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新型コロナ感染拡大による東京オリンピック中止を考える

突然もたらされた東京オリンピック中止の可能性

  5月26日、約49日ぶりに全国の緊急事態宣言が解除されて、いよいよ、日本は本格的な経済活動の復帰に向けて動き出しました。但し、それはあくまでも日本国内の話にすぎません。中国、日本などの東アジアの国々、ヨーロッパや北アメリカこそ、感染は減少方向ですが、世界的に見れるとまだまだ終息には程遠い状況です。WHOのデータによれば、5月25日現在の最新データで、感染者は約530万人、死者は約34万人で、現在も1日で10万人を超える感染者が確認され、1日の死者数も4000人を超えています。

新型コロナウイルス感染シチュエーションレポートーWHO

 そのような状況下で、国際オリンピック委員会(IOC)のトマース・バッハ会長は、BBCのインタビューに答え、初めて自ら東京オリンピックパラリンピックの中止を言及しました。現在決められている2021年7月に開催できない場合は、再延期はせず中止するという内容です。日本時間の5月21日のことです。このタイミングは、当初2020年に開催するか否かの最終判断のタイミングと言及されていた時期と一致し、決して偶然口に出たわけではなさそうです。さらに東京大会を担当するIOCジョン・コーツ委員長もそれを認めた上で、開催可否の判断を今年10月に行う方向性だと、彼の母国であるオーストラリアのインターネットメディアに出演して話をしたそうです。

IOC会長 東京五輪 来年開催できない場合は中止もやむをえず | NHKニュース

東京五輪 10月が開催可否判断の重要な時期 IOCコーツ氏 | NHKニュース

 日本の組織委員会や日本政府とは全く情報共有がされていなかったようで、日本政府は火消しに追われています。橋本聖子五輪担当大臣は国会の答弁で、バッハ会長の言葉は東京大会開催への決意を表すものだと答えましたが、本当にそうでしょうか。

延期を要望した安倍総理に対するIOCの周到な責任回避の段取りか

 バッハ会長は、これまでにも1年以内の延長は日本政府の要望であることを言及しています。1年後の開催を発表した当初から、それまでに新型コロナの感染拡大が終息することに疑問視する意見が出ていましたが、日本の要望であることを公表した裏には、感染が終息せず来年東京オリンピックが開催できない場合は、日本の責任を明確にしようとする意図があると思われます。また今月半ばに延期にかかる費用のうち640億円をIOCが負担すると表明していますが、裏をかえせば、それ以上費用がいくらかかってもIOCはそれ以上は負担しないと表明したことになります。

 日本の状況だけを見れば、日々の感染者も少なくなり、死者も世界の国々と比べれば極端に少ないこともあり、オリンピック開催の目処が立ったように見えますが、世界的に見ればまだまだ感染は拡大が続き、予断を許さない状況です。発信地の中国をはじめ、世界的に見れば比較的医療体制が整った日本、ヨーロッパ、北アメリカがこれまで感染の中心でしたが、現在はその中心が中南米に移りつつあり、さらに今後アフリカにも本格的な感染拡大があると見られています。

 また、コロナウイルスは、気温が上昇すると感染力が弱まるとされているため、北半球では、秋以降に第二波の感染拡大が起こるという指摘も数多くあります。その意味では、現在冬に向かっている南半球の感染状況が注目されています。

 言うまでもなく、オリンピックには世界中の国々から選手やスタッフが参加します。観客も同様です。世界中の人々が安心して日本を訪れ、また世界中からの来訪者を日本のみなさんが安心して受け入れられる状況にならなければいけないのです。

来年が無理であれば東京五輪中止は妥当な判断

 IOCバッハ会長が言う再延期は出来ないという考え方は極めて妥当です。彼が言う通り、世界中のスポーツはオリンピック、パラリンピックだけでなく、各競技団体の世界選手権や大陸ごとの大会、そして国々の大会があります。来年に延期したことで、世界中のスポーツのカレンダーが書き換えられました。世界レベルで言えば、世界陸上世界水泳が来年2021年の夏開催から1年延期が決定しています。そうした世界のカレンダーを再び書き換えることは、物理的にも道義的にも許されないというのがIOCのバッハ会長のコメントでしょう。

 もう1年延期になれば、選手選考の問題も出てきます。現在は2020年開催の出場資格を原則維持することになっていますが、2年も延期になって、現在の選手選考のままとは流石に言えず、再度、選考の必要が出てきます。こうした場合にも世界の競技団体は、選手選考のためにカレンダーの書き換えが必要となり、そのために多くの労力が必要となります。選手のステイタスやコンディションの問題もあります。さらに2024年大会への影響もあるはずです。

 筆者は、IOCの主たる収入源である夏のオリンピックについて、IOC自らが中止を言及することはないと考えていたのですが、3月の延期発表以降、多額の放送権料を払うアメリカのTV局やIOC自身の公式スポンサーと、IOCにダメージが少ない落とし所について話合いができたのかもしれません。また、そもそも保険によってIOCは損をしないという報道もあります。

