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ラグビーワールドカップが残したもの その1

かつてラグビーは日本の人気スポーツだった

 2009年にラグビーワールドカップの日本開催が決まった時「え〜! マジかよ」と思ったのは私だけではないはずです。日本では、ラグビーは決して人気のあるスポーツとは言えず、競技レベルも国際的に見てレベルが高いとは言えませんでした。日本代表は惨敗し、客席は閑古鳥が鳴く、そんな様子を想像した人も少なくなかったでしょう。

 しかし、10年後、日本代表は世界のトップ10と言えるティア1の2チームを破りベスト8に進出し世界中からの注目を集めました。日本戦だけでなくほとんどの試合でスタジアムも満員となり、海外からも最も成功したワールドカップと賞されるほどの大会になりました。

 かつて、ラグビーは日本でも人気競技でした。その証拠と言えるデータが、国立競技場を運営する日本スポーツ振興センター(JSC)のホームページの「国立競技場の歴史」のページに残されています。そこには旧国立競技場の「入場者数ベスト10」のスポーツイベントが書かれています。

 1位は1964年10月24日、前回の東京オリンピックの閉会式、2位は同じ年の10月10日に行われた映像で今も見ることができるオリンピックの開会式で、いずれも7万人を越える入場者数を記録しています。またベスト10のうち3つは、1958年に増築された国立競技場のお披露目として開催されたアジア大会です。そして、残り5つの内4つが、いずれも1980年代に行われたラグビーの国内の試合でした。

旧国立競技場の入場者ベスト10

1.1964年10月24日 第18回東京オリンピック閉会式 入場者数:79,383人
2.1964年10月10日 第18回東京オリンピック開会式 入場者数:74,534人
3.1982年12月5日 関東大学ラグビー対抗戦(早稲田大対明治大) 入場者数:66,999人
4.1958年5月28日 第3回アジア競技大会 入場者数 :65,428人
5.1985年1月15日 第22回日本ラグビーフットボール選手権大会決勝(新日鉄釜石同志社大) 入場者数:64,636人
6.1958年5月29日 第3回アジア競技大会 入場者数:64,426人
7.1958年5月26日 第3回アジア競技大会 入場者数:64,236人
8.1984年11月23日 関東大学ラグビー対抗戦(早稲田大対慶応大)入場者数:64,001人
9.1977年9月14日ペレ・サヨナラ・ゲーム・イン・ジャパン(サッカー日本代表対N.Y.コスモス)入場者数:61,692人
10.1989年1月15日 第26回日本ラグビーフットボール選手権大会決勝(大東文化大対神戸製鋼)入場者数:61,105人

JSCホームページ

国立競技場の歴史 | 国立競技場 | JAPAN SPORT COUNCIL   

 日本のラグビーが最も人気があった時期は、「北の鉄人」と称された新日鉄釜石(現釜石シーウェイブス)の日本選手権7連覇の時期と重なります。

 上記のランキング5位の日本選手権決勝戦新日鉄釜石同志社大学戦が、釜石7連覇の最後の試合です。当時の日本ラグビーの顔とも言える釜石の松尾雄治と、この年に引退した松尾を継ぐようにその後日本ラグビーを牽引することになる同志社大学平尾誠二(2016年没)、この二人の天才スタンドオフが対戦した往年のラグビーファン伝説の試合です。

 余談ですが、筆者はこの試合を含め4試合中3試合で国立競技場のスタンドにいました。

 この時代、本当の意味で日本のラグビー人気を支えたのは、早稲田、慶応、明治の3大学を中心とした大学ラグビーだったかもしれません。全日本社会人ラグビーの決勝が収容人数26000人〜27000人の花園ラグビー場秩父宮ラグビー場で行われていたのに対して、関東大学対抗戦や大学選手権の早慶明治が対戦する試合のほとんどが、国立競技場で大観衆を集めて行われる時代が長く続きました。上記のトップ10のうち、2試合が関東大学ラグビー対抗戦のレギュラーシーズンであることがその証と言えるでしょう。

