸上競技連盟、国際スケート連盟国際スキー連盟などは、この2カ国の選手個人の国際試合の出場を停止するなどの厳しい対応をしています。

 しかし、競技団体によってはそこまで厳しい対応をしない競技団体もあります。その一つが国際体操連盟でした。体操は長くロシアが強国であるがために、競技団体内でもロシアの発言力が強いことが想像されます。

 その判断が裏目に出ました。3月5日にドーハで行われていた種目別ワールドカップに出場していたロシアのイワン・クリアク選手は、3位に入った平行棒の表彰式に、胸にウクライナ侵攻のシンボルとなっている「Z」のマークの書いたウェアを着て登場しました。

 競技団体関係者は、そこまであからさまな示威行為をする選手が現れるとは想像していなかったのでしょう。きっと彼らの出場に力を注いだ関係者は頭を抱えたはずです。

 クリアク選手自身は、騒動の中で、機会があれば何度でも同じことをすると語っているそうです。

 その2日後に国際体操連盟も、全ての国際大会へのロシア、ベラルーシの選手の出場を停止しました。おそらく、対応に躊躇していた多くの競技団体も出場停止の判断に動いたはずです。

 もうひとつ、メジャーな競技団体でロシアとベラルーシの選手を出場停止にしていない団体に国際テニス連盟があります。国際テニス連盟と男女の選手協会は、すべての競技団体の中で最も選手の人権擁護に熱心なことで知られてます。今回、ロシアとベラルーシの選手の出場を認めているのも、こうした人権擁護の観点からの判断です。

 しかし、この国際テニス連盟の判断が裏目に出るかもしれません。反ロシアに最も厳しい姿勢を示すイギリス政府関係者は、6月にロンドンで開催されるウインブルドンにロシア人選手が出場する条件として、プーチン大統領の不支持を表明することを提案したというのです。

 もし、これが実施された場合には、ロシア人選手は極めて厳しい立場に立たされます。プーチン不支持を表明すれば、当然、少なくともプーチン体制の間はロシアへの帰国が難しくなるでしょうし、ロシア国内に家族がいればその安全も保証されない状態になるでしょう。逆に不支持を表明できず、この大会に出場しなければ、プーチン支持、ウクライナ侵攻賛成の立場だと非難されかねません。強制的に出場できない方が彼らにとってはずっと都合がいいはずです。

 現在、男子の世界ランキング2位はロシアのメドベージェフ選手です。

国や政府によって支えらるトップアスリートは国とは無関係か

 バッハ会長が語るように、国の政策とスポーツやアスリート個人とは無関係だと言う人は数多くいます。先に挙げたテニスの関係者も同様のようです。女子テニス協会(WTA)会長は「選手は罪のない犠牲者」と語っています。それは事実でしょうか。

 世界の多くの国々では国の施策としてスポーツ強化が行われてきました。国を代表するようなトップアスリートになればなるほど、国からの恩恵を受けています。ロシアのような国であれば、トップレベルの選手は、国が準備した環境の中で国のお金でトレーニングをし、生活をしているでしょう。そうしたことが多くの国で国家戦略となっているのです。

 なぜ国家がそうした支援をするかと言えば、アスリートたちが国の代表として国際舞台で活躍することが国威発揚に繋がり、また国際舞台でのその国の存在感に繋がるからです。アスリートたちの国際舞台での成功は、その政権の人気にも影響するかもしれません。そして、ロシアや中国のような独裁政権では、表彰台の真ん中に立つアスリートの姿と国のトップの姿をダブらせて見てる国民も少なくないはずです。

 多くの国でトップアスリートは、望むと望まざると政権のプロパガンダに協力し、その中心的な役割を果たしてきているのです。

 アスリート本人たちも当然それを自覚しているはずですし、そうした役割を果たすことを積極的に行なっているアスリートも少なくないはずです。子供の頃からそうした存在になることを目指しているかもしれません。

 トップアスリートが人々や子供たちに夢を与えることは、この現実と表裏一体です。

 

 昨年の東京オリンピックの競泳男子平泳ぎの100mと200mで金メダルを取ったロシアのエフゲニー・リロフ選手が、3月18日に行われたクルミア併合8周年のイベントに、他の複数のトップアスリート共に「Z」のマークを付けて登場したそうです。