 第2次世界大戦の影響で中止になった1944年のロンドン大会は、4年後の1948年に同地で開催されました。2021年の開催が中止になった場合、この時と同様に東京での開催にするかは、判断が分かれるところだと思われます。1948年当時と違うことは、すでに2024年のパリと2028年のロサンゼルスでの開催が決まっています。

IOCは開催の可否を決定する時期とその条件を明らかにすべき

 IOCコーツ委員長は、今年10月が開催を決める重要な時期だと言及したと伝えられてますが、実際にその時期に開催を判断するとIOCが正式に発表したわけではありません。

 IOCは来年東京オリンピックパラリンピックの開催を判断する時期と方法を決めて、明らかにすべきです。理事会で決定するのか、総会で決定するのかなど決定方法も明確にすべきでしょう。

 さらに、その際に開催の可否を判断する判断材料、条件を事前に決めて、それも明らかにすべきです。

 例えば、世界的な感染者の増加状況、地域別の感染拡大状況、参加する加盟国と地域それぞれの状況です。世界中の、と言っても、実際に世界の国と地域で100%拡大が止まることは難しいと想像されます。どの程度であれば開催するのか、具体的な数値目標を立てる必要があります。

 また、ワクチンや治療薬の開発状況も重要なファクターになるでしょう。イギリスの製薬会社が開発したワクチンが、早ければ9月にも投薬可能状況にあるという報道がある一方、ワクチンの安全性を確立するには、2年程度の期間が必要だという意見もあります。

 また開発に成功した場合にも、生産のスピードやコストの問題から、世界中で接種可能になるまでには長時間かかる可能性もありますし、アフリカなどの貧しい国々には、誰からか手を差し伸べなければ、ワクチンや治療薬が届かないかもしれません。そうしたことを総合的に見る必要があります。

 そして、日本の受け入れの体制も大切なファクターです。

開催方法についても精査し、段階ごとの準備が必要

 当初予定されていた通りの規模、方法で開催できればベストですが、それが難しいと判断された場合の開催方法も同時に考えなればなりません。選手、スタッフの数の制限→規模の縮小も1つの方法です。また、今まで出場国ごとの判断で行なっていた選手、スタッフの開催国への入出国を制限するほか、宿泊や国内の移動時の隔離の必要性も検討されます。

 無観客での開催も当然検討されるべきで、そのほか、観戦者の数を制限しての開催の方法もあるでしょう。

 さらにのべ10万人と言われるボランティアをはじめとするスタッフの安全確保も重要なファクターです。

 IOCとしては、選手村でのクラスターの発生や、オリンピック、パラリンピック新型コロナウイルスの再度の感染拡大のきっかけには絶対にしたくないはずなので、開催の可否とともに、こうした制限や対策を講じた上での開催と中止との取捨選択が、議論の対象となるでしょう。

世界では通用しない日本スタイルの検査と医療体制に対する不安感

 日本は世界各国に比べて、極めてPCR検査の人数が極端に少なく、実際の感染者数を表していないという指摘が多くあります。アメリカが当初、日本との人の往来を制限した理由もそこにありました。検査数が少なくても、現在までのところ死者数が世界各国から比べて少ないので、世界に比べて感染は抑えられているというのが政府の見解ですが、その死者数も、死亡後も含めて実際に検査された数に限られるので、実態を表しているとは言い難いでしょう。死因不明や他の理由で亡くなったとされる多くの方々が、実は新型コロナウイルスの感染によるものであることも否定できないのです。

 さらに、今回の感染拡大で、日本の医療体制が欧米に比べて脆弱だということが明らかになっています。特に、現場とは別に後手後手に回った政府や自治体の対応が、世界からも不安視されていました。

 こうしたことから、来年東京オリンピックパラリンピックを開催できるとしても、世界のアスリートや観客が、安心して来日できる状況にはないかもしれません。

 PCR検査の検査体制の拡充など、日本が世界中の人々を迎えるにふさわしい場所になっていることをアピールできる環境作りが必要です。

 日本の入国制限についても調整が必要です。現在ほぼ全ての国と地域を対象に行なっている入国制限を、原則、東京オリンピックパラリンピックの開催には、世界の全ての国と地域からの入国制限や入国後の隔離を全て解除する必要があると思われます。本来解除できない状況にも関わらず、オリンピック、パラリンピック開催のために解除またはそれに準じた状況になった場合には、日本の世論が一気に中止を求める方向に動く可能性もあります。

 実際に開催する場合にも、全ての入国者をスピーディにPCR検査ができる環境作りが必要になるかもしれません。

 5月25日の会見で安倍総理は、新型コロナウイルス感染拡大防止に対する日本スタイルの価値を強調していましたが、東京オリンピックパラリンピック開催に向けて必要となるのは、世界的に誰もが認めるグローバルスタンダードのリスク管理と迅速かつリアリティのある対応です。

 

 

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6月〜
4月〜5月
1月〜3月