 上記の旧国立競技場の入場者数を1993年Jリーグ開幕以降に直接あてはめることはできません。90年代以降、安全対策や飛び込み防止のためグランド沿い数列を1周空席にしたり、それまでの長椅子を撤去して独立した背もたれ付きの椅子に改修するなど急速に近代化を進めた結果、収容できる人数が大幅に減少したからです。最終的な収容人数は48000人程度だったようです。とは言えラグビー早慶明などの人気カードでは常に満員状態が続いたのに対して、1980年から始まったサッカーのクラブチームの世界一を決めるトヨタカップ(現クラブワールドカップ)が、2001年まで国立競技場で毎年開催されていたのにも関わらず、このベスト10に入っていないことと比較すると、やはり当時のラグビーの人気は相当なものだったことがわかります。

ワールドカップラグビーの世界基準を教えてくれた

 そんな日本ラグビーに人気に水を差したのが1987年に始まったワールドカップだったと言えます。日本はこの大会にアジア唯一の出場国として、第1回からこれまで全ての大会に出場しています。

 最初に衝撃が走ったのは、1995年南アフリカで行われた第3回大会です。この大会の1次リーグ最終戦ニュージーランドと対戦した日本は、21トライを奪われ17対145の大差で破れたのです。この点差は、ラグビーの国際試合の最多点差記録として今も残っています。

 21世紀に入ってからも状況はほとんど変わりません。ワールドカップではありませんが、2004年には今大会1次リーグ最終戦で勝利したスコットランド相手に8対100の大差で破れています。さらに2007年のワールドカップではオーストラリアに3対94、ワールドカップの日本開催が決まってから最初の大会だった2011年大会でもニュージーランドに7対83で破れるなど、一向に力の差が縮まる様子はありませんでした。

 ラグビーは、拮抗しているチーム同士の対戦は、素人が観戦する分にはレベルに関係なく白熱して面白いスポーツです。力強さも感じられパスワークもけっこう満喫できます。ワールドカップが始まるまでの日本のラグビーは、国内のレベルで十分に面白いスポーツだったのです。そこに大学対抗の醍醐味や社会人対大学生のドラマ性が加わって人気スポーツとしての地位が維持されました。

 先ほど紹介した国立競技場の入場者数ベスト10で、9位のサッカーの世界的な名選手ペレの引退試合も含めて他の6つが国際大会なのに対して、ラグビーの4つはいずれも国内の公式戦であることが、この時代のラグビー人気の傾向を表しています。

 しかし、ワールドカップが始まり国際的な基準が持ち込まれると状況は変わっていったのです。私たちがそれまで見ていたラグビーよりももっと凄いラグビーが世界にはある。そこに行ってしまうと日本のラグビーは手も足も出ない。そうした現実が、日本のラグビーファンの前に示され、日本のラグビー人気を後退させたのだろうと筆者は想像しています。

 ワールドカップ以外の日本国内で行われたテストマッチでは、強豪相手にそれなりの健闘を見せても、やはりワールドカップ本番では違うだろうという見る側に疑心暗鬼みたいなものも芽生えていました。そうしたムードの中での、ワールドカップ日本開催の決定だったのです。

 日本で、ワールドカップなんかやって大丈夫なのかよ、というムードを変えたのが、2015年前回大会初戦の南アフリカ戦相手の劇的な逆転勝利でした。日本代表にとっては、ワールドカップ史上、第2回大会のジンバブエ戦以来の2勝目。ティア1からあげた最初の勝利でした。

 この大会で日本代表を率いたエディー・ジョーンズヘッドコーチは、統率とタフネスを重んじ、日本代表の選手たちにハードワークを課しました。日本で指導者のキャリアを始め長く日本のチームを指導した彼にとって、こうした手法はお手の物だったのだろうと思われます。そして彼の卓越した戦術分析も含め全ての努力が結実して手に入れた勝利と言えるでしょう。