 クルミア併合とは、今回のウクライナ侵攻と同様、ロシア軍がウクライナの領土であるクルミア半島に軍事侵攻し、一方的に自国領土とした事件です。

 リロフ選手のように東京オリンピックで金メダルを獲得して、プーチン大統領と握手をしたようなトップアスリートの中には、プーチン大統領を賞賛し、彼を支持をするアスリートは少なくないはずです。そして、今回のようにそのプロパガンダに積極的に協力しているのです。

 このような事実を見ても、政治とスポーツは無関係。アスリートは被害者だと言えるのでしょうか。

 国際水泳連盟は、ロシアとベラルーシの選手の個人での参加を容認している競技団体の一つですが、今後リロフ選手の処分を検討しているそうです。しかし、体操のリロフ選手のことを考えれば、やはり国際試合に出場させるべきではないという判断に動いても不思議はありません。水泳の国際試合のシーズンはまだ少し先なので、様子を見ている段階でしょう。

 

 元サッカー日本代表本田圭佑選手も、自身のSNSを通じて「政治とスポーツを一緒にしてはいけない」と、ロシア排除の動きに批判的な立場を表明しています。モスクワのクラブチームでプレーしていた彼には、ロシアやモスクワへの思い入れもあり、当然の反応かもしれません。

 しかし、モスクワのスタジアムで彼のプレーを応援をしていたロシアのサッカーファンたちが、武器を持ってウクライナに行き、ウクライナ国民を殺していると想像してみてください。それが現実に起こっているのです。スポーツと政治、戦争が無関係だとは決して言えないはずです。

スポーツはメッセージを発信できるのか

 特定の国のアスリートやチームを国際大会から排除することで、どんな効果が期待できるでしょう。

 一つは国威発揚の大切な機会が失われることです。スポーツシーンは、多くの国の国民が疑いもなく、自国の国旗を見つめ、国歌を聞き、時に歌う絶好の機会です。表彰式は、さらに国民としての誇りが加わるのです。

 アスリートたちが国際舞台に登場できなくなると、こうした国民が誇りを持って自国の国歌を聞き、国旗を見る機会が失われます。元々、そうした機会が少なかったスポーツが盛んではない国であれば、それほどの影響はないかもしれませんが、スポーツ大国として数多くの世界大会でメダルを獲得してきた国の場合には、少なからず影響があるはずです。

 もう一つは国民の中に芽生えるであろう違和感のような感情です。現在のロシアでは厳しい報道統制が行われていて、ウクライナ侵攻についての正しい情報を国民が知る方法は限られています。同様に国際的なスポーツの大会から排除されている理由も正しくは伝えられないでしょう。

 それでも、スポーツシーンの自国選手の活躍が伝えられないことに、国民は違和感を覚えるはずです。

 例えば、ロシアでも人気スポーツのサッカーでは、あるはずワールドカップ予選の情報が全く入って来ず、ロシア代表はワールドカップに出れるんだろうかという疑問を持ったまま、ワールドカップ本戦の時期を迎えることになるかもしれません。

 ワールドカップ予選に出場できないことを知った国民は、彼らにとってウクライナ侵攻が正義であろうがなかろうが、母国ヒーロー達がウクライナ侵攻のために、ワールドップの舞台に立つことができないことを知るのです。

 今回、スポーツ界の敏速なロシア包囲網が、ロシア批判の国際世論の短期間での形成に貢献しましたが、ロシア国内でも、徐々にではありますが、スポーツが発信するメッセージが、現状に満足できない世論を集約して、現状を変えようとする原動力になるかもしれません。

 一方で、スポーツはナショナリズムを喚起し、国威発揚の絶好のツールになり得ることを忘れてはいけません。

 1938年に行われたベルリンオリンピックでは、ヒットラー率いるナチスが、当時では空前と言える満場の巨大スタジアムで、あらん限りのプロパガンダの行いました。

 ナチスが主張していたドイツ人=アーリア人の卓越性を示すことを目的として開催されたこの大会で、そのプロパガンダのためにナチスによって考案された聖火リレーなどの様々な演出が、現在のオリンピックの基礎となっていることは、スポーツによる高揚とナショナリズムの高まりや排他主義が、深い結びつきを持っていることを示しているのです。

 スポーツの持つ諸刃の剣のどちらを輝かせるのかを政治家任せにするのではなく、アスリートら自身も考え、メッセージを発信する時が来ているのです。