 日本代表はこの勝利を含めて1次リーグで3勝したにも関わらず、残念ながらスコットランドに敗れ、ボーナスポイントの差でベスト8進出はなりませんでした。ベスト8は4年後の日本大会まで持ち越しとなりました。周到なエディー・ジョーンズのこと、ここまでもが折り込み済みだったのかもしれません。

 南アフリカに勝利して、ベスト8進出にあと一歩に迫った日本代表を多くの人が驚きと祝福で迎えました。特にワールドカップ優勝2回の南アフリカ相手の劇的な勝利は多くの人々の感動を呼び、ラグビーというスポーツの魅力を伝えるきっかけになったと思います。そして、ラグビーを取り囲む環境に明らかにそれまでとは違うムードが生まれたのです。

 ここから先のストーリーは今さらここで振り返る必要も無いほど、皆さんご存知かと思います。

ラグビーの競技人口をどのようにして増やすのか?

 ワールドカップが終わって、現在全国のラグビースクールにこれまでにない程多くの子供が集まっているそうです。

 ワールドカップを通して子供たちの中でもラグビー人気に火が点いたのでしょう。子供たちの中には、今回の大会で初めてラグビーを見た子供もいるかもしれません。また、父母の間で子供たち以上の人気が高まっている可能性もあります。そこで子供たちにラグビーを習わせるメリットが再認識されているようです。

 女性向けの情報を発信しているwebサイト「Garapps」では、「習い事でラグビーを習わすことのメリット」と題して次の5項目をあげています。

(1) チームプレイが身につく
(2) 持久力がつく、体が鍛えられる
(3) 考える力が備わる
(4) スポーツマンシップが養われる
(5) 向き不向きが少ない

ラグビーを習いたい子どもが急増!習い事でラグビーを行うメリットは? | Grapps(グラップス)

 日本ラグビーフットボール協会では11月から協会に登録している全国のラグビースクールに今回の大会で活躍した代表クラスの選手を派遣して、体験会を開く取り組みを始めています。大会の盛り上がりを競技人口増に繋げるための活動の一環です。

 子供たちへのラグビーの普及のもう一つのアプローチ、切り札と言えるのがタグラグビーです。直接体に触れるのでは無く、タックルの代わりに腰からぶら下げたタグ(=リボンのようなもの)を取り合うラグビーのライト版です。

 ●参考:タグラグビーオフィシャルウェブサイト - 日本ラグビーフットボール協会

 既に10年以上前からトップリーグのチームが地元の学校や行政に働きかけて、学校の授業や放課後のプログラムとしての普及に取り組んでいましたが、最近は日本ラグビー協会でもその普及に力を入れ、近年、学校現場で敬遠されているサッカーに代わって、授業のプログラムとして採用する学校が増えてきています。

 また、今年発表された小学校の学習指導要領の改訂版には、「体育学習におけるゲーム及びボール運動領域」という項目の中で、小学校3、4年生の「ゴール型ゲーム」と5、6年生の「ボール運動」の具体的な種目の一つとしてタグラグビーが掲載されています。今後授業プログラムとしての普及に拍車がかかるだろうと思います。

 ●参照:「体育学習におけるゲーム及びボール運動領域」

 中学校でも一昨年に改定された学習指導要領の「保健体育科の目標及び内容」の中で取り入れる競技の例としてタグラグビーがあげられています。

 ●参照:中学校学習指導要領・保健体育編

見るスポーツとしての人気は必ずしも競技人口には繋がらない

 見るスポーツとして人気が出ても、それがそのまま、するスポーツとして人気が高まり、競技人口が増えるとは限りません。その傾向は近年特に強くなっているように思えます。見るスポーツとするスポーツの間に明らかな線引きが出来つつあるようです。

 野球を例にあげると、日本のプロ野球の観客動員数は、近年右肩上がりに増えていますが、子供たちの野球離れは顕著です。中学校の部活の登録人数を15年前と比較すると、2004年は298,605人でしたが、2018年は166,800人で、全男子学生に占める登録人数の割合「加盟率」でも、15.95%から9.95%に減少しています。男子サッカーが211,969人から196,343人に、男子バスケットボールが171,259人から163,100人の減少に止まっていることと比較すると、男子中学生の野球離れは顕著です。

 2016年に開幕したBリーグは加盟チームが48チームにまで増え、試合会場も盛況ですが、さきほどのデータで中学生男子のバスケットボールのこの4年間の登録人数で見ると登録者数4年連続で減少し、加盟率も下がっていて、Bリーグの人気が、子供たちがバスケットボールをするという行動に、プラスの影響を与えることができていないことが分かります。

 ●参照:公益財団法人日本中学校体育連盟・加盟校調査集計

 筆者が若い頃は、「やって楽しいのはサッカー、見て楽しいのはアメフト、やっても見ても楽しいのはラグビー」などと言われていました。この説をご存知無い世代の方々にポイントを説明してしまうと、要は「サッカーってなかなか点が入らなくって見ててもつまんないよね」という意味です。サッカーがそんな風に言われていた時代がありました。その見てつまらないサッカーが、見ても楽しいスポーツに昇格した一方で、現代の子供や若者にとって、ラグビーがやっても楽しいかは微妙です。

 子供限定の話をすれば、今の子供は痛いことや辛いことを好みません。怪我をすることも敬遠します。それは彼らの親が子供たちにやらせる習い事しても同様です。

 例えば、サッカーでは、ゴールキーパーをやりたいという子供がなかなか現れません。フィールドプレーヤーよりはるかにきつい練習をやりたいと思いませんし、ゴールキーパーが怪我の多いポジションであることも敬遠される理由です。サッカーをしている多くの子供たちは、ワールドカップJリーグの映像で、体を張ったファインセーブで味方の絶体絶命のピンチを救うゴールキーパーの英雄的な姿を見ているはずですが、自分でやろうと思う子供は少ないようです。

 ラグビーワールドカップを見て、出場した選手たちの鍛え抜かれた肉体やその肉体と肉体のぶつかり合いに感動したとしても、そうした肉体を得るために必要な厳しいトレーニングを自分自身がやろうと思う子供は少なく、それを自分の子供にやらせようという親もまた少ないはずです。

 国際競技団体のワールドラグビーのデータによると、日本のラグビー人口は現在約29万人、日本協会に登録されている人数は約9万人です。国内で登録人数が最も多いサッカーの約88万人と比べるとその約10分の1、2番目のバスケットーボールの約62万人と比べても大きな差があります。上位に位置するであろう野球は事実上統一団体が無いために登録者数のデータが無く比較の対象にすることができません。

高校年代の競技人口の拡大と同時に地域格差解消が鍵

 本当の意味で競技が普及し、競技人口の増加の鍵になるは、ラグビースクールタグラグビーを卒業した中学生年代以降の競技人口をいかに増やすことが必要だろうと考えられます。

 特に強化のベースになるであろう中学生年代の子供たちを集められるか、痛い、きついラグビーを本格的なスポーツとして続ける子供を増やす継続的な取り組みが必要です。

 ラグビーは高校生年代になると競技人口が増えます。データで見ると中学生年代から約3分の2に減少するサッカー、バスケットボールなどに対して、ラグビーは倍以上の増加します。その中に、中学校ではサッカーやバスケットボールなど他の競技をやっていたが、高校からラグビーを始めたという子供も多くいるでしょう。

 今以上の競技人口を増やすことは必要ですが、この年代の最大の課題は、地域的な競技人口の格差ではないでしょうか。例えば、高校ラグビーの全国大会の県予選に、鳥取県島根県では2校しか出場校がありません。1回戦がそのまま県代表を決める決勝戦ということになります。もし、今後どちらか一校が出場できなくなった場合、県大会自体ができなくなります。

 中学生年代も高校生年代も、日本代表やトップリーグなどの大人の質の高い試合を通して、競技の魅力を伝えていくと同時に、元日本代表やトップリーグ経験者などが学校の現場に赴き、質の高い指導を継続的にすることを日本協会が戦略的に行う必要があるのだろうと思います。また、体力的にもメンタル的にもきついスポーツなだけに、古い体質の精神論でなく、客観的な視点に立った育成のための年代別のメソッドを確立し、そのメソッドを元に子供達やその親を理論的に納得させながら、基礎技術から反復して指導する指導者としての技術を必要とされるでしょう。

ラグビーリーグのプロ化は必要なのだろうか

 ワールドカップの決勝の興奮冷めやらぬタイミングで、日本ラグビー界にプロ化の動きがあることがわかりました。自民党のスポーツビジネス小委員会で日本ラグビー協会清宮克幸副会長が、2021年秋を目指して新プロリーグを立ち上げる構想があることを公表したのです。

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 世界的にラグビーはアマチュアの最後の砦と言われていました。長くアマチュアリズムを尊重してきたオリンピックは、1984年ロサンゼルス大会でサッカーのプロ選手の参加を事実上認めました。オリンピックの商業化の原点と言われるこの大会で、人気スポーツであるサッカーの観客増は、大会の収支を考えた時に不可欠だったのです。さらに2大会後の92年のバルセロナ大会では、バスケットボールのアメリカ代表として、マイケル・ジョーダンマジック・ジョンソンNBAのスター選手が居並ぶドリームチームが参加して、それ以降のプロアスリートの本格的な参加に道筋をつけました。

 スポーツを職業とするプロと、言わば趣味の延長とするアマチュアの考え方の間には、イギリスをはじめとするヨーロッパの階層社会が深く関係します。ラグビーと同じイギリスで誕生したサッカーは、20世紀初めにはプロ選手が登場し、リーグやチームもいち早くプロ化します。それは、サッカーが比較的下層社会の人々に愛されたスポーツだったことに起因します。彼らはスポーツでお金を稼ぐことに抵抗がなかったのです。

 一方、ラグビーに興じた高い階層の人々には、スポーツでお金を稼ぐことを良いことでない考える文化がありました。彼らにとってスポーツ、あくまでも余暇、娯楽としてやるものだったのです。それはsportという言葉の意味のままです。ラグビー同様、高い階層に愛されたスポーツのテニスやゴルフにも同様のことが言えます。テニスやゴルフにもプロ選手は登場しましたが、長くウインブルドン全英オープンのような一流の大会への出場は許されませんでした。

ワールドカップができて必要に迫られたラグビーのプロ化

 ラグビーがプロ化に転じたのはワールドカップの開催が原因だと言われています。1987年にワールドカップが開催されるまでラグビーには、イギリス4カ国(地域)の対抗戦のホームインターナショナル以外、大きな国際大会はありませんでした。しかし、新しく始められたワールドカップは参加チームがそれまでに比べて格段に多く、その分だけ開催期間も長くなります。また、南半球のチームが北半球の大会に出場したり、逆の場合も起こり、大会前の準備を含めると2ヶ月以上の長期遠征が行われ、選手たちもその期間拘束されることになったのです。

 アマチュアである選手たちはラグビー以外に職業を持っていましたが、それだけ長期に渡ってラグビーのために仕事を離れるには、休職したり時には仕事を辞める必要も出てきます。何よりその期間、収入が断たれることになるのです。こうして、ワールドカップが始まったことによって、ラグビーという競技と選手たちのマーケティング的な価値が高まったのと同時に、選手たちの生活を守るための必然としてプロ化に踏切らざるを得なくなったと言われています。

企業スポーツとして歩んできたラグビーの価値

 日本の場合はどうでしょう。トップリーグのほとんどは企業スポーツとして運営されています。ひとつの企業が企業の活動の一環としてお金を出し、チームを運営し環境を整備し、スタッフや選手との間でラグビーを仕事とする契約を結んでいます。今回のワールドカップの日本代表選手の中でプロ契約でなかったのは二人だけだと言われています。それでも、海外の多くのラグビーの環境と比較すると、現状でも十分にプロ化されていると言えるでしょう。今回の日本協会が目指すプロ化とは、チームを運営し選手と契約する主体を、企業から独立させ、ラグビーチームを本業とする組織(法人)とすることです。でも、本当に日本のラグビーにそれが必要でしょうか?

 1989年のバブルの崩壊以降、日本の企業の力が落ちるのと比例して、日本独特のスポーツ文化とも言える企業スポーツのチームの多くが失われてきました。企業の資金力自体の問題と企業が多額の費用を使ってチームを持つことに対する評価の問題です。株主の発言力が高まったことも無関係ではありません。その中で、現在トップリーグやそれに準ずるリーグに属するラグビーチームを持つ企業は、資金面でも社会的な評価の上でも、そうした試練を乗り越えてきた企業とチームです。

 以前、複数の競技のスポーツチームを持つ企業のマネジメントのトップの方に、その企業にとってラグビーチームを持つ意義をお聞きしたことがあります。その企業も以前は多くのスポーツチームを持っていましたが、整理をしてラグビーと女子バレーボールだけになっています。なぜ、多額の費用が必要なラグビーを残したのか? それはラグビーは、企業のDriving Force(ドライビングフォース)になり得るからだと答えてくれました。日本語で言うと、推進力と訳せばよいのでしょうか? 社員を一つにまとめてチームとして邁進させる力があるというのです。

 今回のワールドカップで日本代表の選手たちはone teamという言葉をたびたび発しましたが、それと共通するものがあるでしょう。日本代表のone teamはおそらく最初はチームの中だけだったと思いますが、それがスタジアム応援する人も含めたone teamになり、やがて日本全体がone teamになる、そんなパフォーマンスを見せました。私がこのとき聞いたドライビングフォースもチームだけでなく、企業全体をoneteamにする、そうしたプラスの影響があるというのです。

 そうしたことを踏まえてに、池井戸潤作のラグビーの企業スポーツを舞台にした小説「ノーサイドゲーム」を読むと、企業から見た時のラグビーというスポーツの価値が見えてきます。ラグビー部の変化が周囲の社員に伝播し、やがてone teamになる姿が描かれています。

 同じ池井戸潤都市対抗野球を舞台にした「ルーズベルトゲーム」では、日本の企業にとって野球チームを持つことの価値がもっと直接的に表現されています。どちらも、TBSがドラマ化しているのでそちらでもご覧になった方が多いと思います。そう言えば、野球は多くの企業がラグビー以上にアマチュアスポーツ、旧来の企業スポーツの形のまま、チームを存続させています。

 一方、先行するJリーグやBリーグを見る限り、企業スポーツ由来のチームのほとんどは、所属していた企業の子会社、孫会社の形で資金やリソースの多くを元の企業に依存しています。かつては各チームに高い独立性を求めていたJリーグも、近年はリーグの方針として各チームの経営的な安定を求め、企業チーム発祥でないチームも含めて、ひとつの大企業からの資本比率の高い子会社の形態であることを求めるようになっています。プロ野球も基本的には同様の形態です。資金的にも人的にも親会社に依存したそうした形のスポーツチームが、本当の意味でプロと言えるのかは疑問です。法人として独立しているメリットと言えば、親会社以外の企業から協賛金としてお金を集め易くなることですが、それでも旧来の企業スポーツの形でも十分可能です。

 企業にとってスポーツチームを持つことの価値を考えた時、企業からチームとして独立するプロ化が、必ずしも日本のラグビーの発展に繋がるとは言えません。赤字になれば補填してもらえる連結の子会社よりも、従来の企業スポーツの形態の方がずっとダイナミックなアクションができるはずです。もっと時間をかけて慎重に考えていく必要があるはずです。 

 

ラグビーワールドカップが残したもの その2